56話 美夜のため。
所用でした……!
♢
職員室で待ち受けていたのは、予想通り教育的指導であった。
配信から起きた騒動を、教師の一人が掴んだらしい。
それが早朝の職員会議で問題となり、本来なら朝礼の時間である今、呼び出しを食らっている。
担任の机の前、二人並んで立たされて、そりゃあまぁこってりとしぼられた。
「先生はなにも、動画配信していたことを怒ってるんじゃないのよ」
このセリフももう何回目であろうか。
耳にタコが数匹できて、明石に出荷できるレベルである。早々に玉子焼きなり、たこせんべいにして食べてしまいたいが、そうはいかず、まだつらつらと説教が続けられる。
「動画の中で住所がバレるような危険があることはしてもらったら困るの。
二人とも、もう半分大人よ。でも、半分にすぎないの。
だから付き合ってるのはいいし、とても仲が良いのも結構です。……でも、それを配信するのは問題よ」
とくに教師たちが問題視していたのは、刺激の強さらしい。
美夜が暴走したこともある。
たしかにあの生配信は、普段よりも過激な内容になっていた感はあった。
その点については、平謝りするほかなくて、美夜と頭を下げ続ける。
それでやっと気が済んだのか、先生がひときわ大きなため息をついた。
「このことは親御さんにも報告します」
俺はその言葉を聞き、つい隣を振り見る。
美夜は元から大きなその目をさらに見開いて、腰元で拳を握りしめていた。
その手は悟られないようにだろう小刻みに震えている。
ベランダで、美夜から家の話を聞いた時と同じだ。
親の話は美夜にとって、刃物を向けられるみたいなものなのだ、きっと。
本当に、今の彼女は怯えている。
こんなとき、少し前なら何かしてあげられたかどうか、正直分からない。
でも今は違う。
昔に戻ったみたい、なんて思ったのは、思い違いだ。
だって彼女は大事なパートナーだ。
それは、仕事の関係だけじゃない。ただ恋人とも違う不思議で不安定な関係だ。
でも、大切であることはたしかだった。
その彼女を救いたい。
そう考えたとき、自分でも驚くべきことがあった。
あの日失ってしまったはずの踏み出す勇気が、いつのまにか心の中を満たしているのだ。
梨々子のために失って、美夜のために得る。
自分でも不思議だったが、湧いてくるのだからしょうがない。
「それは、やめてください」
美夜の手に触れ、そのうえで言ってのけてやった。
彼女は心底驚いた目で俺を見る。
「残念だけど、山名が決める話じゃーー」
「なにも知らないからそんなことを言うんですよ。それがどれだけ細川さんを、美夜を傷つけてるか分からないんですか」
「ちょっ、山名ってば……それに、美夜って…………」
美夜は俺の袖を引くが、もう止まる気なんかない。
先生からの印象が悪くなるとか、たとえば推薦を貰えなくなったって、そんな話も知ったことか。
自分のことなんて、今はどうでもいい。
ただ大して知りもせず、美夜を傷つけられるのが許せなかった。
大事なことは口走らないように気をつけながら、俺は抗弁を続ける。徹底抗戦、泥沼化も辞さないつもりだったが…………
「分かりましたよ」
担任が折れるのは、思ったより早かった。
それで、よせばいいのに聞いてしまう。
「えっと、どうして」
「ふふ、あなたってそんなに喋れるのね、山名くん。
普段もの静かでしょう、あなたって。それに驚いたの。それから、細川さんのことを本当に大切に思ってることが伝わってきた。
だから、これ以上は聞かないし反省も見えるから、親御さんには言いません。なんとなく事情も聞いていましたしね」
「じゃあ、動画投稿は――――」
「動画も続けていいけど、今日言ったことは以後気をつけなさい。細川さんも、いい?」
二人、同時に首を縦に振る。
朝礼や夕礼の時さえ、動画のことで頭がいっぱいで、ろくに担任のことすら気にしてこなかった俺だ。
この時はじめて、うちの担任は理解のあるいい教師だと知った。
……それから30前半くらいで、そこそこ美人なのに、結婚指輪をしていないことも。
だが、これを口にしたら全てが台無しになる。
この寛大な対応もひっくり返るかもしれない。
だから最後まで神妙な素振りで振る舞い、美夜とともに職員室を後にした。
美夜が離してくれなかったから、いや、俺も離せなかったから、ずっと手を繋いだまま。
明日のお昼か夜の投稿で一区切りです〜!
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