30話 二人の指切りは、同じ班になるために。
ブレザーに籠り二人で温めあったおかげか、それともお姉が車(10年物のワゴンの軽!)で迎えに来てくれたおかげか。
その後の俺たちが、風邪を引くことはなかった。
「あーでも、思い返してみれば残念かも。風邪を引いておけば、お見舞いイベントが発生してたんだよ? それってめっちゃ大チャンスだったんじゃない? レアイベだよ、きっと。ゲームのガチャで言ったら、Sランクイベントだよ……っと!」
美夜が例のごとく、ジャムパンの袋を開けるのに苦戦しながら、こんなふうに冗談を飛ばせるのも、健康であるから。
ため息まじりの呟きは半ば独り言みたいな、ささやかさだった。
しかし別館の廊下では、狭い空間に反響して籠る。
最近では、ここが昼休みの定位置だ。
体育館裏でクラスメイトたちと遭遇したときのような危険はもう犯したくない。
もっとも人気のない場所をと色々試した末、スタート地点であるここに帰ってきた。
「二人同時に風邪ひいてたら、お見舞いなんてできっこないだろ。それに、俺の方はまず無理だろ。真っ先に来る人もいるから」
「あー…‥言われてみれば。第二のお母さんが黙ってないね。絶対近づけさせてくれなさそう。『うちの子に寄らないで、きぃっ!』ってハンカチ噛むの」
「……いや、そんなキャラじゃないからな、梨々子」
あの雨の日以降、より恋人らしく振る舞うための練習は、本当になし崩し的に再開となった。
授業中、先生に当てられて答えられなかった俺をフォローしてくれる。
先生の手伝いで荷物を運ばされていたら、積極的に手伝ってくれる。
こうした行動に、俺はひそかに感謝していたのだが、実のところは恩を売られていたらしい。
『受け取ったものは返してね?』
と脅しみたいなメッセージがあり、その日のうちに昼休みにはまた、こうして呼び出されるようになった。
恋人には程遠い、まるで任侠みたいなやり口だと思うのだが……彼女はそれを特段気にしていないらしい。
今も嬉しそうにジャムパンを口に頬張っている。
と、それを飲み込んで、
「そんなことより! 大事な話があるんだよ、今日は」
途端に真剣な調子で、彼女は俺の目をのぞき込む。
その綺麗すぎて、まるで星でも散らしたみたいな群青色の目に吸い込まれないで済んだのは、話の流れがまったく理解できなかったためだ。
「……なんかあったっけ? 記憶にないんだけど」
「大ありだよ。ほら、校外学習の話! 京都に行くってやつ。あれ、5限のロングホームルームで班分けがあるんだって。朝、先生が言ってたじゃん」
「あぁ、それか……。男子2人、女子2人の四人一組で班組むって話の、あぁ……あったな、そんなのも」
言いながらにして、どんどんとトーンダウンしていくのは、俺からすれば当然だ。
誰とも関わらないでいたいと言うのに、四人一組を強制されては回避のしようがないではない。
そもそも美夜の一件もあり、クラスで腫れ物扱いされている俺だ。
間違いなく、各所で譲り合いが発動してしまう。
さながら、総菜コーナーで最後まで売れ残る筑前煮だ。
半額シールがついていても、引き取り手が見つからない。
一方、目の前の少女は、そんな俺とはくるり翻って正反対だ。
男女問わず誰からも愛され求められ、引く手あまたに違いない。
お惣菜で例えるなら、やはり唐揚げだろうか。開店してすぐに売り切れが当たり前の超人気者で、大スター。
「四人一組、ほんと面倒だよねぇ」
だが、そんな彼女もなぜか憂鬱らしかった。
「四人一組くらい、細川さんは放ってても決まるんじゃないの。ほら赤松とか」
「それが嫌なの。私、別に赤松といたくないし。というか、四人じゃなくてさ……私は二人がいいんだよ」
「えっと、誰と?」
