第98話 本当の一人前
「はぁ!? エルザ、それはあんたの師匠の考えでしょ!!」
エルザのその言葉を聞いて、真っ先に反応したのはソフィアだった。
それまで静かに見守っていたソフィアだったが、流石にこの「とんでも発言」にはツッコまざるをえなかった様だ。
「ああ。だが実際にあれをやってみた者として、私も賛同だった。
パーティーばかりを組んでランクを上げた奴は非力だ。形だけでしか無い。
本当のハンターとしての一人前は、誰の助けも受けずに大型モンスターを狩った奴だと私は思う。」
えぇ………。
それは「一人前」では無くて「到達者」では……?
「一人前」っていうのは、独り立ち出来るラインの事を言うんじゃないの……?
「何を言っているんだ。ハンターはパーティーを組むのが基本だろ。」
ジョンもソフィアの様に驚いた顔をでそう言う。
流石にジョンも、1人で大型モンスターを討伐した事は無いのだろうか。
いや、そりゃ当たり前か。
俺は大型モンスターと戦った事はないが、ビエッツ村の中年ハンター達からの噂で何度か聞いた事がある。彼らが言うには「1人でやるもんじゃない」と言っていたので、そういう物なのだろう。
「それをやり続けていた奴が、1人になった時に脆すぎるという話だ。」
う〜ん……。
まあ、確かに言いたい事は分かる気がする。
「大型を1人で倒せば、才能とそれだけの強さがある事の証明になる。
帰って来い帰って来いと言って、アレックスの事を心配しているみたいだが、全員がそれぞれ大型を倒せるだけの強さを持ったパーティーだったら、その心配も無くなるだろ。」
「―――ッ!」
ジョンはエルザの言葉に反応して、驚いた顔をする。
その顔は「マジか」と驚いている様な顔でもあり、「何考えているんだ?」と困惑が籠もっている様にも感じる顔をしていた。……その気持ちは分かる。
「ちょっと待てぇい! 『全員がそれぞれ』って、レイナまで1人で大型とやらせようってんじゃないわよね!?」
「何を言っているんだ。レイナも1人でやるに決まっているだろ。」
「このアホぽんたん! 魔法使いは後衛の仕事だし、魔力が枯渇したらお終いなのよ?」
「でも、お前は出来るだろ。」
「私を基準にすな!!」
さっきまで重苦しい空気が流れていたが、ソフィアの反応と言葉遣いのおかげで少しだけ雰囲気が切り替わる。
「私もエルザに賛成だ。」
突然、鍛冶場の方から声がして、振り返ると扉に寄り掛かりながらこちらを見ているエレノアがいた。
「ドンパチうるせぇと思って出て行ってみりゃ、面白い事してるじゃねぇか。」
こういうバチバチとした感じが好きそうなエレノアは、良い物が見れたと言わんばかりにニヤついてそう言う。
「で、『銀の賢狼』のリーダー的にはエルザの基準はどうなんだ。才能ありの範疇に入るのか?」
エレノアはジョンの気迫に押されること無く、軽い感じでそう語りかける。
「ふん、入るか入らないかの話だったら入るに決まっているだろ。そこが一人前の基準なんて聞いた事が無い。だが、そんな危険な事をs―――」
「―――俺はやる!!!」
ジョンの言葉を遮って、アレックスが叫ぶ。
「それでもう、コイツに兎や角言われないんだったら俺はやる!!」
「――なっ、何を言っているんだ。1人で大型を狩るなんて危険すぎる! 現に俺に対して一発も返せてなかったんだぞ……!」
「うるせぇクソ兄貴! 俺は対人戦闘で負けただけだ。ハンターの才能はモンスターとの戦闘で決めるもんだろうが! そんな分別も出来ないのか馬〜鹿!!」
「なっ、アレックス……! そんな汚い言葉を使うのは止めなさい……!」
それに対して再びアレックスが「うるせぇ!」と返して口論が激化する。
そんな中、蚊帳の外に出された俺達の中で真っ先にレイナが口を開く。
「私もやります……!」
「え、レイナ……!?」
まさかの反応だったのか、ソフィアは驚いた顔でレイナを見る。
「ソフィアさん、やらせてください。それで一人前として認められるなら、私はやりたいです。」
「いやいや、それはエルザ達の基準であって、私からしたらパーティーでAランクに行けば立派な一人前だし、全体的に見てBランクでも一人前として認められるわよ。」
「でも、ソフィアさんは1人で討伐出来るんですよね?」
「出来るって言うか……『やった』と言うか………。」
「なら、私もやります。」
「えぇ〜……でも―――」
こちらはこちらで口論が始まる。
アレックスとジョン、レイナとソフィアは反対派の意見がぶつかり口論になる。
そんな中、今度は俺の番だと言わんばかりにエルザが振り向く。
「バティル。やるか?」
その目は真っ直ぐ俺の目を見ている。
母親としての顔ではなく、師匠としての顔で俺に聞く。
俺はその目を逸らす事なく答える。
「はい、やります。」
そんな俺の即答に、エルザはフッと微笑む。
エルザが言う「一人前」の基準は、ハンターの世界ではおかしな話ではある。
だが、俺はエルザの様に強くなりたくて剣を握った。
ひたすら剣を振って、Bランクにまで登った。
エルザという補助輪を無くし、自身の判断で戦闘をしろと言われてから大分経った。あれが一人前として認めて貰えた証なのかなと思っていたが、そうではなかった様だ。
でも、今回で「一人前」の基準が明言された。
俺の目標となる人物が、等身大で俺を見てくれる基準が分かったのだ。
やらない訳が無い。
「キツい戦いになるだろうが、今のバティルならやれるはずだ。」
「はい!」
俺は覚悟を決め、エルザも俺の覚悟を受け取って頷く。
そこには確かに信頼があり、俺が出来ると確信している顔をしていた。
俺もそんなエルザの期待に答えなければ……!
