かってに源氏物語 花の宴 一~十二
宮中に於いて光源氏様の浮気が発覚?
心配どきどきです
何せ語学力に乏しい若輩者ですので、誤りが多数発生していると思われますが、そこは皆さんの暖かい力で補っていただけたらと思います。よろしくお願い申し上げます。
かってに源氏物語
古語・現代語同時訳 原作者 紫式部
花の宴
上鑪幸雄
十二 最終回
「怪しくも従順に見せかけて、突然有様変える高麗人かな。子猫のように従順に見せかけて、いつ腕に噛みつくともぎらぬ。扇は無理やりに取られたものなれば、悔しくてならぬ」
と答ふる声は、花の宴の後に出会った姫君の、その時の心を知らぬ訳もなかろう
本人にやあらん。
その几帳の奥に隠れた女人に対して、答えはせで、静かに周りの気配を伺うと、垂れ布の下にわざと袖先を光源氏様の前にはみ出させた十二単の一部を見て、光源氏様は思わず、女も男を誘う気持ちがありやと見賜う。
『ははー、さてはそういうことか。この隠れた女人も、誰か男をを待って居ったのか』
と、思い賜う。
「ああー、世の中は空しい物よ、何一つ思い通りにならぬ。せめて嫁ぐ前に好きな男に抱かれたい」
などど、時々打ち嘆く女の方に寄り掛かりて中のようすを伺い、袖口の衣を引き寄せて几帳越しに手を捕えて、
あずさ弓 入るさの山に 惑うかな ほの見し月の 影や見ゆると
二十日月 入るさの山に 惑うかな ほのぼの人の 影や見ゆると
「何ゆえに、そう悲しんでおるのか。月は沈んでも夕方にはまた昇る。再び会える日も来ようぞ」
と、押し当てにまずのたまうを、再会に心は、え忍びて待ちわび、胸ば高鳴りぬるらんと考えるべし。この姫君は東宮に嫁ぐのが定めなれば、父君の右大臣には逆らえず、他の男に奪われて破談になる事を望み賜う。
心射る 方ならませば 弓張の 月なき空に 迷はましやは
心居る 方ならまずは 弓張の 月なき空に 迷はせずとも
と言う声、ただそれなりに待ちわびた人なり。女とすれば男に強引に迫られるを、いと嬉しきものから・・・・・
花の宴 おわり
花の宴はここで突然終わりになっております。解読する私も、読者の皆さまにとっても、何か不満の残る結末です。紫式部の性格からして、この先のいやらしい部分を書き綴ったに違いはありません。
お節介にも私は、そのいやらしい部分に挑戦する事に致しました。
花の宴・つづき
女とすれば男に強引に迫られるを、いと嬉しき物だからとしても、立場上、自尊心の気高さは、そう簡単に受け入れられぬに違いない。だが部屋から付き人を退散させた状況を見ると、光源氏様を待っていたとも受け取れる。
男に手を捕えられて驚きのようすを見せ、
「そのようなはしたない事は御辞め下さい。私はこのような色恋に興味などありません。いや、いやなのです。私が叱られます。駄目、駄目だと言うに、ああああ・・・どうすれば良いのでしょう」
女はそれでも手を振り払おうとせず、なすがままにされております。
光源氏様の左手は相手を捕えたまま、右手は腕の上の方、奥へ奥へと十二単の中を滑らせて行きます。そしてついに脇の下から肩へ伸びた時、おんなはたまらなくなって、光源氏様の右手を衣の上から握り締めました。
「ああー、駄目、だめです。このようなはしたない事。私はふしだらな女になってしまいます」
女は逃げる振りをして、後ろ向きになってそう叫びました。
「何を言う。これこそが男女の一番美しい恋の世界ではないか。男女の色恋は、神とて仏とて誰も止められはせぬ。ふふふ・・・」
光源氏様は目を光らせて言います。
「駄目、駄目です。ああー、どうすれば良いのでしょう」
「決まっておる。こうするのじゃ」
光源氏様は、紐を緩めた袴の中へ、おぼろ月夜の右腕を捕えたまま誘い込んでしまいました。
「ああー、なにこれ。何と柔らかいおなかの御肉なのでしょう。ああー、とても気持ちがいいですわ」
女は誰に命じられる訳でもなく、勝手に光源氏様の下腹部に指の背を押し当てたり、つねったりします。こうなると女の手は勝手に動いてしまって、もうどうにもなりません。
そしてついに固い部分に当たった時、思わず伸び切ったいやらしい頭を握り締めておりました。
『ああー、何と、これが男と言う物か』
すべての出会いの目的はこの為にあったかのように、女は目を閉じてなすがままにさせております。喜びに満ち溢れ、この心地よい物を失わぬためならば、何を捨てても良いとさえ思るほどです。
光源氏様は女に好きなようにさせておいて、袴を下へずらしながら、おぼろ月夜の十二単衣をめくり上げました。そして白い尻が丸出しになった時、手でその穴の部分を確かめると、おぼろ月夜から奪ったものを一気に押し込みました。
「ああー、痛い」
女は必至でもがき逃れようとします。
「何をこの場において、逃がしてやるものか」
光源氏様の腕は胸と下腹を強く抱きしめて逃がそうとしません。払い除けようとする女を強く抱きしめます。そしてついに『はあーっ』と言う声と共に果てた時、この恋が誤りであった事を女は悟りました。
「ああー、私は何という過ちを犯したのでしょう。何もかも父君と母君の言う通りでした。女は厳粛に奥の部屋で大人しく、じっとして居なくてはならなかったのです。父君に申し訳ない事をしました。私は殺されても仕方がありません」
女は涙を流しながらそう言います。
「すべてを忘れる事です。何もなかった事にすれば良いのです。あなたも父君も私も、誰も苦しむ事はありません。まして嫁ぎ先の男にとっても」
光源氏様は立ち上がり、袴の紐を閉めながら言いました。
「そんな都合の良い事ができましょうか・・・・」
おぼろ月夜が言いかけた時、東の廂の方向から足を踏み込む音がしました。
「源氏の君、源氏の君はおるか」
外から誰かの声が、後になって分かったのですが、頭の中将の呼びかける音が聞こえました。
「・・・・・」
「そこに居るのだったら黙って聞け。間もなく右大臣がここへやってくるぞ。宴にそなたが居ないことに気付いのだ。皆で探し回っておる。右大臣は六の姫の事が気になり始めたらしい。まもなくここへやって来るぞ」
「そうか、それはかたじけない。急いで外へ出るから、少し時間をくれ」
「光源氏様、もう行ってしまわれるのですか」
慌ただしい動きに、おぼろ月夜は不安そうに見詰めています。
「さあー、急いで起きなされ。十二単衣の裾はわしが整えるから。そなたは胸元を繕え。匂い袋で首の回りを叩くが良い」
光源氏様は女が普段の姿に戻ると。急いで外へ出て行きました。
「西の廂から庭へ逃れよ」
頭の中将は忠告します。
「あい分かった。世話になったな頭の中将」
光源氏様は高欄干を飛び越えると床板につかまり、急いで庭に飛び降りました。
後から光源氏様の持ち物を持った惟光が追いかけて来ます。
「車の手配は整えたが、惟光」
光源氏様が言うと、
「それは合点でございます。門の外で待たせております」
快い惟光の声が返って来ました。
「はははは・・・・」
高笑いするような声を響かせ、二人は急いで右大臣家の大殿を後にしました。
花の宴、想像編 終わり
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かってに源氏物語
古語・現代語同時訳
原作者 紫式部
花の宴
上鑪幸雄
一
二月、きさらぎの二十日余り、宮中では大太鼓の響きと共に桐壺帝が主催する南殿の桜の宴をさせ給う。藤壺様の皇后としての披露宴と、東宮朱雀皇子の帝としての予告、そしてご自身の隠居の御決意とて知らせ賜う。
「帝王様が御成りになられます」」
という甲高い中弁の声と共に、続いて皇后様と東宮様が御姿を現し賜う。
