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33 猶予は三年

 あの時のロータス殿下は、少し怖いと思ってしまうほど、いつになく真剣だった。


「魂と肉体は密接な関係をとっている。例えるなら皮膚と血だ。皮膚を無理に剥がせば血が流れるように、魂を肉体から傷付かず剥がすことは現在の魔術では不可能。今の余(・・・)では、それは無理だ」


 殿下は一度話を区切って、「そして」と付け加えた。


「今のイザベラは魂が二つ入っている状態だ。当然だが、そんな状態が長く保つはずがない。余が定期的に彼女の身体を診るとしても、もって三年。つまり、イザベラを助けられる猶予はあと三年だ」


 私はそう言われて始めて、焦りを覚えた。

 正直に言ってしまえば、楽観視していた。殿下が何とかしてくれるだろうと甘えていたといっても良い。

 三年。長いようで短い期間だ。そんな短期間で、ロータス殿下すら助けられないイザベラを、私が助けることはできるのだろうか、と十四歳の頃の私は不安になった。

 そして残念ながら、その不安は未だ解消されず、むしろ益々強くなって私は学園に入学する年齢となってしまった。今年の夏で十六歳。あの頃から、何の解決策もなく二年も過ごしてしまったのだ。


「はぁ……」


 美味しい紅茶に心を癒されてなお、私は何度目かわからないため息を吐いた。

 リリアが心配そうに声をかけてきてくれる。


「アザレア様。そう思い詰めないでください。きっと、イザベラを助ける方法が見つかりますよ」


「うぅ……ごめんなさい、リリア。心配かけて。もっと私が魔術に詳しければよかったのに」


 私は閉じた魔導書をチラリと見た。

 元々ロータス殿下から「脳筋」と評されるだけあって、私は魔術があまり得意ではない。一応何かヒントでもあればと専門書を読み漁ったが、さっぱりわからずまいだった。私の魔術に対する知識は、殿下はおろかシュナの足元にすら及んでいない。あの二人が魔術で解決できないのに、素人の私ができるはずがなかった。


 そして勉強して理解したあの二人の凄さ。殿下はともかく、シュナの論文が有名な本に掲載されていたときは著者を二度見した。殿下曰く、シュナは事情あって彼名義の論文より他人の名前で掲載された物の方が多いらしい。どういった状況でそうなったか私には知りようがないが、なるほど、大天才と自称するだけはある。勝負なんかしていないけど、私は何だか少し負けた気分だった。


 ともかく、私が二年間も費やして魂と肉体を傷付かず離せる魔術を探した結果、得た収穫は一つ。

 魔術でイザベラを助けることは無理だということだ。


「やっぱり、サイサリスの予言書とやらに頼らないとダメみたい……」


 私が項垂れていると、リリアが首を傾げる。


「予言書というのは……夏の聖歌祭で歌姫を務めた方が閲覧できるという、あの宝物ほうもつのことですか?」


「そうそう。未来を見通せるなんて、ちょっと私には信じられないけれど」


 私は気乗りしない調子で言った。

 サイサリスの予言書とは、ワラフの神託を記している書物らしい。普段は空白で何も書かれていない状態だが、いくつかの条件を満たすと読み手が望む未来を教えてくれるという不思議な本だ。


 大昔、一人の少女が流行病に苦しんでいた老婆を歌で癒し、その礼として渡されたのがこの予言書とのこと。お察しの通り老婆はワラフ神が化けていた姿で、病が流行っていた季節は夏、そして少女の名前はサイサリスだった。こうした逸話から、疫病退散として夏に聖歌祭を行うようになり、主役の歌姫には褒美として予言書を読ませるという習わしになったそうだ。


 基本的に歌姫は教会と貴族で交互に選出している。ありがたいことに、今年は貴族側からの人選だ。対象となるご令嬢は学園に通っている十六から十八歳程度。

 つまり、十日後に学園に入学する私も対象ということだった。


「確かに、かの予言書ならばイザベラも助かるかもしれません。しかしそれなら、教皇様から事情を話して拝見させていただくことはできないのですか? アザレア様なら許可をいただけると思うのですが……」


 リリアの尤もな疑問に、私は苦い顔をする。


「もちろん考えたわ。でもやっぱり、その……教皇様に事情をお話しすることについて、両陛下があまり良い顔をしなかったのよ……」


 両陛下と教皇様の仲は比較的良いが、今回のことに関しては事情を話さない方が良いとの判断だった。政治的事情があるのだろう。ただでさえ私は両陛下に迷惑をかけている状況なのだから、これ以上の我儘は言えるはずがなかった。


「一応、教皇様に予言書を拝見できないか掛け合ってみたけど、ダメだった。それに、サイサリスの予言書を読めるようになる条件の一つが、歌姫になって聖歌を歌うことらしいの。どちらにせよ、聖歌祭に参加することは確定だわ」


「そういうことならば、歌姫に選ばれないといけませんね。私に出来ることはなんでも仰ってください。喜んでお手伝いさせていただきます」


 リリアの明るい笑顔に対して、私は曖昧に笑って誤魔化した。

 彼女の言う通り、予言書を使えばイザベラを助ける方法がわかる可能性が高い。というより、もう、それぐらいしか思いつかないぐらい現状に行き詰まっている。

 魔術では助けられない。こっそり高名な魔術師や医者に尋ねても、お手上げ。結局、最後は神頼みということになってしまった。


 正直、予言書に対して私は懐疑的だった。

 魔術といった不可思議な力や空飛ぶドラゴン、魔王をはじめとする魔物が蔓延るこの世界なら、未来を見通せる本があってもおかしくはない。

 おかしくはないけど……ものすごく、胡散臭い。

 未来がわかるだなんて、もちろん魅力的だ。だが、未来に起こる出来事が全て幸せなわけがない。それをサイサリスの予言書は読み手が望む未来だけを教えると言って、恣意的に都合の良いものだけを見せ、不都合を隠している印象がある。まるで詐欺師の手口。いや、詐欺だって証拠はないんだけどさ。そんな印象を、私は持っていた。


「大丈夫ですよ! アザレア様なら、必ず歌姫に選ばれます!」


 浮かない顔をしていたのか、リリアが私を励ましてくれる。

 私は彼女に礼を言って、窓の外を見た。


 入学式まであと十日。

 学園には、原則、国中の貴族の子供が通うことになっている。

 そこにはもちろん、あのエリーゼも含まれていて……。


「本当、この先、どうなっちゃうのかしら……」


 魔物に身体を乗っ取られたイザベラのこと。つい先日まで外国にいる親戚の家に滞在していたエリーゼのこと。

 そして、色々あって返事を後回しにしてしまっている、ロータス殿下のこと。

 これから起こり得る未来のことを、私は想像すらできなかった。


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― 新着の感想 ―
コミカライズされていたのでこちらに馳せ参じました。規格外な王太子と脳筋でも人の心を忘れていない婚約者。2人がどんな世界を作っていくのか興味あります! 続きますように!
[一言] 続き書いて欲しいです。
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