32 オーデンス領の事件後
オーデンス領に帰った後、私達はナブラとイザベラのことについて両陛下に正直に話した。その際、王宮をこっそり抜け出したことがバレたが、意外にも怒られることは無かった。呆れられただけかもしれないし、いつもの殿下の無茶振りだと思われたのかもしれない。私には両陛下の真意を読み取ることはできなかった。
ともかく、イザベラをナブラのまま伯爵家に帰すわけにはいかず、しかし何も処置をしないというわけにもいかない。私の反対を押し切って、両陛下は最初彼女を投獄した。だが、次の日には脱走しロータス殿下と私が連れ戻す羽目になったので、主人としてすぐに対処できる私の元で監視した方が良いとの結論になった。
……流石に、彼女の死刑を考えられた時は、生きた心地がしなかった。ロータス殿下が「下手に殺すと何が起こるか不明だから生かしたままの方が良い」と、後押しをしくれたのもあって、ナブラは私の従者として——要は、イザベラがそうしてきたように、侍女を務めることになったのだ。
いつぞやの吸血鬼伯爵のように人々が混乱するのを避けるため、ナブラの存在は極秘事項である。表向きにはナブラはイザベラであり、彼女の両親にすら入れ替わった事実は伝えられていない。
もしかしたら、イザベラが私に毒を盛ろうとした原因は、彼女の両親にあるのかもと考えたりしたが……行方知らずの娘の無事を知って、涙を流した彼らを私は疑えなかった。彼らに「イザベラは本格的に侍女として私の側に仕えるから、しばらくは家に帰すことができない」と、嘘を吐き、ナブラを王宮に留め、真実が漏れないよう対処したのだ。
またしばらくして、リリアも私の侍女に復帰することを許された。
というのも、オーデンス領の一件から数日後、王宮に侵入してきた犯人が自首してきたからだ。
まさかあのエリーゼが自首するはずもなく、自称犯人は全く知らない男性だった。私が彼と対面する前に、犯人が牢獄で自殺してしまった。それ以上、事件については深入りを許されず、結局、自首した男性が犯人だということで落ち着いてしまったのだ。
リリアが戻ってきてくれたのは嬉しいが、事件の幕引きの仕方は素直に喜べない。
私は一連の核心に触れることができないまま、二年もの時を過ごした。
*****
「うぅ……難しい。頭が爆発しそう。どうして、魔導書というのはこんなに難解なのかしら」
私は片手で持つのは難しいほど分厚い魔導書を机に広げ、頭を抱えていた。
びっしりと細かい文字が詰め込まれたページに目眩を覚えながら、目的の魔術を探す。
「えーと、精神干渉系の魔術は……うん? 魂の物質化? 不老不死? 何を言っているのかしらこれは」
探していた魔術とは全然違う内容に項垂れ、私は魔導書を閉じた。
落ち込んでいる私に、リリアが紅茶を差し出してくる。
「少し、休憩にいたしましょう。アザレア様」
侍女を務め始めた頃とは違い、表情が柔らかくなった彼女を見て、私は頷いた。
「そうね。そうするわ。ありがとう、リリア」
淹れたての紅茶に口を付け、私はふぅと息を吐いた。
私は今、イザベラを元に戻す方法を探している。王妃教育の合間を縫って、宮廷図書館の文献や魔導書を漁り、それらしい方法を見つけては試してみているところだ。
だが、イザベラの身体からナブラの魂を引き剥がすことは叶わず、そのままズルズルと時が過ぎていき、気がつけばあれから二年も経っていた。
ロータス殿下やシュナにも協力してもらっているが、結果は芳しくない。
正直、殿下なら何でも解決できるのではないかと思っていた。口に出さなくとも、私は心の奥底からはそう考えていた。
だから、彼にはっきりと、
「殺すことは容易いが、彼女らを完全に元に戻すことは、余でも不可能だ」
と、告げられた時は、耳を疑った。




