第五話 夢の話
昨日、花火をした公園まで行くと、夏休み中の小学生のわいわい、ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が辺りに響いていた。
昨日線香花火をしていたのと同じベンチに座り、しかし昨夜とは違い、沈鬱な顔を晒しているのは怜治の方だった。
そんな姿に健一は声をかけつつ、肩をぽんと叩く。
「怜ちゃん、大丈夫か?」
怜治はそれに対して頷き、辺りで遊ぶ子供達を見遣った。子供達の賑やかな様子を目にして、塞いだような怜治の顔が僅かに緩む。部屋にいた時とは違って、今度は素直に口を開いた。
「実は昨夜なんだけど……」
怜治は昨夜の出来事をぽつりぽつりと話し始めた。初めは断片的に、徐々に筋道立てながら。夢現の間に突然女が現れたこと、その女が雪野と名乗ったこと、不可視な年の頃や雪野の容貌は事細かに。薄青い振り袖の中で金魚が波紋を起こして泳いでいたことも、最後に怜治の目玉に手を伸ばす直前の言葉も語った。
──その瞳、わたくしに入れてみたらどうなるか分かります?──
確かに雪野はそう言って手を伸ばしてきた。なのに気付けばそこには誰の姿もなく、人が座れる空間などなかったことが恐ろしかったとも怜治は語った。
「口に出したら気が楽になると思ったけど、全然そんな気分にならないな……」
そう呟いて、怜治は両腕を抱きしめた。公園の樹木の影になるベンチに座りながら、鬱々とした表情をしている。
話を聞き終えて、健一は宥めるような声を出した。
「そんな夢見てたのか。なんだか薄気味悪ぃな。昨日は俺起きてたから誰かいたんなら分かったと思う。だから怜ちゃんが見たのは間違いなく夢だと思うけど、それにしても気分はよくねぇよな」
全く悪い夢だ、と最後に呟く。しかしそこで、でもな、と健一は続けた。
「怜ちゃんの見たのは単なる夢だ。俺が婆ちゃんの人形を怖がってたのと一緒だ。今はまだ気持ち悪くても、冷静になったら直に忘れるって」
「そう思うか?」
当たり前だろ? と健一は大きく頷く。
「俺と一緒で単なる思いこみだ。その夢にこれっぽっちも意味なんてないさ」
怜治は健一から目を逸らし、公園で遊んでいる小学生の姿を瞳に映しながら、
「そうか……。そうだな。嫌な夢くらい、誰だって一回は見るよな」
溜息をついて言い切る。それからやっと笑顔を取り戻して呟く。
「そうだ。あの女が座る場所なんてなかったんだから、やっぱり夢なんだ」
そう言って、馬鹿馬鹿しいとばかりに一つ吐息を落とした。
そんな怜治を見て、健一は思わず笑ってみせた。
「昨日の夜とはまるで逆だな。同じ公園、同じベンチで、今日は俺が怜ちゃんを宥めるなんてさ」
「ほんとだ」
怜治も柔らかい笑みを健一に向ける。
それを受けて、
「悩みが一つ片づいたところで、昼飯食いに帰るか。さっさと戻らねぇと、お袋達に片づけられちまう」
「そうだな。帰るか」
その言葉が合図だったかのように二人は同時に立ち上がり、公園ではしゃいでいる子供達を尻目に家路についた。
帰ってから慌ただしく昼食を済ませて、昨日に引き続き『キング・オブ・シャドウ』に夢中になった。時々、建物の屋根の上から落ちてゲームオーバーになったり、モンスターとの対決で相手の攻撃を捌ききれずにゲームオーバーになったりと、怜治は悪態をつきながら、健一は大爆笑しながらゲームを続けた。
そうして遊んでいるうちに、怜治の中から夢のことは吹き飛んでいったようだった。いつもの明るい怜治の姿になっている。
そんな怜治を見て、健一は心のどこかで安心した。
だが散々遊び倒して夜も十一時に迫る頃には、二人共随分と集中力が落ちて、礼治は同じ場面、同じ構図でゲームオーバーを繰り返すようになった。まだ途中ではあったが、セーブポイントに辿り着いて、そこでゲームを終了した。
まったりとジュースを飲みながら二人は、敵との戦闘を振り返って失敗談に花を咲かせた。怜治と同じ場面で同じように健一も失敗したことが度々あったため、怜治の悔しさなどは手に取るように分かった。
しかしそれも長くは続かなかった。
すっかり疲れていたのだ。一度途切れた集中力を取り戻すのは難しい。
健一は力なくベッドに寄りかかり、怜治は布団の上に万歳をするように仰向けに転がる。