御帝様が中央の玉座に御すわりになられますと、妃、藤壺の女御様は玉座の西側に、東宮、朱雀皇子様は東側にそれぞれの両御局席に舞い昇り、着席させ賜う。
弘徽殿の女御は、
「中宮藤壺が、かくして帝の西隣におわするを理不尽事ぞ」
と御不満げに安からず思せど、
「皆が紫宸殿で桜の宴を楽しんでいるのに、なぜわしだけが弘徽殿の暗い部屋に閉じ籠っておらねばならぬ。宴の物見に奥で、え過ごし給はで、堂々と出席してやろうではないか。我が子が帝になる披露宴に、生みの親が出ない訳には行かぬ。その手に乗るものか」
と称して参り賜う。
この日、いと良う晴れて、空の景色、鳥の声も心地良げなるに、皇族の御子達、重臣の上達部も寄り始めて、いよいよ宴の開幕である。
「おっほん、おっほん。舞の後に披露される和歌の歌会を説明いたします。その道に秀でたる和歌の達人は名乗りを挙げよ。その者には御帝様から和歌の探韻、お題がそれぞれに手渡される。
お題が重なる事はない。身分の高い御方から順番に、庭の文台から探韻の好きな短冊を選び候らへ」
式部卿が御説明いたしますと、次に大輔が立ち上がり、
「選んだ御方はこちらへお越しいただき、この壇上の机で御自分のお名前をお書きになって、こちらにお渡しください。清書の短冊とお題の複写をお渡しいたします。舞が終わりましたらそれぞれの和歌を披露いたしますので、それまでにお書き下さい。
和歌を書き終えましたらご自身のお名前をお書きになって、そのまま御持ち下さい。順番に出来映えを披露させていただきます。まずは太政大臣様。庭の文台から好きなお題をお選び下さい。次に左大臣様」
との説明があり、その道の達人は皆、お題の探韻承りて文作り給う。
「太政大臣は『うぐいす』という御題を承ったぞ」
と、大臣が声高らかに短冊を振り回すと」
「わおー」と一斉に歓声が上がり、拍手が鳴り響きました。
「次に左大臣は『春霞』ぞ」
と同様に披露されますと、これも歓声が沸き上がります。やがて右大臣様から中納言までの頃になりますと、人々の拍手も冷め掛けて、やがて歓声が静まりかけた頃、源氏の君が庭に降りますと、再び歓声が沸き上がりました。
「光源氏様どんな御題をお選びになるのかしら」
「大臣どもが良い文字を選んでしまったんですもの、そんなに優れた御題が見つかるはずがないわ」
会場の人々は気の毒な目で見つめています。やがて源氏の君が壇上に上がり、
「宰相の源氏の中将は『春』という文字を賜れり」
とのたまう光源氏様の声が響きますと、再び、
「わおー」という歓声と共に拍手が沸き上がります。その人々の声さえ例の興奮状態で、他の人に異なる雰囲気となりにける。
つづく
二
次に頭の中将楠木様、人の目移りしも、ただならず、源氏の君との比較も覚ゆべかめれど、
「静まれ、静まれ、おのおの方。頭の中将楠木は『菜の花』という御題なるぞ」
と言う大声に人々は緊張して
「おおー、すごい」
「頭の中将様の権力もなかなかの物よ。勢いはゆるぎないわ」
などと、いと目安く人々を持て成し沈めて、楠木様の声使いなど物々しく、威圧も優れたり。そのさての人々は、臆しがちに鼻白めて恨まれないよう表情をこわばらせ、目立たないようにぞ、体を沈めている人も大かり。
紫宸殿の壇上での拝謁を許されぬ地下人の身分の低い人々は、ましてこのように帝、春宮の威信に満ちた御姿さえ神神しく御目にかかれなくて、庭の遠くから見るに、学門芸術の御才にかしこく優れておわしますと見給えり。
「東宮様に初めて御目に掛れたぞ。色白で上品な御方とお見受けした」
「物静かなるに、重臣の思いのままに動くやも」
「しっ、静かに。弘徽殿の女御様が目を光らせておいでなさっていますわ」
「そろそろ宴が始まりそう」
宴会に係る方に雑談が増え始めた頃、やんごとなき身分の高い人々、その人々の多くが舞の準備ものに仕賜い整え給う頃なるに、
「まずは東宮様の舞を披露いたします」
との説明有り。
「東宮様、急いで庭に御降り下さいませ。構えが整いましたら雅楽の音楽が流れます」
大弁の催促に、朱雀皇子の振る舞い恥ずかしくて、はるばると曇りなき庭に進み出て、自ら立ち居出るほど度胸もなく、自慢げに舞を見せるのもはしたなく思えて、すでに覚えた舞の披露など安き事なれど苦しげ成り。
「朱雀皇子様、すでに覚えた舞でございます。どうぞ遠慮なさらず御披露なさいませ」
年老いた舞の博士どものあわてたようす、表情なり怪しくやつれて、例のごとく引っ込み思案の性格に馴れたるも哀れに、東宮様は様々な人々の表情を恐れ怖気付いて、会場の人々を御覧ずるなむ姿、いとおかしかりける。
庭に渋々降りたものの、なかなか御顔を上げようとせずに、楽どもの前奏は繰り返し鳴り響き、東宮様に更にも言い訳言わせず、舞の場を整えさせ給えり。
「東宮、何をしておる。早く舞をみせぬか」
と、桐壺帝の御催促のもとに、やうやう入日になるほどにて、
『春のうぐいすさえずる』という舞、いと面白く見ゆるに、源氏の君が紅葉賀の折りに見せた髪の飾りも思し居出られて、
「東宮よ、これを髪に飾ざして舞うが良い」
と、帝は春宮に桜のかんざし給わせて、切に責めのたまわする訳でもなかったのですが、催促に逃れ難くて、庭に立ちてのどかに袖を一振り返す所、ひと折り舞い見せて会場の人々は安堵致しました。
大空へ飛び立つばかりの景色舞い賜えるに、腹違いの兄弟とは言え、光源氏様の優れた舞に似るべき物無く見ゆ。
「次に光源氏様、庭に御降り下さい」
と言う声に、
「今宵は気分が優れませぬゆえ、どうぞ御勘弁下さい」
と言う。
「どうしたのじゃ、そなたらしくもない。一振りでも良い。舞って見せよ」
という帝の催促に、
「それでは青雅波の舞を一番だけ」
と控えめに言う。
つづく
三
「どうなさったのでしょう。舞に掛けては誰にも負けられない光源氏様なのに」
「きっと春宮様に御遠慮なさって『今宵は目立たないように控えめに』と、きっとそう御考えなのよ」
「残念ねえ」
会場の人々の憶測をよそに、光源氏様も庭に降り立ったのですが、やはり今宵は舞に華やかさがありません。一曲終わりますと、光源氏様は指揮者の式部の丞に演奏を止めるように合図を送りました。
「どうぞ、今宵はこれで御勘弁下さい」
光源氏様は桐壺帝と皇后さまに向かって一礼しました。
「どいつもこいつも、生半端な舞をしおって」
桐壺帝は苦虫を噛み潰したようなごつごつした顔をしてそっぽを向きます。御后様は、心配そうな悲しい顔をしました。
「どんな舞を見せるかと思ったら大したことはないではないか。所詮、あの程度の御才ぞ、あの男は」
廂の右側前列で弘徽殿の女御様は、後ろ隣にいた老女の女房に、口元を扇で隠しながら小声で言います。
「そうでございまするとも、下手くそな舞でございましたわ」
「おっほほほほ・・・・」
弘徽殿の女御側が軽蔑の笑い声を上げたのを見て、左大臣の大殿様は春宮様に御気遣いする婿を見て、恨めしさも忘れて涙落とし給う。宴の会場がざわつき始めた頃、
「頭の中将、いづら。遅し」
と言いながら、桐壺帝は立ち上がり、会場を見渡しました。
「帝王様、こちらでございます。舞の準備は整っております。
声の方向を振り向くと、南殿の階段の下で、頭の中将楠木は片膝を地面に突いて一礼をして待ち構えております。
「おお、良かった、良かった。そこにおったか、待っておったぞ。今宵はそなただけが頼りじゃ。何と言う舞を踊るぞ」
「柳花苑でございます」
「おおー、そうか、それは良かった。楽しみにしておるぞ。早速始めてくれ」
帝王様のほっと喜ぶ笑顔を見て、頭の中将も満足げな様子です。
