第8話 教科書は誑かす
職場に戻ったところで俺を待っていたのは、ガストンの偽装自殺事件を持ち込んだ捜査員だった。
「お疲れ様です、捜査官殿」
「何かわかったのか」
歩きながら問いかけると、捜査員は手帳を開きながら報告してくる。
「あの教会の物置ですが、数日前から鍵が壊されていたそうで。いったい誰の仕業なのかはまだ分かっていません」
「ガストンの遺体発見現場か……教会の神父の話は聞いてきたか」
「ええ、その……」
言いにくそうにしている捜査員を振り返ると、言いよどんでいた表情と目が合う。
どこか悲しそうで、困惑したような表情をしていた。
「捜査官殿がおっしゃっていた、あの話は本当でしょうか」
「あの話とは」
「いえあの、爪の……」
捜査員の要領を得ない言葉を簡単にひも解いてみる。
どうやらあの遺体の爪に引っかかっていた皮膚片のことを言っているらしい。
「あんな小さな、しかも爪の間に入っているゴミみたいなものですし」
俺は仕方なしに頭を掻きむしってから続けた。
「……俺が異世界転生している記憶を持っていることは知っているか」
「え、ええ、その話は一部のものには有名ですから」
「前世いた世界では、あの皮膚片から個人を特定し、裁判――つまり量刑を決める決め手にもしていた。それだけ証拠能力の高いものだということだ」
「では……本当に、そうなのですね」
ため息をついた捜査員は少しの間何かと戦うような表情を見せたが、静かに顔を上げる。
「神父様の左手甲に、包帯が巻いてありました。……妙に、隠すように」
「なんだと?」
「農作業中に猫に引っ掻かれた傷、と言われましたが……それなら、隠す必要もない気がしますし」
「包帯を解いて中を見せるように言ったか」
「さすがにそこまでは……」
詰めが甘い。そこまで行ったならもう一歩踏み込めばいいものを。
心の中で舌打ちをして、それから考える。
神父がガストンを殺害した犯人である場合、この人物が一連の「広域犯罪」の指示役である可能性が高い。
だとすれば、裏を取る必要があるだろう。
トクリュウ型の犯罪であれば、ガストンのようにその日暮らしのホームレスなどを雇い入れて、お互いは初対面、という場合も考えられる。
だが――。
「頼みがある」
振り返り、話しかけた俺に、居住まいをただした捜査員が首をひねった。
◆ ◆ ◆
「似顔絵できました!」
同僚が捜査員と一緒に部屋から出てくる。
紙に描かれたどこか穏やかな人物をちらりと一瞥した後、そばにいた捜査員に確認する。
「似顔絵の人物は神父の容姿で間違いないな?」
「はい、私もよくミサでお世話になる教会ですので、間違いありません」
低く、どこか覚悟か決まったような捜査員の言葉に、同僚が嬉しそうに笑う。
「これで犯人を追い詰められますよ!」
「いや、もう一つ似顔絵を描かせてくれ。これをベースに、帽子とマフラーで顔を隠したバージョンを」
「え、でも……」
反論しようとする同僚を振り返る。
「ガストンが殺されたということは、失敗した際の対処法もマニュアルに書かれている可能性がある。相手に顔を知られないという対策は間違いなく初歩の初歩だ」
「わ、わかりました。でもそれじゃ、犯人につながる手掛かりは……」
「ああ、現状、ガストンが残した皮膚片だけってことになるな」
うーん、と首をひねり、それから同僚はあっと声を上げて叫ぶ。
「あの、ケイジ捜査官が言ってた『死亡推定時刻』! あれで『アリバイ』? でしたっけ。を確認するとか!」
「覚えたての言葉を使うな。ガストンの死亡推定時刻は捜査員たちが教会の物置に踏み込んだ日の前日の夜。この街のほぼ全員に『アリバイ』はない。俺も、お前も含めてな」
「……うーん、うまくいかないもんですね」
「捜査ってのは一つずつ可能性をつぶしていくもんだ。今回顔を隠さずリクルートをやっていたのなら御の字、そうでなくても、少なくともそんなところで尻尾を出すようなバカではないとわかるだけ捜査は進展する」
「な、なるほど……」
同僚も捜査員も熱心にメモを取っているが、別に俺としては物珍しいことを言っているつもりはない。
……なんだか妙な気分だ。
「あとは、転売の痕跡か。宝飾品が転売された情報は?」
「まだありません。ただ最近、前リードマン男爵領の家令におかしな動きが……事件とは関係ないかとも思いましたが、なんとなく気になって」
「どんな動きだ」
同僚の言葉に問いかける。
「毒物を購入する際に接触していた辺境伯領の商人に、再び接触を試みているようです」
「関係ないならないでいいが、関係がなかったとしても黙って見ているわけにはいかん状況だな」
毒殺事件で胸ぐらをつかんだあの男を思い出す。
男爵が死んだ以上、あの領は現在ガランディア侯爵の直轄領扱いだ。
