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(4)

――



 商店街。

 ルーティアは、その名だけは知っていた。


 城の周りの店とは違い、食材屋や洋品店など多種多様な店が軒を連ねた集合体。

 下町(ダウンタウン)の生活を支えるために必要不可欠な存在だ、と。



 がやがやと住人達の明るい声が、あちこちから聞こえる。

 ここに来る人間は、多くは一人で訪れる。

 しかし商店街というものは地域住民にとってはほぼ毎日訪れる場所。行けば知り合いの一人、二人に偶然出会う可能性は高い。

 出会えば当然、会話になる。笑い話、愚痴話、噂話……。そのコミュニティーは商店街のあちこちで発生し、やがてこの場所全体の賑わいへと変わるのだった。


「ここはまた、前に行ったショッピングモールとは違う感じだな」


 ルーティアは楽しそうに辺りの様子を見回しながら言った。

 前回のショッピングモールにいた人々は、一人で来ているという者も多かったが『複数人で買い物をして歩いている』という客をよく目にしていた。

 対して、この商店街という場所の客層は『何人かが立ち止まって会話をしては、離れてそれぞれの買い物に出向く』といった形。


「うむ、さすがは我が愛弟子。鋭いのぅ」


 マリルはくい、と眼鏡をあげて光らせ、格好をつける。


「ショッピングモールは『行楽』の要素も大きいのよ。大きな施設の中に色々なお店があり、飲食店があり、遊ぶ場所まである。一日かけて回る人も少なくないわ。

んで、こっちの商店街は『目的』のために来る人が多いっていうイメージかな。夕飯の買い物や調剤薬局、洋品店や喫茶店……それぞれのお店が単独で存在しているから、そのお店を目当てに家を出てくる人が多い」


「ふむ……。だが、だとしたら今日の私達にはどの店に行くかの目星なんてついていないのではないか?」


「そうだね。でもね……この商店街という場所は、そういう存在だからこそ、ショッピングモールと大きく違う部分があるのよ」


「大きく違う部分?」


 マリルはルーティアの一歩前に歩み出て、両脇にずらりと並んだ店の中の一店舗の前に止まる。

そこには、こう書いてあった。


『肉のヴァーンズ』


 マリルはその店の前で大きく宣言をする。


「大きく違う部分……それすなわち『食べ歩き』よッ!!」


「ちょ、マリル……声、大きいから……!」



――



「はーい、マリルちゃん、メンチカツ二つおまちどおさまー。熱いから火傷しないようにねー」


「いつもありがとう、ヴァーンズさん。いただきまーす」


「はいはい、召し上がれー」


 店主のおばあちゃんは、カウンター越しににっこりと笑い、また奥の方へと調理作業に向かう。

 カウンターには赤々しく輝く肉がずらりと並ぶ、肉の専門店。どれも普通の店で見かけるよりも美味しそうに見えた。

 そのカウンターの端には、コロッケ、トンカツなど揚げ物の惣菜が数多く並ぶコーナーがある。

 そして……堂々と『人気ナンバーワン』という札を下げていたのが、今、二人の手に持っているメンチカツである。


 マリルは、小麦色にカリカリに揚げられたその宝を手に持ち、勝利の微笑みを浮かべた。


「……ふふふ、この店をやっているヴァーンズさんとは小さい頃からの知り合いでね。顔なじみでなければ、まずこのシステムは知らないのさ。『注文すれば、揚げたてを提供してくれる』という事実をね……!!」


 簡素な白い紙の惣菜袋には、じんわりとメンチカツの油が滲み、その熱が伝わってくる。アツアツだ。

 たちこめる湯気の中に、こんがりと焼けた衣の香りが紛れ、二人の鼻を通り、天に昇っていく。その香りが、胃袋を刺激するのだ。

 言われた通り朝食を抜いているルーティアはゴクリ、と唾を飲み込んだ。


「う……美味そうだな、コレ……。早く食べよう、マリル」


 ルーティアは、メンチカツと一緒に貰った中濃ソースの小袋の封を切ろうとした。

 しかし、その動作にマリルが反応した。


「ストップ! ルーちゃん、まずは一回、齧る程度でいいからそのまま食べてみて」


「ソース無しでか?私はたっぷりソースかかったメンチの方が好みなんだが……」


「ふふふ……その常識、ぶち壊してやんよ。騙されたと思って食べて、お願い」


「……う、うむ。では……!」


 アツアツのメンチカツを、ルーティアはふーふーと息で冷まして、慎重に齧った。

 サクッ。

 衣が砕け、薄茶色とピンクのメンチが顔を出す。装甲を砕き、本体が顔を出し、ルーティアの口の中へと侵攻した。


「……うッ!? こ……これは……ッ!!」


 ほのかに感じる、パン粉を使った衣の優しい味。しかしその優しさと同時攻撃(ダブルアタック)を仕掛ける、刺激。


 それは、溢れ出る『肉汁』であった。


 単なる肉汁ではない。肉の旨味と程よい香辛料で武装した、その味。まるでひき肉から溢れ出る、極上のスープ。


 舌を通り、喉を通るその時まで、熱々のそのスープはルーティアの味覚を刺激した。

 ゴクン。メンチを、至福の表情で飲み込む。


「……うまい……ッ!!なんだこれ……!ソース無しで食べられるメンチカツなんて……!!」


「でしょ?『肉のヴァーンズ』は、その名の通り精肉店だからね。肉を知り尽くしたお婆ちゃんが作る、至高のメンチカツってわけ。だからまずは、ソースをつけない肉本来の味を堪能して欲しかったのよ」


「なるほど……。これは確かに、素晴らしい味だ……!肉そのものの旨味を凝縮した、スープのようだ」


「うむ、いい例えだ愛弟子。ま、最初に何もつけずに食べてもらったのは他にも理由があってさ」


 マリルは一口齧ったメンチカツの上に、中濃ソースをとろーっとかけた。


「こうした方が、齧ったところが受け口になってソースが零れないで食べられるのよねー♪」


「なんだ、結局ソースかけるんじゃないか」


「あはは、確かにそのままでも美味しいんだけどさ。メンチカツって……ソースと一緒に食べるのも、最高なんだよねー」


「わかる」


 ルーティアも深く同意をして、同じく齧り口に自分のソースをかけるのだった。



――


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