第16話 誰よりも幸せに
リックはすぐにでも嫁いで欲しいようだったが、まさか短髪のままでは男性同士のようだったので、髪を伸ばさせてくれと願うと、お預けを食らったような顔をしていた。その情けない顔といったら。
それに、二人の間で愛を育むのも大切だと思い、私の自宅、王宮にて二人きりで話をした。
リックはやはり国王の素質がある。政治や経済の話は納得できるものばかり。
私は婚約者として、リックの少ない余暇を共に過ごし彼を近くで見つめた。
少しずつ、少しずつ女として男のリックに惹かれていくことが分かった。ああこれが恋なのだ。恋なのだな。リックのことをよく知っているとは解っているつもりだったが、まだまだ知らないことが多い。もっともっとリックを知りたくなっていった。
私の髪が肩まで伸びる頃。
私は着慣れない淡い桃色のドレスを着て、馬車に乗って王室へと向かっていた。
前に騎馬に跨がった近衛兵が12人。後ろに12人。
国家の旗は沿道にまで棚引いている。
今日は私が王室へと嫁ぐ日なのだ。
街中に色とりどりの紙吹雪が舞い、沿道ではたくさんの人だかり。鳴り物を鳴らしてお祭りのよう。
たくさんの露店の並びに、ドーナツの屋台を見つけて私は涙する。
ほんの一瞬だけだが、赤ん坊を背負って、客の子どもにアツアツのドーナツを渡しているライラの姿。そしてドーナツを揚げているルミナスの姿が見えた。
一瞬のことだから見間違いかも知れない。
だが、彼らは私の馬車が前を通り過ぎようとしたとき、こちらに顔を向けて少しだけ手を上げたのだ。
笑顔で──。
それだけで近況が分かった。
私たちは元気に幸せに暮らしていると。
だから、ジンも幸せになってくれと──。
「ジンジャー様。めでたい日に涙は不吉です」
陪乗した王室の書記官が私の振る舞いを咎める。
だが私の涙は止まらなかった。
「ああ、分かっている。だが哀しくて泣いているのではない。こんなに嬉しいことはないのだ──」
「左様でございますか。殿下との結婚。それは嬉しいことでしょう。心中お察し申し上げます」
そう。私もきっと幸せになる。きっと幸せになれるのだ。リックとなら。
ライラ。キミも私を応援していてくれよ。
王室へと嫁いで数日。
私とリックは大広間に集められた、国民からの進物を見に来ていた。
そこには宝物や民芸品。色とりどりのフルーツや大きな魚。
この全てを私たちが食べれるわけではない。家来や使用人に分けられていくだろう。だが私はあるものを探していた。
「さっきから何を探しているんだい。ジンジャー」
「いいからリックも探してくれ」
「なにを?」
「分からない」
王太子と王太子妃がたくさんの貢ぎ物の中から探し出したもの。
それは小さい麦袋。表には大きく「あなたたちの親友より」と書かれていた。中には上質の挽かれたばかりの粉。私はそこに涙を落とす。
「どうしたんだいジンジャー」
「いやぁ。国民からの気持ちが嬉しくてね。誰かある。この小麦粉で、さっそく菓子を作ってくれ。そうだな。ドーナツがよかろう」
私とリックは、揚げたてのそれを食べながら午後の紅茶を飲んだ。そんな一時に幸せを感じる。
「嬉しそうだなジンジャー」
「ああ。幸せだ」
「私もだよ。キミより幸せだ」
大空に白い鳩が舞う。悠久の幸せ。
それはどんな形であろうと。
自分が楽しめばそこは楽園なのだ。
「さぁて負けてはいられないぞリック」
「誰に?」
「もちろんライラだ。あんな幸せものよりももっと幸せにならないとな」
「ふふ。ライラが幸せでいられる。国民たちが幸せでいられる。それこそが王族の幸せなのだよ」
「ほーう。聞いた風なことをリック」
私はリックの胸を肘で小突く。
少し前のめりになるリック。痛かったか?
たしかにそうだ。みんなを幸せにする。それがライラの幸せでもある。
国民たちが幸せでいることこそ私とリックの幸せなのであろう。
私たちはテーブルの上で手を握り合い、いつものキスをした。手を握るリックの力が強まることを感じる。
「もう決して放さない」
「食事とトイレのときくらいは放してくれ」
「いや、その時も放さない」
「──勘弁してくれ」
やっぱり多少、彼は愛と情熱の度合いがキツすぎるかも知れないな。
分かってはいたが笑ってしまった。