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かってに源氏物語 第八・九巻 花の宴編 葵編後半(三十六~最終)

 宮中に於いて光源氏様の浮気が発覚?

心配どきどきです


何せ語学力に乏しい若輩者ですので、誤りが多数発生していると思われますが、そこは皆さんの暖かい力で補っていただけたらと思います。よろしくお願い申し上げます。



かってに源氏物語 

     第八巻 花の宴編

 原作者 紫式部

           古語・現代語同時訳 上鑪幸雄



        一


  二月、きさらぎの二十日余り、宮中では大太鼓の響きと共に桐壺帝が主催する南殿の桜の宴をさせ給う。藤壺様の皇后としての披露宴と、東宮朱雀皇子の帝としての予告、そしてご自身の隠居の御決意とて知らせ賜う。

「帝王様が御成りになられます」」

 という甲高い中弁の声と共に、続いて皇后様と東宮様が御姿を現し賜う。

御帝様が中央の玉座に御すわりになられますと、妃、藤壺の女御様は玉座の西側に、東宮、朱雀皇子様は東側にそれぞれの両御局席に舞い昇り、着席させ賜う。

弘徽殿の女御は、

「中宮藤壺が、かくして帝の西隣におわするを理不尽事ぞ」

と御不満げに安からず思せど、

「皆が紫宸殿で桜の宴を楽しんでいるのに、なぜわしだけが弘徽殿の暗い部屋に閉じ籠っておらねばならぬ。宴の物見に奥で、え過ごし給はで、堂々と出席してやろうではないか。我が子が帝になる披露宴に、生みの親が出ない訳には行かぬ。その手に乗るものか」

 と称して参り賜う。

 この日、いと良う晴れて、空の景色、鳥の声も心地良げなるに、皇族の御子達、重臣の上達部も寄り始めて、いよいよ宴の開幕である。

「おっほん、おっほん。舞の後に披露される和歌の歌会を説明いたします。その道に秀でたる和歌の達人は名乗りを挙げよ。その者には御帝様から和歌の探韻、お題がそれぞれに手渡される。

お題が重なる事はない。身分の高い御方から順番に、庭の文台から探韻の好きな短冊を選び候らへ」

 式部卿が御説明いたしますと、次に大輔が立ち上がり、

「選んだ御方はこちらへお越しいただき、この壇上の机で御自分のお名前をお書きになって、こちらにお渡しください。清書の短冊とお題の複写をお渡しいたします。舞が終わりましたらそれぞれの和歌を披露いたしますので、それまでにお書き下さい。

 和歌を書き終えましたらご自身のお名前をお書きになって、そのまま御持ち下さい。順番に出来映えを披露させていただきます。まずは太政大臣様。庭の文台から好きなお題をお選び下さい。次に左大臣様」

 との説明があり、その道の達人は皆、お題の探韻承りて文作り給う。

「太政大臣は『うぐいす』という御題を承ったぞ」

 と、大臣が声高らかに短冊を振り回すと」

「わおー」と一斉に歓声が上がり、拍手が鳴り響きました。

「次に左大臣は『春霞』ぞ」

 と同様に披露されますと、これも歓声が沸き上がります。やがて右大臣様から中納言までの頃になりますと、人々の拍手も冷め掛けて、やがて歓声が静まりかけた頃、源氏の君が庭に降りますと、再び歓声が沸き上がりました。

「光源氏様どんな御題をお選びになるのかしら」

「大臣どもが良い文字を選んでしまったんですもの、そんなに優れた御題が見つかるはずがないわ」

 会場の人々は気の毒な目で見つめています。やがて源氏の君が壇上に上がり、

「宰相の源氏の中将は『春』という文字を賜れり」

 とのたまう光源氏様の声が響きますと、再び、

「わおー」という歓声と共に拍手が沸き上がります。その人々の声さえ例の興奮状態で、他の人に異なる雰囲気となりにける。


 

        二


 次に頭の中将楠木様、人の目移りしも、ただならず、源氏の君との比較も覚ゆべかめれど、

「静まれ、静まれ、おのおの方。頭の中将楠木は『菜の花』という御題なるぞ」

 と言う大声に人々は緊張して

「おおー、すごい」

「頭の中将様の権力もなかなかの物よ。勢いはゆるぎないわ」

 などと、いと目安く人々を持て成し沈めて、楠木様の声使いなど物々しく、威圧も優れたり。そのさての人々は、臆しがちに鼻白めて恨まれないよう表情をこわばらせ、目立たないようにぞ、体を沈めている人も大かり。

 紫宸殿の壇上での拝謁を許されぬ地下人の身分の低い人々は、ましてこのように帝、春宮の威信に満ちた御姿さえ神神しく御目にかかれなくて、庭の遠くから見るに、学門芸術の御才にかしこく優れておわしますと見給えり。

「東宮様に初めて御目に掛れたぞ。色白で上品な御方とお見受けした」

「物静かなるに、重臣の思いのままに動くやも」

「しっ、静かに。弘徽殿の女御様が目を光らせておいでなさっていますわ」

「そろそろ宴が始まりそう」

 宴会に係る方に雑談が増え始めた頃、やんごとなき身分の高い人々、その人々の多くが舞の準備ものに仕賜い整え給う頃なるに、

「まずは東宮様の舞を披露いたします」

 との説明有り。

「東宮様、急いで庭に御降り下さいませ。構えが整いましたら雅楽の音楽が流れます」

 大弁の催促に、朱雀皇子の振る舞い恥ずかしくて、はるばると曇りなき庭に進み出て、自ら立ち居出るほど度胸もなく、自慢げに舞を見せるのもはしたなく思えて、すでに覚えた舞の披露など安き事なれど苦しげ成り。

「朱雀皇子様、すでに覚えた舞でございます。どうぞ遠慮なさらず御披露なさいませ」

 年老いた舞の博士どものあわてたようす、表情なり怪しくやつれて、例のごとく引っ込み思案の性格に馴れたるも哀れに、東宮様は様々な人々の表情を恐れ怖気付いて、会場の人々を御覧ずるなむ姿、いとおかしかりける。

 庭に渋々降りたものの、なかなか御顔を上げようとせずに、楽どもの前奏は繰り返し鳴り響き、東宮様に更にも言い訳言わせず、舞の場を整えさせ給えり。

「東宮、何をしておる。早く舞をみせぬか」

 と、桐壺帝の御催促のもとに、やうやう入日になるほどにて、

『春のうぐいすさえずる』という舞、いと面白く見ゆるに、源氏の君が紅葉賀の折りに見せた髪の飾りも思し居出られて、

「東宮よ、これを髪に飾ざして舞うが良い」

 と、帝は春宮に桜のかんざし給わせて、切に責めのたまわする訳でもなかったのですが、催促に逃れ難くて、庭に立ちてのどかに袖を一振り返す所、ひと折り舞い見せて会場の人々は安堵致しました。

大空へ飛び立つばかりの景色舞い賜えるに、腹違いの兄弟とは言え、光源氏様の優れた舞に似るべき物無く見ゆ。

「次に光源氏様、庭に御降り下さい」

 と言う声に、

「今宵は気分が優れませぬゆえ、どうぞ御勘弁下さい」

 と言う。

「どうしたのじゃ、そなたらしくもない。一振りでも良い。舞って見せよ」

 という帝の催促に、

「それでは青雅波の舞を一番だけ」

 と控えめに言う。



          三


「どうなさったのでしょう。舞に掛けては誰にも負けられない光源氏様なのに」

「きっと春宮様に御遠慮なさって『今宵は目立たないように控えめに』と、きっとそう御考えなのよ」

「残念ねえ」

 会場の人々の憶測をよそに、光源氏様も庭に降り立ったのですが、やはり今宵は舞に華やかさがありません。一曲終わりますと、光源氏様は指揮者の式部の丞に演奏を止めるように合図を送りました。

「どうぞ、今宵はこれで御勘弁下さい」

 光源氏様は桐壺帝と皇后さまに向かって一礼しました。

「どいつもこいつも、生半端な舞をしおって」

 桐壺帝は苦虫を噛み潰したようなごつごつした顔をしてそっぽを向きます。御后様は、心配そうな悲しい顔をしました。

「どんな舞を見せるかと思ったら大したことはないではないか。所詮、あの程度の御才ぞ、あの男は」

 廂の右側前列で弘徽殿の女御様は、後ろ隣にいた老女の女房に、口元を扇で隠しながら小声で言います。

「そうでございまするとも、下手くそな舞でございましたわ」

「おっほほほほ・・・・」

 弘徽殿の女御側が軽蔑の笑い声を上げたのを見て、左大臣の大殿様は春宮様に御気遣いする婿を見て、恨めしさも忘れて涙落とし給う。宴の会場がざわつき始めた頃、

「頭の中将、いづら。遅し」

 と言いながら、桐壺帝は立ち上がり、会場を見渡しました。

「帝王様、こちらでございます。舞の準備は整っております。

 声の方向を振り向くと、南殿の階段の下で、頭の中将楠木は片膝を地面に突いて一礼をして待ち構えております。

「おお、良かった、良かった。そこにおったか、待っておったぞ。今宵はそなただけが頼りじゃ。何と言う舞を踊るぞ」

「柳花苑でございます」

「おおー、そうか、それは良かった。楽しみにしておるぞ。早速始めてくれ」

 帝王様のほっと喜ぶ笑顔を見て、頭の中将も満足げな様子です。

「かしこまりました」

 中将楠木様は、唐楽の舞を、両手に扇を持ちながら柳が春風になびく姿を表現します。この曲目は踊りもさることながら、調べの美しさが秀でておりまして、それに合わせた舞も引き立ちます。

「まあー、素晴らしい。本当に素晴らしい舞でございますわ」

「本当。まるで光源氏様の霊気が乗り移ったかのよう」

 それは頭の中将が別人になったかのような、迫力のある舞でした。やはり体格の大きい男には華やぐ美しさがあります。これには今少し時間を過ぐし長引かせ、三番まである曲目を繰り返し演奏し、長く舞い続けました。

「花の宴の評判に係ることもありやも。ここに居る観衆を満足させて、盛大の内に宴会を終わらせねばならぬ」

 と、式部省の人々は心遣い費やしけむ。頭の中将の舞と、柳花苑の演奏は、いと面白ければ、桐壺帝と左右の御局の人も、会場に居た人々も満足げに笑顔を浮かべて喝采を浴びせました。

「頭の中将、今しばらく待て。褒美を取らす。今日の舞は素晴らしかったぞ」

 帝王様はそう言いながら、御衣ぞ賜りて労をねぎらわれました。これはいと例外にて、宴の功労に褒美を承る事は、いと珍しき事とさえ人々は思えり。

 その後の舞は、幾つかの演目が流れる曲に合わせて上達部、皆先を争うようにして乱れて舞い給えど、どいつもこいつもその場しのぎで、整然としたけじめも見えず、特に舞に秀でたる者はなし。

「静まれ静まれ。舞の演目はこれで終わりじゃ。おのおの方、自分の席に戻って下され。これからお題を授けた返歌の和歌を披露致す」

 中弁が帝王様の前に進み出て、壇上から大声を張り上げても、舞の騒ぎは一向に収まる気配がありません。式部卿が文等、講ずるにも始められない有様です。酔った上達部の何人かは壇上に上がり、大きな杯を勧める有様でした。

「それでは始めるぞ。まず帝王陛下の歌でございます。

『梅の花 春遠からず・・・・』」

と詠み上げても一向に騒ぎが収まる気配はありません。春宮様や太政大臣の文等も講ずるにもほとんど聞き取れなくて、

「源氏の君の御手本、御本をば詠み上げるぞ。待ちに待った光源氏様の和歌にござるぞ。静かにして下され。今宵の最大の見せ場でございますぞ」

 と前置きして、騒ぎが静まるまで講師もなかなか、え詠み始めやらず、やっと静けさが戻り始めた頃に、

「はあーるの宵―、三ヵ―月、なれーどー・・・・・」

 などと句ごとに繰り返し詠みあげて、強弱と語韻を長引かせ、和歌を誦じ大声で披露ののしる。博士どもの心にも、光源氏様の和歌を特別扱いにするには、いみじう差別的に思えり。

 かのようのこの宴に於いて特別な功労もない折にも、まずこの源氏の君を光り輝く特別な存在に仕立て賜えば、帝もいかでか愚かに思されむ。今宵は頭の中将の功績が誰にも勝ると皆が思えり。

 中宮藤子様の御目が光源氏様に止まるにつけて、春宮の母親、弘徽殿の女御の目の鋭さ、あながちに憎み給うらんも、怪しう危険な兆しなり。

 わがかう思うも、紫式部と致しましては『心憂鬱し心配事とぞ』と、後々になって自ら思い返されけり。


 おほかたに 花の姿を 見ましかば 露も心の 置かれましやは

 大方に   花の姿を 見ましかば 露も涙に 置かれましかも


 皇后さまの御心の内なりけむ光源氏様を心配なさいます御心は、事に隠そうと気丈に装って見ても、花の宴に来席されました人々には、いかで明からさまに漏り居出にけんと思われけり。



         四 


 その後、夜は痛う更けてなむ。花の宴の催し事は終えて果てける。上達部の重臣、おのおの方は散り散りに席を空かれ、お妃様、東宮様も帰らせ賜いぬれば、紫宸殿の宴ものどやかになりぬる。

 空に月、いと明るく差し居出て、宮殿の屋根をおかしきに照らさるるを、源氏の君、酔い心地に暖かくなった闇の静けさを見過ぐし難く覚え賜いぬれば、散策だに奥の御殿を歩き賜う。

 帝を中心とする侍従長や典侍、上の人々も皆打ち休みて、清涼殿の渡りも誰一人、ねずみ一匹さえ見当たらぬ静けさになり。かように思い掛けぬほどに静かになりぬれば、中宮に抜擢された藤壺の女御様が気掛かりで、

『何も心配には及びません、藤壺の新お妃様。左大臣も私も藤子様をお守りする覚悟でございます。この奥御殿で藤子様の天下を築いて御覧に入れます』

と伝えたくて、もしも去りぬべき親書をお渡しできる絶好の暇もあるやもと思いて、藤壺渡りを割りなう忍びて伺い歩きけれど、語らうべき取次の王命婦の戸口もかんぬきが鎖しにてければ、人の気配さえ見当たらぬ。

源氏の君は希望を失い打ち嘆きて、なお簡単に引き下がるもあらじに、

『少し時間が経ってから再び来ようか』と隣の弘徽殿の細殿に立ち寄り給えれば、三の口の扉開きて、人が出て来る気配なり。

『さても我が夜這いに気付かれたか』 

 と急ぎ角の陰に回りぬれば、

「この夜更けに帝はわらわに何の用事があると言うのじゃ。『わわわ・・・』眠いではないか」

 と弘徽殿の女御はあくびを両手で押さえながら、上の帝の御局にて従うべき御供の三人を引き連れて、やがて清涼殿へ舞い上り給いぬる気配になりければ、弘徽殿に残る人々、少なり給える気配なり。

 立ち去った後奥をのぞき賜えれば、奥のくるくる扉も開きて人音もせず、

『かようにて留守中に戸締りをせぬ不用心さは、世の中の男の過ちはするぞかし。物を盗もうとおもうならば、いとも簡単ではないか』

と思いて歩きぬれば、やおら奥の寝室が見えて来て、奥座敷に上りてくるくる戸の中をのぞき賜う。人は皆、寝たるべし気配なり。

『かのような静かな夜、暖かい陽気に誘われて眠れず、若い女房の一人や二人、細殿の外へ出て庭を眺める物好きな女もいるはず』

 と思い歩き続ければ、いと若う流調な声で歌うおかしげなる声の、なべて人の物とは聞こえぬ『おぼろ月夜に似る物ぞなき』と歌う何者かがあり。


 照りもせず 曇りも果てぬ 春の夜の おぼろ月夜に しくものぞなき

 照りもせず 曇りも弱き  春の夜の おぼろ月夜に 勝つ物ぞなき

                       (大江千里集)

