孤児殺害編④
「見失った? おいおい、どうするんだよ」
前の馬車を見失ったという報告を受けて、青年が御者に問い詰める。御者は青年に怯えを見せていたが、やがて蚊の鳴くような声で答える。
「し、仕方ないでしょう。タイヤが壊れてしまったんですから。それも道端に転がっていた尖った石のせいで。そんなの感知できると思いますか?」
「・・・どうする?」
少女が青年の袖を掴み、聞いて来る。青年は苛立った表情でギリリと歯を噛み締めると、御者に向かって金貨を弾いた。御者は両手で金貨をキャッチする。
「釣りは要らねぇ。その代わりお前もあの馬車を探すのを手伝え。見つければ更に金貨を三枚出そう。じゃあ任せたぞ。おい、俺達は俺達で別ルートを使って探すぞ」
青年が少女に言い、少女は頷く。青年は馬車から降りると、地面に着いた痕跡を探し始める。
「十時の方向にタイヤの跡がある。だがこれはタイヤの跡が深すぎる。こっちにもタイヤの跡があるが、これは新品のタイヤ特有の黒い跡がある。となると…これか?」
青年は地面に着いた跡から探っていく。その後ろから少女が、全身の感覚を集中させながらついていった。
「デコボコのタイヤ跡…これは歪んだタイヤだからだ。つまりこれで間違いなさそうだな。おい、魔力の察知能力をマックスにしてくれ。ひょっとすると見つけられるかもしれないぞ」
「・・・了解」
少女は意識をトランス状態にし、付近の魔力を調べはじめる。その間、御者は金を優先するべきか、それとも仕事を優先するべきか悩んでおろおろしていた。
朝起きると、隣にサラの顔があった。
「…サラ」
ジレンは声を掛ける。すると、サラはパッチリと目を覚ました。
「あら、おはようジレン。いい朝ね」
「今日は曇りだよ」
ジレンが指摘すると、サラは顔を赤くした。「べ、別に曇りでもいい朝なのは確かだし」とモゴモゴ言いながら、彼女は身体を起こす。
「疲れは取れた?」
「ええ、おかげさまで。さ、隣の国の調査をしましょう」
サラは立ち上がると、手を差し出した。ジレンはサラの手を取り、立ち上がる。
「じゃあ、行こうかサラ」
「うん」
二人で手を繋ぎ、村から歩く。一時間ほど歩くと、小奇麗な街並みが見えて来た。
「あれが…隣の国」
「魔族に対する迫害が強いみたい。あと、貧民層と富裕層の二種類に分かれているみたいね。でもここではジレンの居る町より資本者による搾取が激しくないみたい」
「搾取?」
ジレンが聞き返すと、サラは呆れたように溜息を吐いた。
「今までずっとあの町に居たから知らなかったのかもしれないけど、ジレン貴方相当あの現場監督の人にこき使われてたわよ? 朝早くから夜遅くまで働いて一日分の食事しか貰えないなんて、相当悪い環境よ。あのままじゃ身体を壊して倒れるのがオチよ。多分今までジレンがお別れしてきた人たちもそうだと思う」
「そ、そうなんだ」
今まで、体力がなくなって皆倒れて行ったのだと思っていた。しかし、どうやら労働環境に問題があったようだ。ジレンは今さらながらあのいけ好かない現場監督に歯軋りした。
「あの野郎、僕たちをこき使いやがって…」
「それに気が付かない貴方も貴方だけどね」
サラが呆れたように言う。ジレンは悔しそうに拳を握るが、そこである違和感に気付く。
「そう言えばサラ、雰囲気変わったね。前はおどおどした感じだったのに、今は自信にあふれてる感じ」
そう、少し前までのサラはどこか小心者のような感じだった。しかし今のサラは、どこかクールな印象を感じる。
「もう正体を隠す必要がなくなったって言うのが一番大きいわね。それにジレンが守ってくれるって言ったし。安心して素が出せるのよ」
ジレンは顔が赤くなるのを感じた。面と向かってそんな事を言われると少し照れる。顔を背けながらサラの様子を窺うと、言った本人も恥ずかしいのか顔を赤らめていた。
「そ、そろそろ国に着くね」
「そ、そうね」
程なくして、二人は隣国の地面を踏む。
「誰も、サラの正体に気が付いていないみたいだね」
「それはそうよ。私の正体は一般的には公開されていないわけだし。あくまでも狙っているのは国のお偉いさんとその裏で暗躍する人間だけ。こんな風に街を歩いていて見つかったら皆に群がられるとか、そんな事になるくらいならとっくに逃げる事は諦めてるわよ」
