68 闇に堕ちる②
私はなにになってしまったんだろう?
――化け物? ……そう、たぶん、そうなんだろう。
姿、形が変わったわけじゃない。外見は何も変わっていない。
心? そう、たぶん、心の色が変わってしまったのかもしれない。
ぐちゃぐちゃに真っ黒に塗りつぶされて、歪んで、冷たく冷たく、凍りついてしまったのかもしれない。
だから、窓の外から、命乞いの声や、断末魔の悲鳴が聞こえても、何も思わないのかもしれない。
「……悪趣味だね、わざわざ探し出して、殺して回るなんて。
逃げ出していくだけなんだから、ほうっておけばいいのに。そうおもわない? 真琴ちゃん」
いつの間にそばに来たのか、清香が話しかけてきた。
窓硝子に両手を当てて、外をみている。硝子が曇ることはない。体温がないからだ。
「……あれじゃ、血に飢えたバケモノみたいだね」
「……」
バケモノ。ヒトゴロシ。
今日、私も、何度、そう呼ばれただろう。
だけど、私は、それを否定する気はない。
紛れもない事実だから。
この村を、自分たちの力がどんなものかを試したいと襲ったのは、私達で……。
村の入り口で、突然現れた集団に不思議そうにしながらも、穏やかな笑みを浮かべながら声をかけてきた老人を、問答無用で切り捨てて、虐殺の口火を切ったのは、私。一番初めの、ヒトゴロシ。
私達となんの関係もない、私達を召喚した国とも関係のない、転移で飛んだ先にあった村。
ちょうどよく、目の前にあったから、それだけで襲われた。
子供達を背後にかばいながら、結界を展開していた神父すらも襲い、私はとどめをさした。
――この世界に神がいるのなら、決して許されないだろう。
「でも……私も」
ぽつりと、清香がつぶやく。
「バケモノだ」
清香は、癒しの魔法の才能があって、魔族との一方的に殺られているだけの戦いの中で、懸命に、仲間に補助魔法をかけ、癒しの魔法をかけ、助けようとしていた。
清香がどんなふうに死に、蘇り、こうなった経緯はしりたいが、きけない。無神経に聞くことはできない。
清香は癒しの魔法が使えなくなった。
かわりに、創造することができるようになった。
この建物もそうだ。召喚されてから住んでいた建物をそっくりそのまま作り出した。
ただし、色は黒一色だ。
創造できると言っても、生命に関わるものを作ることは、本人が言っていたように、できなかった。
植物、水、光、食べ物はもちろん、生き物を作ることはできない。
魔物ならできるんじゃないかと仲間の一人がいったが、試してはいない。
窓の外からまた悲鳴が聞こえた。
探して、殺してまわっているのは、深山と名乗った男だ。私達が召喚された時のグループにはいなかったから、その後、二番目か三番目にいたんだろう。
今回、魔族との戦いに招集されたのは、三部隊だときいていた。
深山は、魔法で破壊された瓦礫をあさり瀕死の人間をみつけ、地下室をみつけてはそこから隠れていた人間をひきずりだしている。執念すら感じる。
悲鳴とともに、聞こえてくる、深山の笑い声が、正直不愉快だ。
あそこまで、堕ちたくはないと、思う。
「ねぇ、真琴ちゃん」
「ん?」
「これからどうしようか……」
「そうだね」
私がゆるせないと思うのは、もちろん、召喚した国。
私を殺した魔族。
でも、なにより、この世界が嫌いだ。
自分勝手に、誘拐さながらに、異世界から使い捨てのように人を召喚する術を与えた、この世界が嫌いで憎い。
元の、私に戻れない。
元の世界に帰れない。
そうだというなら、すべてを壊してしまいたいと、心の底から思う。
冷たく冷たく、地の底から、にじみ出てくるかのように、冷たく、思う。
戻れないなら、その原因の、この世界を壊したい。
「……私は、どうしていいのか、どうしたいのか、わからないよ」
途方に暮れたように、眉根を下げて、清香はいう。
「私は、こんなふうになってまで、なぜ、生きてるんだろう。……ううん、今の私は、生きているのかな? 死んじゃって、よみがえらなかった子たちと私達、何が、違ったんだろう……」
よみがえらなかった子もいた。むしろ、その数のほうが、多い。
首だけしか残らなかった者の、それを抱きしめて、どうしておれだけ……と茫然自失していた仲間の姿を思い浮かべる。村には一緒に転移したが、その後、どうしただろう。
「……私達は化け物に、なった。
いつか、ううん、すぐにでも、私達を倒そうと、誰かが立ち上がるんだろうね。
悪の、恐ろしい化け物を倒すんだって」
「……」
「召喚された私達は、悪い魔物、魔族を倒してくださいと請われて、戦うことを選んだのに……。
私達が、追われ、憎まれる存在になってしまったんだね」
「私達が望んでなったわけじゃないよ。それを忘れないで、清香」
召喚されなければ、今も変わらない日常の日々を過ごしていただろう。
未来を夢見て、いただろう。
私はうつむいてる清香の両肩をつかんだ。
「私達は、憎んでいい。恨んでいいんだよ。こうなってまで、普通でいなくていい。
今の私達には、正しさなんて、必要ないんだよ」
「真琴ちゃん……」
誰かを、世界を憎まなければ、化け物になってしまった私は、狂ってしまうだろう。
本当に、血に飢えた化け物になってしまう。
「……そうだね、憎んで恨んでいいんだよね。それで憎まれて、恨まれてもいいんだと、思うしかないよね」
「うん」
「ねぇ、お願いがあるの」
「なに?」
清香は窓の外の、いまだ繰り広げられている一方的な殺戮を、再び、見た。
「もし、私が、あんなふうになったら、真琴ちゃんが、私を倒してほしい」
「……いいよ」
私の返事をきいて、清香が、ふふっと笑った。
「ありがとう。でも、ならないよ。あそこまで、堕ちたりしない。……だから、一緒にいてね」
「うん。一緒にいるよ」
「……二人なら、怖くない」
夜の闇の中、まだ燃え続けている瓦礫を包む炎で、外は暗いのに、明るかった。
まだ、誰かが魔法を放っているのか、衝撃音が時折聞こえてくる。
静かな夜とは、ほど遠い。
食べることも、眠ることも、必要のなくなった私達は、……瓦礫が燃え尽き、赤く燃え盛っていた炎が、白い煙になるまで、ただ、外を見続けていた。