「菜のは―な畑に入日―薄れ、見渡―す山の端、かすーみ深し、かわずーの鳴く音―も、鐘―の音も、さながーらかすめーる、おぼーろ月夜」

 と打ちずして、近付く者あり。

「まさか、こなた夜更けの有様に、女がぬけぬけと男に近付いて来るものか。夢ではなかろうか。馬鹿か、この女は。どんな女房だろう」

 と、いと嬉しくて、通り過ぎようとする女の、ふと袖を捕え賜う。

「あれー、誰かここに人がおるぞえ。そなたはだれじゃ」

と、女、いと恐ろしと思える顔を隠す景色にて、逃げようとする。

「白々しい。そなたは男がここに立っているのを知りながら、近づいて来たではないか」

 と、源氏の君が肩に手を回し、抱き寄せようとすると、

「あな、むかつくべき景色かな。手を放せ。弘徽殿の女御様の知り合いと知っての事か」

 と、女房はのたまえど、源氏の君、

「何かと疎ましき景色かな。何を今さら。そちは男が来るのを知りながら扉を開けて待っていたのであろう。おぼろ月夜に逢引きは付き物じゃ。大声で歌っていたのは、男を呼ぶためだったのだろう。

ゆるりと楽しもうぞ。拒むなど、何か見え透いた嘘のようで、うとましき」


 深き夜の 哀れを知るも 入り月の おぼろ気ならぬ 契りとぞ思う

 深き夜の 逢瀬誘うも  入り月の おぼろ気ならぬ 人の定めぞ


とて言いながら、女を抱き上げて、奥の寝所へ降ろして。くるくる戸は押し立てつ、中から鍵を掛け賜う。


         五


 浅ましきに、呆れる有様、いと男の本性がむき出しにされたようで頼もしく、いと懐かしうおかしげな強さなり。わななく、わななく、背筋がぞくぞくして身を任せ掛けた頃、

「ここに人・・・」

 と、叫ぶのがやっとの有様です。

「いけません」

 とのたまえど、

「麻呂は帝と同じ、この宮殿の中においては誰に手を掛けようと皆、人に許される身たれば、そなたを召し寄せたりとも、なんで不都合事とかもあらん。ただ忍びてこそ、そなたと楽しもうとしているのじゃ。わしは光源氏なるぞ」

 と、のたまう声に、女は、

『あの天下に名高い光源氏様とは、この君になりけり』と聞き定めて、いささか心を慰めけり。

「そなたもこの宮殿では力を得たいのであろう。麻呂が手を貸してやろうではないか」

 とて言って、更に抱き寄せれば、

「それよりも私は、下の女房どもに『尻軽女』と言われるのが我慢なりませぬ。我が家は高貴なる身分の家柄なのです」

「家柄など気にするな。女の情念に名誉も世間体も関係あるものか。この一瞬こそが生まれた命の本願ぞ」

「なりませぬ」

 女は世間の評判を恐れて『侘し』と思える物であるから、本心に従って相手の思うままに動けぬことが情けなく、恐々しう見えはしても『心底男を拒む気持ちは見えじ』と思えり。

 相手の荒々しい吐息に耳の鼓膜は共鳴し、酔い心地に無抵抗になるや、例の常々の女にならざりけん。

「ああ・・・・、もう止められません。どうぞ好きなようになさって下さいませ。ああ・・・二人だけの秘密でございますよ。捨てたりしたら決して許しませんからね。ああ・・・気持ちがいい」

 女は光源氏様の餅肌のような柔らかい体に抵抗する事ができません。二人は互いに絡み合うようにして、女御の寝所へ倒れせて行きました。


 夜が明け始め、鳥のさえずりが聞こえ始めた頃、女は隣で眠ってる光源氏様の吐息に目を覚ましました。東宮妃に内定したことが決まっている大事な御身にとって、浮気は許さむ事。

 この一瞬の誘惑に負けたことは口惜しきに、女も若こう、たおやぎて男の意のままになるのは仕方のないことか。東宮の御妃候補として、強き心も知らぬはなかろうに、もっと毅然とした態度になるべし。

 悲しみに涙を流す姿はらうたしと見給うに、ほどなく夜も明け行けば、

「光源氏様、急いで起きて下さいまし。まもなく弘徽殿の女御様が戻って参ります。急いで下さいまし」

 女は急いで十二単を身にまとい、乱雑になった寝所を整えます。人に見られまいと女は心慌ただし。光源氏様はまだ眠気まなこで、

「まだまだ良いではないか。もう一度楽しもうぞ」

 とて言って、女の手を捕えれば、

「なりません。急いで起きて下さいまし」と、光源氏様の直衣を引き剥がす有様です。女はまして、

「この姿を他人に見られたらどうしましょう。その時は私と駆け落ちでもするか、心中して下さいませ」

 などと様々に思い乱れて、とにかくこの場から離れたがる景色なり。

「なお、そなたの素性を名乗仕賜え。弘徽殿の女御とはどういう関係なのじゃ。そなたとこうして深い契りを結んだからには、いかでか連絡の方法も聞こゆべき。こうして闇に葬りなむとは、さりとも、そなたが望んでいるとは思われじ」

 とのたまえば

 

 浮き身世に やがて消えなば 尋ねても 草の原をば 問わじとや思う

 浮き身世に やがて消えなば 尋ねても 草の原をば 探すと思えじ


と扇で口元を隠しながら、流し目で言う有様、艶になまめきたり。



        六


「一夜限りを楽しむための断りや。言い訳に過ぎぬ。それは麻呂の願いと聞こえ違えたる当て文字かな。わしはそなたと心で結ばれたいと思っておるのだ。名乗りを挙げたならば、再び訪ねて来ようぞ」

 とて言いながら、


 いずれぞと 露の宿りを 分かむ間に 小笹が原に 風もこそ吹け

 いずれぞと 恋の宿りも 探せずに  小笹騒ぎて 風と去り行く


「宮殿の逢瀬が、わずらわしく思す事ならば、何か包まむ隠れ場所を探してやろうではないか。もしかしたら、逃げ口実を言って透かい給うか」

 とも言い合えず、源氏の君が袖を引くと、

「光源氏様、もうそれ所ではありません。弘徽殿の女房どもが大勢戻って参りました。早く北の廂からお逃げあそばしませ。早よう早よう」

 逆にその若い娘に腕を引かれる有様です。

「分った、わかった、今の状況を良う承知した。この扇を取らすゆえ、そなたの扇をくれ。わしはうまく逃げ通して見せる。また近々逢おうぞ。

 娘は微笑みながら顔を隠そうともせず、にっこり笑って見せました。

「寝所の中に誰かおるか。まもなく弘徽殿の女御様が御戻りになるぞ。何故、外の南廂を開けっぱなしにして、中のくるり戸を閉めておる。そこに誰もおらぬのか。女御様が間もなくお戻りになるぞ」

 弘徽殿付きの足先案内人は厚い木の扉を叩いて騒ぎ立てます。光源氏様と契りを結んだ娘は北廂を閉めて逃げて行きました。間もなく弘徽殿に残って眠っていた人々も起き居出て騒ぎ出します。

「私どもが眠っている間、誰も居なかったと存じます」

 留守を預かった小袖の女房が、扉を叩く案内人に床に膝ま付いて説明すると、

「そんなはずはなかろう。寝所の鍵が勝手に内から閉まるものか」

 と言ってにらみ付けます。

「そなたは北廂に回り、外から鍵が開かぬか調べて来よ」

 上役の女房はもう一人に言いました。

「かしこまりました。」

「それから留守番役のそなた。清涼殿の上局で過ごしておられる春子様に、もう少し清涼殿でお過ごしいただくよう申し上げよ。『寝具を御取替え致しておりまして、もう少し時間が掛かります』とな。もしゆるりと過ごされる気配ならば、言わずとも良い」

「かしこまりました。」

 弘徽殿で働く女房どもが上の帝の御局に参り激しく行き交う景色ども、寝所が開かぬにあわてて茂しく迷えば、二人はいとも簡単に割りなく東の廂に抜け居出て、扇ばかりを印に取り替えて、光源氏様は桐壺殿へ居出賜いぬ。


 桐壺には光源氏様の筆頭家臣、惟光太夫や、空蝉の弟、小君ども、頭の中将の家臣など人々多くさぶらいて、

「光源氏様は、こんな夜更けにお戻りになるとは何事ぞ」

 と、驚きたるもあれば、掛かる不審な動きに、

「たゆみ無き、熱心な忍び歩きかな。今宵は何処へ通ったのやら、楽しみだわい。大事にならねば良いがのお、ひひひひ・・・」

 と、様々に想像して突きしろいつつ、空寝をぞ、仕合えり。

 源氏の君は寝所へ入り賜いて伏し賜えど寝入りられず、

「おかしかりつる弘徽殿に居た人の有様かな。あの女は上玉で有った。和歌の才能にも猛る。女御春子様の御妹たちにこそあらめ。高貴な女であった。まだ世に馴れぬ幼い妹、五の君、六のでにならんかし。

 大宰府長官の帥宮の北の方、三の君ではあるまいし、頭の中将のすさめぬ四の君などは、右大臣の大殿から離れたがらないと聞く。それでも今宵の花の宴にこそ良しと参っと聞きしか。

 なかなかその二人の北の方とは思えん。それならましかば、あのような若くてうぶな女ではあるまい。今少し話の辻褄を考えても何かがおかしからまし。六の姫は東宮に奉らんと・・・・・


               

         七


六の姫は東宮に奉らんと右大臣も心差し仕賜えるを、愛おしうも可哀そうにあるべい御方かな。煩わしう弘徽殿の女御に嫌われている我が身にとって、兄君の東宮に嫁ぐ御身だからと、わざわざご挨拶に訪ねんほども紛らわし。

さてもどうであれ、六の姫と途絶えなんとは思はぬ景色なりつるを、これからも度々御会いせざるを得ないだろう。

『その時いかなる状態になれば、言葉を通わすべき対面の有様を、他人行儀を装って話すべきか教えずになりぬらん。おっととと・・・、待て待て、さっきの女が六の姫だったとは限らぬではないか』

 などと、よろずに様々な事を思うも、心の取り止めが収まる気配はなく、胸騒ぎとなるべし。かようなる状態につけても、間近渡りの有様の、

『こよなう奥まりたる桐壺殿は静かや。心が落ち着く』

 と、桐壺帝のご配慮を有難う思い、弘徽殿の騒々しさと比べられ給う。


 その翌日は後宴の小宴事ありて、光源氏様は昨夜の浮気など何事もなかったように行事に紛れ、役目に暮らし賜いつつ、筝笛の事を担当し仕え奉り賜う。昨日の形式張った宴会よりは、気心の知れた仲間内の宴会とあって、なまめかしうざっくばらんで、面白し。

 夜も更けて、藤壺の女御様は弘徽殿の女御と入れ替わり、あけぼのに清涼殿の西局に参り上り賜う。帝もお休みになられた気配で、朝の配膳までは眠りに付かれた様子なり。

 かの右大臣の姫君ども、朝焼けの美しき有明方に宮殿を居出や仕ぬるらむと思い、源氏の君の心も上の空にて、

「北山の祈祷師に掛け合い大活躍した良清と朝臣の惟光は近くに居るか」

 と呼び寄せました。

「はい、何なりと御用を仰せ付け下さい」

 と、二人が几帳の外で返事すると、

「右大臣の姫君ども、北の方どもが宮殿を退出のようすじゃ。ようすを探って参れ。もし姫君の女房頭に接触の機会あらば、この扇を渡してくれ。

『姫君らしき方が、この扇を落として行ったそうでございます。どうぞ、その方にこれをお渡し下さいますように』とな」

「かしこまりました」

思い立ったら何事にも抜け目のない隈無き良清、幼い時より身の回りの世話をする惟光を付けて弘徽殿を伺わせ給いければ、弘徽殿の中宮の御前より、

『まさに実家へまかり居出給いける』ほどの気配に、

「ただ今、それらしき姫君様が内裏の北門、警備の陣の中より取り調べを終えて、兼ねてより隠れ立ちて準備万端に整えはべりつる車ども、まかり出ずる所でございます。

 御方々の里人おわしはべつる中に、右大臣のせがれ、四位の少将、右中弁の君など、急ぎ門を居出て、姫君を見送りはべつるや。弘徽殿の明かれならむ奥方や姫君どもと見給えつる。

 見慣れ気しうはあらぬ高貴な気配ども著しくて、車三つばかりに分散し乗り給いはべりつ」

 と聞こゆる説明にも、光源氏様は名残り惜しくて胸打ちつぶれ賜う。

「それならば、たった今、御忍びで確かめに行こうぞ。昨夜の姫君か確かめねばならん」

「それならばこちらでございます。御足元にお気を付けてお急ぎ下さい」

 と、手の先で案内致す良清を見て、惟光は『くすっ』と笑い、

「調子のいいやつめ」とつぶやきながらながら二人の後を追って行きました。

「いかにして昨日の女かどうか、三人方のいずれか知らん。父君の大殿などに聞き尋ね、事々しう事情を説明して、

『麻呂はこの姫君を好きになってしもうた』などと言って、右大臣に無理やり持て成されてもいかんぞや。まだあの人の現状を考えて、

『嫁ぎ先が決まっておらぬかどうか、好きな人がおらぬかどうか』有様をよくよく見定めぬほどには、軽々しい言動は煩わしかるべし。さりとて恋人として迎えるべきかどうか、知らであらむ。 はたはた未練も、いと口惜しかるべければ、このわしは如何にせまし」

 と思し煩いて頭を抱え、

「光源氏様、あの三人の女衆でございます。よくよく御確かめ下さいませ」

 と言えば、つくづくと眺め、木の陰で伏し賜えり。

「姫君ども、如何に連れ連れに退散ならん。見ているだけで何もできぬではないか。右大臣の許しが出て、日頃堂々と御逢いできる事になれば、屈してこそこそとする必要もやあらん」

 と、ろうたく微笑みながら相手を思しやる。

 かの再会の約束をした印の扇は、桜紙の三重かさねにして、濃き下地の方におぼろに霞める月を描きて、下に水に映し出す光の心映え、名作として多く描かれ目馴れたれど、由緒正しく今宵の宴に懐かしう持て慣され、人柄が忍ばれたり。

「草の原をば訪ねても、人は探せじ」

 と言いし有様の、振り払いし心の気高さのみ心に係り賜えば、


世に知らぬ 心地こそすれ 有明の 月の行方を 空にまがえて

世にしれぬ 心地こそすれ 有明の 月の行方を 空にまぎれて


 と書き付け賜いて、良清の手に置きたり。後々になって、

「良清、あの扇は姫君の手に渡ったと思うか」と問えば、

「侍従長にそっと渡しておいたので、必ずや持ち主の姫君に届き賜うと思えり」

 との快い返事、光源氏様は安堵し、脇息に臥し賜えり。



       八


「大殿の正妻の家に足を運ばなくなったのも、久しう二か月ほどになりにける。葵の上は、さぞ首を長くして待っていることであろう。いやいや、これぞとばかりに、

『あなたの暮らしは、左大臣家の援助があってこそ成り立っているのですよ。家族にもっと優しくしてくれなければ困ります。父君はもう、かんかんに怒っておいでです。この恩知らずめ』と、不満をぶちまけるに違いない」

源氏の若君も左大臣家の態度が心苦しければ、いずれ大きな貢物を持参して陳謝を心得むと思して、今朝はとりあえず二条院へ帰宅おわしぬ。

子供っぽい紫の上は見るままにあどけなくて、いと清純美しげに生いなりて、愛敬付き、そっと光源氏様に寄り添うらうらうじき心映え、いと左大臣家の正妻とは異なり心が落ち着き賜う。

飽きかぬ所無う知性豊かで、我が心の趣くまま、自由な生活を愛し、光源氏様に都合の良いように『大らかな性格に教えなさむ』

と思すような教育方針に、叶う人柄になりぬべし。

母親の教えと違い、男の都合の良い御教えなれば、少し男に人慣れ仕過ぎたる事や、安易に男衆の中に紛れ込み、話し仲間に混じらむと思す不用心こそ、後ろめたけれ。

「男はいつ襲うとも限らぬ」と忠告すれど、紫の姫君は聞く耳を持たず。日頃の生活の御物語、語り告げれば、御琴など笛も含めて教え明け暮らし、庭先に居出給うを、

『例の何処の浮気男に見られるかも知れぬ』と口惜しう思せど、今はいと良う良う留守にも飼い馴らわされて、割りなく寂しさに泣き暮れる悲壮感はなく、出掛けようとする光源氏様に、慕いまつわり付こうとははせず。 紫の上君も、いよいよ我が大人の道を歩き給うと思いけり。


