第7話 見えざる指揮者
「――自殺だと?」
俺は突然の話に目をしばたたいた。
似顔絵捜査で散々俺が引っ掻き回した、あの事件の時知り合った年嵩の捜査員が、困った顔でこちらを見ている。
「まったく困ったもんです。似顔絵でようやく追い詰めたと思ったら、今度は首を吊りおって」
どうやら、あの時の捜査方法はその後も有効活用してくれているらしい。
「それで、俺に相談とは」
「それによって捜査が振出しに戻ってしまいまして。何とかお知恵を借りられないかと」
申し訳なさそうに捜査員はいう。
初対面の時から考えると、ずいぶんと態度が軟化したものだ。
信頼関係の構築は重要だということだろう。……もちろん、嫌味でもなんでもなく。
「事件の詳細と、遺体も念のため確認できるか」
「はい、やつはその日暮らしで家もなく、遺体の引き取り手もないので」
俺は席を立つと、ほかの捜査官に外出の旨を伝えて、やってきた捜査員について部屋を出た。
道すがら聞いた話は以下の通り。
死亡したのは通称「ガストン」と呼ばれる男。本名は誰も知らないという。
ガストンは一昨日昼、その他3人の人物と領内の宝飾店へ侵入。
ハンマーなどを使って展示してある商品を盗み逃走した。
ガストン含め全員が顔を隠すように、帽子を目深にかぶり、口元にマフラーをして侵入した。
店員のほとんどが恐怖で動くこともできなかったという。
だが店主が決死の覚悟でそばにいたガストンに突撃。
もみ合ううちにガストンの口元のマフラーが外れ、やつだけ顔が分かった。
当局はその証言から似顔絵を作成、目撃証言を募ってようやくガストンの居所を突き止めた。
「で、捕縛に向かったところ本人が首を吊った状態で発見された、と」
「そういうことです」
「ガストンと共犯者が盗んだ宝飾品の類は」
「見つかっていません。仲間が持って行ったものと」
共犯者が共通で顔を隠していたのなら、別の犯人から事件を追うことは難しいだろう。
それにしてもこの手口、どこかで見た事があるような。
そんなことを考えながら、ガストンの遺体が安置された場所へ案内される。
ひんやりとした空気の石造りの壁。
布に包まれた遺体は、すでに死後硬直がほぼ全身に及んでいる状態だった。
「確かに、遺体というのは固くなるのですね」
「勉強熱心だな。以前言ったことを覚えていてくれたのか?」
「捜査官殿の知識が捜査に極めて役立つ専門的な知識だ、ということは、もううちの皆が信頼しておりますよ」
それはなにより、と世辞を聞き流す。
俺は死んだときのままの衣服をまとっているガストンの遺体をしばし注視する。
首を吊ると頸椎を骨折することがある。
ただ今回の事例については、そこまでの加重が首にかかったわけではないようだ。
彼の首は座ったまま、不自然な歪みはなかった。
「遺体が発見されたのは」
「昨日の朝です」
「遺体が冷暗所に移動していることも考えてあまり参考にはならんが、この硬直具合からして前日の夜には死んでたとみるべきか。……ん?」
遺体に不自然さを覚えて首元を確認する。
そして確信した。
「……違うな」
「えっ?」
「これは自殺じゃない。――殺人だ」
「ど、どういうことです」
「見てみろ」
動揺する捜査員に、ガストンの首に残った策状痕を見せる。
「首が縄などで絞まったときにできる痕跡だ」
「はあ……それが何か」
「首を吊ったとき、首にかかった縄はこうなる」
俺は自分のタイを外して自分の首にかけ、持ち上げて見せる。
「顎から耳の後ろにかけて。縦、あるいは斜めに痕跡が残る」
「ガストンの首に残っている痕は……真横についています」
「この痕をつけようとすると、必然的にこういう構図が見える」
そういってタイを首から外す。
今度は何かにタイを引っかけ、腕を交差させて絞め上げる動作。
「つまり、何者かが自殺に見せかけてガストンの首を絞めて殺した……」
「そういうことになるな」
自殺ではなく他殺ということになれば、これは捜査対象だ。
