孤児殺害編③
それから数時間後。
サラはパッチリと目を開けると、ジレンの手から自分の手をそっと抜き取り、音も無く立ち上がった。
そして一度ジレンの寝顔を眺め、儚げに呟いた。
「さよなら、ジレン。貴方と居た時間は楽しかった」
簡潔に別れの言葉を告げると、サラは馬小屋から出た。外は月の光が爛々と照らしていた。
もう一度、サラは振り返って馬小屋の方を見る。数分の逡巡後、彼女は再び歩き出す。
「どこに行くの?」
後ろから声を掛けられ、サラは振り返る。するとそこには頬に涎の跡が付いたままのジレンが立っていた。
「ジレン―――」
サラは何かを言いかけるが、その口を閉じて違う事を言う。
「ごめん。起こしちゃった?」
「ううん。ただ何だかサラが行っちゃうような嫌な気がして」
「そんな訳ないじゃない」
サラは笑って否定したが、語尾が僅かに震えた。そんなサラの反応に気づいたのか気づいていないのか、ジレンは目を擦りながらサラに向かって歩き出す。
「ねえ、サラはどこかに行ったりしないよね? 僕の傍から離れたりしないよね?」
「ジレン…」
サラが逡巡していると、ジレンはサラの目の前まで近づいていた。
「僕、サラが居なくなっちゃうなんて嫌だよ。もう今までにも、倒れた仲間たちを見て来たんだ。これ以上、知り合いが居なくなるのは嫌なんだ」
サラは何かを言おうとして――――ジレンの真剣な目を見て、目を逸らした。
「べ、別に何でもない。ちょっとトイレに、行こうと、しただけ…」
言葉が途切れ途切れになっていく。やがてサラはその場にしゃがみこむと、頭を抱えて蹲った。
「え⁉ サラ、大丈夫⁉」
ジレンが大慌てでしゃがみ込む。するとサラの肩が上下していた。そして、ジレンの耳にサラの嗚咽交じりの声が聞こえて来た。
「ひぐっ、ひぐっ、どうして、どうしてなの…。貴方を巻き込みたくないのに、私のせいで死んでほしくないのに、どうして貴方は私に関わろうとするのよ!」
「え、えっと…」
ジレンは宥めるのに悩む。しかし良い宥め方は思いつかない。仕方なく、ジレンはサラの背中に手を回し、彼の華奢な身体を抱き締めた。そのままサラが泣き止むのを待つ。
「大丈夫だよ。何があっても、僕はサラを守ってみせる。例え、どんな人がサラを狙ってても、絶対に」
「うっ、うっ…」
数分後、サラが泣き止んだ。そして、赤く泣きはらした目でジレンを見る。
「ねえジレン。本当に私の事を守ってくれる?」
「う、うん」
サラの質問にジレンが頷くと、サラは揺れる瞳で再度聞いて来る。
「本当の本当に、守ってくれる? 絶対に? 何があっても?」
「うん。例えどんな奴が掛かってきても、絶対に」
ジレンの返答にサラは赤く泣きはらした目でジレンを見る。そして顔をクシャ、と歪めると、馬小屋を指さした。
「分かった。私の秘密、全部話す。けどここじゃ寒いから、一旦馬小屋に入ってもいい?」
「そ、そうだね」
泣いてしまったサラを背負い、ジレンは馬小屋へと戻る。馬小屋の中は相当寒かったが、少なくとも外よりは少々マシだった。
寝床に戻ると、サラがどこか急いだ様子で話し始めた。
「それで、どこから話せばいいかな…あ、まずは顔を見せないとね」
サラがどこか気が付いたかのようにフードをめくる。顔は暗がりで見にくかったが、それでも月明りのおかげである程度は見る事が出来た。
長く伸びたまつ毛、桜色の唇、どこか女の子らしい顔立ち。
「ど、どう? 何か思う事ある?」
「お、女の子みたいな顔だね」
「みたいじゃなくて、本当に女なの!」
怒った口調で、サラが言う。そのままグイッと、ジレンに顔を近づける。
「この顔で男の子だと思う? 私は性別を偽ってたの」
「ええっ⁉ な、何でそんな事を⁉」
ジレンが驚くと、サラは溜息を吐いた。
