プロローグ「どう言い訳したもんかな」
「広域指定冒険者ギルド構成員を逮捕。冒険者対策基本法違反容疑」
冒険者のディッシュが拾い上げた新聞には、そんな見出しが書かれていた。
「あいつまた何かやったのか? いや、去年のアレか」
記事に書かれている冒険者とは面識がある。だが、よく日付をみればそれは古いものだった。
魔王討伐から千余年。
文明の進歩とともに冒険すべき場所も数を減らしていった。いまや冒険者は反社会的集団の一種という扱いだ。
ディッシュがいまいる場所も、ダンジョンなどではない。
蒸気自動車が行き交う大都市の雑居ビルだ。夜を照らすのもいまやランタンではなく、都市蒸気で半永久的に灯りの魔法を発動させる魔術装置だ。
十分に発達した科学技術は、魔法と区別がつかない。その言葉の通り、現代社会は化学的に生み出された魔力で成立している。
ディッシュは剣についた血を新聞紙で拭うと、足元に転がるゴブリンの死体に乗せてやった。
「この階はこいつで最後だ」
「おおー、一人で全滅! 痺れますねぇ!」
階段を見張っていた新米冒険者が顔を出す。
ディッシュの体は大部分が機械化されていた。鋼鉄の手足と、それを動かすための蒸気機関。背中では常にボイラーが唸り、体中に魔力を送り込む。
それに対する他の仲間は――同じ冒険者といってもごろつきまがいの新米連中である。怒鳴り散らすばかりで役に立たない。
「これで報酬が同じじゃあ、割に合わないな」
「いやいや、若頭の分はちょい多めですから」
彼らはディッシュの組員の中でも下っ端だ。身の丈にあわない仕事を受け、そしてディッシュに泣きついた。
ビルは廃墟ではない。地上げ屋のせいで借り手がいなくなってしまっただけだ。
住み着いたゴブリンも、おそらくその延長だろう。ところどころ蒸気配給管が壊され、ムダに蒸気が吹き出している。ビルの持ち主は意地でも元栓を閉めないから、蒸気代だけが積み上がる。
「階段の方は」
「大丈夫です、でも、なんか臭くないですか?」
「ゴブリンの体臭だろう?」
「いや、そうじゃなくて。なんか、腐った玉ねぎみたいな……?」
ディッシュは一瞬だけ眉をひそめたが、先を急ぐことにした。
「このビルは四階建てだったな?」
最上階についたとき、その上に階段がまだ続いている。
「屋上か物置小屋じゃないですかね」
ディッシュはため息を付いた。屋上があったら実質ワンフロア増えるようなものだ。
とはいえ仕方がない。ディッシュはドアに近づき、向こう側の音を探った。
ウロウロと歩き回る足音、キイキイとした鳴き声、そしてネチャネチャした咀嚼音が聞こえる。
間違いない。ゴブリンが数匹いる。ここが奴らの巣だ。
「やるぞ。下がってろ」
そして慎重にドアノブを握り、そのまま乱暴に蹴り開けた。
「動くな!」
合計八つ。四対の赤い瞳がいっせいにこちらを向く。
四匹のうち一匹は明らかに大型個体だった。太った腹にボロ布をまとい、杖を持ったゴブリンシャーマン。
ディッシュは迷わず踏み込み、手前の一匹を切った。続けざまに奥の二匹も屠る。
しかし最後の一匹、シャーマンと対峙した時。ディッシュにはそいつがにやりとわらったようにみえた。
途端、背後から悲鳴があがる。
階段側にも伏兵がいたのだ。
やはり罠か。
しかしディッシュはシャーマンを優先する。大事な組員であっても、あいつらは依頼主ではない。
踏み込んで斬りつける。
だが手応えが妙だ。ディッシュは咄嗟に身をひいた。
太った個体だと思っていたが、そうではなかった。ボロ布の正体はビルのカーテン。それを何重にも巻き付け、着膨れていたのだ。
こういう即席鎧は、鋼鉄の鎧より手こずる。
ディッシュは剣を構え直し、舌打ちして下がった。
その時だった。蒸気の匂いが違うことに気づいたのは。
だが、そこでディッシュははっとする。
本来、都市に供給される蒸気は魔術を使わなければ安心安全であり、無味無臭である。しかしこの蒸気には、腐った玉ねぎのような匂いが混ざっている。
昔の魔力蒸気は火の魔力を含んでいた。そのため、かつては漏れた蒸気に引火して爆発する事故が多かった。そのため、わざと匂いをつけているのだ。
「罠だ! 今すぐ逃げろ!」
ディッシュは叫び、窓に向かって駆け出した。
だがその直前、ゴブリンシャーマンの杖先に、火の魔法陣が浮かぶ。
――音が消える。
次の瞬間、ディッシュは空に叩き出されていた。
一瞬遅れて、爆音が追いかけてくる。
ビルの窓が内側から一気にくだけ、瓦礫が降り注ぐ。
ディッシュは、幸い、街路樹に受け止められ、無傷だった。
ビルそのものは立っている。だが、中が無事とは言えない。
新米も、ゴブリンシャーマンも。
あたりが騒がしくなり、野次馬たちが集まってくる。遠くからサイレンの音も聞こえてきた。
街路樹から降りたディッシュは、その流れに逆らうようにそそくさと逃げ出した。