タイをコートのポケットに突っ込み、さらにガストンの遺体を検分する。
「遺体発見現場は」
「教会の物置です」
「よくそんな場所に逃げ込めたな」
「普段はほとんど使われていないそうですが、そこへ入っていくガストンを目撃したという証言がありまして」
報告の後半部分を聞き流しながら、策状痕を含めて再度状況を確認していく。
がちがちに固まった遺体はすでに血の気が失せていた。
体は冷たく、俺にとってそれは見慣れたものでしかない。
とはいっても、さすがに捜査員は俺がべたべたと遺体を触りまくる姿はやはり見慣れないらしい。
どこか興味深げに、じっとこちらの動きを見つめているのが気配で伝わってくる。
と、気になるものを見つけて俺は声を上げた。
「――これは……」
「何かありましたか?」
問いかける言葉を無視して、固くなった関節を苦労して持ち上げる。
そのまま、指先を光にかざすようにして目を凝らした。
「やっぱり。検死はしてみるもんだな」
そこにあったのは、赤い跡。
土に汚れた爪の中に、確かに皮膚片のようなものが挟まっている。
「……血ですか?」
「色からしてまだ新しいな。ガイシャ……ガストンの体に他に外傷は」
「いえ、それらしい傷は特になかったかと」
「なら、ガストンが首を絞められたとき、犯人に抵抗してついたものだろうな」
前世であれば科捜研に回してDNA鑑定を頼みたいところではあるが、この世界にそんなものはない。
とはいえ、この世界にもできることはある。
「ガストンの爪にこんな皮膚片が残っているということは、相当な力で犯人を引っ搔いた可能性が高い」
「引っ掻いた……それはつまり」
「犯人の体……いや、手だろうな。首を絞めている間に抵抗され、引っ掻かれた跡が残っている」
ほう、と詰まった息を吐きだし、捜査員は声を上げた。
「いや……まさかこんなに早く事件が進展するとは。やはり捜査官殿は違いますな」
「世辞はいい。ここからは君たちの仕事だ。ガストンが物置に入ってから一昨日夜半、物置に出入りした人物の目撃情報を徹底的に当たれ」
「了解しました!」
居住まいを正し敬礼する捜査員をしり目に、ガストンの遺体を再び布に包んでいく。
「にしても……最近多いらしいですな」
「なにがだ」
「いえ、強盗事件、というのでしょうか」
「強盗……事件」
こちらのオウム返しに、捜査員はぽつぽつと頭の中の引き出しを開けるように言葉を継ぐ。
「ええ。前リードマン男爵領で昨日、その前が……どこだったか」
「そんなに多いのか」
「困ったもんです。そうそう、アンドレイ子爵領でも一週間ほど前に」
こちらと管轄が違いますので、捜査状況が流れてくるわけではないのですが、と肩をすくめている捜査員の他人事のような態度。
管轄違いによる情報の滞留。前世でも起きていたことだ。
俺も他の管轄の事件に首を突っ込むことの危険性は理解している。
「妙なこともあるもんです」
「強盗など、特に珍しくもないだろう」
「そうなんですが……恰好と標的が。うちと同じような格好をして宝飾店に侵入する事件が多くて」
「――ッ!?」
その言葉には、まるで俺の頭蓋をたたき割るような衝撃があった。
「――それだ……!」
先ほどから気になっていた、ガストンたちの「宝飾店強盗」。
どこかで見た手口だと思っていた、その違和感がようやくはっきりした。
どこかで見た、ではない。
どこかで「聞いた」だ。
当然だ、その漏れ聞こえてくる強盗の目撃情報。
それが、まるで判を押したように「同じ」。
「手が空いている者に、今回の強盗事件の捜査資料をこちらへ届けるよう言ってくれ!」
「え、ええそれは構いませんが、ここまで捜査協力いただいた以上、わざわざ捜査官殿に最後までお手を煩わせることは」
「違う!」
俺は絶叫する。びくりと震える捜査員の肩をつかんで、歯ぎしりしながらうめいた。
「各領内で起きている強盗事件は共通点が多すぎる。