 ニ・三日過ぎで、例の若狭の海産物を空蝉の父方より取り寄せて持参したれど、葵の上妻は、ふと快くも対面仕給わず。

「今頃、何をのこのこ御居出なさったのです。顔など見たくありません。追い返せ」と付き女房に言うなり。

「まあまあ、そう言わずに機嫌を直して下され、紫の上。姫は私の本差ではありませぬか」

 光源氏様は、御簾の外でなだめながら半時ほど待ったのですが、一向に御会いする気配がないので廂に出て庭を眺めながら、つれづと、

『自分はどうして葵の上に優しくしてやれないのだろう。本妻だからと言って嫌いなわけではない。夜の床を共にして、子供でも出来ればと、そればかりを望んでいる。でもどうしても素直になれない。何故だろう』

 など、よろずに思し巡らされて、

「御琴など御弾きになさいましたらいかがでございましょうか。葵の姫君様も、きっとお喜びになられますよ」

 と、微笑みながら近づいて来た若い侍女に声をかけられ、渡された筝の御琴をまさぐりて、指で音階を確かめながら、

『貫き川の、せせらぎ柔ら 玉枕 静かに寝むる 夜はなくて 親裂くる妻、哀れなる恋人ども(催馬楽より)』

などと歌い、葵の上の冷淡な態度を『親が無理やり引き裂くからだ』と、親のせいにして、『二人は互いにまだ愛し合っている』と、光源氏様は歌い賜う。

 それを聞きつけた左大臣の大殿渡り賜いて、

「人聞きの悪い興味ありし事どもが、聞こえ給う。なぜそのような心にもない歌を歌いはべりぬる。わしは二人の仲を引き裂いた覚えはないぞ。先日の花の宴での一日、仲良く過ごしはべりしを」

 と言い賜えば。

「父上、これは有名な催馬楽の古い歌でござる。歌詞の意味などに魂胆なとありません」

 と答え賜う。

「わしはここら七十の齢にて、名王なる宇多天皇御代から四代をなむ、左大臣家として君臨し、世の動きを見はべりぬれど、この度のように和歌の競作に楽しみ、互いの学識を高める宴を見たことは無い。桐壺帝の名君としての御覚えは大したものよ。

 舞や雅楽、物の音色ども整いおりて楽しみ、齢、御歳も伸びることなむ、七十の今にして健康に過ごされはべらざりつる。わしもおかげで、この上ない高貴な宴を楽しむ事ができた。長生きはするものぞ。

 昨日の宴は道々の上手ども、見知らぬ顔ぶれ多かる比ろほい、源氏の君が詳しう町人の評判を知るし召し、高度な師匠どもを宴に招き、演奏を整えさせ賜えけるおかげなり。

 高齢の翁どもの舞、実に見事であった。長寿楽とは実有難い。退官した高齢の翁どもも、ほとほと踊りに酔いしびれ『我を忘れて舞に居出ぬべき心地なむ』と、このようにしはべりし。よほど楽しく過ごされたであろう。源氏の君に御礼申し上げる」

 と、聞こえ賜えば、光源氏様は、

「事特別に調べあげ、芸達者な師匠に出演をお願いしたる行いの事も、私は仕はべらず。花の宴の評判を聞いて町の芸人どもが、『我も我も』と、かってに押し寄せて来たのでござる。

 ただ公け事に春の宴が恒例の行事なれば、総師なる各方面の者の師匠どもを、ここそこかしこと言わずに京の町中を尋ね、声を掛けしはべりなり。これほど大勢の方々がおいで下さるとは思いませんでした」

 と謙虚に平然と言う」

「それも光源氏殿の人柄のお蔭よ。大したものだ」

「今回の宴は、よろず今までの事より格式が高いと御理解下されば有難い。

『今回の花の宴が、竜宮苑の天女の舞であった』と、誠に後代の後々まで語り継がれる例となりぬべく、桐壺帝の見賜えしに、私とてうれしい限りです。

 まして栄え行く春宮様にお祝いとして、立ち居出させ慶び賜へらましかば、余の面目にや叶いはべらましかし。これにて弘徽殿の女御様の、私への警戒心が解けると良いのですが」

 と聞こえ賜う。

「なにもそう心配せずとも良い。弘徽殿の女御はそなたに十分感謝しているはずだ。ただ素直に『有難い』と言えぬだけよ」

 左大臣は白髭の唇を動かし、目を細めて光源氏様をなだめました。

「御二方、何を深刻に話している。このおぼろ月夜に深刻な話は良くないぞ。今日は先日の宴の余興に参ったのであろう。光源氏様、そう型苦しくならないで、まあ一杯飲んで下され」

 弁、中将など、葵の弟君五・六人が参り合いて、話に加わり給います。

「先日の太政大臣は皆の舞に連られて踊り出した物の、まるで千鳥足で踊りになっていなかったではないか」

「そうよそう。堅物の右大臣までが踊り出すとは夢にも思わなんだ。よほど孫が天皇になれるのが嬉しいのであろう。ウワッハハハ・・・」

「いやいや、父君とて足がふらついておりましたぞ。オッホン。あの時はどうされたのです」

 と中弁が左大臣の肩を叩きながら咳払いすると、大臣は、

「うるさい」

 と言って、手を振り払いました。

「光源氏様と頭の中将の舞に比べ、上の三大臣がこれでは、この国もおしまいではないか、ははは・・・」

「うるさい」

「父君、そうむきになりますな。ははは・・・」

 と言いながら、中将は酒を注ぎ、大勢がその様子を見守っております。


 父君と光源氏様のようすを、葵の上は格子戸の中かに見ておりました。

「まあー、父君の楽しそうな御様子、見てくださいまし、葵の上様。父君はこうして光源氏様と楽しくお過ごしなられることが何よりの楽しみなのですよ。葵の上様も、もっと光源氏様に素直に、優しくなりませんといけませんね」

 侍女の老婆が外の宴のようすを見詰めながら、話し掛けますと、

「それはそうだけと」

 と冷ややかにポツリと言います。

「葵の上様、大丈夫でございますよ。今すぐでなくても、そうしたお気持ちを持つことが大切なのですから」

「そうよね」

 やがて中弁、中将など家臣も参り合えて、高欄干に背中を押し掛けつつ、取りどりに笛や太鼓、琴など取り居出て、物の音色ども、楽曲に合わせて演奏を調べ合わせて遊び給う。

 左大臣家の御屋敷は静かに更けて行きます。おのおのが酒に酔いしびれて眠り、かすかにいびきを立てる姿、いと面白し。



       九


 かの有明の月と共に宮殿から消えた姫君は、この右大臣家の庭を眺めながら、光源氏様と御会いした、はかなりし出会いの夢を思し居出て、いと物嘆かわしう星空を眺め賜う。

「おぼろ月夜様、何を悲しそうに夜空を御眺めなのです。この所変でございますよ。何か悲しいことでも御有りでしたか」

侍女が膝まづきながら主を見上げますと、

「そうではない。人の人生ははかない物よ。好きなように生きられたら、どれだけ幸せな事か。私には何一つ願いはかなわぬ」

 と、侍女の方を見ようともせず答えました。

「何をおっしゃいますか、姫様。姫様はまもなく皇太子の御妃になられる方です。他の者が『なりたい』と願っても、決してなれる物ではありません。有難いと御思いになさいませ」

 東宮には卯月の早々ばかり、嫁がされると思し定められたれば、いと割りなう不安に思し乱れたる時期を、運命に従い東宮妃になるべきか、好きな男と暮らし、平凡でも幸せな暮らしをするべきか迷い賜う。

 男もここを訪ね賜わむに、源氏の君と御逢いの後はかなく夢に消える運命にあらねど、

『この私が、どこのいずれかとも知らで再会は難しい』

とあきらめながら、更に嫁ぐ身となれば、事に他人を思し召すなど許し給わぬ謹慎事と、係わらずらむ望みも人聞き悪く、

『この先どうするべきか』思い煩い賜うに、

弥生の二十余日、右大殿家の弓の決起大会に、上達部、皇子達多く集い賜いて、競技会の後、やがて藤の宴を催し給う。

藤の花盛りは過ぎたるを、


山桜  見る人もなき 山里の 他の散りなむ 後ぞ咲かまし

山里の 見る人もなき 山桜  他も散りなむ 後ぞ咲きませ

                        

 の和歌とや教えられたりけむ地味な遅れて咲く桜、二つ木ほど、この宴に寄り添い、華やかさを盛り上げようとする試み、いと面白き。

 新しう造り給える大殿御殿を、孫の宮たちの成人式、御裳着十二単衣着用の儀式の日に、更に磨き上げて会場にしつらわれたり。華々しいとも、派手好みともの仕賜う殿様のようにて、右大臣は何事も今めかしう新しい様式を取り入れて持て成したり。



          十


源氏の君にも三月ひと日、内裏にて帝と御対面のついでに、藤の宴の事を聞こえさせ賜いしかと、

『光源氏様おわせねば口惜しう我が一族の華やかさが失われてしまう。光源氏様の御臨席なくして、右大臣家の物の栄えなし』

と思して、大臣の御子様、四位少将を使いに奉り賜う。


 我が宿の 花しなべての 色ならば  何かは更に 君を待たまし

 我が家の 娘並べる   華やぎに  何か不足は 君の御出まし


などと書かれた右大臣の文を携えて内裏におわするほどに、上の帝に奏し献上し、光源氏様の御出席を願い賜う。

「何々、右大臣の文を届けに来たのじゃと」

 桐壺帝にすれば、目の敵にしている源氏の君が招かれた事に驚きの色を隠せず、少し横向きな態度で応対します。

「はい、左様でございます。まずはこれを御読み下さいませ」

 少将が深く頭を下げたまま、典侍にお渡しすると、桐壺帝は文を読み始めました。

「右大臣は元気にしておるか」

「はい、至って元気に過ごしております。このほどの藤の宴に光源氏様の御臨席を切に望んでおります」

「これは、したり顔なりや。娘の自慢話に過ぎぬ。よほど娘どもが可愛いと見える」

「それはもう、ありふれた表現のごとくでございまが、目に入れても痛くないようでございます」

「それは良う分かる。あの右大臣ならばそうであろう」

 と、笑わせ賜いて源氏の君を呼び寄せ、

「わざわざとで在るめる頼み事を、聞いて差し上げよかし。何をためらっておるのだ。早よう物せよかし。女の御子達なども大勢生い立ち居ずる所なれば、なべての平凡な有様には思うまじき祝い事ぞ。楽しんで参れ」

 などとのたまわす。

 源氏の君は、急いで祝宴の装いなど引き繕い賜いて、痛う日も暮るるほどに、待ちに待たれてぞ、右大臣家に渡り賜う。桜文様の唐の金糸で刺繍された御直衣の上衣、海老染め色の下重ね袴、尻に引き布を、いと長く引き従えて、右大臣の前に姿を現し賜う。

「おおー、これは何と素晴らしい出で立ち」

「光源氏様が御姿を見せただけで、この会場が明るくなりましたわ」

「宮中の正装とはこのような物でありんすか」

 右大臣家の人々は驚き給う。

 ここの人々皆は簡素化した上の衣、袴のみなるに、あざれたる下重ねの裾を長々と引き流して、平然と着こなす大君姿、御顔のなまめきたる表情は威信にいつかれ、会場に入り賜える光源氏様の御姿、げにいと他の者とは異なり賜う。

 桜の花の匂いも、光源氏様の甘い香料にけ押されてなかなか目立たず、宴の引き立て役もなかなか事冷ましになりぬるなん。

「光源氏様、どうぞこちらの上座にお座りなされませ」

 右大臣の直接のお計らいに、源氏の君は頭の中将と隣り合わせ、上座に座り賜う。向かいには弘徽殿の女御やその女御子、右大臣の一の姫、三の姫、四の姫が並び給う。

「光源氏様、いかがでございますか。これが我が家の自慢の姫君どもでござる。なかなか桜にも劣らぬ見事な光景でございましょう」

 と、右大臣は自慢げに見下ろし賜う。

「なるほどのう。これは実にめでたい華やかな光景でござる。浦島太郎の竜宮城にも劣らぬ見事な光景じゃ。ゆっくりと楽しみさせていただきましょう」

「さあ、光源氏様、我が家の自慢のお酒でございます。まずは一杯どうぞ」

「いいえ、いいえ。私の方が先に御注ぎ致しましょう」

 一の姫と二の姫が、ゆったりとした十二単を引き居出て左右から寄り添うと、光杯になみなみとお酒を注ぎます。

「これはこれは、素晴らしい。これはこれは、こぼれ落ちるではないか」

「まあ、そう言わず、早くお飲み下され」

「私の方も、でございますよ」

「ほほほ・・・・、嬉しいのう。我が世の春でござる」

「はっははは・・・」

「早う早うお飲みくだされ」

 四位の少将が下座から声を掛けますと、

「光源氏殿、我が妻の四の姫の順番も待っておりますからな。ぐいーと、一気にお飲みくだされ」

 と、頭の中将も太い髭を動かし笑い掛けます。

「はっははは・・・・」

「ほほほほ・・・・・」

 やがて名手の弘徽殿の女御が御琴を披露しますと、それに続いて他の女どもも色取り取り、笛や太鼓を鳴り響かせます。光源氏様も遊びなど、いと面白う仕賜いて、夜も少し更け行くほどに、源氏の君、

「これはこれは、急いで飲み過ぎてしもうたようじゃ。しばらく勘弁して下され。少し休ませて下され」

「まあー、何と光源氏様、もう酔ってしまわれたのですか。これでは天下の色男が台無しでございますな」

 四位の少将は肩に光源氏様を担いで奥へと向かいます。源氏の君は痛く酔い悩める有様に持て成し賜いて、奥の闇に紛れ立ち賜いぬ。


 夜も更けて神殿には女一の宮、女三の宮がおわします。



        十一


それから何時間かほど過ぎて西の寝殿には女一の宮、女三の宮がおわします。二方はその建物の東の戸口に腰掛けて、

「源氏の君も単純な男よのう。適当におだてて酒を注いでやれば、すっかり右大臣家に気に入られたと思い込んで、一気にぐいーと飲み干してしもうたわ」

「そうよそう。あれでは体が持たぬのも当然よ。酔いしびれて、気分が悪くなってしもうたではないか」

「男は酒に弱いのが一番よ。酔わせてやればそれでおしまい。接待する方は、この方が楽でいいわね、ほほほ・・・・」

「ほほほ・・・、そうよね、そう。酒豪と聞いてどれほど大変かと思っていたのに、案外簡単に片付いた」

「それは言い過ぎよ。素直で従順な性格と言って置きましょう」

「そうよね、そう、おっほほほ・・・」

 と、光源氏様の御姿を思い出して、入り口の階段に腰かけて話し込んでいます。十二単衣は脱いではいない物の、姿は乱れて、口元に扇を当てながら笑って、柱に寄り居賜えり。

「四位の少将と頭の中将に連れていかれたようだが、今頃南殿の奥で寝ておいでか」

「今頃はいびきを掻いて寝ておいででしょう」

「いびきとはひどい。あのひ弱な男が、いびきなど掻く物か」

「男は誰でもそのようでございますよ。案外大の字になって御足をさらけ出し、このような姿て寝ているかも。それも南殿が揺れ動くほどの大いびきかも」

 下の姫は二人で見た頭の中将の乱れた寝姿を真似て言います。

「それは面白い。おっほほほ・・・」

 今宵の宴の趣旨であった藤の花は、南殿と西の対の中庭にあって、西の寝殿の

こなた側、濡れ縁の欄干つま先に当たりてあれば、家の中からも見渡せるように御格子ども上げ渡して解放し、人々自由に居出・入りしたり。

「さあ、こちらでございます。我が家の自慢の藤の花を見て下され」

 右大臣が大勢の人を引き連れて姿を見せますと、女一の宮と三宮を含めた女御子、お仕えする女房どもは藤の庭に降り立ち、右手に扇、左手に畳み紙を顔の横にかざして、しかれた御座の上を円を描くように舞い始めます。

 光源氏様も気分が良くなられたのか来客の一同に混じり、建物の中から藤の花と、女御子達の踊りを眺めています。それは正月の紫宸殿の袖口などで披露される妓女どもの、踏歌踊りに劣らぬものでした。