それもそういう物か。ジレンは納得しつつも、町の中の人々へと目を向けた。皆、ジレンのようなボロ布とは違い、真っ当な服を着ていた。
「いいなあ、あの服…」
「大丈夫。ジレンもすぐにあれくらい買えるようになるから。ここでの仕事は結構儲かるみたいだよ」
ジレンの羨望のまなざしに気が付いたのか、サラがフォローするように告げた。
「大丈夫。今から頑張っても、ジレンは真っ当な人間になれるよ。私が応援してるから」
ジレンの手を、サラが握りしめる。その温かさに、ジレンは思わず頬が赤くなった。今まで男だと思っていたから手を握ったり抱きしめたり出来たのであって、女の子だと分かった瞬間にどぎまぎしてしまう。今すぐ謝れるのなら謝りたい。入れる穴があるのなら入りたい。
「ジレンが私を信じてくれたみたいに、私もジレンを信じるからね。ここから二人でやり直そう」
サラが笑顔でジレンを見て来る。その笑顔に、ジレンは思わず目を逸らした。この前まではサラが何かを隠しているが故、サラが目を逸らしていたが、彼女が吹っ切れた今は、健全な男の子であるジレンの方が目を逸らしたくなってしまう。
「で……これからどうしようか?」
「まずは、正体を隠せるように貧民街に行きましょう。貧民街ならある程度違和感があっても隠し通せるからね。とりあえずそこである程度稼いでニセの戸籍を作って、それから二人で頑張っていこう」
「う、うん。そうだね」
ジレンは何故か高鳴る胸をもう片方の手で押さえ、サラの言葉に返事をした。よく分からないが体温が上がっている。ドクン、ドクンと心臓の音が聞こえて来るかのようだ。
「じゃ、じゃあ、とりあえず貧民街に行こう。えっと、ここからどうすれば――――」
ひとまず裏路地に入ろうと、ジレンとサラは裏路地に入る。裏路地にはいい感じに暗がりがあり、人目に付かない事は明白だった。
「ここなら、見つかる可能性は低いかな」
「うん、そうだね、ひとまずここで、これからの事を考えようか」
ジレンとサラは散歩の気分で手を繋いだまま、歩き出した。まるで散歩でもしている気分だ。二人はしばらく、お互いの手の感触を確かめ合っていた。
「もう行った後か……」
藁に残った跡を確認し、青年は舌打ちした。
「・・・隣の国に逃げた?」
「みたいだな。ちょこまかと逃げやがって」
青年は苛立ったように足元の藁を蹴る。藁が四方八方に散り、バラバラと地面に落下した。
「・・・隣の国に行く?」
「それしかないだろ。ここまで来たら乗り掛かった船だ。とことんやってやるよ」
青年の瞳に、一瞬殺意の光が宿る。彼は少女の方を向くと、厳しい口調で告げた。
「おい、この村一帯を焼き払え」
「・・・どうして?」
「隣の村に着いていたとしても、すぐに寝床が見つかる訳じゃない。そして寝床が見つからなかった時、奴らが戻ってくるのはここだ。ならここを焼き払っておけば、寝る場所をなくして勝手に疲弊してくれるだろ? 都合のいい事にここら一帯に人は居ないしな」
「・・・確かに」
青年の言葉を少女は疑う事も無く納得すると、建物の外に出て呪文を唱え始めた。青年は藁の跡を確認した後、建物から外に出る。
「随分と前に捨てられた村みたいだな。それに隣の国まで距離がある。住民に迷惑が掛からず、しかも藁や枯れ木は燃えやすい。燃やすのにこれほど最適の場所があるとはな」
青年が呟いたのと同時、少女の呪文が完成した。大型の火球が、集会所と思われる藁の小屋に着弾する。
小屋の上部が爆発する様を、青年と少女は静かに見ていた。
ジレンとサラは、暗い裏路地を二人して歩いていた。
路地の両端にはジレンと同じようにボロ布を纏った少年少女が蹲っており、中央を歩くジレンとサラを物珍しそうな目で見ていた。サラは時々少年少女を横目で見るも、すぐに視線を戻して前を歩き続ける。
「さっきからチラチラ見て、どうしたの?」
「別に。ただ、昔の自分を思い出していただけよ。まだ宮廷で働いていた頃、ふと貧民街に行ってみようと思い立った事があったの。そこで小さな女の子に会ってね。ちょうど、あんな感じの女の子だったわ」
サラが体育座りをしていた幼女を指さす。彼女はサラに指さされた事に気が付いたのか、薄汚れた顔を傾けて来た。
「私はたまたま少しお金を持ってたから、近くのお店でパンを買ってね。その子にあげたの。でもそうしたら、他の子たちも寄って来て、挙句の果てには知らない人まで寄って来て…私は、怖くなって逃げだしちゃった」
