13.そのころ勇者は(勇者編)
僕たちがダンジョンに潜り始めてからもうすぐ1ヶ月が経とうとしている。
その間、僕たちは自衛隊の引率を受けながら毎日ダンジョンに潜ってきた。
最初の方は皆モンスターを殺すのに忌避感があってひたすらスライム狩りをしていたけど。あれって生物に見えないからね。
そして1週間が過ぎ自衛隊の人の引率が無くなった。とはいってももしもの時の対応でいるだけなので、戦っているところは見たことがない。
本人が言うには10階層のボスを一人で倒せるであろう強さと言っていたけど、そもそもボスと出会ったことのない僕たちにはよく分からなかった。
それからも僕たちはダンジョン攻略を進めた。けがも沢山してしまったけど、ポーションと呼ばれる液体を掛けてもらったら一瞬で治った。曰く、切り傷程度なら一瞬で治してしまう効果があるらしい。
掛ければ腫れがひいたりと万能の薬だそうだ。ただし、それが入手できる階層がかなり深いので多用はできないとのこと。
薬としての効能はそこまでではないものの瞬時に治すという特性は売ったら相当な額になるだろうと言われた。ただし、政府からダンジョンが公開されるまで社会に出すことを禁止されていることに加え、今のところダンジョン内で手に入れたものは国の物として扱われているため、ほかのことに使うことはできないそうだ。
そうして遂に俺たちもダンジョンの5層、ボスの間までたどり着くことができたのだ。曰く、ほかのパーティーは既にボスを倒しているらしい。ただし、6階層以降に行くことは認められていないので4層で狩りをしているとのこと。
ダンジョン探索が許される期間は今日で最後となっている。挑戦できるのは1回だけになる。ここで僕たちのパーティーだけボスを倒すことができなかったら僕たちに期待してくれた方々を後悔させてしまうことになる。そんなことにはさせない。
扉に手を触れるとゆっくりと開いていく。中に立つのは醜悪な顔をした1匹のモンスター。頭の中に『ホブゴブリン』と文字が浮かぶ。大丈夫、聞いていた通りだった。
「皆、行くよ‼」
「「はい‼」」「おう‼」
3人から返事が返ってくる。いい仲間に出会えたものだ。
剣を構えて突っ込んでいく。力任せで行ったら押し返されると聞いたから敵の間合いの1歩手前で停止する。
「剛太‼」
「おうよ‼」
ゴブリンが持ち上げた剣を振り下ろすと同時に、横から大きな盾が突っ込む。このパーティーの盾役。剛太はこれまでも敵の攻撃を幾度となく防ぎ、僕たちを救ってきた。剛太はその怪力でゴブリンの体勢を崩し、そこにすかさず剣を叩きこむ。
「くっ、硬いか」
その分厚い皮膚に阻まれ、剣は浅く切り裂いただけだった。
「『ファイヤー』」
後ろから聞こえてくる、その声。パーティーの遠距離。魔法担当の有栖は、今までもその炎で敵をなぎ倒してきてくれた。
「皆さん援護します。『スタミナヒール』」
またもや響く別の詠唱。このパーティーの最後の一人であり回復魔法の使い手の梨沙。まだ魔法が1つしかないため怪我の回復はできないけど、体力を回復させるその魔法は僕たちに勇気をくれた。
ゴブリンの剣を躱し、剛太が受け流し、弾き。有栖の魔法がゴブリンを焼く。僕は幾度となくその硬い肌に剣をぶつけ続けた。
ゴブリンは次第に弱っていき、ついに膝をついた。勝ったと思った。思ってしまった。だから気づかなかった。ゴブリンの固く握った拳に。光る剣に。情報にはそんなことは言われていなかったから。
走馬灯のように景色がゆっくりと進んでいく。怖くて動けない。ゴブリンは最後の力を振り絞り、その力で最後の攻撃を仕掛けたのだ。『スキル』を。僕の人生はこれで最後だというのに、僕に襲ってくる切っ先を呆然と眺めることしかできなかった。皆、ごめん。
「勝手に諦めてんじゃ、ねぇぞー‼」
その怒声と共に視界に金属の塊が割り込んでくる。
「つなげ、お前の力で、ぶっ殺せ、ぐはっ」
ゴブリンの剣はその盾さえも紙屑のように吹き飛ばし、剛太は転がっていく。目を背けてしまえば、逃げることはできる。けれど彼がつないでくれたのだ。ゴブリンは盾に剣をぶつけたことで一瞬停止した。十分すぎるその時間。
「くらえぇーーー‼」
僕の突き出した剣は一瞬の抵抗がありながらも、ゴブリンの喉笛を貫いた。
そして霧となって消えていく。残ったのは金属のカード。通称スキルカードが5枚。
「勝ったな、ごほっ」
ふらふらと剛太が戻ってくる。骨は折れていないようだ。だとするならば。
剣を上に掲げ宣言するのだ。
「僕たちの、勇者御一行の勝利だー‼」
梨沙が近づいてくる。
「お疲れ様。私たちの勝利よ。あなたは本当に勇者だわ。勇樹」
その冗談でつけた勇者という言葉がすっと胸に落ちる。やり切ったという満足感と共に。
「おーし、皆。今日は帰って騒ぐぞー‼」
「えー、私疲れたから寝たいんだけど」
「私も今日は遠慮していいかな」
騒ぐ剛太はしかし、女子二人に断られた。
「なんだと、勇樹。お前は来るよな」
「ごめん、僕も疲れたから。寝たい」
ホブゴブリンが落としたスキルカードを手に取り、中身を知りたい。と念じるとカードは粉々になって消えていった。残りの3人も同じようにする。
『自己鑑定』と頭に浮かぶ。己を知るためのスキル。己が持つスキルを知るために必要なスキルでもある。このスキルが無いと、自分が覚えたスキルの種類すらも分からなくなってしまうらしい。5階層のボスを初めて倒したときの確定ドロップ品であり、以降の探索には必要不可欠なスキルである。ホブゴブリンを倒した人しか覚えることができないため、自分にしか使えない。残りの3人も同様に自己鑑定を覚えようとするも、1枚だけ皆には覚えることのできないスキルカードがあった。
「僕も使ってみるね」
カードに手を触れ、知りたいと念じる。カードはあっさりと粉々に砕け散った。
『威光』強者の風格。弱者の抗い。それは勇気あるものを強くする。
「『威光』」
そのスキルを使うと体が淡く光り、力が湧いてくる。
「自分を強化するスキルみたいだね」
3人の方を向こうとすると視界が揺れる。
そのまま力が抜けふらっとすると剛太に肩を支えられる。
「魔力切れか。相当消費の多いスキルなのか、俺たちが魔力を鍛えられてないからこうなったのか。全く俺たちの勇者様はダメダメだな。でもまあ、これからもよろしく頼むぜ。勇者様」
「うん、これからもよろしくね、皆」
僕は満足そうに眼を閉じる。
「ほら、帰るまでが探索よ」
有栖に叩かれ目を開く。できればこの雰囲気に水を差さないで欲しかったのだが、まあいいか。
こんなにも幸せなのだから。
しかし、その日の夜。勇樹たちが寝静まったころ。最前線を探索していた、日本最強のパーティーが15層のボスとの戦闘の中で殉職したという報が届けられた。
その中には、勇樹たちの引率をしていた自衛隊員が含まれていることは勇樹たちが知ることは無かった。
近くに迫ったダンジョンの一般公開はもう止まれない。
そして、誰にも知られることのない本当の日本最強は、今日も2人で娯楽を求めているのだ。