 源氏の君は宮中における踏歌の折り、右大臣が芸子に混じって踊り出したのを覚えていて、ことさらめき、派手に持て居出たる持て成しを、

『帝の臣下にすればふさわしからず』と思い居出て、まずは藤壺渡りの謙虚な藤の花を思い居出らるる。

「右大臣の派手好みは困ったものですな」

 惟光が主君に語り掛けますと、光源氏様は、

「右大臣にすれば、精いっぱい持て成したかったのであろう。さっきわしの顔を見て『気分の悩ましきに、いと痛う酒を強いられ賜いて、申し訳ありませんでした。娘に対する親の不徳でございます』などと、わびにて謝りはべり。かしこけれど、あの策略からして、ようよう大事な物を隠しておいでだと見受けられる。

 この妻戸の奥にこそ、その奥の屏風の御前にこそは、一番の美女を御簾の影にも隠れさせ賜いて、その姫君がおわし賜はめ。右大臣の考えなどとっくに見抜いておるわい」

 とて言いながら、妻戸の御簾を引き付けずらし賜えば、

「あなわずらわし。良からぬ人こそ父君の悪口を言いはべる。やんごとなきゆかりの父君に愚痴をこぼすとは捨てておけぬやつじゃ。そなたは誰そ。御簾の奥は限られた親族しか出入りできぬ。『道に迷うた』を良い事に、ここへ入って来るとは、かこちはべる口実なれ」

 と言う怒りの景色を見賜うに、光源氏様は、

『重々しう威厳はあらねど、おしなべて乙女としての若人どもにもあらず。当てに色気が漂うおかしき気配の印』

 と思い賜う。

 空焚きのお香の匂い物、いとけぶたくう曇りゆりて、衣擦れの音など引き回すなど、華やかに振舞いなして、心憎くも奥まりたる排他的な気配は立ち遅れ、わざと今めかしき開放的渡りにて男を引き寄せ給う。

「誰そ、この男は」

「さあ、今宵藤の宴に呼ばれた宮中の男でございましょう」

「それならば、めっきり悪い男でもあるまい。好きなようにさせておけ。男が近くにいると心が躍るわい。今宵は年に一度の宴ぞ。我々も楽しみましょう。」 などと疑いはしても、警備の兵を呼び寄せて追い出す気配はなし、

 やんごとなき身分の高い御方々が、奥まりたる姫君どもの住まいを物見仕賜うとて、良からぬ欲望を胸に秘めぬとも限らねば、この戸口は厳重に閉め賜えるべき扉になるべし。

 さもあるまじき奥御殿をのぞき込む事なれど、さすがにおかしう男を誘うように思わされて、

「いずれならむ。曙の月と共に消えた女は、右大臣家の姫君と聞いておるぞ。この奥座敷に隠れ賜いて、待っているいるように見受けられる」

 とつぶやけば、胸打ちつぶれて心は高まり行く。奥の几帳の中に人影を見付けて、

「扇を取られて、辛き目を見る。宮中の花の宴にて扇を落としたのは誰ぞ。日本一の美女が、わざと落としたのであれば、探し出さぬ訳には参らぬ。せめてもう一度会いたい物。にゃーん」

 と、打ち踊ほ、とぼけたる甘い声に言いなして、几帳の前に寄り添い賜えり。



        十二


「怪しくも従順に見せかけて、突然有様変える高麗人かな。子猫のように従順に見せかけて、いつ腕に噛みつくともぎらぬ。扇は無理やりに取られたものなれば、悔しくてならぬ」

 と答ふる声は、花の宴の後に出会った姫君の、その時の心を知らぬ訳もなかろう

本人にやあらん。

 その几帳の奥に隠れた女人に対して、答えはせで、静かに周りの気配を伺うと、垂れ布の下にわざと袖先を光源氏様の前にはみ出させた十二単の一部を見て、光源氏様は思わず、女も男を誘う気持ちがありやと見賜う。

『ははー、さてはそういうことか。この隠れた女人も、誰か男をを待って居ったのか』

 と、思い賜う。

「ああー、世の中は空しい物よ、何一つ思い通りにならぬ。せめて嫁ぐ前に好きな男に抱かれたい」

 などど、時々打ち嘆く女の方に寄り掛かりて中のようすを伺い、袖口の衣を引き寄せて几帳越しに手を捕えて、


 あずさ弓 入るさの山に 惑うかな ほの見し月の 影や見ゆると

 二十日月 入るさの山に 惑うかな ほのぼの人の 影や見ゆると


「何ゆえに、そう悲しんでおるのか。月は沈んでも夕方にはまた昇る。再び会える日も来ようぞ」

 と、押し当てにまずのたまうを、再会に心は、え忍びて待ちわび、胸ば高鳴りぬるらんと考えるべし。この姫君は東宮に嫁ぐのが定めなれば、父君の右大臣には逆らえず、他の男に奪われて破談になる事を望み賜う。


 心射る 方ならませば 弓張の 月なき空に 迷はましやは

 心居る 方ならまずは 弓張の 月なき空に 迷はせずとも


 と言う声、ただそれなりに待ちわびた人なり。女とすれば男に強引に迫られるを、いと嬉しきものから・・・・・


                    花の宴 おわり


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 花の宴はここで突然終わりになっております。解釈する私も、読者の皆さまにとっても、何か不満の残る結末です。紫式部の性格からして、この先のいやらしい部分を書き綴ったに違いはありません。

 お節介にも私は、そのいやらしい部分に挑戦する事に致しました。

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        十三 花の宴・かってに想像追加部分


 と言う声、ただそれなりに待ちわびた人なり。女とすれば男に強引に迫られるを、いと嬉しき物だからとしても、立場上、自尊心の気高さは、そう簡単に受け入れられぬに違いない。だが部屋から付き人を退散させた状況を見ると、光源氏様を待っていたとも受け取れる。

 男に手を捕えられて驚きのようすを見せ、

「そのようなはしたない事は御辞め下さい。私はこのような色恋に興味などありません。いや、いやなのです。私が叱られます。駄目、駄目だと言うに、ああああ・・・どうすれば良いのでしょう」

 女はそれでも手を振り払おうとせず、なすがままにされております。

 光源氏様の左手は相手を捕えたまま、右手は腕の上の方、奥へ奥へと十二単の中を滑らせて行きます。そしてついに脇の下から肩へ伸びた時、おんなはたまらなくなって、光源氏様の右手を衣の上から握り締めました。

「ああー、駄目、だめです。このようなはしたない事。私はふしだらな女になってしまいます」

 女は逃げる振りをして、後ろ向きになってそう叫びました。

「何を言う。これこそが男女の一番美しい恋の世界ではないか。男女の色恋は、神とて仏とて誰も止められはせぬ。ふふふ・・・」

 光源氏様は目を光らせて言います。

「駄目、駄目です。ああー、どうすれば良いのでしょう」

「決まっておる。こうするのじゃ」

 光源氏様は、紐を緩めた袴の中へ、おぼろ月夜の右腕を捕えたまま誘い込んでしまいました。

「ああー、なにこれ。何と柔らかいおなかの御肉なのでしょう。ああー、とても気持ちがいいですわ」

 女は誰に命じられる訳でもなく、勝手に光源氏様の下腹部に指の背を押し当てたり、つねったりします。こうなると女の手は勝手に動いてしまって、もうどうにもなりません。

そしてついに固い部分に当たった時、思わず伸び切ったいやらしい頭を握り締めておりました。

『ああー、何と、これが男と言う物か』

すべての出会いの目的はこの為にあったかのように、女は目を閉じてなすがままにさせております。喜びに満ち溢れ、この心地よい物を失わぬためならば、何を捨てても良いとさえ思るほどです。

光源氏様は女に好きなようにさせておいて、袴を下へずらしながら、おぼろ月夜の十二単衣をめくり上げました。そして白い尻が丸出しになった時、手でその穴の部分を確かめると、おぼろ月夜から奪ったものを一気に押し込みました。

「ああー、痛い」

女は必至でもがき逃れようとします。

「何をこの場において、逃がしてやるものか」

 光源氏様の腕は胸と下腹を強く抱きしめて逃がそうとしません。払い除けようとする女を強く抱きしめます。そしてついに『はあーっ』と言う声と共に果てた時、この恋が誤りであった事を女は悟りました。

「ああー、私は何という過ちを犯したのでしょう。何もかも父君と母君の言う通りでした。女は厳粛に奥の部屋で大人しく、じっとして居なくてはならなかったのです。父君に申し訳ない事をしました。私は殺されても仕方がありません」

女は涙を流しながらそう言います。

「すべてを忘れる事です。何もなかった事にすれば良いのです。あなたも父君も私も、誰も苦しむ事はありません。まして嫁ぎ先の男にとっても」

 光源氏様は立ち上がり、袴の紐を閉めながら言いました。

「そんな都合の良い事ができましょうか・・・・」

 おぼろ月夜が言いかけた時、東の廂の方向から足を踏み込む音がしました。

「源氏の君、源氏の君はおるか」

 外から誰かの声が、後になって分かったのですが、頭の中将の呼びかける音が聞こえました。

「・・・・・」

「そこに居るのだったら黙って聞け。間もなく右大臣がここへやってくるぞ。宴にそなたが居ないことに気付いのだ。皆で探し回っておる。右大臣は六の姫の事が気になり始めたらしい。まもなくここへやって来るぞ」

「そうか、それはかたじけない。急いで外へ出るから、少し時間をくれ」

「光源氏様、もう行ってしまわれるのですか」

 慌ただしい動きに、おぼろ月夜は不安そうに見詰めています。

「さあー、急いで起きなされ。十二単衣の裾はわしが整えるから。そなたは胸元を繕え。匂い袋で首の回りを叩くが良い」

 光源氏様は女が普段の姿に戻ると。急いで外へ出て行きました。

「西の廂から庭へ逃れよ」

 頭の中将は忠告します。

「あい分かった。世話になったな頭の中将」

 光源氏様は高欄干を飛び越えると床板につかまり、急いで庭に飛び降りました。

後から光源氏様の持ち物を持った惟光が追いかけて来ます。

「車の手配は整えたが、惟光」

 光源氏様が言うと、

「それは合点でございます。門の外で待たせております」

 快い惟光の声が返って来ました。

「はははは・・・・」

 高笑いするような声を響かせ、二人は急いで右大臣家の大殿を後にしました。


                    花の宴、想像編 終わり

  



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かってに源氏物語 

     第九巻 葵編後半(三十六~五十一)

 原作者 紫式部

           古語・現代語同時訳 上鑪幸雄


    三十六


 枯れたる下草の中にりんどう、なでしこなどの草花が咲き居出たるを、

「空蝉の小君よ、時雨の中に咲き続けるけなげな花じゃ。一つ頂いて参れ」

と、折らせ賜いて、楠木中将の立ち賜いぬる後に控えている、冷泉若君の御乳母頭の宰相の君に召し与えて、


草枯れの まがきに残る なでしこを 別れし秋の 形見とぞ見る

草枯れの 真垣に残る  なでしこを 別れし妻の 形見とぞ見る


「夏の花に比べては、匂い劣りてや、仕方があるまい。葵の君が残した若君に、御覧ぜらるるらむ。幼心にもこの匂いを覚えたりと見る」

 と、聞こえ賜えり。

げに何心なき御笑み顔ぞ、いみじうあどけなくて美しき。

高床の奥の部屋から二人の様子を見ていた母の大宮様は、吹く風にだに、揺れる木の葉よりも、げにもろき御涙は枯れ果てて、まして今ここに取り合えるまでもなく、書き賜わずとも悲しみは知れ渡る事なり。


 今も見て なかなか袖を 朽たすかな 垣穂荒れにし 大和なでしこ

 今も見て 涙で袖を   朽たすかな 垣根荒れしに 娘なでしこ 


 大宮様は何時まで経っても悲しみが取れる気配はありませんでした。

 

 あな恋し 今も見てしが 山賊の  垣穂に咲ける 大和なでしこ

 ああ恋し 今も見てしか この家の 垣根に咲ける 娘なでしこ

                       (古今集)


 葵の上の法事は未だに長く続いて、なおもいみじう、つれづれに終わりも見えぬ有様なれば、さすがの光源氏様の苦悩は限界に達して、何故か葵の姫に似た朝顔の姫宮を思い出す。

「朝顔の君は今も息災でおいでか。今日の哀れな時雨日は、さりとも夏の朝顔に比べたら地獄と天国の差じゃ。君はこの重苦しい左大臣家の現状を、見知り賜うらむ。そなたはわしの苦しみを知らぬであろう」

 と、推し計るる御心映えなれば、法事の続く西の寝殿は暗きほどなれど、久し振りに届いた文を見て、悪い御心の虫が騒ぎて、恋の芽生えも聞こえ賜う。

 元々は絶え間絶え間に届く遠い文になりけれど、子供の文通遊びさながらの物となりたる御文なれば。さほど咎めもなくて御覧ぜさす。青空の色したる清純な唐の紙に、


「分きてこの 暮れこそ袖は 露氣けれ もの思う秋は あまたへぬれど

 特にこの  暮れこそ思い 叶えけれ もの思う秋は 余多得ぬれど


 荻の葉に 露吹き結ぶ 秋風も 夕べぞ分きて 身には凍みける

 荻の葉に 露結ばせる 秋風も 夕べは特に  身に凍みてける

                     (源氏物語後半より)


今年中に思いを叶えたいものです。特に時雨時は焦りも多くて」

とあり。御手本などの、心留めて書き給える常よりも、今度の御文は見所ありて、

「見過ぐし難き真剣な御手紙ほどなり」

と人々にも聞こえ、光源氏様自らも、

「乙女の真心を傷つけてはなにむ」と思されければ、


 秋景色 大内山を   想いぬれど 時雨の秋は 遅かりしけれ

 秋景色 嵯峨野の山を 想いぬれど 時雨の秋は 遅かりしけれ


「もう少しこの御手紙が早く届いたならば、大内山のもみじ狩りに誘えたものを。時雨の今は道もぬかるみ、枯れ枝ばかりなるぞ」

 とあり。朝顔の君に思いやり聞こえながら、御気の毒に思い、

「願いを叶える事は何も得やわ。今では遅すぎるなむ。年明けにはそなたを御訪ねするゆえ、もう少し我慢して賜もうれ」

と御手紙にあり。朝顔の君は、


 秋霧に  立ち遅れぬと 聞きしより 時雨るる空も いかがとぞ思ふ

 紅葉狩り 立ち遅れぬと 聞くよりも 時雨るる今が 好機と思え  



 とのみ書きしるしたり。ほのかなる墨付きにて、突き跳ねるる思いなしは、心憎し。

 

   

        三十七


 何事につけても、見勝りは『子供のくせに』と、許し難き世なめるを、ませた朝顔の積極的な御手紙は、

「辛き光源氏様の人しもにこそと、尚一層有難く求める救いの手ではないか」

と、子供ながらも、哀れに覚え賜う人の親切な御心ざまなる。

連れ連れにながら、さるべき折々の人生に於いて、

『哀れを見過ぐし賜わぬ御心差し』これこそが、片身に互いが愛を見放つ技なりにけれ。なお結い付き良し過ぎて、お節介に見え、

『人に見せびらかすためだけ』と、人目に見ゆるばかりなるは、余りの非難も居出て来たるにけれ。世の中は目立たぬように、謙虚に振舞うべし。

光源氏様は、西の対の屋敷で暮らす二条院の紫姫君を、

「さはいよいよ正室に御欲したてじ」と思す。

つれづれに、今は葵の祭壇を目の前にして忘れる折なれど、女母親なき子を二条院に寂しく置きたらむ心地して、顔を何時までも見せぬほどは後ろめたく、たとえ葵の上の祭壇を前にして、

「いかが暮らしらむ」

 と、覚えぬ心配事ぞ、好き者の女にだらしない技になりける。


 日も暮れ果てぬれば、御殿様用の油灯り、近くに持ち参らせ賜いて、

「いよいよ葬儀も終わりに近付いた。早ければ明日にでもこの左大臣家から退散せねばならぬ。さるべき限りの人々を呼んで参れ。今宵はじっくり葵の上の話をしようではないか」