「かしこまりました」
中将楠木様は、唐楽の舞を、両手に扇を持ちながら柳が春風になびく姿を表現します。この曲目は踊りもさることながら、調べの美しさが秀でておりまして、それに合わせた舞も引き立ちます。
「まあー、素晴らしい。本当に素晴らしい舞でございますわ」
「本当。まるで光源氏様の霊気が乗り移ったかのよう」
それは頭の中将が別人になったかのような、迫力のある舞でした。やはり体格の大きい男には華やぐ美しさがあります。これには今少し時間を過ぐし長引かせ、三番まである曲目を繰り返し演奏し、長く舞い続けました。
「花の宴の評判に係ることもありやも。ここに居る観衆を満足させて、盛大の内に宴会を終わらせねばならぬ」
と、式部省の人々は心遣い費やしけむ。頭の中将の舞と、柳花苑の演奏は、いと面白ければ、桐壺帝と左右の御局の人も、会場に居た人々も満足げに笑顔を浮かべて喝采を浴びせました。
「頭の中将、今しばらく待て。褒美を取らす。今日の舞は素晴らしかったぞ」
帝王様はそう言いながら、御衣ぞ賜りて労をねぎらわれました。これはいと例外にて、宴の功労に褒美を承る事は、いと珍しき事とさえ人々は思えり。
その後の舞は、幾つかの演目が流れる曲に合わせて上達部、皆先を争うようにして乱れて舞い給えど、どいつもこいつもその場しのぎで、整然としたけじめも見えず、特に舞に秀でたる者はなし。
「静まれ静まれ。舞の演目はこれで終わりじゃ。おのおの方、自分の席に戻って下され。これからお題を授けた返歌の和歌を披露致す」
中弁が帝王様の前に進み出て、壇上から大声を張り上げても、舞の騒ぎは一向に収まる気配がありません。式部卿が文等、講ずるにも始められない有様です。酔った上達部の何人かは壇上に上がり、大きな杯を勧める有様でした。
「それでは始めるぞ。まず帝王陛下の歌でございます。
『梅の花 春遠からず・・・・』」
と詠み上げても一向に騒ぎが収まる気配はありません。春宮様や太政大臣の文等も講ずるにもほとんど聞き取れなくて、
「源氏の君の御手本、御本をば詠み上げるぞ。待ちに待った光源氏様の和歌にござるぞ。静かにして下され。今宵の最大の見せ場でございますぞ」
と前置きして、騒ぎが静まるまで講師もなかなか、え詠み始めやらず、やっと静けさが戻り始めた頃に、
「はあーるの宵―、三ヵ―月、なれーどー・・・・・」
などと句ごとに繰り返し詠みあげて、強弱と語韻を長引かせ、和歌を誦じ大声で披露ののしる。博士どもの心にも、光源氏様の和歌を特別扱いにするには、いみじう差別的に思えり。
かのようのこの宴に於いて特別な功労もない折にも、まずこの源氏の君を光り輝く特別な存在に仕立て賜えば、帝もいかでか愚かに思されむ。今宵は頭の中将の功績が誰にも勝ると皆が思えり。
中宮藤子様の御目が光源氏様に止まるにつけて、春宮の母親、弘徽殿の女御の目の鋭さ、あながちに憎み給うらんも、怪しう危険な兆しなり。
わがかう思うも、紫式部と致しましては『心憂鬱し心配事とぞ』と、後々になって自ら思い返されけり。
おほかたに 花の姿を 見ましかば 露も心の 置かれましやは
大方に 花の姿を 見ましかば 露も涙に 置かれましかも
皇后さまの御心の内なりけむ光源氏様を心配なさいます御心は、事に隠そうと気丈に装って見ても、花の宴に来席されました人々には、いかで明からさまに漏り居出にけんと思われけり。
つづく
四
その後、夜は痛う更けてなむ。花の宴の催し事は終えて果てける。上達部の重臣、おのおの方は散り散りに席を空かれ、お妃様、東宮様も帰らせ賜いぬれば、紫宸殿の宴ものどやかになりぬる。
空に月、いと明るく差し居出て、宮殿の屋根をおかしきに照らさるるを、源氏の君、酔い心地に暖かくなった闇の静けさを見過ぐし難く覚え賜いぬれば、散策だに奥の御殿を歩き賜う。
帝を中心とする侍従長や典侍、上の人々も皆打ち休みて、清涼殿の渡りも誰一人、ねずみ一匹さえ見当たらぬ静けさになり。かように思い掛けぬほどに静かになりぬれば、中宮に抜擢された藤壺の女御様が気掛かりで、
『何も心配には及びません、藤壺の新お妃様。左大臣も私も藤子様をお守りする覚悟でございます。この奥御殿で藤子様の天下を築いて御覧に入れます』
と伝えたくて、もしも去りぬべき親書をお渡しできる絶好の暇もあるやもと思いて、藤壺渡りを割りなう忍びて伺い歩きけれど、語らうべき取次の王命婦の戸口もかんぬきが鎖しにてければ、人の気配さえ見当たらぬ。
源氏の君は希望を失い打ち嘆きて、なお簡単に引き下がるもあらじに、
『少し時間が経ってから再び来ようか』と隣の弘徽殿の細殿に立ち寄り給えれば、三の口の扉開きて、人が出て来る気配なり。
『さても我が夜這いに気付かれたか』
と急ぎ角の陰に回りぬれば、
「この夜更けに帝はわらわに何の用事があると言うのじゃ。『わわわ・・・』眠いではないか」
と弘徽殿の女御はあくびを両手で押さえながら、上の帝の御局にて従うべき御供の三人を引き連れて、やがて清涼殿へ舞い上り給いぬる気配になりければ、弘徽殿に残る人々、少なり給える気配なり。
立ち去った後奥をのぞき賜えれば、奥のくるくる扉も開きて人音もせず、
『かようにて留守中に戸締りをせぬ不用心さは、世の中の男の過ちはするぞかし。物を盗もうとおもうならば、いとも簡単ではないか』
と思いて歩きぬれば、やおら奥の寝室が見えて来て、奥座敷に上りてくるくる戸の中をのぞき賜う。人は皆、寝たるべし気配なり。
『かのような静かな夜、暖かい陽気に誘われて眠れず、若い女房の一人や二人、細殿の外へ出て庭を眺める物好きな女もいるはず』
と思い歩き続ければ、いと若う流調な声で歌うおかしげなる声の、なべて人の物とは聞こえぬ『おぼろ月夜に似る物ぞなき』と歌う何者かがあり。
照りもせず 曇りも果てぬ 春の夜の おぼろ月夜に しくものぞなき
照りもせず 曇りも弱き 春の夜の おぼろ月夜に 勝つ物ぞなき
(大江千里集)
「菜のは―な畑に入日―薄れ、見渡―す山の端、かすーみ深し、かわずーの鳴く音―も、鐘―の音も、さながーらかすめーる、おぼーろ月夜」
と打ちずして、近付く者あり。
「まさか、こなた夜更けの有様に、女がぬけぬけと男に近付いて来るものか。夢ではなかろうか。馬鹿か、この女は。どんな女房だろう」
と、いと嬉しくて、通り過ぎようとする女の、ふと袖を捕え賜う。
「あれー、誰かここに人がおるぞえ。そなたはだれじゃ」
と、女、いと恐ろしと思える顔を隠す景色にて、逃げようとする。
「白々しい。そなたは男がここに立っているのを知りながら、近づいて来たではないか」
と、源氏の君が肩に手を回し、抱き寄せようとすると、
「あな、むかつくべき景色かな。手を放せ。弘徽殿の女御様の知り合いと知っての事か」
と、女房はのたまえど、源氏の君、
「何かと疎ましき景色かな。何を今さら。そちは男が来るのを知りながら扉を開けて待っていたのであろう。おぼろ月夜に逢引きは付き物じゃ。大声で歌っていたのは、男を呼ぶためだったのだろう。
ゆるりと楽しもうぞ。拒むなど、何か見え透いた嘘のようで、うとましき」
深き夜の 哀れを知るも 入り月の おぼろ気ならぬ 契りとぞ思う
深き夜の 逢瀬誘うも 入り月の おぼろ気ならぬ 人の定めぞ
とて言いながら、女を抱き上げて、奥の寝所へ降ろして。くるくる戸は押し立てつ、中から鍵を掛け賜う。
つづく
五
浅ましきに、呆れる有様、いと男の本性がむき出しにされたようで頼もしく、いと懐かしうおかしげな強さなり。わななく、わななく、背筋がぞくぞくして身を任せ掛けた頃、
「ここに人・・・」
と、叫ぶのがやっとの有様です。
