23話 細川さんは努力の裏側を知られたくない
「今日の昼休みのアレ、さすがに危険すぎたと思うんだ」
五限、六限と冷静になって考えみて、ぞっとした。ぶるりと鳥肌が立った。
奇跡的に誰にもバレずに終わったとはいえ、それは運がよかっただけだ。もし一歩でもズレていたら、完全にアウトだった。
全てが白日の下に晒される危険がすぐそこまで迫っていた。
それを思えば、美夜に伝えないわけにはいかなかった。
放課後、細川家において。撮影する動画の内容を検討するネタ会議の前に、俺は彼女に提言する。
「あ、ちょっともう、今いい案浮かびかけてたのに~」
しかし、返ってきたのはこんな内容だ。
わしゃっと頭をかきむしって少しふくれっ面になると、その三日月のような眉を尖らせて不遜な目をこちらへと向けてくる。
そこに迫力を感じるのは、彼女の圧倒的な美しさゆえ。
各パーツすべてが整っていて、しかもそれがあるべきところに収まった顔は、どんな表情をしていても、人より絵になる。
「そんな風にすぐ忘れる案は大したことない。というか、会議の直前にネタ考えるなよ」
「考えてきたよーだ。考えてきたけど、直前に見直ししてたの。むしろ優秀でしょ、違う話をしようとする山名より偉い!」
「……それならいいけど。それより、昼休みのこと。あんなことがあるなら、もう学校では恋人の練習はやめたほうが――――」
「あーん、聞こえない、届かない、耳に入らない! むう、そのまま忘れてくれたらよかったのに」
「鳥頭じゃないんだ、そんなにすぐ忘れるかよ」
俺はこう言うが、美夜は、いやいやとばかりに首を横に振る。駄々をこねる子供みたいに、ふいっとそっぽを向き、唇をへの字に結ぶ。
さらには、ローテーブルに置いていたアイスティーのグラスをくいっと一気に煽ると、
「あー、私、のど乾いたかも! ちょっと飲み物取ってくるねー」
挙句の果てに、逃走をはかった。
取って付けた感満載の言い訳を残し、美夜は部屋を出ていく。
仕方なく、俺もその後ろを追うこととした。これを許していたら、たぶんずっとはぐらかされる。
ああ見えて、結構頑固なのだ、細川美夜は。
「あのさ……」
「聞きませんよーだ」
彼女が向かったのは、廊下を渡った先にあるキッチンだ。俺は美夜の背について、そこまで出ていく。
いくら何回も来ているとはいえ、人様の家だ。
どうしても目に入ってしまうリビングなどを、できるだけ、じろじろ見てしまわないよう手元ばかりを見ていると、それは目に入った。
「あ、ダメっ! や、これだけはダメ!」
美夜はちょうど熱湯を注いでいたポットを置くと、ぶんぶんと手を振り覆い隠す。それがダメとわかったら、身体を入れてまで隠し通そうとするのだが……
が、そのアイドル顔負けの細さを誇るウエストやらがあだとなって、すべてをカバーしきれていない。
調理台の上には、たくさんの小皿に乗せられていた。それらの上に乗っているのは、メンチカツやハンバーグ、生姜焼きといったおかずたち。
今日、弁当に詰まっていたオールスターたちだ。
……ただし、少し焦げていたり、形が崩れていたり、と試行錯誤の跡が垣間見えた。
「これは、えっと、そう! 戦いの跡なの! いわば、夢の国の裏側なの。ミッキーの中の人なの、これ。人様にお見せするようなものじゃないの!」
やっぱり、裏側にはかなりの努力があったらしい。これを俺のために――と思うと、胸の裏が熱くなってくる。
彼女はなおも、どうにか隠そうと身体を割り入れてこんとする。
が、俺はその小皿のうち一つを手にした。
「……あとで、食べてもいいか?」
「え、ダメダメ! これは私が裏側でこっそり処分しておくから。ダイエットサプリみたいに、綺麗になかったことにするの! あ、そうだ! それを食べるっていうなら、明日からも学校での練習は継続だよ? いいの? 食べた瞬間だからねっ」
逆転の一手のつもりらしかった。一転、美夜は口角をあげると、勝ち誇ったようにふっふっふと笑う。
俺はまどろっこしくなって、メンチカツを手でつかむと、口の中に入れてしまった。
『捨てる』なんて聞いたら、身体が勝手に動いてしまったのだ。
美夜はすがるように、俺の肩をゆする。
「……ほんとに食べた。あぁん、もう吐き出して!」
実際を言えば、なかなか刺激的なありえないくらいスパイシーな味付けだったが、それは口にしない。
ここで一番大事なのは、彼女が俺のために料理をしてくれたという事実だ。
ごくり、なんとか飲み下す。
「ばか、できるかよ。それに、ちゃんと美味しいよ。捨てるなんてもったいない」
「嘘つき。私、味見してるんだよ? 味知ってるし。めちゃ辛い」
「えっと、まぁ、それはそれで面白いじゃん。新しい扉を開いたよ」
「……むう、馬鹿にしてぇ」
「してない、してない。むしろ尊敬してるんだよ。それに感謝もしてる」
「調子いいこと言ってくれちゃってさ。……これで、恋人練習、明日からも続行で決まりね?」
「いいや、それとこれとは別問題だ」
なっ、と美夜は声をあげる。
がたっとキッチン台を揺らすほどの動揺で、ガラスティーポットの中では、紅茶が大きく揺れた。
「さっき言ったじゃんか。食べたら、恋人練習続行で決まりって!」
「別に、俺は頷いてないだろ」
「そういうの、屁理屈って言うんだよ。モテないよ、そういうの。今日の女の子にも幻滅されるよ」
「そのつもりもないから、いいよ。モテモテっていじられるより、よっぽどな。とにかく戻って少し話し合おう。こっちの意見が全てとは言わないからさ」
美夜は少し迷ったように、俺を何度か上目に見上げた。それから、ちょっと乱暴にティーポットを掴むと、
「……あの失敗作を美味しい、なんて言ってさ。そんなこと言われたら、聞くしかなくなっちゃうじゃん。ずるすぎ」
本当に小さな声で、ぼそぼそと溢すように言い、あごの下を軽く突くようにグーをくれる。
「話し合いだけね。まだ決まりじゃないからね?」
と、渋々ながら認めてくれたのであった。
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