と、その怜治の手が何かにぶつかった。寝転がったまま頭上を見上げると、そこには祖母の形見の人形が入った箱があった。
怜治は片肘で起こした身体を支えると、
「健ちゃん、そう言えばこの人形、しまわなくてもいいのか?」
置きっぱなしにしてある木箱を見詰めながら言った。
「あぁ、それか……忘れてた」
健一も木箱を見詰めながら言う。
「まだ親父達起きてるみたいだから、今のうちにしまってくるか」
物置部屋は健一の両親の部屋の隣なのだ。あまり遅い時間にごそごそ音を立てるわけにはいかない。片づけるのなら今のうちだった。
「なら、俺も付き合うよ。人形持っていく」
言って怜治は起き上がると、木箱を手に取った。
それを見て、健一も立ち上がる。
「んじゃ、ちゃっちゃと片づけてくるか」
二人は部屋を出て階下へ降りると、物置部屋へと入った。健一は押し入れを開けてしゃがみ込むと、「箱」と言って手を伸ばす。
怜治は木箱を健一に渡すと、健一の後ろにしゃがみ込んだ。
「また押し入れの奥に入れるのか?」
「まぁ、こんなもの必要ねぇだろうし、適当に奥に突っ込んどけばいいさ」
健一は手前にある、何が入っているのか分からない重そうな段ボール箱を引っ張り出し、木箱をその奥に突っ込むと、段ボール箱を力任せに元に戻した。そして押し入れの襖をたんっと勢いよく閉める。
「よっし、終了。戻ろうぜ」
健一が言って、部屋に戻るように促した。もうこの部屋に用はないとばかりに。
その言葉を合図に、二人は物置部屋から健一の部屋へと戻っていった。
部屋に戻って二人は腰を落ち着けたが、特にこれと言って会話はなかった。
そうするうちに、怜治は何事か考え込む風になる。何事か考え込んでから口を開いた。
「なぁ、健ちゃん」
「どうした?」
「『雪月華』って、雪、月、華の名前がついてるんだったよな?」
「あぁ、お袋はそう言ってたけどな。それがどうかしたか?」
「昨日の俺の夢だけど……『雪』がついてた」
「は?」
健一は素っ頓狂な声を上げてから、突然何を言い出すものかと従兄弟を見た。
それに怜治は元気なく声を返す。
「だから、『雪野』って……」
その言葉を聞いて、健一は肩を竦めた。
「だからなんだよ」
返事を返されて、怜治は黙り込んだ。
そんな怜治を見て、健一はまだ気にしているのかと溜息をついた。
「偶然だろ? 怜ちゃんは人形見ても特に何も思ってなかったじゃねぇか。あれを怖がってたのは俺だ。俺に引き摺られてそんな夢見ただけだ。気にすんなって」
「うん……」
健一は、それとも何か? と言葉をかけた。
「また今日も変な夢見るんじゃねぇかって思ってるのか?」
健一をちらと見た怜治の目は、不安そうな色を湛えている。
それに健一は大仰に溜息をついて言った。
「分かった、分かった。じゃあ今日は俺が変な夢見て、明日、その内容話してやるよ」
突飛な申し出に、怜治は思わず吹き出す。
「なんだよ、それ」
「なんとなくだよ。昨日は怜ちゃんが見たから、だったら今度は俺の番かなってさ」
「なに馬鹿なこと言ってるんだよ」
怜治は流石に苦笑を浮かべている。
「なんだったら、怜ちゃんベッドで寝るか? そこの本棚のところにいたんだろ?」
言いつつ、怜治が凭れ掛かっている壁の隣を指さす。
その言い様に苦笑いして、
「別にいいよ。昼間寝たけど、寝不足は寝不足だから、今日はちゃんと眠れるよ。変な夢はきっと見ない」
言う瞳からは、少し不安さが抜けていた。
「そう言うならいいけどさ」
言ってジュースを一口、口に含む。
それから寝るまでの間は夢見の話を避けるように、他愛のない話をして過ごした。新作ゲームの話や夏休みの宿題の話、パソコンの話などだ。それらの話題の中でやはり一番盛り上がったのはゲームの話だった。どの雑誌で情報を読んだとか、公式ホームページでPVが公開されているとか、ゲームシステムがどうだとか、そんな話だ。
それでも午前一時近くになると、ぼうっとすることが多くなってきた。健一も昨夜は遅くまでゲームをして夜更かしをしていたものだから、流石に眠くなってきていたのだ。さっきから生欠伸ばかりしていた。
そんな感じだったからどちらからともなく、寝るか、と言う話になり、なし崩し的に今夜はそのままそれぞれの寝床に潜り込んだ。