「わざと言ってる、それ? そりゃ、山名とだよ。一緒の班になりたい、私が一緒に京都に行きたいのは山名なの」
それは、本当に不意打ちだった。
俺はちょうど摘まんでいたほうれん草を、ごはんの上にぽろりと落としてしまう。
「……大人気の細川さんがなに言ってるんだよ」
「なに、って本気。旅行企画を通せなかった分、なにがなんでもって感じ!」
「……京都でも恋人の練習かよ。というか、二人は絶対無理だろ。四人って話なんだから」
そこを曲げて、二人きりの班など作れるわけがない。
ないはずなのだが、美夜はその花びらみたいな唇をにゅっと上げて、不敵に笑う。その顔は整っているからこそ、しっかり怖い。声だって、狭い廊下にこだますと、結構不気味な響きだ。
「二人は無理だけど、三人はいけるんだよ、これが!」
「……というと?」
「山名は他人に興味ないから知らないかもだけど、うちのクラスは39人なの。それで、女子が一人多い。四人組作ったら、一つは絶対3人になるの。その枠を私たちで埋めちゃうんだよ」
美夜は、もの知り顔でこう提案する。名案だとばかりに、らんらん目を躍らせる。
いくら恋人の練習のためとはいえ、美夜がこうして誘ってくれたことは素直にうれしい。
なんだかんだと言って、望んで陰キャをやっている身とはいえ、誰からも求められないことに傷つくくらいの心を持っているのだ、俺は。
が、前提としてそれは厳しい話に思えた。
「でも普通は、残った人が3人組になるだろ。俺はともかく、細川さんが残ることなんてありえないだろ。唐揚げなんだから」
「唐揚げ? え、私、唐揚げ? そんなに日焼けしてないよ、茶色くないと思うけど……」
「分かってるよ、要はそれくらい人気ってこと。どうやっても、残らないだろ」
「なるほど……。でも、まだまだだね、山名も」
どこかで聞いたようなセリフとともに、彼女はその磨き抜かれた顎に手をやり、軽くひねる。
そして美人が台無しになるくらいの、不気味な笑いをこぼす。
「そこは私に任せて。だから、一緒の班になろ。そういう約束して?」
「……俺はいいけど、どうするの」
「え、そんなの簡単だよ。前みたいに、みんなにガツンと言えば、空気が悪くなって――」
「いや、細川さん。それはやめよう、うん。あれ、後に引きずるから。クラス全員、楽しいはずの校外学習が憂鬱になっちゃうから! 前の一件、忘れたのかよ」
「だって、いやだから。私は山名と一緒に行きたいし、行けないとなると、今度は私が憂鬱になるよ?」
「それは大げさすぎだ。なにか違う策を考えればいい話だろ、もっと穏便な方法を考えればいいんだ」
「……じゃあ、約束して? 一緒に行ってくれる、って約束」
美夜は一度菓子パン袋のふちを折りたたんで膝上に置くと、右の小指だけをピンと立ててこちらへ差し出す。
つっと顎をあげて俺を見上げてくる瞳は、願い請うように潤んでいた。
「……分かったよ、約束な。少なくとも、そうなるような作戦を考えるよ」
俺は余計な事を考えないよう、こうそっけなく答えつつも、小指を合わせる、
ふにゃんと柔らかくて、しかも細っこいその指は、これ以上触れていてよいものかすら怪しかった。
思ったより冷たいその感覚は、俺の熱くなった思考を払ってくれる。
少し遠慮気味に、力を入れないでいると、彼女はぎゅっと一際強く、指を絡め返してきた。
空いた左手を、シルクみたいに磨き抜かれた頬に当てる。
「……あは、やば。嬉しいかも、結構マジで」
「爪長いな、細川さん。食い込んでる、結構マジで」
「え、うわ、ごめん! ネイルしてたんだった。えっと。とりあえず約束ね、指切った!」
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