 と、光源氏様の御前にて、紫の上の思いで物語などさせ賜う。

「中納言の君は幼少より葵の上と共に暮らし、良う葵の上に尽くしてくれた。そなたの悲しみもひとしおであろう」

 と大宮様が言えば、

「葵様は私の事を良く面倒見て下さいました。中納言の夫と結婚できたのも、葵様の御蔭でございます。出来るならば、私も葵様と御一緒に天国へ参りとうございます」

 と、中納言の君は袖を口に当てて、泣きながら言う。

「共に天国へ召されたいなどと、軽はずみな事を言うな。そなたがこの屋敷で末永く暮らしてこそ、葵の面影が何時までも残ると言うもんじゃ」

 左大臣は葵の上と共に、この中納言の君を見て暮らして来たので、中納言をさりげなく咎めます。

「そうですとも、私の行く末はそう永くない。私の無き後は、そなたに葵様の供養を永くやってもらわなくては困る。そなただけが頼りじゃ」

 乳母は尼の姿にて首を振りながら言います。

 この中納言の君と言うは、年頃から葵の上の御傍でお仕えしながら、光源氏様の事を秘かに忍び思いし、しかども、この御思いの程は、中々左様なる一筋縄に行かぬほどにも見せ掛けだけで終わり給わず。

「じっと待って、何時か良き機会さえあれば、この恋心を成就させたい」

 と、哀れなる御心差しかなと見立て奉る。

大方には何事もなかったように、懐かしう打ち語らい給いて、

「光源氏様も罪な御方ね。葵の上様が好きで好きでたまらないのに、何故かご遠慮しておいでになる。また葵の上様も、何をためらっておいでですか。

『今宵は良うおいで下さいました。早ようこちらへおいで下さいまし』

と」床に御誘いすれば良いではないですか」

などと、そっけなく主に尽くし給う。

 光源氏様は中納言の君など何も意識しないようで・・・・


 

     三十八


 「かう、この所の日頃、葵の上が健在でありし日よりずうっと、げに誰も誰も葬儀から紛るる方なく見慣れ見慣れて、ようよう葵の上の供養に尽くしてくれた。御礼の言いようがない。

 えしもこれから多忙な折り、葵の上の供養に常に係われず御傍にいられなくなったならば、ここの皆の者が恋しからずや。いみじきお別れの事をば考えると、私の宮中での役目もさる物にて、どうしても参内せねばならぬ。

 役目とは言え、葵の上や皆の者の悲しみを考えると、ただこのひと時の別れを打ち思い巡らす事こそ、耐え難き事多かりけれ。


 見慣れ木の 見慣れそ慣れて 離れなば 恋しからむや 恋しからじや

 見慣れ人  見慣れ見慣れて 離れなば 恋しからむや 寂しからじや


送り出す者も辛かろうが、去る者も辛い」

 とのたまえば、いとど、皆泣き出して

「言う甲斐なき葵の上様の御事は、ただ悲しみに何もかも書き暮らす心地しはべるは去る物にて、

『光源氏様の名残り無き有様にこの左大臣家が、空く枯れ果て疎遠にさせ賜わむ事ほど』辛き事はございません。

 万が一、そのような事は『ありますまい』と思いますが、不安思い賜うるこそ悲しけれ」

 と、声も震えがちに言いて、なだめても聞こえもやらず。

「哀れ」と、光源氏様は見渡し賜いて、

「名残り無くとは、如何がばかりかとは思ふる。この私を心浅くも取り成し賜うかな。私は決してそんな薄情な男ではない。心長き人だにあらば、後々の世になって、私が左大臣家に尽くす姿を見果て賜い喜びなむ物を。

左大臣家が繫栄する栄華を見届けぬ命こそ、はかなきけれ」

とて言って、ろうそくの灯を打ち眺め賜える御眞目の、打ち濡れ賜える姿ほど、決意も新たにめでたき姿なり。

取り分きて、らうたく仕給いし、小さき童のあどけない姿を見て、親どもも無き葵を頼りに暮らして来た、いと心細げに思える女の子を、事割りに優しく見賜いて、

「この子は誰じゃ」

 とのたまえば、

「葵様が大事に育てておりました身寄りのない女の子でございます」

 と答ゆ。

「相て貴は可愛い女の子じゃ。今は我こそは唯一の男親と頼りに思うべき人なめれ。そなたの面倒は生涯わしが見る。安心するが良い」

 と、のたまえば、女の子は安心したのか、いみじう大声で泣く。

「ほれほれ、そなたの面倒は、生涯光源氏様が見るとの仰せじゃ。安心致せ。よしよし、可愛い女の子じゃ。そなたはわしと共に冷泉若君を御近くでお守りせねばならぬ」

 とて言って、小納言の乳母は諭し奉る。

言う程なきに阿児女、小袖を人よりも黒う染めて、上重ねの汗衫姿は薄い薄墨色、かんぞうの花の色を思わせる橙色の袴など着たるも、妙に大人びておかしな姿なり。

「葵の上の昔を忘れざらむ人は、連れ連れに共に暮らした日々を忍びても、幼き人を見捨てずに養育もの仕給え。葵と共に過ごした生活を見し女房どもは、華やかな世の名残り無く、

この人々さえ散り散りに離れなば、今ここに居たひ人々は手掛かりもなく跡形も消えて、田付きなく生活力のなさも死に勝りぬべくなむ」

など、皆が心長かるべき辛抱を事どものたまい、

『宮廷に参内したならば、皆の暮らしが成り立つように掛け合ってやろうではないか』と言えども、

「いでや、いとど待ち遠しにぞ、今直ぐにでもなり給わむ。私共は先行きの事が不安でたまらないのです」

 と思うに、女房どもはいとど心細し。

 女房どもの不安を読み取った左大臣家の大殿様は、お別れの集いに集まった人々に、身分のきわぎわ、馴れ初めの厚さ薄さにの程に考えを置きつつ、

「脇息は乳母の大納言に、手鏡は冷泉王子をお守りする小納言にやろうではないか、御櫛は葵が可愛がっておった相て貴の女の子にやろうか。その他の者は皆に任せる。すべて皆で分け合って良いぞ」

 などと、はかなき思い出の持て暮らし品物、遊び道具の物ども、また誠にかの手鏡のような御形見になるべき品物など、わざとらしい有様にならないように取り成しつつ、

「遠慮しないで気持ちよく受け取ってくれ」

 と、思いでの品々を皆配らせ賜いけり。



     三十九


 源氏の君はかくして、このように供養にのみばかり仕賜うも、いかでか、

「良い事ばかりではない。政治向きの仕事が一向に片付かぬ。夫としての務めの方は十分に果たした。何時までも葬儀に甘えてなどいられぬ」

 と、つくづくと後ろめたくなり、

「左大臣家ばかりに過ぐし賜わむも、許される身分ではない」

 とて言って、桐壺院へ参り賜う事になりました。

 庭に御車差し居出て、左大臣御前など、多くの人々が集まるほどに、別れの折りに知り顔なる時雨も打ち注ぎて、この葉の揺れを誘う風も、慌わ立だしう吹き払いたるに、

「葵様も光源氏様との別れを悲しんでいるかのようなる。行かせまいと風が吹き荒れ、涙が雨に変ったのだわ。私達の今後の暮らしもどうなる事やら心配だわ」

 と、大臣の御前にさぶらう見送り人々の者、いと心細くて、少し和らぎかけていた涙の暇も、さきほどまで乾きありつる袖どもも、再び涙と時雨で湿り、潤い渡りぬ。

 夜去りは、やがて紫の上の二条院へ立ち寄り、今夜は泊まり賜うべしと推測して、小君を代表とする御供のさぶらいの人々も二手に分かれ、

「到着するかしこにて待ち受ける準備が整いたり」

 と、聞こえん状態となるべし。御供の人々は、おのおの役目に応じて、それぞれに立ち出ずるに、

「滞在が今日にしも、最後限りとして閉じむまじき事なれど、ここを離れるのは辛い」

 と、又となく物悲し。

 大殿様も妻の大宮様も、今日の別れの景色に、また悲しさも改めて思いなさる。大宮の御前に光源氏様の御消息、御挨拶が聞こえ賜えり。

「桐壺院におぼつかながら『そろそろ内裏に戻り、政治の陣頭指揮を執ってもらわなくては国が乱れて困る。そなたの仲裁なしには小さい争いは一向に収まらぬ。早よう宮廷に戻って参れ』

 と、のたまわす事により、今日限りになむ。宮殿に参りはべる。目も開から様閉じ様の、まばたく瞬間に、急に立ち居出はべるに付けても、今日まで供養に長らへ、御世話になりはべりにけるにより、

『立ち去るは辛いよ』

 と、乱り心地のみ心は動きてなむ。家臣に言付けを聞こえさせむも、

『なかなかに失礼はべる』と思いべければ、そなたにも直接別れの挨拶に参りはべらぬ次第でござる」

 とあれば、いどしく悲しみに打ちひがれて、大宮は光源氏様の目もまともに見え賜わず、うつむき沈み入りて、

「葵が今の別れを知ったら、どんなに悲しむ事か。それは私とて同じでございます」

 と、しくしくと泣いてばかりで、御帰りの返事も聞こえ給わず。

 大宮様のようすを見て、大臣ぞ、やがて御近くに渡り賜える。大殿様は御袖も常に目に当て、涙も止まらぬようすで、濡れた御袖を引き放ち賜わず、目頭を押さえるなり。

 その光景を見奉る人々も、別れの悲しみに心が痛み入りて、いと悲し。吹き荒れる時雨模様は知り顔なる天候の贈り物なる



       四十


 源氏大将の君は世の様々な事を思し、大臣と大宮様の身に続き来る不幸な事を、いと様々にて感じて、人々が泣き賜う有様を哀れに思し、悲しみは光源氏様とて同じ心深き物であるから、

「そなた達の気持ちもよう分かる。今日この家を出るとしても、私が皆の事を忘れることがありようか」

 と、片目に扇を当てて、いと有様良くなまめき、悲しみも優美にうなずき賜えり。

大臣も光源氏様の御気持ちを、いとさま良く汲み取り、黙ってそのようすをしばらくの間見ていたのでございますが、久しうためらい賜いて、

「弱い年寄りのつもりとは思いませぬが、差しもあるまじき涙を見せるに付けてもだに、涙もろくなる技に成りはべるを、みっともない事でございますが、どうぞ御許し下さい。

 まして昼、夜無う娘の事を思い給え続けて、生きる望みにも惑わされ、苦しみはべる心を、のどやかに沈めはべる事が出来らねば、人目も

『いと乱れりがわしう心弱き有様になりはべるかな。桐壺院の御前で涙を見せるとは不謹慎な事なり』

などと言われべければ、院の御所などにも、え参りはべる事が出来られぬなり。 院ご訪問の事のついでには、さように趣け取り成して、上皇様に申し上げ奏せさせ給え。

幾ばくもこの先、余命が永くは生きはべるまじき老いの悲しみの末に、まして娘に打ち棄てられ、先立たれ置き去りにされたるが、辛うも恨めしゆう成りはべるかな」

と、せめて参内できない理由を思い沈めて、のたまう直衣姿の景色、いと御気の毒で割り切れなし。源氏の君も、たびたび鼻を打ちかみてすすり泣きながら、

「死に後れ、娘に先立つほどの定めなさは、世の不運な沙我と見賜え、諦めるしかあるまいぞ。それを知りながら、差し当たりて現実を認められず、後悔を覚えはべる心惑いは、誰にでもあるまじき技になむ。

 桐壺院にもこの有様を奏し申し上げはべらむに、左大臣の事情を推し量らせ賜い、納得させ賜いてむ」

 と、聞こえ賜う。

「さらばじゃ。時雨も止む暇なく降りはべるめるを、道もぬかるみ急がねば、日も暮れ果てぬほどに、先をお急ぎ下さい」

 と、涙ながらに御忠告そそのかしき御言葉、申し上げ聞こえ賜う。


 源氏の君が寝殿の内側を見回し賜うに、御几帳の垂れ布の後ろ、障子の、あなた向こう側などの、開き見通りたる廂の奥に、女房三十人ばかり押しこもりて、

「いよいよ光源氏様とも最後のお別れとなったのだわ。あの御美しい姿を見るのも今日限りかしら」

「縁起でもないことを言うな。光源氏様は暇を見付けては、度々御足を御運びになるに違いないぞえ」

「きっとそうよ。そうなるに違いないわ」

 などと、身分に応じた濃き喪服、薄き鈍色の小袖着つつ、みないみじう心細げにて、打ちしおたれつつ悲しみに沈んで、居集りを、光源氏様は、

「いと哀れ」と、見賜う。

「思し捨てつまじき御子様人もこの屋敷に留まり賜えれば、さりとも物のついでには御子様のようすを見に立ち寄らせ賜はじや」

 など右大臣は、女房どもを慰めはべるを、一重に深い思慮の思いやりなき女房どもは、

「葵様がお亡くなりになられたからには、世話した私共も不要な人物、今日を限りに思し捨てられつる、古里の世話人女房になるに違いない」

 と、思い訓じて、光源氏様と永く分れぬる悲しびよりも、ただ時々、優雅に暮らし馴れ親しう奉る年月の名残りが、今後二度と無かるべきを嘆き、悔しがりはべるめる事割りなる。

 葬儀の間中ずっと、光源氏様と打ち解けおわします事は、親しく過ごしはべらざりつれど、さりともついには身分をわきまえず、愛無し我儘頼めしはべつるを、

「現実にこそ、この心細き夕べには、今少しここに留まりはべれ。若君様が可哀そうでございます」

 とて乳母と女房どもは、泣き賜い、

「いと浅はかなる人々の、嘆きにも成りはべなる我儘かな。これでは一向にこの家を離れられないではないか。誠に如何に成りとも、平穏のどやかに思い賜え。

 明日あさってにも、再び訪ねおわしつるほどは、己ずから御目に掛かるる折りも有りあべつらむを、帝の頼み事となれば、中々今は、そなた達の何を頼みにてかは知ったとしても、叶えてやることはできぬ。約束事は怠りはべらん。今に御覧示じ見せてむ。さらばじゃ」

とて言い残し居出賜うを。

「源氏の君、お元気にてな。再び御逢いしましょうぞ」

 と、大臣見送りの言葉聞こえ賜いて、葵の過ごした寝室に入り賜えるに。御仕つらい愛用した調度品の数々より御几帳を始め、衣服の物ども、生き有りし頃に変る事もなけれど、

「空蝉の空しき脱け殻の心地ぞ仕賜う」

 と嘆き賜えり。



   四十一


 左大臣は御几帳の前に、御すずり筆など、打ち散らかして、葵姫が書き残した御習字紙、手習いの紙に棄て給える一つを取り賜いて、涙目を指で押し絞りつつ見賜うを、若き人々は、

「御殿様、そろそろ泣くのは御辞めにして下さいまし。葵様も父君の泣く姿などみたくないと存じます。御殿様が笑顔を見せなくては、葵様も天国へ旅立つ事もできませぬ」

 などと、悲しき中にも微笑む姿があるべし。

 哀れなる古事どもの和歌や名言集、唐の漢詩ののも、大和和歌ののも、書き汚しつつ、草書体にもまな文字楷書体にも、様々珍しき有様に工夫し書き混ぜたり。

「賢い娘の御手習いや。あの馬鹿め、何を考えておったんや」

 と、空を仰ぎて眺め、左大臣は再び涙を流し賜えり。

 宮中の書道披露会にでも出品して、他所人にも見奉りさせ、感心成させなむが心残りと、惜しき御心になるべし、


 鳶?の瓦は 冷たくして 霜花重し(白し)  (古き枕)古きふすま 

(寝し床は) 誰と共に施む

   (白楽天 玄宗皇帝が亡き楊貴妃を忍ぶ詩 ()は左大臣の置き換え)


 と、ある所に、


 亡き魂ぞ いとど悲しき 寝し床の 空くがれ難き 心慣らいに

 亡き人ぞ いとど悲しき 寝し床の 空き去り難き 心尽くしに


 とあり。また『霜花重し』を『霜花白し』と書き換えてある所に、


 君なくて 塵積もりぬる 常夏の   露打ち払い 幾夜寝むらむ

 君なくて 塵積もりぬる なでしこの 水打ち払い 幾夜寝むらむ


「亡き人の部屋に咲く花は ひと一日の花となるべし。人も花も枯れて混じりれり」

 と左大臣の御言葉にあり。

 葵の上の空き部屋を夕霧宮に御覧ぜさせ賜いて、

「言う甲斐なき死んだ者の事をば後悔するも、去る物にて『掛かる悲しきたぐいの悲しみは、無くなれやは』」

と思いなしつつ、

『親子の契りは長からで、かくも心を惑わすべくしてこそは、いとも簡単に旅立つ事もあり得ぬけめ』

と、過去の『先帝妃と皇太子を死に追いやった行い』を返り見ては、辛く前の世の祟りを思いやりなしつつ悔いてなむ、悪き亡霊を目覚まし呼び戻しはべるを、ただ日頃に添えて娘を思い出すは、