――これは、管轄を超えた広域犯罪だ……!」
◆ ◆ ◆
「まだ捜査資料とにらめっこですか、ケイジ捜査官」
「……ああ」
「それにしても広域犯罪? だなんて。そんなこと本当にあるんですか?」
各領内で発生した強盗事件の捜査資料を各領の捜査機関から「徴収」してきた俺は、夜半を過ぎてもその資料の比較検討を続けていた。
俺としても信じたくはない。
とはいえ、資料を検証すればするほど、その確証は強まっていく。
「あの、我々閣下直轄の捜査官といっても、何のアポも取らずに突然押しかけて『捜査資料をよこせ』はさすがに」
「……黙ってろ。問題があるなら閣下に銀バッジたたきつけて辞めてやるさ」
「そういう問題じゃ……」
何か言いかけた同僚をひとにらみで黙らせ、資料をめくる。
最初の事例は1週間前のアンドレイ子爵領内。
白昼堂々領内の宝飾店が襲われ、金品を強奪された。
犯人は4人組。いずれも帽子を目深にかぶり、マフラーで口元を隠していた。
次にガレア男爵領。5日前。
こちらも白昼堂々の犯行で、宝飾店を襲撃。
犯人は4人組で、帽子とマフラーまで共通。
3日前はガランディア侯爵直轄領。これは実行犯の一人ガストンが殺害されている。
そして昨日。前リードマン男爵領。
4件の事件はいずれも白昼堂々宝飾店を襲い、犯人は4人組、帽子とマフラーで人相を隠す手口。
――共通点が多すぎる。
ページをめくるごとに見えてくる共通点。
手が震え始めるのが分かる。
「……偶然じゃない」
「まるで、教科書でもあるみたいですね」
「……ほう、よほど殴られたいと見える」
恐ろしいことを言う同僚をぎろりとにらむ。
同僚はのけぞり、バタバタと両手を振って見せた。
「い、いやだな。本気にしないでくださいよ」
「冗談でも変なことを言うな」
「で、でも本当じゃないですか。なんか犯罪ハウトゥー本、というか」
「その表現のほうがよほど凶悪だが?」
俺の言葉に、うなだれた同僚は「すみません……」とうめく。
ため息をついて、俺は同僚の言葉を繰り返した。
「教科書、教科書か」
確かに、教科書といえば教科書のようにも感じられる。
この4件は、まさかその「教科書」とやらに従って行われている?
――何のために?
――「君がこの世界に新しい捜査手法を持ち込んだことで、それに対策を講ずる犯罪者が現れたということさ」――
ふいにタカハマのあのセリフが脳裏によみがえる。
まさか、俺の捜査手法が外へ漏れたことで、本当に対策する犯罪者が現れたのか。
しかも――組織的に?
タカハマが指摘したあの事件は、爵位を持つ特権階級が対象だった。
情報を精査し、「俺の目」をかいくぐることだけを目的にしたといっても十分通る。
だが、もしこの事件が「組織犯罪」としての犯罪の進化の兆候なのだとしたら。
……目の前が歪むような気がした。
口元を押さえ、荒くなる息を懸命に抑える。
ずきり、と目の奥が痛んで、顔を覆った。
――「この世界はもっと面白くなる。――君のおかげでね」――
「……くそったれが」
とっさに毒を吐くと、同僚がさらに慌てたように後ろへ下がった。
そして翌日――また事件は起きた。
今度はフェリシーズ子爵領の宝飾店。
また白昼堂々。
それは、まさにこれまでの事件と「判を押したように」同じ手口で行われた。
◆ ◆ ◆
「――悪いが、私はこの件に関して力を貸してやる気はない」
開口一番、タカハマが言い放った言葉に思わず目をむく。
「立場をわきまえた発言をするんだな」
「君こそ、この程度の事件で私の頭脳を借りに来るとはずいぶんと幻滅させてくれる」
言い返したタカハマの声は固い。
俺の来訪を喜んだかと思えば、事件のあらましを話した瞬間にこの態度。
「相変わらず、自分勝手でわがままな野郎だ」
「違うな。こだわりが強いと言いたまえ」
「もしかしてお前――」
ふと思うことがあり、探るようにその鉄仮面を見やった。
やつの仮面の下の目は、まるで虫けらでも見るように冷たくひそめられていた。