「とりあえず私の性別が分かった所で、本題に入るわね。私の本当の名前はホンドウサラ。ここじゃない所から来た、遠い世界の人間よ。半年くらい前に、私は友達と一緒にとある王国に呼び出された。いや、召喚されたと言った方がいいわね」
話についていけていない様子のジレンに、サラはポツリポツリと告げる。
「その国に来たときから私には、とてつもない魔法の適性があったの。白・黒魔法問わず使い放題。おまけに威力も恐ろしく高いしね。実際、その国の魔法使いが束になって掛かってきても私の足元にも及ばなかった」
サラが何かを呟き、手のひらから小さな電気を放出して見せる。
「それから私は自分を呼び出した王国の為に奮闘した。他国から攻め込んでくる兵士たちを倒したり、病気に掛かった人たちを救ったりね。半年の間、私は英雄扱いだったわ」
だった、という事は今は違うのだろうか。
「でも、その栄光も長くは続かなかった。急激に強くなった国に他国がついに不信感を持ち始めて、私の存在が他国にばれた。それからは引き抜き合戦よ。どこの国が私という戦力を引き抜けるか、その繰り返し。そしてついに、私を呼び出した国が私を引き抜かれる事を恐れて、一線を越えて来た」
サラはそこで、苦悶に満ちた表情をした。
「麻薬よ。彼らは私を思考力を失った魔法使いにして、奴隷にしたかったのよ。薬物でも量を調節すれば、魔法を使える程度に奴隷化できるからね。
その事にいち早く気が付いた私は逃げ出した。この国に居ればおしまい。でも、有名になり過ぎた私に居場所なんてなかった。どこに逃げても、必ず追手が来る。だってそうよね? 私が居れば、例え魔族の大軍が来ても勝てるんだもの。いくつもの国から大量の追手がやって来たわ」
サラは大きく身震いする。
「だから私は逃げるために性別を偽り、フードを被って顔を隠して、貧民街に逃げ込んだ。でもここでの生活ももう終わり。魔法を使ったせいで奴らに居場所がばれた。またどこかに逃げなくちゃならないの」
サラは今にも泣きだしそうな表情を見せた。今までずっと逃げて来たのだろう。疲れているに違いない。
「大変――――だったんだね」
「今も大変よ。でも、肉体よりも精神の方が辛いの。今まで私の事を英雄だ、救世主だと言ってた人達が、私が逃げた瞬間に手のひらを返したように『捕まえろ』って言い出して…私、もう人を信じられなくなって。でも、ここに来てからジレンの優しさに触れて――――」
サラの目がまた潤む。どうやらジレンの存在は、サラにとって大事な人間になっていたようだ。そんな彼女に、ジレンは言う。
「大丈夫だよ、サラ。僕がサラを守って見せる。サラを狙う奴らからも、絶対に」
「ありがとう、ジレン」
その日は、二人で抱き合って眠った。
翌朝。
いつもの時間に起きたジレンは、サラと一緒に大通りに出ていた。もうサラは追っ手に見つかりつつある。一刻も早く遠くへ逃げるため、馬車を使う事になったのだ。
「大通りに出るのは何年ぶりかなあ…」
「大通り、あまり行かないの?」
「うん。いつもは仕事場と馬小屋の往復だからね。大体、買う物なんてないしね」
ハハハ、と自嘲気味に笑うと、サラが同情の目で見て来た。その視線をやり過ごしていると、いかにもおんぼろそうな馬車がやって来た。
「あれにしましょう。いかにも貧乏な子供たちが乗りそうな物でいいわ」
「で、でもお金は?」
ジレンの給料は、全てその日の生活費で消えてしまっている。いくら安い馬車とはいえ、一銭も無ければ乗ることなど出来ない。
そんなジレンの鼻先に、ジャラジャラと音がする袋がぶら下げられる。
「昔国で働いていた時のお金よ。もう少なくなっちゃったけど、まだ少しはあるはず。これで馬車に乗りましょう。貧民街でこれだけのお金を持っていると狙われるから使いたくなかったけど、背に腹は代えられないわ」
