【二巻発売記念SS】歩み寄り
書籍版『最凶侯爵の逆鱗に触れた者達の末路二巻』のエピローグからしばらくした時の話です
ユアンとソシュアの婚約が発表されて二日が経った。婚約式は大々的に行われることになったが、その準備にはそれなりの日数がかかるとして、約半年後ということになった。
当然であるが、両者の間に現在恋愛感情はない。ソシュアにしてみればザーベイルは、自分の家族を殺した加害者である。元々の非はギルドルク側にあるとはいえ、それでも家族を殺されたという事実は変わらない。一方でソシュアの立場もまたザーベイルの者達からすれば加害者の一人であるという事実も変わらないのだ。
「はぁ……ゼオス陛下の宣言のおかげで、表立って敵意は向けられないけど……気が休まらないわね」
ソシュアはため息と共にそう独りごちた。自室で机に突っ伏しながらのぼやきであり、身分を考えるとあまり褒められた姿ではない。ソシュアは動乱による経験を生き延びた事で、遙かに図太くなり、一人の時には息抜きをするようになっていた。
このような態度は王女時代には一人の時でも絶対にしなかったのだが、ソシュアは張り詰めすぎると碌な事にならないことを、経験上理解しており適度に息抜きするのである。
ソシュアは、ゼオスの『我がザーベイル家の縁戚』という宣言により。ソシュアの扱いが丁寧になっているという認識であったが、実のところそれは事実の全てではない。ソシュアのレクリヤーク城を明け渡す際の剛胆な態度はザーベイルの者達に好意的に受け取られていたのだ。
そのため、ソシュア個人の評判はそれほど悪いものではない。だが、だからといって親しげに声をかけてくる者もいないのだ。ザーベイル側もソシュアにどのように接するべきか、どこまで踏み込んで良いのか迷っているという状況なのである。
(うう、ザーベイルとギルドルクの融和って厳しすぎる道のりよね……)
ソシュアとすれば現在の状況は『針のむしろ』といった感じである。嫌がらせを受けているわけではないが、自分に心を開いてくれる人もいないと考えているのである。実はソシュアの目下の悩みであった。
コンコン
「は、はい。どうぞ」
ノックの音にソシュアはガバッと頭を上げていう。この辺りの切り替えはさすがというべきである。
「失礼する」
入室してきたのはユアンであった。ソシュアは立ち上がるとユアンへ一礼する。
「王弟殿下、ようこそお越しくださいました」
ソシュアの挨拶を受けてユアンはにこやかにソシュアへ笑いかけた。
「近くに来たので、ソシュア嬢がどのようにしているのか気になってね」
「お心遣いありがとうございます」
ソシュアもにっこりと笑ってユアンへ返答する。ソシュアの挨拶を受けてユアンは何かしらの思案をおこなっているような表情を浮かべた。
(う……気に障ったかしら?)
その表情を見て、ソシュアの心臓は少しばかり鼓動を早めた。ソシュアにとってゼオスという人物は本当に恐ろしいが、ユアンは将来的に夫となり、共に家庭を築く相手なのだから、信頼関係は築きたい相手なのである。そのユアンの思案顔を見ればソシュアとすれば心穏やかにはいられないというものである。
「ソシュア嬢は私が嫌いか?」
「え?」
ユアンの言葉にソシュアとすれば戸惑ってしまい、つい素の返答をしてしまった。ソシュアの反応にユアンは少し意外な表情を浮かべた。てっきり、今までのソシュアのような王女然とした返答が返ってくるものと思っていたのである。
「いや、我々は婚約者同士とはいえ、政略が含まれたものだ。そしてお互いの立場、境遇を考えれば恋愛感情を持つのも難しい。だがせめて貴女とは信頼関係を築きたいと思っている」
ユアンの言葉は、ユアンの誠実な人柄を表したものであった。もちろん、ソシュアとすればユアンが腹芸の一つも出来ないような単純な男であるとは思ってはいない。だからこそ、ユアンの言葉に自分と真剣に向き合おうというユアンの誠実さをソシュアは感じたのである。
(ユアン様は私をずっと気にかけてくれてる……それとなく気遣いくれてる。そうよね、距離感が掴めてないのはお互い様よね。歩み寄りって大切!!)
ソシュアはそう思うとニッコリと微笑んだ。次に発せられたソシュアの言葉は優しいものであった。
「私もユアン様と信頼関係を築きたいです!!」
「ああ、よろしく。ソシュア」
互いに呼び名が変わった事に気づいて微笑んだ。この時二人は間違いなく未来に向かって共に歩く第一歩を踏み出したのである。
本日2026年5月15日に『最凶侯爵の逆鱗に触れた者達の末路』第二巻が発売されました。
Kindle等の電子書籍版はすでに配信が始まっております。
ぜひ手にとっていただければと思っています。