「いけません」
とのたまえど、
「麻呂は帝と同じ、この宮殿の中においては誰に手を掛けようと皆、人に許される身たれば、そなたを召し寄せたりとも、なんで不都合事とかもあらん。ただ忍びてこそ、そなたと楽しもうとしているのじゃ。わしは光源氏なるぞ」
と、のたまう声に、女は、
『あの天下に名高い光源氏様とは、この君になりけり』と聞き定めて、いささか心を慰めけり。
「そなたもこの宮殿では力を得たいのであろう。麻呂が手を貸してやろうではないか」
とて言って、更に抱き寄せれば、
「それよりも私は、下の女房どもに『尻軽女』と言われるのが我慢なりませぬ。我が家は高貴なる身分の家柄なのです」
「家柄など気にするな。女の情念に名誉も世間体も関係あるものか。この一瞬こそが生まれた命の本願ぞ」
「なりませぬ」
女は世間の評判を恐れて『侘し』と思える物であるから、本心に従って相手の思うままに動けぬことが情けなく、恐々しう見えはしても『心底男を拒む気持ちは見えじ』と思えり。
相手の荒々しい吐息に耳の鼓膜は共鳴し、酔い心地に無抵抗になるや、例の常々の女にならざりけん。
「ああ・・・・、もう止められません。どうぞ好きなようになさって下さいませ。ああ・・・二人だけの秘密でございますよ。捨てたりしたら決して許しませんからね。ああ・・・気持ちがいい」
女は光源氏様の餅肌のような柔らかい体に抵抗する事ができません。二人は互いに絡み合うようにして、女御の寝所へ倒れせて行きました。
夜が明け始め、鳥のさえずりが聞こえ始めた頃、女は隣で眠ってる光源氏様の吐息に目を覚ましました。東宮妃に内定したことが決まっている大事な御身にとって、浮気は許さむ事。
この一瞬の誘惑に負けたことは口惜しきに、女も若こう、たおやぎて男の意のままになるのは仕方のないことか。東宮の御妃候補として、強き心も知らぬはなかろうに、もっと毅然とした態度になるべし。
悲しみに涙を流す姿はらうたしと見給うに、ほどなく夜も明け行けば、
「光源氏様、急いで起きて下さいまし。まもなく弘徽殿の女御様が戻って参ります。急いで下さいまし」
女は急いで十二単を身にまとい、乱雑になった寝所を整えます。人に見られまいと女は心慌ただし。光源氏様はまだ眠気まなこで、
「まだまだ良いではないか。もう一度楽しもうぞ」
とて言って、女の手を捕えれば、
「なりません。急いで起きて下さいまし」と、光源氏様の直衣を引き剥がす有様です。女はまして、
「この姿を他人に見られたらどうしましょう。その時は私と駆け落ちでもするか、心中して下さいませ」
などと様々に思い乱れて、とにかくこの場から離れたがる景色なり。
「なお、そなたの素性を名乗仕賜え。弘徽殿の女御とはどういう関係なのじゃ。そなたとこうして深い契りを結んだからには、いかでか連絡の方法も聞こゆべき。こうして闇に葬りなむとは、さりとも、そなたが望んでいるとは思われじ」
とのたまえば
浮き身世に やがて消えなば 尋ねても 草の原をば 問わじとや思う
浮き身世に やがて消えなば 尋ねても 草の原をば 探すと思えじ
と扇で口元を隠しながら、流し目で言う有様、艶になまめきたり。
つづく
六
「一夜限りを楽しむための断りや。言い訳に過ぎぬ。それは麻呂の願いと聞こえ違えたる当て文字かな。わしはそなたと心で結ばれたいと思っておるのだ。名乗りを挙げたならば、再び訪ねて来ようぞ」
とて言いながら、
いずれぞと 露の宿りを 分かむ間に 小笹が原に 風もこそ吹け
いずれぞと 恋の宿りも 探せずに 小笹騒ぎて 風と去り行く
「宮殿の逢瀬が、わずらわしく思す事ならば、何か包まむ隠れ場所を探してやろうではないか。もしかしたら、逃げ口実を言って透かい給うか」
とも言い合えず、源氏の君が袖を引くと、
「光源氏様、もうそれ所ではありません。弘徽殿の女房どもが大勢戻って参りました。早く北の廂からお逃げあそばしませ。早よう早よう」
逆にその若い娘に腕を引かれる有様です。
「分った、わかった、今の状況を良う承知した。この扇を取らすゆえ、そなたの扇をくれ。わしはうまく逃げ通して見せる。また近々逢おうぞ。
娘は微笑みながら顔を隠そうともせず、にっこり笑って見せました。
「寝所の中に誰かおるか。まもなく弘徽殿の女御様が御戻りになるぞ。何故、外の南廂を開けっぱなしにして、中のくるり戸を閉めておる。そこに誰もおらぬのか。女御様が間もなくお戻りになるぞ」
弘徽殿付きの足先案内人は厚い木の扉を叩いて騒ぎ立てます。光源氏様と契りを結んだ娘は北廂を閉めて逃げて行きました。間もなく弘徽殿に残って眠っていた人々も起き居出て騒ぎ出します。
「私どもが眠っている間、誰も居なかったと存じます」
留守を預かった小袖の女房が、扉を叩く案内人に床に膝ま付いて説明すると、
「そんなはずはなかろう。寝所の鍵が勝手に内から閉まるものか」
と言ってにらみ付けます。
「そなたは北廂に回り、外から鍵が開かぬか調べて来よ」
上役の女房はもう一人に言いました。
「かしこまりました。」
「それから留守番役のそなた。清涼殿の上局で過ごしておられる春子様に、もう少し清涼殿でお過ごしいただくよう申し上げよ。『寝具を御取替え致しておりまして、もう少し時間が掛かります』とな。もしゆるりと過ごされる気配ならば、言わずとも良い」
「かしこまりました。」
弘徽殿で働く女房どもが上の帝の御局に参り激しく行き交う景色ども、寝所が開かぬにあわてて茂しく迷えば、二人はいとも簡単に割りなく東の廂に抜け居出て、扇ばかりを印に取り替えて、光源氏様は桐壺殿へ居出賜いぬ。
桐壺には光源氏様の筆頭家臣、惟光太夫や、空蝉の弟、小君ども、頭の中将の家臣など人々多くさぶらいて、
「光源氏様は、こんな夜更けにお戻りになるとは何事ぞ」
と、驚きたるもあれば、掛かる不審な動きに、
「たゆみ無き、熱心な忍び歩きかな。今宵は何処へ通ったのやら、楽しみだわい。大事にならねば良いがのお、ひひひひ・・・」
と、様々に想像して突きしろいつつ、空寝をぞ、仕合えり。
源氏の君は寝所へ入り賜いて伏し賜えど寝入りられず、
「おかしかりつる弘徽殿に居た人の有様かな。あの女は上玉で有った。和歌の才能にも猛る。女御春子様の御妹たちにこそあらめ。高貴な女であった。まだ世に馴れぬ幼い妹、五の君、六のでにならんかし。
大宰府長官の帥宮の北の方、三の君ではあるまいし、頭の中将のすさめぬ四の君などは、右大臣の大殿から離れたがらないと聞く。それでも今宵の花の宴にこそ良しと参っと聞きしか。
なかなかその二人の北の方とは思えん。それならましかば、あのような若くてうぶな女ではあるまい。今少し話の辻褄を考えても何かがおかしからまし。六の姫は東宮に奉らんと・・・・・
つづく
七
六の姫は東宮に奉らんと右大臣も心差し仕賜えるを、愛おしうも可哀そうにあるべい御方かな。煩わしう弘徽殿の女御に嫌われている我が身にとって、兄君の東宮に嫁ぐ御身だからと、わざわざご挨拶に訪ねんほども紛らわし。
さてもどうであれ、六の姫と途絶えなんとは思はぬ景色なりつるを、これからも度々御会いせざるを得ないだろう。
『その時いかなる状態になれば、言葉を通わすべき対面の有様を、他人行儀を装って話すべきか教えずになりぬらん。おっととと・・・、待て待て、さっきの女が六の姫だったとは限らぬではないか』
などと、よろずに様々な事を思うも、心の取り止めが収まる気配はなく、胸騒ぎとなるべし。かようなる状態につけても、間近渡りの有様の、
『こよなう奥まりたる桐壺殿は静かや。心が落ち着く』
と、桐壺帝のご配慮を有難う思い、弘徽殿の騒々しさと比べられ給う。