「姉さんからも何か言ってくれ……!」
そんな俺達の反応とは違う反応が、あちらでは行われていた。
戦闘の時とは対象的に、言う事を聞かないアレックスにジョンが痺れを切らし、それまで静観していたジュリーに助け舟を要求する。
「う〜ん……エルザさん的には行けると予想しているんですよね?」
「ああ。見て分からなかったか?」
「私は魔法使いなので、なんとも……。」
「そうか。」
ジュリーは暫くそのまま悩んでいたが、アレックスとエルザの顔を何度も見て、結論を出す。
「分かりました。エルザさんとアレックスを信じましょう。」
悩んだ末、ジュリーはそう答えを出した。
「姉さん何で……!」
ジョンは「正気か…」と言いたげな顔で驚愕する。
「アレックスが成長しているのは剣を使わない私でも分かる。そして、あなたと同じレベルのエルザさんは行けると判断した。アレックスもやると言っているなら、やらせてあげるべきよ。」
「パーティーメンバーがいない訳でもないのに、1人で大型とやるなんて正気じゃない……!」
「ハンターとしての才能を見せろと言ったのはあなたよ。」
「違う! 俺は「確かめる」って言ったんだ。俺が確かめて、才能がないと俺が判断した。それでこの話は終わりだ! アレックスが大型と戦ってk―――」
「ジョン!! いい加減にしなさい。本人がやりたいって言ってるの! アレックスの事が大事なら、アレックスの事が好きなんだったら、少しはアレックスを信じて上げなさい!」
「――なっ……〜〜〜〜ッ。」
ジュリーの言葉に、ジョンは何も言えず押し黙ってしまう。
それは母親に怒られた子どものようで、意見を言えない雰囲気がある。
しかし、ジュリーの言っている事も一理あるから、ジョンは黙ってしまったのだろうと思う。
「少しはアレックスを信じて上げなさい!」という言葉から感じるのは、子離れ出来ない父親を叱っている様にも映る。
「決まりだな。……ソフィアはどうなんだ。」
そう言って、今度はもう一つの火種の方を見る。
「やらせるわ。……でも、戦うモンスターは私が決めさせて貰うわよ。あなた達と違って、魔法使いの単独は消耗が激しいの。」
「ああ、そうしてくれ。そこの塩梅はお前が一番分かっているだろうからな。」
ソフィアはこの短時間にも関わらず、物凄い疲れた顔をしていた。
やるやらないの押し問答でレイナは一歩も惹かなかったのだろう。
こういう時のレイナは頑固なのは、付き合いが長いので俺も知っている。
「……俺が止めてもやるんだろ。そこはもう分かった……分かったから、とにかく家に帰って来い! お前の好きだった肉も大量に用意するから、家に帰って来い!!!」
自身の思い通りにならない事で、半狂乱になってしまったジョン。
そんなジョンに俺達は引く中、慣れた感じでジュリーが前に出る。
「はいはい、帰るのはジョンの方ですよ〜。」
「グガッ……!」
そう言うと、ジュリーは杖から無数の木の根を出し、ジョンの体に巻き始める。そして、ぐるぐる巻にされたジョンはそのまま地面に倒れ、芋虫のようにウネウネと悶えていた。……口もしっかりと塞いである。な、何か怖い…!
「どうもお邪魔しました。クエスト出発の日はジョンが止めに来ると思うので知らせないでください。出発して、クエストから帰って来る頃に呼んで貰えると嬉しいです。多分ですが、まだ私達もこの街に居るでしょうから。」
「ああ、分かった。」
エルザの返事を聞き、ジュリーは頷いてからアレックスの方を見る。
「アレックスは私の事、嫌い?」
「え、いや、俺が嫌いなのは兄貴だけで……。」
「そう、良かった。帰って来たくなったら帰ってきても良いんだからね。」
「……うん。」
「ジョンはこんな事言ってるけど、アレックスの事が心配なだけなの。
お父様もお母様もアレックスが家出して心配してたわ。それだけは忘れないで。」
「……分かった。」
「うん。」
そんな会話をした後、ジュリーはジョンを引きずって去って行った。
ジョンはまだ何か言いたげに声を発していた様だが、ジュリーの魔法で作られた木の根で口を抑えられていたので、何を言っていたのかは分からない。
……いや、もう大体分かってきた。
あれは「アレックス帰って来い」だ。
何度も聞いたおかげで表情だけで分かる。
「はぁ〜……エルザ。本当にやるの……?」
「ああ、やる。いつかはやらなきゃいけない事だ。」
その返答にソフィアは頭が痛いとでも言うかのような仕草で頭を抑える。
「良いじゃねぇか。ハンターならそれぐらいはやってみせろよ。その方が私も作り甲斐がある。」
鍛冶場の扉から出て来たエレノアが会話に入る。
「それぐらいって……基準がおかしいですよ。」
「はっはっはっは!! まあ、私達はあの呑んだくれの弟子だから―――」
「――ママー!」
会話が始まろうとした所で、今度は家の方から声が掛かる。
「あの〜……用事は終わった? 流石に朝ご飯冷めちゃうよ?」
そう言って扉から出て来たのはアンドリューと子供達だ。
息子の方はトテトテと歩いて母親の方に歩き出し、一緒に御飯を食べようと催促している様にも映る。
「あ〜、もうそんな時間か。じゃあ取り敢えず食べるぞ。」
「やったぁ! 私お腹ぺこぺこ〜!」
エレノアが息子を抱き上げ、ソフィアが先頭を走って部屋に入っていく。
いつもなら、そんなソフィアとテンション高く続いていくアレックスの顔は暗かった。




