続刊決定記念SS『父の後悔』
続刊決定SSになります。
最凶侯爵の逆鱗に触れた者達の末路の第二部を骨子として加筆修正、設定を改訂していきたいと思います。
(すまない……)
前ザーベイル辺境伯エクトルは胸中に呟く。エクトルが謝罪した相手は、目の前で執務に励む息子ゼオスであった。
エクトルが謝罪をしたのは自身の選択が、息子から伴侶となる少女を失わせてしまった事に対してである。
ゼオスの婚約者であったリヴァリア=カールメイナはザーベイル辺境伯領の隣カールメイナ子爵家の令嬢であり、幼なじみであった。二人とも相思相愛である事は確実であったので、エクトルからカールメイナ家へ婚約を申し込むと二つ返事で婚約が成立した。
エクトルにしてみれば、息子ゼオスの幸福ももちろんあったが、カールメイナ領は軍馬の一大産地であり、それにともなう皮革産業の発達は軍需製品の確保の観点からも関係を強めておきたい家でもあった。
だが、中央貴族……とりわけギルドルク王家とすれば、ザーベイル家の勢力が大きくなることを望んでいなかったのだ。ギルドルク国王であるオルタスはガルスマイス公爵家との婚姻を求められたが、エクトルはそれを断り続けた。
ガルスマイス公爵家との姻戚になることは、ザーベイル家にとって決してマイナスになるものではない。少なくとも表面的にはである。エクトルはガルスマイス公爵家と姻戚を結ぶ事でザーベイル家への中央貴族達の干渉が強くなることを察していたのである。
フラスタル帝国の侵攻において、中央貴族達がザーベイル辺境伯家と共に戦った事などほとんどない。より正確に言えば、激戦地にはザーベイル派の軍が送られ、自分たちは高みの見物、そして勝ちが確定した段階で動き出し、功績だけをかっ攫うのだ。
どう考えても中央貴族はザーベイル家の消耗を狙っているのは丸わかりだった。エクトルはこの不条理に対して配下の者達の不満を抑えるのに尽力した。それによりザーベイル派の諸侯達の結束は、一層強くなったが、中央貴族達の増長は一層ひどくなるという結果になったのだ。
本来であれば国王オルタスがエクトルを厚遇する事で、地方の不満を和らげる必要があったのだが、それをしなかった。それどころか、ザーベイル派の結束を崩すために、ザーベイル派の諸侯達の再編成を行い、中央貴族の寄子にすることで、ザーベイルの力を削ごうとしたのである。
このことがエクトルもガルスマイス公爵家と姻戚になる事を拒むという選択につながるのは当然の判断であるとも言える。エクトルは中央の人間を信じていないが、ギルドルク王国の弱体化を望んでいるわけではなかった。その忍耐心をあざ笑うように中央貴族達の増長はやむことはなかった。
そして、悲劇が起きる。
何度打診しても断るエクトルに対しオルタスは強行手段に出た。フェリアを殺害したのだ。
この強行手段にエクトルは怒りのあまり反乱を決断しようとしたが、それを止めたのは婚約者を失ったゼオスであった。
ゼオスは自分が十六になったら、ザーベイル辺境伯の地位を譲るように進言した。そして憎悪の炎の宿る目で言い放った。
『ギルドルクの者共に思い知らせてやる』
ゼオスのその言葉にエクトルはゾクリとしたものが背中に走った。エクトルはゼオスはフェリアというかけがいのない存在を失う事で怪物となった事を悟った。
(儂が……誤った。ゼオスを怪物にしてしまった)
エクトルの心に苦いものが澱となって沈んでいくのを感じている。そして、澱はいっこうに減ることはない。ただ時間が経てば経つほど心を重くする。
それからのゼオスはギルドルク王国を滅ぼすための計画を立て、そして実行する。
恐ろしいことにゼオスは感情にまかせて、ただただ殺戮するわけではない。ギルドルク王家、中央貴族達の名誉を徹底的に陥れ、軽蔑の対象にすることでザーベイルの統治の正当性を持たせようとしている。そして、ユアンとソシュアを結婚させることでザーベイルの疲憊の正当性を永続化させようとしている。
ゼオスの計画の恐ろしさは、静寂である。エクトルはゼオスの計画を聞いたときにゾクリとした。
おそらくギルドルク王国の誰も気づいていない。ゼオスが準備を五年かけて整え、決行の日も既に決まっている。それはゼオスがザーベイル辺境伯に就き、その就任式を王城で行う日であった。
そうすることで発令という過程を省略することができる。ゼオスは加えて潜り込ませた者達に複雑な指示は出していない。複雑な工程は失敗の元であるという認識であり、すべて単純な指令だけを与えている。
ただ、一つだけ厳命したのは一切の『容赦をするな』『情けをかけるな』ということである。
ゼオスの計画は深く深く沈んでいく。ギルドルク王家をはじめとした首脳陣はその時が来る瞬間までザーベイルを侮ったままであろう。そして自分がなぜ殺されるか理解する事ができるものは半分にも満たない事だろう。
「……上、父上」
そこにゼオスが声をかける。はっと意識を戻したエクトルはゼオスに視線を移す。
「どうした?」
エクトルの言葉にゼオスは不思議そうな表情を浮かべた。
「いえ、父上が考え事をしているようなのでどうしたのかと」
「ああ、すまん。お前が忙しそうであったからな。出直すかどうかを考えていた」
「お心遣い感謝いたします」
エクトルの言葉にゼオスは柔らかく微笑み返答する。
(まるで哭いているようだ……)
エクトルはゼオスの微笑みがフェリアの生きていた頃のものとは違う事を理解している。笑みの中に陰が見え隠れする。この事実はエクトルにとって耐えがたいものである。
「ゼオス、お前は明日王都に出立だろう?まだ休まなくていいのか?」
「はい。ここまでやってから休もうと思います」
「そうか……根を詰めすぎないようにな」
「はい」
ゼオスはエクトルへ返答をし、そして次に先程とは違う嗤みを浮かべた。その嗤みにエクトルはゾクリとした感覚を感じた。
「父上、私の計画採用し愛知ただ気心から感謝いたします。そのおかげであの思い上がった連中を地獄に送り込んでやれます」
「こちらのことは任せろ。お前の計画通りに動こう」
エクトルはそう言うと身を翻しゼオスの前から去る。ゼオスはエクトルの背中に向かって静かに頭を下げた。
(ゼオス……すまん。お前を怪物にしてしまった。せめて私はお前の駒となることで……お前の本懐を遂げるために動こう)
エクトルの決意は親としてのものか……。それとも、ザーベイルの者達全ての者のためか……エクトル本人にも判断がつかなかった。
WEB版では名前が異なっております。
ご了承ください。
WEB版ジルヴォル → 書籍版ゼオス
WEB版フェリア → 書籍版リヴァリア