その翌日は後宴の小宴事ありて、光源氏様は昨夜の浮気など何事もなかったように行事に紛れ、役目に暮らし賜いつつ、筝笛の事を担当し仕え奉り賜う。昨日の形式張った宴会よりは、気心の知れた仲間内の宴会とあって、なまめかしうざっくばらんで、面白し。
夜も更けて、藤壺の女御様は弘徽殿の女御と入れ替わり、あけぼのに清涼殿の西局に参り上り賜う。帝もお休みになられた気配で、朝の配膳までは眠りに付かれた様子なり。
かの右大臣の姫君ども、朝焼けの美しき有明方に宮殿を居出や仕ぬるらむと思い、源氏の君の心も上の空にて、
「北山の祈祷師に掛け合い大活躍した良清と朝臣の惟光は近くに居るか」
と呼び寄せました。
「はい、何なりと御用を仰せ付け下さい」
と、二人が几帳の外で返事すると、
「右大臣の姫君ども、北の方どもが宮殿を退出のようすじゃ。ようすを探って参れ。もし姫君の女房頭に接触の機会あらば、この扇を渡してくれ。
『姫君らしき方が、この扇を落として行ったそうでございます。どうぞ、その方にこれをお渡し下さいますように』とな」
「かしこまりました」
思い立ったら何事にも抜け目のない隈無き良清、幼い時より身の回りの世話をする惟光を付けて弘徽殿を伺わせ給いければ、弘徽殿の中宮の御前より、
『まさに実家へまかり居出給いける』ほどの気配に、
「ただ今、それらしき姫君様が内裏の北門、警備の陣の中より取り調べを終えて、兼ねてより隠れ立ちて準備万端に整えはべりつる車ども、まかり出ずる所でございます。
御方々の里人おわしはべつる中に、右大臣のせがれ、四位の少将、右中弁の君など、急ぎ門を居出て、姫君を見送りはべつるや。弘徽殿の明かれならむ奥方や姫君どもと見給えつる。
見慣れ気しうはあらぬ高貴な気配ども著しくて、車三つばかりに分散し乗り給いはべりつ」
と聞こゆる説明にも、光源氏様は名残り惜しくて胸打ちつぶれ賜う。
「それならば、たった今、御忍びで確かめに行こうぞ。昨夜の姫君か確かめねばならん」
「それならばこちらでございます。御足元にお気を付けてお急ぎ下さい」
と、手の先で案内致す良清を見て、惟光は『くすっ』と笑い、
「調子のいいやつめ」とつぶやきながらながら二人の後を追って行きました。
「いかにして昨日の女かどうか、三人方のいずれか知らん。父君の大殿などに聞き尋ね、事々しう事情を説明して、
『麻呂はこの姫君を好きになってしもうた』などと言って、右大臣に無理やり持て成されてもいかんぞや。まだあの人の現状を考えて、
『嫁ぎ先が決まっておらぬかどうか、好きな人がおらぬかどうか』有様をよくよく見定めぬほどには、軽々しい言動は煩わしかるべし。さりとて恋人として迎えるべきかどうか、知らであらむ。 はたはた未練も、いと口惜しかるべければ、このわしは如何にせまし」
と思し煩いて頭を抱え、
「光源氏様、あの三人の女衆でございます。よくよく御確かめ下さいませ」
と言えば、つくづくと眺め、木の陰で伏し賜えり。
「姫君ども、如何に連れ連れに退散ならん。見ているだけで何もできぬではないか。右大臣の許しが出て、日頃堂々と御逢いできる事になれば、屈してこそこそとする必要もやあらん」
と、ろうたく微笑みながら相手を思しやる。
かの再会の約束をした印の扇は、桜紙の三重かさねにして、濃き下地の方におぼろに霞める月を描きて、下に水に映し出す光の心映え、名作として多く描かれ目馴れたれど、由緒正しく今宵の宴に懐かしう持て慣され、人柄が忍ばれたり。
「草の原をば訪ねても、人は探せじ」
と言いし有様の、振り払いし心の気高さのみ心に係り賜えば、
世に知らぬ 心地こそすれ 有明の 月の行方を 空にまがえて
世にしれぬ 心地こそすれ 有明の 月の行方を 空にまぎれて
と書き付け賜いて、良清の手に置きたり。後々になって、
「良清、あの扇は姫君の手に渡ったと思うか」と問えば、
「侍従長にそっと渡しておいたので、必ずや持ち主の姫君に届き賜うと思えり」
との快い返事、光源氏様は安堵し、脇息に臥し賜えり。
八
「大殿の正妻の家に足を運ばなくなったのも、久しう二か月ほどになりにける。葵の上は、さぞ首を長くして待っていることであろう。いやいや、これぞとばかりに、
『あなたの暮らしは、左大臣家の援助があってこそ成り立っているのですよ。家族にもっと優しくしてくれなければ困ります。父君はもう、かんかんに怒っておいでです。この恩知らずめ』と、不満をぶちまけるに違いない」
源氏の若君も左大臣家の態度が心苦しければ、いずれ大きな貢物を持参して陳謝を心得むと思して、今朝はとりあえず二条院へ帰宅おわしぬ。
子供っぽい紫の上は見るままにあどけなくて、いと清純美しげに生いなりて、愛敬付き、そっと光源氏様に寄り添うらうらうじき心映え、いと左大臣家の正妻とは異なり心が落ち着き賜う。
飽きかぬ所無う知性豊かで、我が心の趣くまま、自由な生活を愛し、光源氏様に都合の良いように『大らかな性格に教えなさむ』
と思すような教育方針に、叶う人柄になりぬべし。
母親の教えと違い、男の都合の良い御教えなれば、少し男に人慣れ仕過ぎたる事や、安易に男衆の中に紛れ込み、話し仲間に混じらむと思す不用心こそ、後ろめたけれ。
「男はいつ襲うとも限らぬ」と忠告すれど、紫の姫君は聞く耳を持たず。日頃の生活の御物語、語り告げれば、御琴など笛も含めて教え明け暮らし、庭先に居出給うを、
『例の何処の浮気男に見られるかも知れぬ』と口惜しう思せど、今はいと良う良う留守にも飼い馴らわされて、割りなく寂しさに泣き暮れる悲壮感はなく、出掛けようとする光源氏様に、慕いまつわり付こうとははせず。 紫の上君も、いよいよ我が大人の道を歩き給うと思いけり。
ニ・三日過ぎで、例の若狭の海産物を空蝉の父方より取り寄せて持参したれど、葵の上妻は、ふと快くも対面仕給わず。
「今頃、何をのこのこ御居出なさったのです。顔など見たくありません。追い返せ」と付き女房に言うなり。
「まあまあ、そう言わずに機嫌を直して下され、紫の上。姫は私の本差ではありませぬか」
光源氏様は、御簾の外でなだめながら半時ほど待ったのですが、一向に御会いする気配がないので廂に出て庭を眺めながら、つれづと、
『自分はどうして葵の上に優しくしてやれないのだろう。本妻だからと言って嫌いなわけではない。夜の床を共にして、子供でも出来ればと、そればかりを望んでいる。でもどうしても素直になれない。何故だろう』
など、よろずに思し巡らされて、
「御琴など御弾きになさいましたらいかがでございましょうか。葵の姫君様も、きっとお喜びになられますよ」
と、微笑みながら近づいて来た若い侍女に声をかけられ、渡された筝の御琴をまさぐりて、指で音階を確かめながら、
『貫き川の、せせらぎ柔ら 玉枕 静かに寝むる 夜はなくて 親裂くる妻、哀れなる恋人ども(催馬楽より)』
などと歌い、葵の上の冷淡な態度を『親が無理やり引き裂くからだ』と、親のせいにして、『二人は互いにまだ愛し合っている』と、光源氏様は歌い賜う。
それを聞きつけた左大臣の大殿渡り賜いて、
「人聞きの悪い興味ありし事どもが、聞こえ給う。なぜそのような心にもない歌を歌いはべりぬる。わしは二人の仲を引き裂いた覚えはないぞ。先日の花の宴での一日、仲良く過ごしはべりしを」
と言い賜えば。
「父上、これは有名な催馬楽の古い歌でござる。歌詞の意味などに魂胆なとありません」
と答え賜う。
「わしはここら七十の齢にて、名王なる宇多天皇御代から四代をなむ、左大臣家として君臨し、世の動きを見はべりぬれど、この度のように和歌の競作に楽しみ、互いの学識を高める宴を見たことは無い。桐壺帝の名君としての御覚えは大したものよ。
