プロローグ
「聞き間違いかな? もう一回言って」
高校2年の夏休みを目前に控えた、放課後の教室。
俺は目の前にいる朝宮みなも(あさみや・みなも)に、文字どおり上から見下ろされていた。
白い半袖シャツの夏服姿で、肩にはスポーツバッグ。黒い髪を高い位置でひとつに結んだ朝宮は、いつもは凛として見える顔を露骨にしかめている。
「朝宮に身体を貸してほしい。一生に一度の頼みだ」
そう言うと朝宮は「聞き間違いじゃなかった……」と呟き、大きく息を吐く。
「今日はじめて話した五百蔵くんに、いきなり人生レベルのお願いをされる意味がわからないんだけど」
「む。朝宮は助っ人を頼めば引き受けてくれると思ったが、違ったのか」
同じクラスにいれば、朝宮が助っ人を頼まれるところは毎日のように目に入る。今日はバレーボール部に来てほしい、明日はバスケ部の練習試合にと、頼まれては引き受けていた。だから俺も頼んだのだが。
「それ、運動部だけの話だよ」
朝宮は俺の足元に目を落とすと、そこから顔までじっくりと見てきた。
「五百蔵くんは、運動部じゃないよね」
「そうだ。だが、運動部が朝宮を頼るのと同じで、俺にも朝宮にしか頼めないことがある」
「……なに?」
「フィギュア制作のモデルになってくれ」
朝宮が目を瞬いた。
「フィギュアって、あの、人形でしょ? なんで私?」
「姿勢がよくて、堂々とした立ち姿が目を引いたからだ」
その一言で、朝宮の顔が曇った。なぜだ。
「それに手足が長くて、全身のバランスもいい。動いたときの——」
「やだ」
「なに?」
「やだ。他の子に頼んでよ」
朝宮は肩のスポーツバッグを掛け直し、そのまま教室を出ていこうとする。
「待ってくれ」
朝宮以上のモデルは考えられない。代わりを探せば、それだけ完成から遠ざかる。
「朝宮がいれば、勝てるんだ」
引き戸に手をかけた朝宮が止まった。
ゆっくりとこちらを振り返る。
「……勝てるって、なにに?」
「全国高校生美術公募展」
「全国……美術……?」
「俺はそこで、金賞を取る」