サラが袋の中から銀貨を数枚出し、御者に交渉しに行く。その後ろ姿を見て、ジレンは「凄いなあ…」と感嘆の声を漏らした。
自分と同じくらいの歳なはずなのに、自分の意思で逃げて、生き延びようとしている。現場監督にいいように使われてしまうジレンには出来ない事だ。
程なくして、ジレン達は馬車に乗り込んだ。サラが既に行き先を告げていたのか、馬車は何の問題も無く進み出した。
そんなジレン達を、遠くから眺める者達が居た。
例の青年と少女だ。青年の黒いコートには大量の返り血が付着しており、黒いコートの恐ろしさを一層引き立てていた。
「間違いないよな?」
青年が、隣に居る少女に聞く。少女はコクリ、と頷く。
「・・・間違いない。彼女から魔力の残滓を感じた」
「よし、じゃあ行くか」
青年が手を上げ、馬車を呼ぶ。馬車の御者は青年の服に付いた血を見て「ヒッ」と声を上げたが、少女がトコトコと御者に歩いていくと、怯えの表情が僅かに緩和された。
「・・・乗せて」
少女が言うと、御者は呆けた顔のまま頷いた。それを見て青年が乗り込んでくる。そして、金貨を御者に見せる。
「金なら払うから安心しな。前の馬車を追ってくれ」
青年が座席に座りながら、御者に言う。御者は青年と少女を見比べた後、青年の持っている金貨をチラリと見て、馬車を発車させた。ガタ、ガタと馬車に揺られながら、青年は少女に尋ねる。
「なあ、ところでさ」
「・・・何?」
「昨日俺達に喧嘩を売った魔法使い、俺が壊した後どうなった?」
あえて『壊した』という部分を強調し、青年は少女を見る。
「・・・貴方に手を出した人を、私が許すと思う?」
「それもそうか」
静かな瞳で見つめ返してくる少女に、青年は納得したように天を仰いだ。
「そう言えばさ、お前に聞きたい事があるんだけど」
「・・・何?」
「魔法の根本的な定義について教えてくれねえか? 俺は魔法が使えねぇが、基本的な概念だけは知っておきたいんだ」
「・・・もちろん」
少女は即答すると、青年に魔法の説明を始めた。
「・・・魔法って言うのは、自分の中にある魔力を、呪文や踊りによって発動する物。一般的には呪文を用いる。呪文にはある程度の集中力が必要不可欠で、高度になればなるほど集中力が大事にーーーー」
その時、馬車が大きく揺れ、少女は青年の膝の上に倒れ込んだ。
「・・・んっ」
ジレン達が着いたのは、どこかの村だった。
「ここは?」
「人が廃れて廃村になった村よ。ここをちょっと行けば隣の国に行けるわ。隣の国に行けば、少しは時間を稼げる」
サラは御者に金を払うと、馬車から降りる。そこは荒れた空気の、枯れ木が目立つ村だった。
「凄い村だね。完全に荒れ果ててる」
「雨風凌げればどこでもいいわよ、もう。それにしばらくはここで生活する事になりそう。隣の国の調査状況を調べてからじゃなきゃ入れないし」
サラは疲れたように言うと、家の一つに転がり込んだ。もう慣れたのか、何の躊躇もなく藁の上に寝転がる。
「もう疲れた。今日は寝るわ。ジレンもそこに寝たら? 馬小屋と似たり寄ったりだけど、眠るには事欠かないわよ」
ジレンはサラの横に寝転がる。確かに、チクチクとするが寝られない程ではない。藁の上に寝ると、ドッと疲れが襲ってきた。長時間馬車の上に乗っていたせいか、思っていたよりも疲れたのだろう。肉体労働で鍛え上げられたジレンですらこの疲れなのだ、肉体労働の経験が浅い、魔法に頼り切りだったサラにはさぞかし疲れるだろう。
「そうだね。じゃあお休み、サラ」
「うん。お休みジレン」
ジレンは目を閉じる。数分もしない内に、ジレンの意識は薄れていった。
何か感想等ございましたら、気軽に書き込んでください。