サラが自嘲気味に呟いた。
「その時に思い知った。結局私は、軽い気持ちで誰かを救おうとしてたのよね。全員を救える事も出来無いのに生半可な気持ちで手を差し伸べて、挙句失敗して――――」
サラの表情が暗くなる。ジレンは何かフォローしてあげたかったが、何も言えず押し黙る。
「だから、私は自分の力で人々を救おうと思った。だけど何も変えられなくて、利用するだけ利用されて、結局逃げ出さざるを得なくって…馬鹿みたい」
「サラ…」
悲しそうに目を伏せるサラに、ジレンは何も言えなくなった。その時、通路の外から洩れていた光が遮られた。
「おい、お前。見ない顔だな。どこから来た?」
二メートルは下らない巨漢だ。ジレンは咄嗟に身構える。サラが手を握ってくるのを肌で感じた。
「アンタ、何者だ」
ジレンが警戒しながらも聞くと、巨漢は「あ?」と眉を吊り上げた。
「俺はこの国の裏路地を仕切ってる組織の一員だよ。ここら辺は俺の管理区域だ。この路地を通ったから通行料を払え。無いならその女を置いていきな」
ジレンは巨漢の服装を見る。所々ほつれたレーザーシャツに、仕立ての良さそうな革靴。周りに居る孤児とは比べると、なかなか上品な身なりだ。
「僕たちから金を取って、何かいい事でもあるのかよ?」
「これも立派なビジネスだよ。この路地には時々、無知な貴族や無謀な馬鹿が通るんだ。そいつらはなかなかいい道具を持ってるからな。奪って売ればいい額になるんだ。そんな事を続けている内に、ここは俺様の縄張りになった。もう一度言うぜ、ここを通るなら通行料を払え。最も、もう半分以上通った以上、嫌でも払ってもらうがな」
言動からするに、金になりそうな者からは身ぐるみを剥いで、ジレン達のような金のなさそうな貧民からは通行料を払うに留まらせているらしい。ジレンはチラリとサラを見ると、軽く目配せをした。そして、巨漢に向き直る。
「分かりました。通行料を払います。いくらですか?」
ジレンの言葉に、巨漢はニヤリと笑った。そして、指を二本立てる。
「とりあえず、銀貨二枚だな。それさえ払えばこの路地を自由に通過していいぞ」
「銀貨二枚か…」
サラの持ち合わせからして、払う事は出来る。だが払ってもいい物か。
ジレンの目的は、サラを守りながら無事ここから逃げる事。だがこの通路はここまで一本道。目の前に居る巨漢から逃げ切れるとは到底思えない。よって、金を払って無事に通してもらうのが吉と考えたのだ。
「ジレン…」
「大丈夫だよ、サラ。僕が君を守るから。お金を出して」
ジレンがサラの手を握ると、サラは躊躇しながらも銀貨を二枚取り出した。ジレンはそれを、巨漢に差し出す。
「この通り、銀貨二枚を払いました。ここを通してください」
「おう、確かに受け取ったぜ」
巨漢はそう言うと、何の前触れもなくジレンの腹を力強く蹴った。あまりに咄嗟の出来事だったため対処に遅れる。
「うッ!」
「ジレン!」
ジレンはうめき声を上げ、後ろに吹き飛んで尻餅を着いた。サラが慌ててジレンに駆け寄る。そんな彼らに、巨漢は近づいて来た。
「ヒハハ、そんな言葉守る訳ねーだろ。どんだけ馬鹿なんだよ、お前!」
巨漢が笑いながら、腰から巨大な斧を取り出した。そして、ジレンの腹を踏みつける。
「必要以上に殺しまくっても足が付くだけだから殺さないとは思っていたが、金を持ってるなら話は別だ。おい、さっきの袋を置いていきな。ついでにその女もだ。さもなければコイツを殺す」
「ジレン!」
サラはジレンの名前を呼ぶが、ジレンは巨漢の足に踏みつけられていて身動きが取れない。巨漢はサラに、丸太のような太い腕を突き出す。
「ほら、速くしろよ。このガキが内臓をぶちまけて死んでも知らねぇぞ?」
「サラ、渡しちゃ駄目だ。…早く逃げて」
ジレンが巨漢の足から抜け出そうともがきながら、サラに言う。サラはしばし逡巡した様子だったが、やがて意を決したのか、金の入った袋を取り出す。そして、何かを唱えだした。
「ジレン…必ず助けるからね」
「だ、駄目だサラ! 辞めろ!」
「ヒハハ、ほら早くそれを寄越せ!」
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