礼状を送られた友人
お暑い中お読み頂き有難う御座います。
夏が終わり、秋に差しかかった庭は少し肌寒い。
未だ終わりがけの花が美しい様を眺められる設えた椅子で寛ぐデージタ家の令息ヤンは、香り高い珈琲をお共に何枚かの手紙を読んでいた。
傍には彼付きの従僕が恭しく従っている。
彼の友ビアス・ジツンは、伯爵家の一番気にかけられない子息だった。
護衛も大した数を用意せず、幼い息子を外出させる辺りから放置気味で育てたことが見て取れる。身の回りを整えさせる従僕すら碌に付けていなかったらしい。
お陰で彼は大怪我を負い、小さな町に長く留め置かれた。しかも、家族は直ぐに迎えを寄越さない。哀れに思った町の騎士達が送り届けるまで放置だった。
ビアスは不遇に耐えて、勉学と武術を学んだ。社交にも積極的に参加し、少しずつ知り合いや味方を増やしていった。ヤンも13の時に夜会で空洞のような目のビアスに出会い興味を持った。
そして、16の彼の誕生日。先ずはビアスに無体をした両親兄弟親戚一同への復讐から着手した。
傍若無人に振る舞っていた彼らの適当な罪を暴いて地下牢へ放り込み、手続きが終われば流行り病で全滅、という筋書きだった。
流行り病は猛威を振るい、偶々婚約者の下へ出向いていた四男ビアスのみが助かった。
実に平凡な貴族らしいやり方だな、とヤンは後で思ったものだ。
しかし、代理結婚を餌にした幼い頃に受けた復讐。
此方は中々趣向が凝らされていた。筋書きを聞いたが、中々劇的で面白い。
「まあ、恨みを抱えていては心地よい暮らしなど無理だからねえ。
うんうん、復讐で得られる心の安寧は大事だよね」
「新婚ですからな。心配ごとが無いに越したことは御座いません」
従僕は答えた。彼にジツン家との連絡役をさせているので、事情をよく知っている。
「小娘はあの町では嫌われ者でしたからね」
「また運が悪い話だ」
ビアスが語る恨み節は中々だった。よりによって、この執念深い男を甚振るとはやるなあ、と内心ヤンは思ったものだ。
貴賤結婚に憧れる身の程知らずの小娘に夢を見せて、突き落とす。
そして、そのご自慢の顔を台無しにしてから放逐。
家へ這々の体で戻れば、もう庇ってくれる家族は何処にも居ない。
貴族に騙された、助けて! と哀れっぽく叫んだところで誰も聞かないし同情も買えない。一顧だにされない者としての扱いに呆然としていたら、顔の良い余所者……通りがかりの人買いが甘い言葉を弱ったビージに掛けるだろう。
「惜しむらくは、他人の金銭なれど、中々金も暇も人材も掛かる復讐だった。ということかな。
でもまあ、庶民だろうが貴族だろうが……人を傷付けるのに無料という訳にはいかないね」
そう言えば、家から離縁された庶民女って、幾ら位になるのかな、とヤンは少し考えた。
「相場を調べさせましょうか?」
「うーん、いいや。僕は特に性悪娘に困らされてないからね。それに、今とは相場も変わるだろうし、困らされた時に調べよう。」
「左様で。所で若様、お茶のお代わりは何になさいますか」
「次は砂糖を入れた紅茶が良いね。
しかし、埋葬代も馬鹿にならないかな」
「流行り病の為に、人を集めた葬儀は成されないそうですから……」
「ああ、成程。流行り病だもんね。
名を刻む石工への支払い位かな。薄い溝なら中々費用対策が良いと聞くね。
見習わなくては」
「若様は下々の者にお優しい素晴らしい方で御座います」
そしてデージタ家は、平民を救う慈悲深き領主だと下級貴族や平民から評価を得る。
微々たるものだ、と高位貴族は偽善だと嗤うだろう。だが、ヤンは構わなかった。
「平民や下級貴族の方が人口が多いのだからな。
信用は金銭で賄えない。やり過ぎはいけないが、今は平時だから余計にな」
小娘の従兄弟は報告してきた下級侍女と結婚したらしい。更なる忠誠を誓うだろう。
「忠義ある正直者は救われる。結構結構」
「左様でございますな、若様」
その時。ゴトゴトと音を立てて、塀の向こうを走っていく馬車の車輪が石を弾く音が聞こえた。
甲高い女の声も聞こえた気がする。甘えたような媚びを売る大声だった。
手紙に書かれた通りだ。
「此処は外と近いから音が聴こえやすくて面白い」
「ですが、風が冷たくなって参りました。お茶は中で用意致しましょう」
「さぞかし赤く施されただろうに、よく口が開くものだ」
「頑丈なのでしょうね」
良い人にも色々裏があるようで。
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