とはいえ、それは俺へ向けられたものではない。
「怒っているのか」
「こんなものに私が怒りを向ける価値があるとでも?」
そういいながらも、その言葉には氷もかくやと言わんばかりの冷たい響きがある。
「明らかなマニュアルに沿った、個人の知恵も能力も必要ない全自動型犯罪。この時点で前世での君はこう断定しただろう。これは『トクリュウ型』だと」
トクリュウ。匿名・流動型犯罪。
互いに顔も名前も知らない連中が、指示を受けて動く犯罪だ。
「群れて顔も名もない者どもが同じことをなぞるだけの手口。
――実に汚らわしい。あんなものが犯罪など、虫唾が走る」
「犯罪にキレイも汚いもあるか。広域で多発している強盗事件だぞ」
「だから何だというのだね。こんな知性や人間性が欠片も感じられないものに、関わる価値など感じられない」
「……だが、お前が言った『俺が犯罪を進化させている』のが本当だとして、その結果がこれって可能性もあるんだぞ」
「それならば実に嘆かわしいことだ。君には正しく犯罪を導いてくれると強く期待していたのに」
まるで俺が犯罪者を教育しているような言い分に、いまさらながら殺意が増す。
「で、その汚らわしい犯罪『モドキ』を撲滅するために、天才『犯罪芸術家』サマは手を貸さない、と」
「……皮肉を込めたところで私の考えは変わらないよ。あのような低俗で、凡庸で、芸術性の欠片もないものに、私の時間を割くつもりはない」
心の底からの嫌悪をにじませ、タカハマは吐き捨てながら顔をそむける。
そのまま低い声で続けた。
「……だが気を付けたほうがいい。この手の企みは『増殖』する。そのうち――私とは異なる意味で犯罪のコンサルタントを生業にするものが現れる――いや、もう現れているかもしれないね」
その言葉に、ぞくりと背筋に氷が這う。
しかしそれを振り払うように声を強めて言い返した。
「お前みたいなやつが二人も現れてたまるか」
「ある意味君にとっては、私以上に厄介な存在かもしれないね」
「……どういうことだ」
「言葉通りの意味さ。何しろ、毎回『同じ手口で』犯罪が発生するにもかかわらず、それを防ぐことも、犯人を捕まえることもできなくなっていく。そのうえそのノウハウを体得すれば、誰だって同じ手口で犯罪を起こせる。犯罪の『産業化』だ。これが君の教化の結果だと思うと、実に嘆かわしいよ」
やかましい、という言葉すら、出す気力が失われた。
――「犯罪の産業化」。
それこそ、まさにトクリュウ型犯罪の最も大きな特徴だ。
いや……まて。
もしもこれがトクリュウ型犯罪なのだとしたら。
マニュアルに沿って指示を出している『指示役』がいるはずだ。
だが、もしそうだとしても指示役にとってこの犯罪がうまくいくかどうかは賭けに近いはず。
なぜなら、俺たちだけだからだ。
トクリュウ型の恐ろしさを本当の意味で理解しているのは。
「まさか……この犯罪……」
ただの強盗事件ではない。
もちろん、「ただの」広域犯罪というのも、違う。
「――試してる、とでもいうのか」
出しかかった言葉の不吉さに、思わず声を飲み込む。
マニュアル通りに動いて、いったいどこまで俺の捜査の網をかいくぐれるのか。
たどり着いた推論に、思わず握りしめたペンがぎしりと音を立てた。
犯罪でPDCAを回すなんて、ばかげている。
だが、そのバカげたことが、実行されている可能性があるとしたら。
間違いなく、迅速に事件を解決しなければ、犯人はさらに手口を進化させる可能性がある。
そして、万が一にもそのノウハウが拡散するようなことがあれば。
「マニュアルを押収しなければ、大変なことになる……!」
俺はタカハマのことを無視して踵を返す。
部屋を飛び出し、捜査資料のある職場へ走り出した。
――だから、気づかなかったのだ。
タカハマが小さな声で言った言葉を。
「愚かなことだ。楽譜など、作曲家がいればいつだって作り直せるものを」