何の後ろ盾も失った家令が領外の商人と接触するには侯爵の許可が必要だが、そんな許可は下りていないだろう。
「ちっ、ここにきて余計な仕事を増やしやがる」
呻く俺の声に、同僚が苦笑を浮かべた。
「引き続き動向を監視します。ケイジ捜査官は広域捜査を続けてください」
「ああ、助かる」
そういうと、俺は上がってきた似顔絵を手に部屋を出て行った。
◆ ◆ ◆
捜査の結果、各地で「帽子とマフラーの人影に仕事を世話してやると言われた」という証言は取れた。
ただ一方で、その人物が「神父と同一人物である」という確証も得られなかった。
結局、この程度で尻尾を出すようなバカではないということだけは確かなようだ。
事件が進展したのはリードマン男爵の家令の件だ。
辺境伯領の闇商人と接触、取引をしているところを捕縛された。
押収品の中に強盗事件で奪われた宝飾品が一部含まれていた。
「まさかこんな場所で再会するとは思いもしなかったな」
無理を通して取り調べに乗り込んだ俺に、家令は疲れ切った顔で返した。
「……奥様は家政をうまく取り仕切っておられましたが、それでも男爵の浪費癖はひどく……もはや奥様やわたくしの力では、使用人たちの次の勤め先どころか、退職金を出してやることすら」
「それで、強盗を雇って宝飾品を奪ったか」
「いえ……まさか。ある日お客が来られて、宝飾品を換金するつてが欲しいと」
「それは……こいつか?」
そういって神父の似顔絵を見せると、家令は黙って首を横に振る。
「大きな帽子とマフラーで顔を隠しておられましたので、顔までは」
「そんな奴、怪しいと思わなかったのか」
「提示された報酬は破格でした。精神的に限界の奥様のお手を煩わせず、わたくしの一存で罪のない使用人たちに少しでも生活費を分けてやるためには、背に腹は代えられませんでした」
淡々と話す家令の言葉は、すべての罪を背負って地獄に落ちる覚悟を秘めている。
「……ばかなことをしたな」
「そうですな。結局わたくしを捕まえたところで、あのお客の正体はわからぬまま。わたくしもあなた様も、まんまとしてやられたというわけで――」
言葉の途中で、身を乗り出して胸ぐらをつかむ。
「してやられた? ばかを言ってんじゃねえ」
家令は黙ったまま、唸る俺を見返す。
「強盗も、その指示役も、一人残らず捕まえてやる。てめえも無事に帰れると思うな」
「……いまさら」
疲れ切った顔をさらにやつれさせて、家令は乾いた声で笑った。
「いまさらわたくしに、帰れる家などございませんよ」
◆ ◆ ◆
捜査は暗礁に乗り上げた。
当然だ。どれだけ証拠を積み上げようが、指示役に手が届かない。
あと残された証拠といえば、神父の手にあるというひっかき傷だけだ。
俺は最後の手段として、俺は最重要容疑者として浮上した教会の神父に接触することにした。
「ようこそ捜査官殿、おいでくださいました」
柔和な表情の神父を前に、俺は黙って物置に目をやる。
「あそこに過去ホームレスが入り込んだことは」
「家を持たない方に一夜の宿を所望されることがあった場合には、時折開放しておりましたが」
「……物置を?」
「ベッドなどのゆとりもなく、礼拝堂を使ってもらうわけにもいきませんので」
俺は疑いの目をそのまま向けて、静かに後ろへ下げた神父の左手をにらんだ。
「……その手」
「ああ、猫に引っ掻かれてしまいまして」
「傷を見せてもらっても?」
「捜査官殿に見せるものではありませんよ」
神父の表情が険しくなる。
そこで俺は、静かににらみつけた。
「ここで発見されたホームレス『ガストン』の左指には、土と一緒に皮膚片が残っていた」
「ガストンさん……、ああ、知っています。ここで首を吊っていた方ですね」
「あれは殺人だ。自殺じゃない」
「そんな証拠がどこに?」
「答える必要はない。というか、その言い方。以前から殺人だと知ってたような口ぶりだな?」
「……」
神父は黙り込んでいる。
「疑われるようないわれがないのなら、ガストンの指の皮膚片とあんたの腕の傷を照合させろ」
「……」
「どうした、返事は?」
詰め寄ろうとした瞬間、クスリと神父が肩をすくめて笑い出す。
かと思えば、自分から包帯を外してかざして見せる。
そこには、明らかに「猫ではない何か」に掻き破られた痕があった。
「……てめぇ」
「これで満足ですか?」
そういってもう一度包帯を巻きなおす。
「……なぜガストンを殺した」
「それが必然だったからです」
神父はまるで今日の天気でも語るように殺人を語る。
「仕事でミスが重なれば、そしてそれで職場のダメージが大きくなれば、それなりのペナルティを受けるのは必然でしょう。ガストンさんはその責任をとった。それだけのことです」
「……つまり、その仕事とやらの指示役をお前がやっていたことも認めるんだな」
その言葉に、神父ははっと何かに気づいた顔をして、次いで困ったように微笑んだ。
