【二巻初場合記念SS】立ち位置
ある昼下がり、ザーフィング邸の一室で二人の人物が、書類を整理している。二人の人物とは見目麗しい少女と少年である。
その二人の人物とは、もちろんアイシャとロイである。
「おい、アイシャ……これ」
「何よ?」
ロイが差し出した書類にアイシャが眼を移すとアイシャの表情が厳しいものになる。
「ギルドルクの旧王都の方ではザーベイルの統治を求める者達とそうでない者達の間で諍いが起こっている……ね」
「ここまでゼオス=ザーベイルの思惑通りに事が運ぶと本当に怖いな」
ロイが肩をすくめながら言う。ロイの肩をすくめる行為は、おどけた印象であるのだが、アイシャはロイが本気でゼオスの実力に警戒しているのに気づいていた。もちろん、アイシャもロイと同じ気持ちでゼオスに強い警戒を持っていたのである。
「そうね。ジオルグ様の見立てでは……すでにゼオス王の手が入っているという話よね」
「ああ、ジオルグ様はあと三ヶ月ほどでザーベイルは旧王都を押さえるって話だけど……どうして、うちのボスはそれがわかるのかね?」
「それはジオルグ様だからよ」
ロイの言葉にアイシャは胸を張って即答した。それを見たロイは深々とため息をつく。
「何よ。その顔は?」
「見とれんなよ。基本的な顔の作りはお前と一緒だぞ」
「殴るわよ」
「お前、どうしてそんなに俺に対して暴力的なの? 何というか血を分けた姉弟だろ。もっとこうさ、弟を大事にしようとか思わないの?」
「何言ってるのよ。してるじゃない。殴るわよって更正の機会を与えてるんだからね」
「お前のは更正の機会じゃなくて脅迫だろうが」
「文句あるの?」
アイシャは一言で切って捨てる。この辺りは二人の関係性を考えると喧嘩でもなんでもないものである。
「話を戻すけどさ、ジオルグ様とゼオス王って何というか似てるよな」
旗色の悪さを感じたのだろう、ロイはやや強引に話の流れを変える話題をアイシャに振った。
ギルドルク動乱が始まってから闇の魔人衆は、ゼオス=ザーベイルの情報を集め続けた。その中で敵対者への容赦のなさ、報復の苛烈さ、そして一方で味方への情の厚さは、ジオルグとゼオスの共通点として闇の魔人衆達は共通認識として持っているのである。
「ええ、敵対者への容赦のなさ、部下への情の深さは間違いなく似てるわ」
アイシャの言葉にロイも頷く。旗色が悪くなった事に対する措置であったが、やはりジオルグに関することに関することなら、アイシャが食いつく事は理解していたのだ。まぁそれはロイも同じであるのだが。
「でも、あのお二方は似てるのは表面上のことだけじゃないのよ。やるべき事を見据えて、それを実現するために、どんな困難な状況でも決して諦めずに実現する強固な意志を有している高潔な精神が似ているのよ」
「お、おう……」
アイシャの言葉にややロイが引きつつ返答する。
(しまった……アイシャのやつがその気になっちまった。これは長くなるぞ)
ロイはこの時に自分の失敗を悟った。アイシャはジオルグのことを語る事になると妙に熱くなるのである。その理由をもちろんロイは知っているのだが、そこを指摘するとやぶ蛇となるために、指摘はしないのである。
「ゼオス王は、ジオルグ様が認めた最凶の敵であり……そして理解者なのだと思うわ」
アイシャの声に少し悔しそうな感情が含まれている。そのアイシャの心情に対してロイもまた同じ気持ちであるのだ。
ロイもアイシャもジオルグは大切な人物である。だが、ゼオスと二人……いや、闇の魔人衆達とは決定的に立ち位置が違うのだ。ゼオスは敵、対立する立場であり、闇の魔人衆達は部下であり、味方の立場だ。
敵というのは、対等だ。格の上下はあれど対等なのだ。そして、対等だからこそ、相手の思考を読もうとして相手を理解することになる。もちろん、アイシャやロイもジオルグを理解しようとする。だが、それはあくまで部下としてであり、対等の立場を想定したものではない。その立ち位置が実はアイシャとロイには少し残念であったのだ。
もちろん不満などでは決して無い。だが、立場は対等となる事を許さない。それが残念なのだ。
「そうだな。ゼオス王こそジオルグ様の最高の理解者になるのかもな」
ロイの声に、羨ましいという感情が含まれているのをアイシャは感じ取った。ロイの気持ちをアイシャが察することが出来たのは、単にアイシャが人の心を察する能力に長けているという事もあるが、それ以上に同じ気持ちだからであろう。
「ええ、単なる敵じゃ駄目なのよ。ジオルグ様と対等に渡り合えるだけの実力が必要なのよ」
「ゼオス王くらいだよな」
「ええ、陛下や王太子殿下達は能力的には間違いないのだけど……立場が違うし、対等というわけにはいかないわ」
「そういうこと。でもさ、俺達は対等にはなれないけどさ……支えることは出来るだろ?」
「ええ、そうね」
ロイの言葉にアイシャはにこやかに笑うが、どことなく残念そうなのはアイシャがジオルグに対して特別な感情を持っているからだ。
(ま、アイシャだと……俺達よりもゼオス王よりも特別な立場になるかもな)
ロイはジオルグもまたアイシャへ特別な感情を持っていると思っている。ロイがそう思っているのは、デミトル達がアイシャに対してよからぬ事をしようとした時の怒りは単なる部下への辱めに対するものではなかったのだ。
「ま、こういうのは第三者が言うべきじゃないよな」
「は? あんた何言ってんのよ?」
ロイの言葉にアイシャが怪訝そうな表情を浮かべながら言う。
「別にぃ~」
「やっぱりぶん殴った方が早いかしら」
アイシャが左手にメリケンサックを装着して物騒な意思表示を行った。
「おい!! そんなもんで殴られたら死んじまうだろ!!」
「あんた、しぶといから大丈夫よ」
「どういう理屈だ!!」
ロイの抗議に対してアイシャはニッコリと微笑んだ。
アイシャとロイ……ジオルグの隣にどのような立場で立つのか。未だ定まっていなかった。
【あとがき】
最凶侯爵の逆鱗に触れた者達の末路第二巻、GAノベル様より好評発売中です。
よろしければ手にとっていただければと思います。