「親恋しさの耐え難いき苦難」と言いながら、

『おうおう、可哀そうな夕霧王子じや。そなたの面倒は生涯この爺ちゅまが見るから安心致せ。いずれかは、そなたの父君の光源氏様が御迎えに来て下さるじゃろ』」

 と、若君の顔を見賜えり。

「この大将の夕霧君の将来は、やがて宮中で暮らすべき」と思い賜えど、「今は親に見放された可哀そうな子供、親と共に暮らせぬ幼少期の他所人になり給わむなん」

 左大臣は飽かずに色々考えて、将来の事をいみじく御気の毒に思い賜えらるる。


 光源氏様はひと日、二日経っても見え賜わず。葵の上を世話した女房どもは、光源氏様と分かれ枯れに暮らしおわせしをだに、

「光源氏様は今日もおいでになさらなかった。明日・・・明後日にはお見えになるかしら」

 などと、飽かず胸痛く思いはべりしを、朝夕の希望の光失いては、

「いかでか命も永らう生きられぬべからん」

 と、御声も忍び合え賜わず泣い給うに、大宮様の御前なる年配者の大人大人しき馴れた人々なども、いと悲しくて、大臣家の里は皆打ち泣きたるそぞろ寒き夕べの景色なり。

 若き女房の比較的新しい人々は、所々に集り群れつつ、

「私どもはどちらかと言えば若く新入りの方。人手が余ったからには、どう見ても追い出されるのは私達よ、己がとっちみち哀れなる事どもになるに違いないわ」

 と、打ち語らいて、

「大殿様の思しのたまわするように、夕霧若君を育て、面倒見奉りとこそは、光源氏様との絆が失われなくて済む。多少は貧しくても必死で御世話せねば」

 と『自分たちを慰むべかめれ』ど思うも、

「いとはかなきほどの人の命。御形見の王子様こそ魔の手が延びて殺されるかも分からないわ。病魔に御命を奪われる事もある」

 とて言って、あからさまに、

「大臣家をまかり出て、次の奉公先へ参らむ」

 と言う者もあれば、

「私は出て行こうにも頼る人がない。命尽きるとも若君様と共に暮らすしかない」

 と別れを惜しんですがり付くむほどに、己が自身、哀れに思いなる事ども多かり。



       四十二


 源氏の君が桐壺院の御住まいに参り賜えれば、院は君のやつれた姿に驚き賜いて、

「いと痛う面痩せにけり。余りにも真面目に精進し過ぎて、絶食にて日一日を過ごしふるけん、にや。御勤めよう果たした」

 と、心苦しげに思し召して、院の御前にお食事の物など持ち参らせ賜いて、

「満足な食事も思うように取れなかったのであろう。そこまでして左大臣家の人々に遠慮しなくても良かったものを。とやかくや、今はすべてを忘れて十分に食事を取り給え」

 と思し、大事に扱い聞こえさせ賜える有様、余りにも我が子を思い成して、哀れに感じさせるお姿、いとかたじけなし。

 藤壺中宮の御方に参り賜えれば、中宮付きの人々、久し振りに見奉る光源氏様の御姿に珍ずらしがり、

「光源氏様、久方のご訪問嬉れしゅうございます。中宮様も『何時おいでになられるのか』と気を揉んでおられました。早よう御顔を見せて差し上げて下さいまし」

 と見奉りながら、几帳の奥へ案内したる。几帳の奥では命婦の君が御取次して、

「光源氏様が参りました。無事に御葬儀も終えたとの事で報告に参ったそうで御座します」とて言えば、

「源氏の君、良う参られた。早ようこちらに来てお姿を見せて下され。御やつれになったと聞いて気掛かりじゃ」

 と急がせのたまう。

「左様な御心遣い誠にありがとうございます。私は至って元気でございますのでご安心下され。中宮様と冷泉若君は御代わりございませんでしたか」

 光源氏様は深く頭を下げながら申し上げます。

「私はそなたが近くに居らぬと不安でたまらぬ。この東宮が安心して暮らせぬのは、そなたが宮中に居ってこそじゃ。宮中では右大臣と皇太后さまが幅を利かせておのでのう。

 朱雀天皇が『東宮はこのわしがしかとお守りする』と言って下さるから良いような物を。帝に御子様が生まれてらどうなることやら」

 藤壺の中宮様は幼い王子を膝に寄せながら言いました。

光源氏様は命婦の君が御簾の中から、

「東宮様、光源氏様の御近くへ参りましょう。光源氏様にも元気な姿を見せて下さいまし」

 と言って、近くにおいでになられた若君の顔を見ながら、

「春子皇太后さまとて、無茶な事をすることはありますまい。左大臣家と右大臣の取り決めでは、冷泉王子の後に朱雀帝の皇子が次の天皇と決まっております。私も目を光らせておりますゆえ、御安心下され」

 とて言ってあぐらを組み直しました。

王子は思いのほか成長が早く、命婦の君の手を振りほどき、御簾の中を走り回っております。

「私とて葵の上の死を考えるならば、思い尽きせぬ思いじゃ。葬儀の事どもを終えて四十九日も過ぎ、ほどなく平穏な日々が経つるに付けても、そなたが如何に暮らすか心配じゃ。

左大臣と大宮様は元気で御暮しか。さぞや気を落として居たであろう」

 と、中宮様の気遣い、葵の上に対する有難い御消息聞こえ賜えり。

「無情なはかなき世は、大方に誰にも起り得ると思う給えると知りにしても、この目に近く我が妻の死をば見はべりつるに、愛おしき後悔の事ども多く、何も手に付かぬ思いでございます。

 葵の上を思い賜え、私の心も乱れしも、桐壺院と中宮様のたびたびの御消息、御気遣いに私の心は慰められはべりてなむ。今日までも散々お世話になりながら、誠にありがとうございました」

 とて言って、幼少期に母と息子同様に過ごした藤壺御殿の暮らしが思い出されて、

『手を取り合って慰めたくても、今はならぬ』

 と、歯がゆい思いでいっぱいです。

今は桐壺院の正妻中宮としての立場と、自分の三位の大将としての身分を考えると、こうして直接御挨拶することもおこがましい事なのです。

 母親代わりとして育てられた更ならぬ折りだに

『今は身近な肉親としての御挨拶もままならぬのか』と節度ある御景色取り添えて、いと心苦しげなり。

 光源氏様は華やかな十二単の藤壺様に比べて、無文様の縫えきの束帯姿をして、上の御衣に鈍墨色の下重ねを後ろに長く引き伸ばし、冠の後ろに垂らした英飾りを巻き賜えるやつれた姿は、普段の華やかなる御装いよりも、尚一層、喪服姿はなまめかしく、男の色気が勝り居出賜えり。

 中宮殿を御出になられた光源氏様は、

「前の東宮、今の朱雀天皇にも久しう参らねば『不届き者』と言われ兼ねぬ。御逢いして御挨拶申し上げねば、おぼ付かぬ。帝に対して尊厳の無さがわしの悪い所」

 など聞こえ賜いて、御挨拶の後、夜更けてぞ、宮殿をまかり出給う。



        四十三


 二条院には光源氏様の御到着を御待ちして、御住まいを整えるために先回りして左大臣家から直接向かった随身や、紫の上にお仕えする召し使いども、塵払い床磨きなどして、

「これで御迎えの準備整えたり」

 と、御待ちの声聞こえたり。

 葬儀の間、光源氏様が留守中、里下りしていた上ら婦ども皆参り上りて、我も我もと自慢の装束、厚化粧じたるを見るに付けても、かの左大臣家の喪に屈んじたり仕つる重苦しい景色どもぞ、哀れに思い出られて御気の毒に思い賜う。

「皆の者、元気にしておったか」と、光源氏様は足早にお姿を見せ賜うも、

「一刻も早く葵の上に御逢いしたい」

との事で、出迎え家臣との挨拶もそこそこに、喪服の御装束脱ぎ捨て、普段の華やかな御衣ぞ取替え奉りて、葵の上が暮らす西の対に渡り賜えり。

待ち受ける葵の上の寝殿では、

「葵の上様、光源氏様がご到着したそうでございます。御顔の化粧はもう十分でございますか。十二単はどれにしましょうか。上重ねは赤に、派手な方が良いかとぞんじますが」

 と犬君が言えば、

「そうお気遣いしなくて良い。普段着のありのままの姿が、光源氏様は御好みじゃ。水色の小袿で十分であろう」

 乳母の小納言も落ち着かぬようすで、御着物をさがしながら忙しく動き回っています。

「せめてこの、青紫の袿にして下さいまし」

 と乳母が言うと、

「困った小納言じゃのう」

 と、明るい笑顔で答えます、

「久し振りでございますもの」

 小納言と、かっての夕顔の右近と整えた葵の上の装いは、御衣替えの仕つらい曇りなく鮮やかに見えて、良き若人、良き童の身なりなり。

 派手過ぎにならないように、見た目にも姿目安く整えて、幼き頃からお仕えする小納言が持て成し装う有様は、心元なき欠点も少しも無う、

『心憎し』と思うまでに万端に見賜う。

 紫の姫君は御几帳の奥に、いと美しう引きつくろいて、御待ちおわす。光源氏様の御姿が見えて、

「久しかりつるほどに、さぞ寂しい思いをしたであろう。いとこよなう逢わぬ間に今度こそ、大人び給いて人懐っこくに成りにけれ」

 とて言って、小さき御几帳を引き上げ紫姫を見立て奉り賜えれば、

「恥ずかしい」

 と言って、打ちそば見て恥じらい賜える御姫様、光源氏様とて見て飽かずにおられぬ所なし。

「初々しく可愛いのう」

 と、光源氏様が見立て奉れば、叔母、姪の間からとは言え

 灯影に照らし出される横顔の傍ら目、首のすらっと伸びた頭付きなど、先ほど御逢いした藤壺の女御様に似て、ただただ、

『かのうろ覚えに思い出される母君の心尽くしに似たり。宮中女房どもの語りに聞こゆる人は、この紫姫に違う所もなく、母君の御姿に成り行くのかな』

 と、見賜う気配に、いと嬉し。

 近くに寄り賜いて・・・・


  

      四十四


 源氏の君は紫姫の御近くに寄り賜いて、

「四十九日の長きに渡って、御元気かと気掛かりであった。長い間寂しい思いをさせてしもうたな。葬儀の喪主ともなれば、なかなか葬儀場を離れる訳にもゆかぬ。許して賜もうれ。元気な姿を見て安心致した」

と言いながら、紫姫の手を取り抱きしめようとすると、

「私はちっとも元気ではありません。どんなに寂しい思いをしたことか。このままずっと、御帰りにならないのではないかと心配いたしましたわ」

 と言いながら、恥ずかしそうに顔を脇に反らします。

「これからは誰に気兼ねしなくても良い自由な身の上じゃ。これからはそなたが嫌になる程、近くに居てやるぞ」

 などと、おぼつかにも帰宅なかりつる程のことどもなど、多く聞こえ賜いて更に、

「だかな、さすがのわしも葬儀でくたびれてしもうたわ。四十九日の間、ろくに睡眠を取っておらぬのじゃ。これでは身が持たぬ。悪いが半日ほど休ませてくれ。

 留守の日頃『どんな様子で暮らしていたか』の物語、のどかに山ほど聞こえま欲しけれど、葬儀で汚れた身の上じや。悪霊の取り込みや感染症のことを考えると、

『そなたに悪い病気が移るのではないか』などと心配じゃ。

 汚れた身の上を忌ま忌ましう覚えはべれば、しばし東の対、異と方に安らい給いて、折りを見てここへ参り来む。そなたが、

『どうしても』と言うなら、東の対に参るが良い。遠慮はいらぬぞ。だか万が一のことを考えて、汚れた者には近づかない方が良い。

 今は途絶えなく何時でも互いを見立て奉る事が出来はべりければ、愛わしうさえや、思わされむ」

 と語らい賜うを、乳母の小納言は『嬉し』と、聞く物であるからにせよ、

「今は光源氏様の御体か弱って居るからこそ、ああは言っている物の、元の元気を取り戻したらどうなる事やら。いつもの浮気癖が出て来ぬとも限らぬ。葵の上様がお亡くなりになった事を良い事に、またいつもの悪い癖が出なければ良いが・・・」

 と、なお危うく思いつる心配事聞こゆ。

 なおやんごとなき高貴な方が、光源氏様を御待ちする所、数多う掛わりずらい賜えれば、

「また煩わしや。これらも立ち替わり女を探し給わむ」と思う疑いぞ、小納言も憎き心なるや。

 光源氏様は東の御方に渡り賜いて、近衛府中将の君という者に御足などを揉ませに参りさせ、気持ちよくすさびて寝室の大殿に籠りぬ。

 そして夜が明けた明日方には、左大臣家に残した夕霧若君の御元に、御文奉り賜う。

『光源氏様が立ち去った後、若君は寂しさに泣き悲しんでおります』

などと、哀れなる中納言の御返り文を見賜うにつけても、尽きせぬ我が子を思う事ども多く、心配のみなむ。


 それから三、四日過ぎて、いとつれづれに庭を眺めがちなれど、何もする気が起らず、寝殿内や庭の御歩きも物憂っとうしく思しなされて、桐壺院や左大臣家を訪ねる事、思しも立たれず。

 ただ喜び事と言えば、姫君の何事も美しく飾り立てて、広く世間が羨ましがるほど有らま欲しう整いさせ果てて、

「これこそ我が理想の女性や。これならば藤壺の女御様、葵の上はおろか、空蝉や軒端の荻、夕顔や末摘花など足元にも及ばぬ」

 と、いとめでたくのみ見賜うを、それほどまでに飾り果てては、夜を共にする女に似げ無からぬほどにはたはた見なし賜えれば、紫の姫君は壇上から侍女の遊びや庭を眺め賜いて、

「男に色気ばみたる事など少しもない」

 と、折々に聞こえ、

「姫様、そろそろ子供の甘えなど捨てて下さいまし。十七歳の年頃と言えば夫に身を任せ。夜を共にする年頃でございます」

 と乳母が夜の御勤め、折々に聞こえ試み給えど、

「あっははは・・・何よ、それ。男と女は別の生き物ではないか。男と女が夜を共に寝て過ごすなど、到底考えられぬ。光源氏様と私は親子の間柄じゃ。何を思うておる」

 と、何も見も知り賜わぬ御景色なり。

 


        四十五


 連れずれに養父と養女の間柄という暮らしになるままに、紫姫とは親子の間柄を抜け出せず、抱き寄せて御櫛などさせ賜いて性的な興奮を覚えても、姫は子供の振る舞いから抜け出せず、

「光源氏様、何か様子が変でございますよ。息が急に荒々しくなっておででございますわ。どこか御加減が悪いのでございましょうか。目も怖い目をしておいでです。小納言を呼んで参ります」

 と言って、光源氏様の手を振りほどいて抜け出す始末なり。あわてて、

「心配しなくても良い。気分が高ぶっただけじゃ。こうして近くでそなたを見て居るだけで心が休まるる。もう少し近くに居てくれぬか」

 とて言って、その場を取り繕う有様なり。

「はい」

「そうじゃ、ただこなたにて碁など打ちとうなった。相手をしてくれるか」

「はい」

「犬君はおるか」

「はい」

 光源氏様は東の廂に向かって声を掛けます。

「碁を打ちたくなった。碁盤を持って参れ」

「かしこまりました」

 犬君は他の女房と共にずっしりとした重いい碁盤を持って来ました。

 このようなだらだらした日々が何日か続き、貝殻片、突き合わせ遊びなどしつつ日を暮らし賜うに、心ばえの幼さも朗々じく消えて、女らしさの愛嬌も増し、

「姫様はこの所、めっきり色っぽくなったと思いませぬか。まるで自分から男の人を誘っているかのよう」

 と、身の回りをせわする女房どもに言われるほど愛敬付き、はかなき戯れ事の子供遊びの中にも、無駄でなかったことが思い知らされて、美しき筋道の感の良さも居出賜えれば、

「これこそ我が思うた通りの女御じゃ。わしの目に狂いはなかった。まさしく理想の女に成長した」

 と光源氏様が満足する程に成り給いて、北山の草庵から今までを思し放ちたる年月こそ、苦労の甲斐があったというものである。光源氏様は理想の妻と共に暮らせる喜びを感じながらも・・・