舞や雅楽、物の音色ども整いおりて楽しみ、齢、御歳も伸びることなむ、七十の今にして健康に過ごされはべらざりつる。わしもおかげで、この上ない高貴な宴を楽しむ事ができた。長生きはするものぞ。
昨日の宴は道々の上手ども、見知らぬ顔ぶれ多かる比ろほい、源氏の君が詳しう町人の評判を知るし召し、高度な師匠どもを宴に招き、演奏を整えさせ賜えけるおかげなり。
高齢の翁どもの舞、実に見事であった。長寿楽とは実有難い。退官した高齢の翁どもも、ほとほと踊りに酔いしびれ『我を忘れて舞に居出ぬべき心地なむ』と、このようにしはべりし。よほど楽しく過ごされたであろう。源氏の君に御礼申し上げる」
と、聞こえ賜えば、光源氏様は、
「事特別に調べあげ、芸達者な師匠に出演をお願いしたる行いの事も、私は仕はべらず。花の宴の評判を聞いて町の芸人どもが、『我も我も』と、かってに押し寄せて来たのでござる。
ただ公け事に春の宴が恒例の行事なれば、総師なる各方面の者の師匠どもを、ここそこかしこと言わずに京の町中を尋ね、声を掛けしはべりなり。これほど大勢の方々がおいで下さるとは思いませんでした」
と謙虚に平然と言う」
「それも光源氏殿の人柄のお蔭よ。大したものだ」
「今回の宴は、よろず今までの事より格式が高いと御理解下されば有難い。
『今回の花の宴が、竜宮苑の天女の舞であった』と、誠に後代の後々まで語り継がれる例となりぬべく、桐壺帝の見賜えしに、私とてうれしい限りです。
まして栄え行く春宮様にお祝いとして、立ち居出させ慶び賜へらましかば、余の面目にや叶いはべらましかし。これにて弘徽殿の女御様の、私への警戒心が解けると良いのですが」
と聞こえ賜う。
「なにもそう心配せずとも良い。弘徽殿の女御はそなたに十分感謝しているはずだ。ただ素直に『有難い』と言えぬだけよ」
左大臣は白髭の唇を動かし、目を細めて光源氏様をなだめました。
「御二方、何を深刻に話している。このおぼろ月夜に深刻な話は良くないぞ。今日は先日の宴の余興に参ったのであろう。光源氏様、そう型苦しくならないで、まあ一杯飲んで下され」
弁、中将など、葵の弟君五・六人が参り合いて、話に加わり給います。
「先日の太政大臣は皆の舞に連られて踊り出した物の、まるで千鳥足で踊りになっていなかったではないか」
「そうよそう。堅物の右大臣までが踊り出すとは夢にも思わなんだ。よほど孫が天皇になれるのが嬉しいのであろう。ウワッハハハ・・・」
「いやいや、父君とて足がふらついておりましたぞ。オッホン。あの時はどうされたのです」
と中弁が左大臣の肩を叩きながら咳払いすると、大臣は、
「うるさい」
と言って、手を振り払いました。
「光源氏様と頭の中将の舞に比べ、上の三大臣がこれでは、この国もおしまいではないか、ははは・・・」
「うるさい」
「父君、そうむきになりますな。ははは・・・」
と言いながら、中将は酒を注ぎ、大勢がその様子を見守っております。
父君と光源氏様のようすを、葵の上は格子戸の中かに見ておりました。
「まあー、父君の楽しそうな御様子、見てくださいまし、葵の上様。父君はこうして光源氏様と楽しくお過ごしなられることが何よりの楽しみなのですよ。葵の上様も、もっと光源氏様に素直に、優しくなりませんといけませんね」
侍女の老婆が外の宴のようすを見詰めながら、話し掛けますと、
「それはそうだけと」
と冷ややかにポツリと言います。
「葵の上様、大丈夫でございますよ。今すぐでなくても、そうしたお気持ちを持つことが大切なのですから」
「そうよね」
やがて中弁、中将など家臣も参り合えて、高欄干に背中を押し掛けつつ、取りどりに笛や太鼓、琴など取り居出て、物の音色ども、楽曲に合わせて演奏を調べ合わせて遊び給う。
左大臣家の御屋敷は静かに更けて行きます。おのおのが酒に酔いしびれて眠り、かすかにいびきを立てる姿、いと面白し。
つづく
九
かの有明の月と共に宮殿から消えた姫君は、この右大臣家の庭を眺めながら、光源氏様と御会いした、はかなりし出会いの夢を思し居出て、いと物嘆かわしう星空を眺め賜う。
「おぼろ月夜様、何を悲しそうに夜空を御眺めなのです。この所変でございますよ。何か悲しいことでも御有りでしたか」
侍女が膝まづきながら主を見上げますと、
「そうではない。人の人生ははかない物よ。好きなように生きられたら、どれだけ幸せな事か。私には何一つ願いはかなわぬ」
と、侍女の方を見ようともせず答えました。
「何をおっしゃいますか、姫様。姫様はまもなく皇太子の御妃になられる方です。他の者が『なりたい』と願っても、決してなれる物ではありません。有難いと御思いになさいませ」
東宮には卯月の早々ばかり、嫁がされると思し定められたれば、いと割りなう不安に思し乱れたる時期を、運命に従い東宮妃になるべきか、好きな男と暮らし、平凡でも幸せな暮らしをするべきか迷い賜う。
男もここを訪ね賜わむに、源氏の君と御逢いの後はかなく夢に消える運命にあらねど、
『この私が、どこのいずれかとも知らで再会は難しい』
とあきらめながら、更に嫁ぐ身となれば、事に他人を思し召すなど許し給わぬ謹慎事と、係わらずらむ望みも人聞き悪く、
『この先どうするべきか』思い煩い賜うに、
弥生の二十余日、右大殿家の弓の決起大会に、上達部、皇子達多く集い賜いて、競技会の後、やがて藤の宴を催し給う。
藤の花盛りは過ぎたるを、
山桜 見る人もなき 山里の 他の散りなむ 後ぞ咲かまし
山里の 見る人もなき 山桜 他も散りなむ 後ぞ咲きませ
の和歌とや教えられたりけむ地味な遅れて咲く桜、二つ木ほど、この宴に寄り添い、華やかさを盛り上げようとする試み、いと面白き。
新しう造り給える大殿御殿を、孫の宮たちの成人式、御裳着十二単衣着用の儀式の日に、更に磨き上げて会場にしつらわれたり。華々しいとも、派手好みともの仕賜う殿様のようにて、右大臣は何事も今めかしう新しい様式を取り入れて持て成したり。
つづく
十
源氏の君にも三月ひと日、内裏にて帝と御対面のついでに、藤の宴の事を聞こえさせ賜いしかと、
『光源氏様おわせねば口惜しう我が一族の華やかさが失われてしまう。光源氏様の御臨席なくして、右大臣家の物の栄えなし』
と思して、大臣の御子様、四位少将を使いに奉り賜う。
我が宿の 花しなべての 色ならば 何かは更に 君を待たまし
我が家の 娘並べる 華やぎに 何か不足は 君の御出まし
などと書かれた右大臣の文を携えて内裏におわするほどに、上の帝に奏し献上し、光源氏様の御出席を願い賜う。
「何々、右大臣の文を届けに来たのじゃと」
桐壺帝にすれば、目の敵にしている源氏の君が招かれた事に驚きの色を隠せず、少し横向きな態度で応対します。
「はい、左様でございます。まずはこれを御読み下さいませ」
少将が深く頭を下げたまま、典侍にお渡しすると、桐壺帝は文を読み始めました。
「右大臣は元気にしておるか」
「はい、至って元気に過ごしております。このほどの藤の宴に光源氏様の御臨席を切に望んでおります」
「これは、したり顔なりや。娘の自慢話に過ぎぬ。よほど娘どもが可愛いと見える」
「それはもう、ありふれた表現のごとくでございまが、目に入れても痛くないようでございます」
「それは良う分かる。あの右大臣ならばそうであろう」
と、笑わせ賜いて源氏の君を呼び寄せ、
「わざわざとで在るめる頼み事を、聞いて差し上げよかし。何をためらっておるのだ。早よう物せよかし。女の御子達なども大勢生い立ち居ずる所なれば、なべての平凡な有様には思うまじき祝い事ぞ。楽しんで参れ」