「まいったな、言葉尻をとらえて自白ととられるなんて」
「各領内に分散した広域強盗事件。その指示役をやってたのはお前で間違いないんだな」
「ええ、といってもそれの何が犯罪ととられるのか、私にはわかりませんが」
「……なに?」
神父の言葉に怒りを覚えて聞き返す。だってそうでしょう、と神父は笑って見せた。
「私は確かにお金を出して人を雇いました。その方々にこんな風にすれば宝飾品が手に入ると知恵をつけもした。ですが、実際に強盗を行うだなんて思いもよらなかった」
「……そう言い訳するように、教科書に書かれてるわけか」
余裕の笑みが少しひきつったのが見える。
「お前が何かしらのマニュアルに沿って犯罪を行っている可能性についてはすでに想定済みだ。お前はガストン殺害容疑もかかってる。そんな言い訳をしたところで、捕まらない理由にはならない」
「……」
神父は黙したまま、静かにこちらをにらんでいる。
「……そうです」
ややあって、神父は低い声で言葉を継いだ。
「私はあのお方から『楽譜』をお預かりしただけ。その通りに演奏しただけ。そしてそれは、私の意思によるもの」
「どういうことだ」
「私は常々思っていた。弱きものには愛を。強きものは施しをすべきだと。だが悲しいことに一部の人間しか、施しを行おうとしない」
「だから宝飾品を奪い、その奪った金品を社会的弱者に施すってか。バカなことを言ってんじゃねえ。それは単なる犯罪だ」
「そうでしょうか。いつか施されるものであるのなら、今であってもいい。それに、この『楽譜』が有効であるとわかれば、多くのものがその『演奏者』になりたいと手を挙げるでしょう。なにしろ、顔を隠してしまいさえすれば、あなたは追えない」
「だが、その楽譜とやらも今回の件で失敗に終わった。残念ながらコンサートはこれでしまいだ」
「いいえ」
神父は笑った。聖職者にあるまじき、陶然とした表情で。
「あのお方がいらっしゃる限り、楽譜は何度でも書き直せる。新しい曲だって作れる。
私の失敗ですら、あのお方の糧になる。私の役割はそれでいいのです」
「まて、あのお方ってのは誰のことだ」
「私も詳しくは知りません。ただ私の嘆きを聞き、楽譜を授けてくださった。それだけの事です」
そういうと、神父は制服を脱ぎ捨て、放り出してから歩き出した。
「さあ、私の役目はこれまで。まいりましょう。どこへでも」
「……」
「ああそれと」
神父は――いや、もはや神父でなくなった男は、振り返ってニコリとほほ笑む。
「勉強熱心な後輩の方がいらしてうらやましいですね」
「……なんだと?」
男は歩き出す。
その後は、何を聞いても、答えようとはしなかった。
◆ ◆ ◆
「お疲れ様です、ケイジ捜査官!」
職場に戻った俺を待っていたのは、同僚だった。
「あの神父、取り調べに素直に応じているらしいですよ」
「……そうか」
ガストン殺害に、広域強盗事件。
神父は関与を認め、これまでにどこでリクルートを行ったのかを白状しているようだ。
「なあ」
あの神父と話をしていて、気になったことがある。
――「顔を隠してしまいさえすれば、あなたは追えない」――
この手の捜査で俺が多用する似顔絵による目撃証言の確保を、あの男は知っていた。
広域犯罪とはいえ、俺がかかわったのはガランディア侯爵直轄領の事件が最初だ。
なのに、なぜあの神父は、俺が「似顔絵捜査を多用する」ことを知っていたのか。
「お前、俺の捜査方法を誰かに話したか」
きょとん、と同僚が目をしばたたく。
「えっ」
「……いや何でもない、忘れてくれ」
まさかそんなことはない。気にしすぎだ。
俺は首を振って報告書を書こうとデスクに戻った。
「えっと……その、何度か」
息を詰まらせたような声。
俺は無言で振り返る。
「だって……だってすごいんですよ。ケイジ捜査官が来られてから。検挙率も上がった。冤罪率なんてゼロです。
みんなに……みんなに知ってもらいたくて。ケイジ捜査官が、どれだけすごい人かって」
頭の中が真っ白になった。
これは、捜査手法が漏れていたのではない。
「……あの、ケイジ捜査官? 自分何か、変なこと……」
――俺が、手ずから教えていたのと、同じことだ。
「いい。何でもない。だがもう二度と、捜査情報を他人に漏らすな。解決後もだ」
「わ、わかりました」
頭を抱えている俺の姿に、同僚は息をのみ、そして静かに、しかし慌てたように、うなずいた。
――事件は終わっていない。
指示役である神父は捕まったが、神父が「あのお方」と呼んだ黒幕、犯罪の計画者はいまだ野放しだ。
そしてその夜――。
レイ・タカハマが監獄から姿を消したという知らせが、俺のもとに届いた。
ただ一枚の書置きを残して。
「芸術を汚す愚か者。さあ、再演を始めるとしよう」




