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高天原異聞 ~女神の言伝~  作者: ラサ
第一章 甦神ーよみがえる神々ー

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6/12

6 深想



 しばらく目を閉じたまま、美咲は動かなかった。


 感情もようやく落ち着いた頃、

 書庫の引き戸が開く静かな摩擦音がした。


「美咲さん?」


 慎也の声だった。

 それだけで、胸の鼓動が別な意味で速まった。


「だめ、来ないで!」


 腰を上げようとしたが、

 先ほどのショックのせいなのか、

 足に力が入らず動けなかった。


 慎也は足音も立てずにさっと書棚の影から顔を出した。


 階段に座り込んでいる美咲を見ると、


「美咲さん? もしかして、階段から落ちた?」


 すっとしゃがんで目線を合わせてきた。

 それだけで、どきどきする。


「また本をかばった? 怪我してない?」


「落ちてないわ。ただ――休んでただけ、それだけ」


 俯いたまま答えると、訝しげな慎也の声がする。


「階段の途中で、本抱えたまま?」


「そうよ」


「ホントに?」


 不思議そうに慎也が聞くが、

 それ以上、美咲は言わなかった。


 自分でさえも信じられない先ほどの出来事を

 慎也に言う気にはなれなかった。


 自分の勘違いだ。


 きっと、そんなに勢いよく滑ったのではなくて、

 ちょっとよろめいただけなのだ。


「――」


 自分自身に言い含めるように納得させて、

 美咲はふと近づいてきた影に

 思わず後ずさった。


 もちろん、階段に座り込んでいるのだから、

 すぐに段差がそれ以上の後退を遮る。


 背中が階段の段差に当たる。


 本を抱きしめたまま仰向けに仰け反る格好になった美咲に

 覆いかぶさるように慎也は身を乗り出してきた。


 美咲とともに斜めになった本が

 次々と階段を滑り落ちていく。


 いくら廃棄予定とはいえ、乱暴には扱いたくない。


 咄嗟に手を伸ばしてみたものの、

 かえって慎也に密着するような格好になってしまうので

 それ以上動けない。


 かといって

 後ろに下がることもできない。


 あまりにも近すぎる距離に、

 いたたまれない。


 それでも慎也は気にしたふうもない。


 このパーソナルスペースの狭さは何とかしてほしい。


「あ、あのね、離れてほしいんだけど……」


「ダメ。まだ、ちゃんと聞いてないから。

 何でこんなとこに座り込んでたの?」


「話すから――話すから、離れて」


 そこまで言うと、

 慎也はようやく近づいた身体を離した。


 美咲の手をとって、体勢を整えさせる。


 それでも、手は放さない。


「で、何でこんなとこに座り込んでたの?

 立てないみたいだし、何かあったんでしょ?」


 ごまかしを見抜いてしまいそうな瞳で、美咲を見上げる。

 

 美咲の座っている段差より二つ下に膝をついているため、

 俯いて視線を逸らすこともできなかった。


「……」


 渋々、美咲は先ほどの不思議な出来事を慎也へ話した。





「確かに、不思議な話だね」


「信じるの? 嘘かもしれないじゃない」


「美咲さんは、嘘つけないよ。すぐばれるもの。

 きっと、何かが守ってくれたんだよ」



「……何かが、守って……?」



 慎也の言葉は、美咲の胸にすんなり落ちた。


 確かに、何かが守ってくれたような気がしたのだ。


 だが、言葉にすると、なんだか莫迦みたいに思えてきた。


 どこも怪我していないのだから、

 よかったと、それで終わるべきなのだ。


 それなのに、どこか不思議な感覚を拭いきれずに、

 自分のほうが納得のいく説明をほしがっている。


 だが、納得のいく説明など誰もできるわけがない。


 あの場には美咲しかいなかったのだから。


「もう、この話はやめましょう。

 どうでもいいじゃない、こんなこと」


「どうでもよくない。

 美咲さんのことなら、何でも知りたいから」


 こともなげな慎也に、

 美咲は朝の憂鬱な感情まで思い出してしまった。


「――そんなふうに言わないで」


 相反する気持ちが今も振り子のように揺れ動く。


「昨日も言ったよね。

 ここは、私の大事な職場なの。

 困るのよ。職場で年下の子にこんなふうに接するなんて」


「俺が年下で、美咲さんが年上なのは、

 俺達のせいじゃないでしょ」


 繋いだ慎也の手に力がこもる。


「俺がせめて大学生ならいい?

 来年には、そうなるよ。

 それまでは、秘密にするから。

 それならいい?」


「……」


 あと十ヶ月。


 それまで慎也との仲を隠しておけるのか。


 美咲は、その十ヶ月が途方もなく長く感じた。


 自分のことならよくわかっている。


 嘘をつくのは苦手なのだ。


「自信ないもの、うまく隠して、

 なんでもない振りするなんて……」


「じゃあ、隠さないでよ。

 今なら誰もいない。俺と美咲さんだけだよ。

 俺のこと、好きだよね?」


 見上げる顔に、逆らえない。


「ーー返事に確信持ってるのに、

 なんで聞くの?」


「美咲さんの言葉で、声で、

 聞きたいから」


 期待に満ちた眼差しで、

 慎也は美咲を見つめている。


「……言うまで、待つの?」


「うん。

 いつまででも、俺は待てる」


 美咲は大きく息をついた。


 正直に言うしか、ないようだった。


 今更好きじゃないなどと嘘をついても、

 慎也に通じないのはわかっている。


 そして何より。


 好きじゃない振りをするのがもう嫌だった。



「……好きよ……」



 言葉にしてしまった。


 小さな声だったが、

 慎也はとても嬉しそうに笑った。


 その笑顔に、美咲の胸はますます高鳴る。


「俺も好きだよ。

 美咲さんが、大好きだ」


 言いながら、

 慎也は美咲の手を自分へと引き寄せた。


 引き寄せられる手と一緒に身体が傾いだ。


 あらがうことなどできなかった。


 抱きしめられたとき、

 昨日のような喜びに、

 美咲の身体は震えた。


 自分も、本当は触れたかった。


 昨日のように

 どこまでも甘く優しい想いを、

 重ねたかった。


 一つに溶け合うように。


 静まり返った空間で、

 何度確かめても足りないように、

 二人は動かなかった。





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