などとのたまわす。
源氏の君は、急いで祝宴の装いなど引き繕い賜いて、痛う日も暮るるほどに、待ちに待たれてぞ、右大臣家に渡り賜う。桜文様の唐の金糸で刺繍された御直衣の上衣、海老染め色の下重ね袴、尻に引き布を、いと長く引き従えて、右大臣の前に姿を現し賜う。
「おおー、これは何と素晴らしい出で立ち」
「光源氏様が御姿を見せただけで、この会場が明るくなりましたわ」
「宮中の正装とはこのような物でありんすか」
右大臣家の人々は驚き給う。
ここの人々皆は簡素化した上の衣、袴のみなるに、あざれたる下重ねの裾を長々と引き流して、平然と着こなす大君姿、御顔のなまめきたる表情は威信にいつかれ、会場に入り賜える光源氏様の御姿、げにいと他の者とは異なり賜う。
桜の花の匂いも、光源氏様の甘い香料にけ押されてなかなか目立たず、宴の引き立て役もなかなか事冷ましになりぬるなん。
「光源氏様、どうぞこちらの上座にお座りなされませ」
右大臣の直接のお計らいに、源氏の君は頭の中将と隣り合わせ、上座に座り賜う。向かいには弘徽殿の女御やその女御子、右大臣の一の姫、三の姫、四の姫が並び給う。
「光源氏様、いかがでございますか。これが我が家の自慢の姫君どもでござる。なかなか桜にも劣らぬ見事な光景でございましょう」
と、右大臣は自慢げに見下ろし賜う。
「なるほどのう。これは実にめでたい華やかな光景でござる。浦島太郎の竜宮城にも劣らぬ見事な光景じゃ。ゆっくりと楽しみさせていただきましょう」
「さあ、光源氏様、我が家の自慢のお酒でございます。まずは一杯どうぞ」
「いいえ、いいえ。私の方が先に御注ぎ致しましょう」
一の姫と二の姫が、ゆったりとした十二単を引き居出て左右から寄り添うと、光杯になみなみとお酒を注ぎます。
「これはこれは、素晴らしい。これはこれは、こぼれ落ちるではないか」
「まあ、そう言わず、早くお飲み下され」
「私の方も、でございますよ」
「ほほほ・・・・、嬉しいのう。我が世の春でござる」
「はっははは・・・」
「早う早うお飲みくだされ」
四位の少将が下座から声を掛けますと、
「光源氏殿、我が妻の四の姫の順番も待っておりますからな。ぐいーと、一気にお飲みくだされ」
と、頭の中将も太い髭を動かし笑い掛けます。
「はっははは・・・・」
「ほほほほ・・・・・」
やがて名手の弘徽殿の女御が御琴を披露しますと、それに続いて他の女どもも色取り取り、笛や太鼓を鳴り響かせます。光源氏様も遊びなど、いと面白う仕賜いて、夜も少し更け行くほどに、源氏の君、
「これはこれは、急いで飲み過ぎてしもうたようじゃ。しばらく勘弁して下され。少し休ませて下され」
「まあー、何と光源氏様、もう酔ってしまわれたのですか。これでは天下の色男が台無しでございますな」
四位の少将は肩に光源氏様を担いで奥へと向かいます。源氏の君は痛く酔い悩める有様に持て成し賜いて、奥の闇に紛れ立ち賜いぬ。
夜も更けて神殿には女一の宮、女三の宮がおわします。
つづく
十一
それから何時間かほど過ぎて西の寝殿には女一の宮、女三の宮がおわします。二方はその建物の東の戸口に腰掛けて、
「源氏の君も単純な男よのう。適当におだてて酒を注いでやれば、すっかり右大臣家に気に入られたと思い込んで、一気にぐいーと飲み干してしもうたわ」
「そうよそう。あれでは体が持たぬのも当然よ。酔いしびれて、気分が悪くなってしもうたではないか」
「男は酒に弱いのが一番よ。酔わせてやればそれでおしまい。接待する方は、この方が楽でいいわね、ほほほ・・・・」
「ほほほ・・・、そうよね、そう。酒豪と聞いてどれほど大変かと思っていたのに、案外簡単に片付いた」
「それは言い過ぎよ。素直で従順な性格と言って置きましょう」
「そうよね、そう、おっほほほ・・・」
と、光源氏様の御姿を思い出して、入り口の階段に腰かけて話し込んでいます。十二単衣は脱いではいない物の、姿は乱れて、口元に扇を当てながら笑って、柱に寄り居賜えり。
「四位の少将と頭の中将に連れていかれたようだが、今頃南殿の奥で寝ておいでか」
「今頃はいびきを掻いて寝ておいででしょう」
「いびきとはひどい。あのひ弱な男が、いびきなど掻く物か」
「男は誰でもそのようでございますよ。案外大の字になって御足をさらけ出し、このような姿て寝ているかも。それも南殿が揺れ動くほどの大いびきかも」
下の姫は二人で見た頭の中将の乱れた寝姿を真似て言います。
「それは面白い。おっほほほ・・・」
今宵の宴の趣旨であった藤の花は、南殿と西の対の中庭にあって、西の寝殿の
こなた側、濡れ縁の欄干つま先に当たりてあれば、家の中からも見渡せるように御格子ども上げ渡して解放し、人々自由に居出・入りしたり。
「さあ、こちらでございます。我が家の自慢の藤の花を見て下され」
右大臣が大勢の人を引き連れて姿を見せますと、女一の宮と三宮を含めた女御子、お仕えする女房どもは藤の庭に降り立ち、右手に扇、左手に畳み紙を顔の横にかざして、しかれた御座の上を円を描くように舞い始めます。
光源氏様も気分が良くなられたのか来客の一同に混じり、建物の中から藤の花と、女御子達の踊りを眺めています。それは正月の紫宸殿の袖口などで披露される妓女どもの、踏歌踊りに劣らぬものでした。
源氏の君は宮中における踏歌の折り、右大臣が芸子に混じって踊り出したのを覚えていて、ことさらめき、派手に持て居出たる持て成しを、
『帝の臣下にすればふさわしからず』と思い居出て、まずは藤壺渡りの謙虚な藤の花を思い居出らるる。
「右大臣の派手好みは困ったものですな」
惟光が主君に語り掛けますと、光源氏様は、
「右大臣にすれば、精いっぱい持て成したかったのであろう。さっきわしの顔を見て『気分の悩ましきに、いと痛う酒を強いられ賜いて、申し訳ありませんでした。娘に対する親の不徳でございます』などと、わびにて謝りはべり。かしこけれど、あの策略からして、ようよう大事な物を隠しておいでだと見受けられる。
この妻戸の奥にこそ、その奥の屏風の御前にこそは、一番の美女を御簾の影にも隠れさせ賜いて、その姫君がおわし賜はめ。右大臣の考えなどとっくに見抜いておるわい」
とて言いながら、妻戸の御簾を引き付けずらし賜えば、
「あなわずらわし。良からぬ人こそ父君の悪口を言いはべる。やんごとなきゆかりの父君に愚痴をこぼすとは捨てておけぬやつじゃ。そなたは誰そ。御簾の奥は限られた親族しか出入りできぬ。『道に迷うた』を良い事に、ここへ入って来るとは、かこちはべる口実なれ」
と言う怒りの景色を見賜うに、光源氏様は、
『重々しう威厳はあらねど、おしなべて乙女としての若人どもにもあらず。当てに色気が漂うおかしき気配の印』
と思い賜う。
空焚きのお香の匂い物、いとけぶたくう曇りゆりて、衣擦れの音など引き回すなど、華やかに振舞いなして、心憎くも奥まりたる排他的な気配は立ち遅れ、わざと今めかしき開放的渡りにて男を引き寄せ給う。
「誰そ、この男は」
「さあ、今宵藤の宴に呼ばれた宮中の男でございましょう」
「それならば、めっきり悪い男でもあるまい。好きなようにさせておけ。男が近くにいると心が躍るわい。今宵は年に一度の宴ぞ。我々も楽しみましょう。」 などと疑いはしても、警備の兵を呼び寄せて追い出す気配はなし、
やんごとなき身分の高い御方々が、奥まりたる姫君どもの住まいを物見仕賜うとて、良からぬ欲望を胸に秘めぬとも限らねば、この戸口は厳重に閉め賜えるべき扉になるべし。
さもあるまじき奥御殿をのぞき込む事なれど、さすがにおかしう男を誘うように思わされて、