 たださる亡くなられた方の、らうたさの御気の毒な身の上をも有りにつれ、忍び難くなりて心苦しけれど、さりとていかがありけむ。紫の上との暮らしを諦めるわけにも参らぬ。

「姫君、今宵は夜も冷えるでのう。東の寝所へ戻るのが嫌になった。今宵はそなたと枕を並べ、ここで休もうと思うがそれでも良いか」

 と言うと、葵の上は、

「あら、まるで子供のような光源氏様。面白い。私は男の方が寝ている姿を見た事がありませんので、興味深々ですわ。どうぞ、こちらでゆっくりお休みくださいませ」

 と、恥じらいながら笑顔を見せて言います。

 世話女房と他の者が二人の布団を並べると、光源氏様はすぐ布団に潜りりましたが、葵の上は枕元で正座したままでいます。

「どうしたのだ。寝ないのか」

 と、光源氏様が葵の上の御顔を見上げて言うと、

「白い肌着姿の光源氏様って、とても素敵でございますわ。じっくりこうして、眺めて居とうございます。どうぞ気を静めて、先にゆっくりと御休み下さい」

「変な紫の上じゃな。まるで母親のようじゃ」

「ふふふ・・・」

「何がおかしい」

 そう言いながらも、光源氏様は大きなあくびをして寝てしまいました。

こうして女に見守られながら寝る光景は、

『元服の夜、左大臣の西の対で葵姫が添え臥を勤めた時と同じだ』と思いながらも、今は心地良く深い眠りに就きました。

 人のけじめ見立て奉りべく、光源氏様の高貴な身分からすれば、無礼なる振る舞いなど分くるべき御仲にも在らぬに、男君は女に手出しなどせず、何故か女を避けて、とくと早起し賜いて庭など散策す。

 女君は男の寝姿に興奮してなかなか眠れず、朝方になってやっと眠りが深く成り、さらにだらだらと起き給わぬ明日もあり。

供に暮らす二人を見て、人々、

「如何になれば、かく夫婦としておわしますらむ。光源氏様とすれば何もご遠慮なさることもあるまいに。御心地の例ならず、女遊びに明け暮れた人とも思えぬ」と、

『狼が飼い猫になっては歯がゆい思いばかりに思さるにや』

 などと、随身が見立て奉り嘆くに、君は西の対に渡り賜うとて風流にも、御すずりの箱を見几帳の内に差し入れて、和歌の返事を御待ちおわしにけり。

『互いが好きならば抱き合い、夜を共にするのが当然』

と思えど、

『紫の上はが結婚の意味を御存じなのか』到底見当が付かぬ有様なり。源氏の君が見几帳の陰から紫の上を見賜うに、女君は何かを感じて、

 狭い一間にかろうじて頭を持たげ賜えるに、引き結びたる御文が枕元にあり。何心もなく気の趣くままに桜文様の御手紙を引き開けて見賜えば、流調な文字で、


 危やなくも 隔てけるかな 夜を重ね、さすがに馴れし 夜の衣を

 事なくも  隔てけるかな 夜を重ね 吐息に馴れし  夜の勤めを


 と書きすさび賜える内容は、我慢も限界のようなり。

 


      四十六


 紫の上は、係る光源氏様の『性欲が御心におわすらむ』などとは、日常に掛けて思し寄らざりしかば、

「などてかうも、心憂鬱しかりける御心を裏なく、家臣に見せる物のかな。紫の上に付き添う女房と随身は、主の不機嫌な態度にびくびくし、御機嫌を損ねないよう注意を払っている。

これも二条院を守る北の方としては、頼もしき限りだが、世間の耳には、愛敬の無いきつい者に思い聞こえけむ」

 と、浅ましう思しなさる。

 昼つ方、光源氏様は西の対に渡り賜いて、東の廂から寝殿に御足を踏み入れ賜えれば、

「姫様、光源氏様が御渡りでございます。早よう起きて、身の回りを御整え下さいまし。このようにお昼まで寝ておいでとは、私どもが怒られてしまいます」

「かまう物か」

「そのような横柄な態度を、早う起きてくださいまし」

 付き添いの女房どもが忙しそうにしていますと、

「紫の上は息災でおいでか。今日は天気も良いのでのう、南の廂で碁でも打ちとうなった」

 と声を掛けられてしまいました。

「光源氏様、良うおいで下さいました。紫の上様は今までくつろぎ給いて、小袖で御過ごしだったのでございますが、御渡りをお聞きしまして、あわてて十二単衣に着替えておいでの最中でございます」

 乳母の小納言はあわてて光源氏様の前に姿を現しました。紫の上は御几帳にさえぎられて見えなかったのでございますが、姫は何故か帳台の中から、

「光源氏様など御逢いしとうはない、とっとっと帰ってもらえ」

 と、横柄な声を投げ付けました。

「そなたに何か悪い事をした訳でもないのに、こうも悩ましげに仕給うらむとは、如何なる御心地ぞ。悪い事は何もしておらぬに、こうも嫌な態度を見せるとは我儘な女御じゃ、けしからん。

 このような天気の良い日に、奥の暗い部屋で過ごすから憂鬱になるのだ。機嫌を直して南の廂に出て外の景色を眺めようじゃないか。碁でも打たで楽しもうと参ったのに、西の対の寝所は騒々しや」

 とのぞき賜えれば、紫の上は光源氏様の御姿を見るなりますます不機嫌になって、いよいよ十二単の御衣ぞ引き被きて床に臥し給えり。

 人々は遠慮して遠くへ退きつつ、廂の近くでさぶらえば、

「不機嫌など、かくいぶせき御持て成しぞ。思いの外に、心浮く浮く楽しげこそおわしけれ、な。そなたには笑顔が良く似合う。付き人も、

『如何に怪し』と、思うらむ。わしの権威が落ちてしまうではないか」

 とて言って、被き賜える衣のふすまを引きやり降ろし賜えれば、姫は汗に押し浸して、額髪もいと濡れ賜えり。

「供の女房など気にしなければ良いではありませぬか」

「あな、うたて。一体どうしたというのだ。これは、いと忌々しき持て成しわざぞよ。妻たる者、夫を大事に御持て成してこそ『良妻』とほめられるものだ。優しくしてこそ、わしもつくし甲斐があるというもの」

 とて言って、光源氏様がよろずにこしらえ、御慰めの言葉聞こえ賜えど、紫の上は、

「光源氏様は何も分かっておられません。夜を同じ寝室で過ごしたのに、私に手出ししないのはどういうことですか。光源氏様は私を妻と認めておらぬのですか。小納言に、

『夕べはどうだったのでございますか。さぞ辛い思いをしたのでございましょう。最初は誰もが嫌がつておいでですが、そのうち何とも思わなくなります。そしてついには、それがないとつまらなくなりますよ。それとも、おっほほほ・・・・天にも昇る良い思いをしたのでございますか」

 などとからかわれたり、夕顔の右近には、

『まあ、小納言様、それは言い過ぎでございますわ。少し辛い思いをしても、光源氏様が御相手ですもの。きっと天にも昇る楽しい思いをしたに相違ありませんわ。何なら私が替わって差し上げたいぐらい』

『ほっほほほ・・・そうよねえ。きっと楽しいに決まっておりますよねえ』

 などと、からかわれるではありませんか。光源氏様が何もなさらないのでは、私は返事のしようがございません。恥ずかしいやら、情けないやら。光源氏様は女の気持ちなど何も分かっておりません」

 などと紫の上は不満をぶつけたかったのですが、純情な姫君からすれば、そんなはしたないことなど言えません。光源氏様はそんな紫の上を見て、

『誠にいと辛し』と思い賜いて、

「機嫌を直せ。そなたの言う事なら、何でも聞いてやろうではないか」

 などと慰め賜えど、紫の上は露の一言の御答えも仕賜わず。

「よしよし、分った。このようにハ恥ずかしいのであれば、この上更にそなたを見立て奉わらじ。何か分からぬが、いと恥ずかし思いをしたのであろう」

 などと演じ賜いて、夕べお渡しした例の御すずり箱開けて見賜えど、返事の物もなければ、届けた文を触った形跡もなし。

「若気の御有様や。気分は優れなくとも、受け取った和歌に対しては返事の文を出さねばなるまいに」

 と、らうたく可哀そうに見立て奉り賜いて、日、一日入りて慰めの御声聞こえ賜えど、紫の上の気持ちは解け難き御景色なおも続いて、すねた姿なり。

しかしその態度は返って、光源氏様をいとどしく、なおさら一層ろうたげに思えさせるなり。

    


      四十七


 その日の夜去り、そろそろ御休みになろうかという時分、惟光は亥の刻、餅飯を用い参らせたり。

「紫の上様、今日は十月最初の亥の日、亥の刻でございます。万病を払い、子孫繁栄を願う有難い亥の子餅飯でございます。家臣一同、紫様の御健康と長寿を願ごうております。どうぞ御召しあがり下さいませ」

 と、家臣一同は深々と頭を下げながらいいました。惟光の考えに係る御思いのほどなければ、

「まあー、可愛い猪の姿をした御まんじゅうでございますこと。有難く頂戴いたします。心より御礼申し上げます」

と、紫の上は嬉しそうにその餅を見て言いました。

「こなた紫の上ばかりに、おかしげなる檜割箱なる餅飯ばかりを色々、紅白の餅をここへ持ち参れるとは何事ぞ」

 と、光源氏様はその餅飯を見賜い驚き賜いて、

「惟光、こっちへ来い」

 と君、南の方へ居出賜いて、落ち着かぬようすで扇を手のひらに打ち付けながら、惟光を召して、

「この餅飯、かう数々多くにして折り箱に所狭き有様に詰め込む事はあらで、寝床を共にした結婚の日からまだ二日目ではないか。明日こそ結婚三日目、新婦に子餅飯を振舞う日じゃ。馬鹿者めが。

明日の暮れ方に再び持ち参らせよ。葵の上の喪明けが三ヵ月とは経っておらぬゆえ、今日はいまいましき日なりけり。祝いなどできぬ。」

と、打ち微笑みて、恥ずかしそうにのたまう御景色を、惟光は心解き感の鋭い者にて、

『光源氏様も念願の姫との結婚が成就して有頂天になっておるわ。亥の日の子餅飯と、新婚の餅飯を混同するとはどうかしておるぞ。ふと思い寄らぬ有頂天なり』

 と、思いけり。

「確かに御子様を儲け給はで、げに愛嬌の始めは日選りして契りを交わす事こそ、『百発百中』と聞越し召すべき事と思いらむ。

今夜にこそ、さぞや楽しい思いを仕給うおつもりなのでございましょう。さても鼠の子は一晩に幾つか仕う奉らむと、繰り返しやり過ごすべうはべらむ。うっひひひ・・・・」

 と、惟光が真面目立ちて申せば、

「三つが一つにても、そのような恥ずかしい事はあらむかし」

 と、のたまうに、惟光は光源氏様の本当の御気持ちなど心得果てていて実家へと発ちぬ。光源氏様は、

「物馴れの有様や。主の心の魂胆を良う心得ておる」と、君は思す。

 惟光は主の結婚の成就など他所人にも言わはで、

『手ずから腕の見せ所』と言うばかりに、見た事もない大きな鏡餅を里にてぞ、作りに至りける。

 源氏の君は紫の上が機嫌を取り戻すようこしらえ、夕べ優しく抱き寄せ賜わぬ事を詫び給いて、今初めて尼君の家から姫を盗み持て来たらむ悪る人の心地するも、いとおかしくて、

『このような素晴らしい姫児を、抜け抜けとさらって来たとはしてやったりじゃ。誰が何と言おうと文句は言わせぬ。我ながら大した男じゃ』

 と、満足す。

光源氏様がにやにや笑いながら思い出し笑いをすると、

「光源氏様、何がおかしいのでございますか。私の顔に何か付いておりますか」

 と、葵の上はすこし怒った様子で申しました。そうした葵の上を実に可愛いと思いながら、

「年頃、姫君を哀れと思い聞こえつる事は、心の片端にもあらざりけり。葵の上は共に育った犬君や小納言の乳母が御近くにおり、着る物、食べる物、住まいに於いても何不自由ない暮らしじゃ。

 人の心こそ、何故か浮立て、意に反した暮らしする者は哀れなり。紫の上は今の暮らしに満足しなくてはならぬぞ。

今は一夜も隔てむ事の、割り切れなさが無かるべき事と安心仕給え。わしもそなたも幸せな暮らしじゃ」

 と、思さる。

 源氏の君の、のたまいし祝いの餅飯、惟光は痛う夜更かして、明け方に持て参れり。

「小納言よ、これを新妻の枕元に届けてはくれぬか。光源氏様の立っての言い付けじゃ。肌を合わせ愛し合う二人に気付かれてはならぬぞ」

 と、惟光が言えども、小納言はおとなしくて、几帳の奥に入るなど恥ずかしくや思さむ。

「大人の小納言が几帳台の中をのぞいては新妻も恥ずかしく思さむ」

 と、惟光は思いやり深く心こしらえて、小納言の娘の取次弁と言う役目の娘を呼び居出て、

「これを忍びて、二人の枕元に持て参らせ給え。気付かれてはならぬぞ」とて言って、香合の箱を一つ差し入れたり。

「これは何でございますか」と弁が言えば、

「祝いいの餅を入れた箱じゃ」

「それにしても大きい」

「確かに箱は大きい。これは二人の御枕上に参らすべき祝いの品物になりはべる。あなかしこ、あなかしこ、あだにならぬようにな。大事に取り扱いなされ」

 と、惟光はその箱を高々と持ち上げながら、

「めでたき事じゃ」

と言えば、弁は惟光に何か企みがあるように聞こえて、

『怪し』と思えど、

「あだなる事はまだ習わぬ物を。私には二人の愛が深くなるように仕向ける事など何も分かりません」

 とて言いながら、その箱を取れば、

「誠にその通りじゃ。今はまだ『恋のあだになる』と思いなさる文字を忌ませ忘れ給えよ。そなたには早すぎる。そのような恥ずかしい事など考えず、素直に届けれは良いのじゃ。色恋など、よもや混じりはべらじ」

 と、惟光は言う。

 小納言の娘は若き人にて、光源氏様と紫の上が愛し合う景色も、え深くにも思い寄らねば、預かりし香合の箱を奥へ持て参りて、御枕上の御几帳より差し入れたるを、

「惟光め、良うやった。確かに祝いの品を受け取った」

 と、源氏の君ぞ、

『例の結婚の儀式が終わった事を、二条院の人々に聞こえ知らせ給うらむかし。家臣も女房どもも、葵の上がわしの新たな正妻になったことを思い知るであろう』と思さる。

 御二方の結婚がどうであったか人々は、え知らぬに、努めてこの箱を、まかり居出させ賜えるにぞ、光源氏様と親しき限りの人々も、

『光源氏様は正式に御結婚成された』と、思い合わする事どもありせける。

 小納言と周りの女房は、御二人が静かに御休みになられて入る事を娘の弁から聞き取ると、お皿どもなど、餅を盛り付ける配膳の物を、何時の間にか出しけむ。

 餅飯を乗せる高膳の下足、いと清らかにて、餅飯の盛り付けの有様も殊更び、目立つように、いとおかしう高々と整えたり。

小納言は、

「いとこうまでもしてもや、紫の上を大事になされている。喜ばしい限りじゃ」

 とこそ思い聞こえさせにつれ、哀れにこの上なくもかたしせけなく思す。

乳母の小納言と周りの女房は、光源氏様の思い至らぬ事なき欲のなさを、を御心映えを有難く思い浮かべて、まずは打ち泣かれぬ。小納言は取り巻きの女房どもに、

「さても内々に御結婚があった事をのたまわせよな。公然と公けに報じてはならぬ。かの亡くなられた葵の上様が、いかに悲しく思いつらむ」

 と、ささめき合えり。



     四十八


 かくこのようにして後は、宮中の内裏にも、桐壺院にも、あからさまに参り賜えるほどだに、御結婚の事は他の人々も、あえて知らぬ素振りなり。

 静心なくにやにやして紫の上の面影に恋しければ、

「光源氏様は何を嬉しそうにしているのでございましょう。何となく怪しの心や」

 と、周りの人々は思さる。

 宮殿の通い賜いし所々よりは、

「よっ、源氏の君、ついに念願の若妻をめとったそうじゃないか。鼻の下を長くしておるぞ、この色男めが」

 と言う大将の中将、楠木や、

「光源氏様、帚木の巻で話し合った、理想の妻と暮らすには『これと思う女を自分で育て、磨き上げるのが一番』というあの進言を、自ら実行なさったのですな。これは素晴らしい』