「いずれならむ。曙の月と共に消えた女は、右大臣家の姫君と聞いておるぞ。この奥座敷に隠れ賜いて、待っているいるように見受けられる」
とつぶやけば、胸打ちつぶれて心は高まり行く。奥の几帳の中に人影を見付けて、
「扇を取られて、辛き目を見る。宮中の花の宴にて扇を落としたのは誰ぞ。日本一の美女が、わざと落としたのであれば、探し出さぬ訳には参らぬ。せめてもう一度会いたい物。にゃーん」
と、打ち踊ほ、とぼけたる甘い声に言いなして、几帳の前に寄り添い賜えり。
つづく
十二
「怪しくも従順に見せかけて、突然有様変える高麗人かな。子猫のように従順に見せかけて、いつ腕に噛みつくともぎらぬ。扇は無理やりに取られたものなれば、悔しくてならぬ」
と答ふる声は、花の宴の後に出会った姫君の、その時の心を知らぬ訳もなかろう
本人にやあらん。
その几帳の奥に隠れた女人に対して、答えはせで、静かに周りの気配を伺うと、垂れ布の下にわざと袖先を光源氏様の前にはみ出させた十二単の一部を見て、光源氏様は思わず、女も男を誘う気持ちがありやと見賜う。
『ははー、さてはそういうことか。この隠れた女人も、誰か男をを待って居ったのか』
と、思い賜う。
「ああー、世の中は空しい物よ、何一つ思い通りにならぬ。せめて嫁ぐ前に好きな男に抱かれたい」
などど、時々打ち嘆く女の方に寄り掛かりて中のようすを伺い、袖口の衣を引き寄せて几帳越しに手を捕えて、
あずさ弓 入るさの山に 惑うかな ほの見し月の 影や見ゆると
二十日月 入るさの山に 惑うかな ほのぼの人の 影や見ゆると
「何ゆえに、そう悲しんでおるのか。月は沈んでも夕方にはまた昇る。再び会える日も来ようぞ」
と、押し当てにまずのたまうを、再会に心は、え忍びて待ちわび、胸ば高鳴りぬるらんと考えるべし。この姫君は東宮に嫁ぐのが定めなれば、父君の右大臣には逆らえず、他の男に奪われて破談になる事を望み賜う。
心射る 方ならませば 弓張の 月なき空に 迷はましやは
心居る 方ならまずは 弓張の 月なき空に 迷はせずとも
と言う声、ただそれなりに待ちわびた人なり。女とすれば男に強引に迫られるを、いと嬉しきものから・・・・・
花の宴 おわり
花の宴はここで突然終わりになっております。解読する私も、読者の皆さまにとっても、何か不満の残る結末です。紫式部の性格からして、この先のいやらしい部分を書き綴ったに違いはありません。
お節介にも私は、そのいやらしい部分に挑戦する事に致しました。
花の宴・つづき
女とすれば男に強引に迫られるを、いと嬉しき物だからとしても、立場上、自尊心の気高さは、そう簡単に受け入れられぬに違いない。だが部屋から付き人を退散させた状況を見ると、光源氏様を待っていたとも受け取れる。
男に手を捕えられて驚きのようすを見せ、
「そのようなはしたない事は御辞め下さい。私はこのような色恋に興味などありません。いや、いやなのです。私が叱られます。駄目、駄目だと言うに、ああああ・・・どうすれば良いのでしょう」
女はそれでも手を振り払おうとせず、なすがままにされております。
光源氏様の左手は相手を捕えたまま、右手は腕の上の方、奥へ奥へと十二単の中を滑らせて行きます。そしてついに脇の下から肩へ伸びた時、おんなはたまらなくなって、光源氏様の右手を衣の上から握り締めました。
「ああー、駄目、だめです。このようなはしたない事。私はふしだらな女になってしまいます」
女は逃げる振りをして、後ろ向きになってそう叫びました。
「何を言う。これこそが男女の一番美しい恋の世界ではないか。男女の色恋は、神とて仏とて誰も止められはせぬ。ふふふ・・・」
光源氏様は目を光らせて言います。
「駄目、駄目です。ああー、どうすれば良いのでしょう」
「決まっておる。こうするのじゃ」
光源氏様は、紐を緩めた袴の中へ、おぼろ月夜の右腕を捕えたまま誘い込んでしまいました。
「ああー、なにこれ。何と柔らかいおなかの御肉なのでしょう。ああー、とても気持ちがいいですわ」
女は誰に命じられる訳でもなく、勝手に光源氏様の下腹部に指の背を押し当てたり、つねったりします。こうなると女の手は勝手に動いてしまって、もうどうにもなりません。
そしてついに固い部分に当たった時、思わず伸び切ったいやらしい頭を握り締めておりました。
『ああー、何と、これが男と言う物か』
すべての出会いの目的はこの為にあったかのように、女は目を閉じてなすがままにさせております。喜びに満ち溢れ、この心地よい物を失わぬためならば、何を捨てても良いとさえ思るほどです。
光源氏様は女に好きなようにさせておいて、袴を下へずらしながら、おぼろ月夜の十二単衣をめくり上げました。そして白い尻が丸出しになった時、手でその穴の部分を確かめると、おぼろ月夜から奪ったものを一気に押し込みました。
「ああー、痛い」
女は必至でもがき逃れようとします。
「何をこの場において、逃がしてやるものか」
光源氏様の腕は胸と下腹を強く抱きしめて逃がそうとしません。払い除けようとする女を強く抱きしめます。そしてついに『はあーっ』と言う声と共に果てた時、この恋が誤りであった事を女は悟りました。
「ああー、私は何という過ちを犯したのでしょう。何もかも父君と母君の言う通りでした。女は厳粛に奥の部屋で大人しく、じっとして居なくてはならなかったのです。父君に申し訳ない事をしました。私は殺されても仕方がありません」
女は涙を流しながらそう言います。
「すべてを忘れる事です。何もなかった事にすれば良いのです。あなたも父君も私も、誰も苦しむ事はありません。まして嫁ぎ先の男にとっても」
光源氏様は立ち上がり、袴の紐を閉めながら言いました。
「そんな都合の良い事ができましょうか・・・・」
おぼろ月夜が言いかけた時、東の廂の方向から足を踏み込む音がしました。
「源氏の君、源氏の君はおるか」
外から誰かの声が、後になって分かったのですが、頭の中将の呼びかける音が聞こえました。
「・・・・・」
「そこに居るのだったら黙って聞け。間もなく右大臣がここへやってくるぞ。宴にそなたが居ないことに気付いのだ。皆で探し回っておる。右大臣は六の姫の事が気になり始めたらしい。まもなくここへやって来るぞ」
「そうか、それはかたじけない。急いで外へ出るから、少し時間をくれ」
「光源氏様、もう行ってしまわれるのですか」
慌ただしい動きに、おぼろ月夜は不安そうに見詰めています。
「さあー、急いで起きなされ。十二単衣の裾はわしが整えるから。そなたは胸元を繕え。匂い袋で首の回りを叩くが良い」
光源氏様は女が普段の姿に戻ると。急いで外へ出て行きました。
「西の廂から庭へ逃れよ」
頭の中将は忠告します。
「あい分かった。世話になったな頭の中将」
光源氏様は高欄干を飛び越えると床板につかまり、急いで庭に飛び降りました。
後から光源氏様の持ち物を持った惟光が追いかけて来ます。
「車の手配は整えたが、惟光」
光源氏様が言うと、
「それは合点でございます。門の外で待たせております」
快い惟光の声が返って来ました。
「はははは・・・・」
高笑いするような声を響かせ、二人は急いで右大臣家の大殿を後にしました。
花の宴、想像編 終わり
夜は眠いし疲れるし、金にはならないし・・・・ああ・・・・・・すごく疲れるよ
私馬鹿よね、
アマゾンで販売されている電子書籍、桐壺編 夕顔編を買っていただけると元気も出るのですが・・・・
文学賞なんて一般の人には難しいですね
あてにしないで 平均的な生活を維持しつつ
こつこつと書き続けましょう。
良い小説なら、いつの日か世間に知られることでしょう
上鑪幸雄