 という左馬寮の頭、草尾など、さらには、

「源氏の君、この典侍が『婆婆じゃ』と言うて見捨てたりしたならば許さぬぞえ。若妻に何もかもばらしてしまいますからな」

 と脅す典侍など、恨めしげに驚かし声聞こえ賜いなどすれば、

『こいつらめ、わしの幸せをひがんでおるわ』

 と、冷やかしを愛おしいと思すのもあれば、


 若草の 新手枕を   巻き染めて 夜をや隔てむ 憎くあらなくに

 若妻の 柔らかき手を 巻き止めて 夜もや隔てむ 憎く有ら無くに

                       (万葉章)

 と思う歌も心苦しくて、

「若紫とは夜をや隔てむ」と思し、宮中の人々の好奇心が煩わしく思いはるれば、騒ぐ人の声も、いと物うっとうしくて、悩ましげにのみ持て成し賜いて、仕事もそこそこに早めに切り上げて帰宅す。

 紫の上には、

「世の中の人々の事は、いと心うっとうしく、煩わしく覚える程に過ごしてなむ。紫と過ごすのが、何よりも楽しみじゃ。この仲の良さを他人にも見え奉るべき」

 とのみ答えつつ、安らぎのひと時を過ぐし賜う、

 弘徽殿の春子皇太后は、朱雀帝の皇后に内定している朧月夜を見て、

「今妃は、御櫛笥殿の役目に執着して、帝王様の衣服を調達する貞観殿を出たがらぬに、皇后として後宮に入内することを拒み続けて、今なお源氏の大将にのみ心を奪われ賜う。困った物よ」

 と嘆き賜う。

 この五女の朧月夜が、源氏の君に心付け恋し賜えるを、右大臣は、

「げに、はたはた我が娘が源氏の大将を恋しく思いつるは、かくもやんごとなかりつる大将の正妻方を、失せ給い殺しめるも、さてもあらむに。

源氏の君をこれほど思い詰めるとは、などか口惜しからむ。出来れば嫁として送り出したい」

 などと、右大臣のたまうに、弘徽殿の皇太后は、

「帝の周りは右大臣家て固めなくてはなりませぬ。朱雀帝の妃に左大臣家の者や、源氏大将の息の掛かったものに奪われては、帝の地位も安泰ではおられませぬ。帝は御体が弱く、たたでさえ不安であらぬに」

 と言う。

「それにしてだ。我が子にその妹を嫁がせようとは行き過ぎじゃ。源氏の君をお慕い申しあげてるだに、二人に子供など出来まい」

「それでもかまいませぬ」

 弘徽殿の女御はそれでも『桐壺更衣の腹から生まれた光源氏様を、いと憎し』と思い聞こえ賜いて、

「源氏の君が宮仕えなどもおさおさしくだに、我が実家のごとく仕成し賜えらば、朱雀帝の御前も源氏大将の思いのままに、などか有り成ししからむ。あいつは我が右大臣家にとって政敵じゃ」

 と御怒りになり、朧月夜を朱雀帝の妃に参らせ奉らむ事を思し、説得に励む。

 源氏の君もおしなべて朧月夜の有様には御関心覚えざりしを、ただ帝と妃の血縁が余りにも近すぎて口惜しいとは思せど、ただ今は事様に分くるべき御心もなくて、成り行きに任せ賜う。

「何かは間違った生き方をして来たのであろう。かばかりに、左大臣家の姫君を短める世にしてしもうた。

かくてこのような事では、人に指図するなど思い定まりなむ。 これ以上に手出ししては、人の恨みも負うまじかりけり」

 と、いとど危うく思し、浮気心も懲り懲りに至りぬる。



       四十九


 かの六条の御息所は、葵の上を呪い殺した生霊の疑いがあるとはいえ、自分を大切に守ってくれた小母上として、いと愛おしいと思いけれど、誠の寄るべき安らぎの場所としては、

「頼みに、当てにする必要もなくなった。二条院の紫の上と比べても、それ以上と聞こえむには、必ずしも心の底を見せ置くかれぬべし。本心を見せぬ方が良かろう。

 年ごろの過去のように、安心して見過ぐし賜はば、さるべき折り節に、重大事を相談し、聞こえ合わする人にてはあらむ」

 など、さすがに三位の身分になった今では、御息所を事の外に偉い人物と思し放たず。

 斎宮の役目を担ったこの姫君を、今まで世間一般の世人も、

『前皇太子の皇女』その人とも、知り渡たり聞こえぬも、物憂鬱げな事で誰も知らなきようなり。

「必ず亡き父宮に知らせ聞こえさせてむ。桐壺院の姪に当たる人ではないか」

と思欲し成して、花嫁候補として世間に広く知らしめる御裳着、髪上げ儀式のこと、人にあまねくほど広くはのたまはねど、押しなべて質素ににらぬ有様に思し舞う来る。

豪華衣装の御用意などは、桐壺院や源氏の君が御用意して、いと有難けれど、斎宮の女君は、

「今は斎宮として大切な役目を担った身の上、世間の華やかな祝い事の様には振舞う事など出来ませぬ」

 と、こよなう疎み聞こえ賜いて、

「年頃からよろずに頼み事しているかのように聞こえて、待つはしき付きまとい聞こえけるこそ、浅ましき心なりけれ。私は誰にも束縛されず、自由に生きたとうございます」

 と、悔しうのみ思して、爽やかにも素直に見合わせ面会奉り賜わず。

 たまに御機嫌の良い日など、神官との話し声が聞こえて来て、戯れのたまうも、いと苦しう割り切れなき物に思し、

「あれはあれで身の固い女君じゃ。信頼が置ける。帝の妃となったならば、さぞや女御どもを支配し、立派な中宮になるであろう」

 と、光源氏様は改めて結ぼ惚れて、浮気など有りしにもあらず、賢母となり賜える御有様を、おかしうも、愛おしく思われて、つくづくと感心なされ賜う。

「年頃の欲望に満ちた思い聞こえし本意は無く、


 み狩りする 狩場の斧の 楢柴の 馴れは勝らず 恋こそ増され

 み狩りする 狩場の斧の 楢薪は 縄に屈せず  恋こそ増され

                     (万葉集)


 秋子斎宮のそっけない態度は我が心の思いのままにならず、職務に忠実な態度は、御景色の心憂鬱しき事」

 と、光源氏様の恨み聞こえ賜うほどに、斎宮に心を寄せる事など、年も返り見ぬほど恥ずかしき事なり。


正月の一日の日は・・・・



      五十


 正月の一日の日は例の慣例に習いて、桐壺院に参り賜いて後ぞ、内裏の朱雀帝に御挨拶し、祝賀行事に居出賜う。

「帝に於かれましては御健康と長寿を祝し、心よりお慶び申し上げます。我々臣下一同、朱雀天皇に心より忠誠を誓います」

 などと、一段と高い御簾の奥に向かって光源氏様は、太政大臣、内務大臣、左右大臣など、その配下四十人を従えて、御挨拶申し上げました。

「世は日頃の忠誠心に感謝し、これからもそれぞれに職務に励むよう希望する。今日の祝賀の御挨拶、大儀であった」

 朱雀帝からの御言葉がありますと、臣下の者は、

「ははっ、ありがとうございます」

 と、帝の威光に御遠慮して、目を伏せながら笏を両手で前に差し出し、深々と頭を下げました。

 その後、代弁から帝の今年の方針について希望が述べられると、帝の御退席を後に、祝賀行事は終わりとなりました。光源氏様はその後、中宮殿の藤子様や御子の東宮殿などにも参り、挨拶仕賜う。

「この子は元気だけが取り柄で、安心して見て居られます」

 と言う中宮、藤子様の声を耳に残しながら、それより後は、大殿、左大臣の屋敷へまかり出賜えり。


 おとど左大臣は正月にも係わらず塞ぎ込んだようすで、

「新しき年じゃ。まずは新年の御挨拶を申し上げなくてはなるまい」

 などとも言わず、

「葵の上が生きていたならば、さぞや楽しい正月を迎えたでありましょう。今年は正月を祝う気力も起りません」

 と嘆いて、光源氏様が、

「ささやかな正月の餅と伏見の酒を持って参りました。葵の仏前に献上奉りたく存じます」

 と言うと、

「あれが生きていた頃は、明石から鯛を取り寄せて祝ったものです、この年でこのような悲しい思いをするとは思いなんだ」

 と、昔の御事ども聞こえ賜いて、騒々しく泣き叫びながら、

『悲し』と思すに、

「大臣殿、そう悲しく思いまするな、生きておればまた楽しい日もございましょうぞ」

 と言えども、いとど光源氏様も慰めの言葉もありません。

「かくこのようにして、我が家に渡り賜えるにつけて、葵の上との暮らしを思い出すのでございます。

『婿殿の前で悲しい思いを見せてはならぬ』と念じ返し給えど、悲しと思したり。申し訳ございません」

 左大臣は御歳の更に加わる氣にや、この所尚一層老け込んで見え奉る。

 一方の光源氏様は、歳と共に物々しき威厳の気さえ添い賜いて、葵の上が有りし頃よりは更にたくましく、清らに見え賜う。

「失礼つか奉る」

 とて言って、本殿を後に西の対に立ち居出賜えれば、

「まー、光源氏様が良く良くお見えでございます。乳母の小納言殿、御通ししても良ろしゅうございますか」

 日頃落ち着かず、廊下を動き回る犬君が、いち早く光源氏様の御姿を見て嬉しそうに言いました。犬君の元気な様子からして、主を失った悲しみなど、気にも留めぬようです。

「何っ、光源氏様じゃと。これは嬉しい。早よう若君様に御逢いさせなくてはならぬ。早く御通しせよ」

「はっ、承知致しました」

 光源氏様が葵の上が暮らしていた御方、寝所に入り賜えれば、そこにいた三・四人の女房の人々も、珍しう見立て奉りて、なかなか御会いできぬことを思い、偲び合え泣き居ず。

 乳母が若君を抱き上げて、庭の見える南廂近くに立ち居出給いて若君を見立て奉り給えれば、雲居の雁様もこよなう御健やかげで、

「まあー、御父君を見て嬉しいのかしら、御はしゃぎでおいでございますよ」

 乳母の言う通り、笑いがちにおわするも、日頃なかなか御会いできぬ事を考えれば、可哀そうで哀れなり。

「若君は良い子じゃ。わしを見て笑って御迎えとはうれしいぞ。健やかに育って嬉しいぞ」

 と、言いながら我が子を見立て奉れば、眞目、口突き、御顔の輪郭までただ中宮殿の冷泉東宮の表情と同じ有様なれば、

「雲居の雁様が藤壺中宮の東宮と御顔が良く似ておられるとは、東宮様はもしかして、光源氏様の御子ではあらしゃいませぬか」

 などと、人々もこそ、

「光源氏様の色好きにも困ったものよのう」

 と、そう見立て奉りて、『咎むれべき御事』と、見給う。

 寝殿の家具など、御室らい、几帳や御簾の様子なども、葵の上様が元気な頃と変わらず、奥の御衣掛けに吊るされた御装束など、つい三か月前までに光源氏様が御召しになられた御直衣で、

「光源氏様がいつお越しになられても良いように、毎日取り換えて吊るしてあるのでございますよ」

 と、言っていた葵の上が例のように仕掛けたるに、女の衣装が並ばぬ事こそ映えなくて、今は騒々を絶するほど、涙に明け暮れる悲しき日々となりにけれ。


 

          五十一(最終回)


 光源氏様が葵の上の寝所に入り、高床に座していますと、義理の祖母、大宮様の御消息来訪にて、

「今日は正月元旦の祝いの日、涙と悲しみはいみじく不吉事と思い賜えて忍び押さぶるを、かく光源氏様が当家に渡らすせ賜えるになむ、涙を押さえようとしても、なかなか思うようになりませぬ」

 などと聞こえ賜いて、

「我が子を無くなされました悲しみは、よくよく存じ上げておりまする。私が至らぬばかりに申し訳ございません」

 と光源氏様が御返事申し上げますと、

「昔の慣例に習いはべりにける光源氏様の装いも、月頃は、いとど涙に霧が蓋がりて、正月の御召し物と言えども、派手な御着物を御用意する気持ちにもなれません。

『色合いなく地味な物に御覧ぜはべらむ』と思い賜ふれど、今日ばかりはなお喪服に近い装いで、やつれさせ給え」

 とて言って、いみじく質素にあつらえ、尽くし給える着替えの物ども、御直衣の他にも肌着や結び紐など、また重ねて奉れ賜えり。

「正月とは言え、大臣家の事情に合わせて装うは当然の事。何も御心配には及びませぬ」

 とて言えば、

「必ず今日奉るべきと思しける御下重ね指し貫袴は、色も折りざまも世の常ならず、誠におかしいと思いでしょうが、これは葵の姫がご自分の死を覚悟して光源氏様の為にこしらえた品物でございます。

 心異なる正月の御召し物となるを、どうぞ許し給え。葵の気持ちを、どうぞ汲み取って下さいませ。うっ、くくく・・・」

 と、大宮様は泣き声で言いました。

「葵の上の思いに満ちた心遣いには、何とお礼言って良いものか分かりませぬ。とても嬉しいことなれや。大宮様の御厚意に対しまして、

『甲斐なくや、着とうはない』

などとて、とてもそのような薄情は致しません」

 光源氏様はそう言いながら着替え賜う。

「光源氏様、少し地味ではございますが、良うお似合いでございます。風格が尚一層増したように御見受け致します。葵が生きていたならば、どんなに喜んでいた事でございましょう」

「それは有難い」

 光源氏様は『お勧めの物を着ざらましかば、大宮様を悲しませ、口惜しう思さまし』と、心苦し。御召し物をいただいたお礼の御返りには、次のような和歌が詠まれておりました。


 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香久山

 春過ぎて 夏も来るぞや 白妙の 衣干すてふ この妻の里

              (持統天皇 源氏物語にはありません)

「今度御会い致します時には、大宮様の笑顔と元気な姿が見とう存じます。春や来ぬるとも、まずは御覧ぜられになん。何はともかく、大宮様の御前に参りはべりつれ」

と言い賜えど、葵の上との暮らしに思い賜え居出らるる事多くて、言葉にして、え聞こえさせはべらず。無言のまま、


 あまた年 けう新ためし 色衣 着ては涙ぞ 降る心地する

 幾年に  今日新ためし 妻衣 着ては姿ぞ 見る心地する


「ええー、今度逢う時にこそぞ、娘への思い賜えし悲しみを沈めね。何時までも悲しまれては身がもちませぬぞ。大宮様がこの世で楽しく暮らしてこそ、葵の上も、天国で安心して過ごせるというもの」

 と、聞こえ賜えり。それに対しての大宮様の御返り歌は、


 新しき 年とも言わず 降る物は 振りぬる人の 涙なりけり

 新年と 言わず見送る 空の雪は 振りぬる人の 涙なりけり


 大家様は東の廂で光源氏様を見送られた後も、何時までも車止めの壇上から、光源氏様を待ち続けているのでございます。


しかし、大宮様のの思いも、愚かなるべき事にぞや、あらぬや。光源氏様は、ここを離れたが最後、何をしでかすか分かりませぬ。現実に光源氏様は、二条院の紫姫の元へ帰りますぞえ。

 くわばら、くわばら・・・・紫式部。


                      葵の巻 終わり


 

夜は眠いし疲れるし、金にはならないし・・・・ああ・・・・・・すごく疲れるよ

私馬鹿よね、

アマゾンで販売されている電子書籍、桐壺編 夕顔編を買っていただけると元気も出るのですが・・・・ 

文学賞なんて一般の人には難しいですね

あてにしないで 平均的な生活を維持しつつ

こつこつと書き続けましょう。

良い小説なら、いつの日か世間に知られることでしょう


                  上鑪幸雄


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