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二人の狂人編⑤

 青年と大男が激戦を繰り広げている頃ーーー


 とある一室で、アリサとレンジは向かい合っていた。


「アリサ……何故ここに来た」


 低い声を上げ、レンジはアリサを睨む。普段なら縮み上がってしまう所だが、今は違う。


「理由を知りたかったからです。兄様、どうして私を追い出したのですか?」


「昨日も言っただろう。組織が大きくなり過ぎた。お前のような無能を置いておく余裕は、当商会にはない」


「私には、何か別の理由があるとしか思えません」


「他の理由などあるはずがないだろう? いい加減、自分の無能さを認めたらどうなんだ。あんな化け物まで連れて来て……」


「そんな理由で納得できる訳ないでしょう。兄様、何か私に隠している事があるでしょう」


 レンジの目が一瞬、揺らぐ。


「……ない」


「いいえ、兄様のその反応は嘘を吐いている時の物です。他の者ならともかく、家族である私を欺けると思っているんですか?」


 ここぞとばかりに畳みかける。


「兄様が何を画しているのかは分かりません。でも、その重荷を私にも背負わせてください。兄様は私にとって何物にも代えがたい、世界でたった一人の兄なのですから」


「アリサ…………」


 レンジは何かを堪えるような顔をする。その口から、押し殺した声が漏れる。


「………『女王蜂』だ」


「えっ?」


 突然登場した名前に困惑したアリサに、レンジは机の上に置いてあった手紙を手渡した。アリサは中身を見て目を丸くする。


「これはーーーーーーー」


「そのままの意味だ。今夜、『女王蜂』が精鋭を引き連れてこの屋敷に襲撃を掛けに来る。他国にまで進出したのが裏目に出たな。目を付けられてしまったらしい」


「そんな……」


 『女王蜂』と言えば、現在この世界で最大勢力を率いている巨大組織のボスだ。裏社会の全てを牛耳り、人を人とも思わない冷酷さで敵対者を叩き潰す。『三狂人』の一人に数えられる人物だ。


「じゃあ、あの大男はーーーーー」


「そうだ。商会を守る為の護衛だ。同じ『三狂人』同士なら、辺りに甚大な被害こそ出るが命だけは助かるだろう。それなのにーーー」


 レンジがアリサを睨む。その目が言わんとしている事は分かる。


 「お前があんな怪物を連れて来たせいで、計画が破綻したのだ」と。


「で、でもそれなら今からでも何とかーーー」


「無理だろうな。さっきの『黒百鬼の死神』の反応を見ただろう? 奴は間違いなく『嗤う道化師(クラン・クラウン)』を殺す。仮に殺せなかったとしても、二人とも深手を負って使い物にならない。どう足掻いても終わりだ」


「そんな……」


「それに、仮に屋敷を守れたとしても、俺は殺されるだろう。アイツの頭は狂っている。金を請求されるだけでは済まないだろう。そんな物にお前が巻き込まれる道理はない」


「……」


 言葉を失ってしまったアリサに、レンジは突き放すように言う。


「今ならまだ間に合う。どうにかあの二人の攻撃の余波を受けないようにしながら、屋敷の外に逃げるんだ。そうすればまだーーー」


「そんな事、出来る訳がないではないですか!」


 アリサは叫んだ。


「兄様、どうしてここまで言っても分かってもらえないんですか! 私も一緒に居ます」


「馬鹿を言うな!」


 バシン! 左の頬に熱い痛みが伝わる。それが叩かれたのだと気づくのに、数秒を要した。


「に、兄様……」


「今すぐにこの屋敷から出て行け、奴らが来る前に! これは当主命令だ!」


 そう叫んだレンジの手は、小刻みに震えていた。








 大男の三発目の攻撃が青年に直撃し、青年は宙を舞う。


「ガハッ!」


 大広間の扉をぶち破り、廊下まで吹き飛ばされた青年は少なくない血を吐き出した。


「こんな奴が俺と同格扱いされてたとはなぁ」


 扉の向こうから、大男の声が聞こえる。


「『黒百鬼の死神』テメェ、そこら辺の雑魚と変わらない強さだなぁ。お前の得意としてる『執念』って奴もよぉ、結局はやせ我慢張ってるだけじゃねぇか」


「ハッ、ハハハッ」


 座り込み、口の端から血を流しながら青年は笑う。彼は酷い有様だった。


 心臓以外の内臓が少なからずダメージを負っており、折れた骨が肉に刺さり所々内出血を起こしている。あまりの激痛に視界はぼやけ、呼吸すらまともに出来ていない為か口は終始半開きだ。


 誰がどう見ても戦闘不能。しかし、青年の目だけは死んでいない。


 傷を負えば負うほど、その輝きは増していく。


「ここ…まで追い込まれたのは、久しぶりだな。ククッ、クククッ、クククククッ」


 青年は手に持ったバールを見る。大男の体目がけてフルスイングしたバールは大きく拉げていた。


「『嗤う道化師(クラン・クラウン)』。お前も面白ぇ事するよな」


「何の話だぁ?」


「そのコート、ただのコートじゃねぇだろ。防御魔法を何百、何千回も掛けて強度を上げてるな?」


 初めに違和感を感じたのは、金槌を大男に叩き付けた時だ。


 フードを被った大男の後頭部に直撃した金槌は、粉々に砕け散った。


 攻撃を受けた側ならともかく、()()()()()()()()()()破壊されているのだ。


 初めは『まーたこの世界特有のぶっ壊れ肉体性能か』と思ったが、冷静に考えるとおかしい。


 殴ったのは、人体構造上鍛える事の出来ない()()()なのだ。


 しかし、これだけなら大男が自分の周りに結界のような物を張っている可能性もある。だが、その仮説は次の攻撃で否定された。


 フードで守られていない顔面への、執拗な攻撃によって。


 もし大男が全身に防御膜を敷いていれば、青年の振るったペンチも同様に砕けていただろう。だが、顔面への攻撃だけは確かにダメージとなって大男に蓄積していたのだ。


「だから何だってんだぁ? それがわかった所でテメェに逆転の目はないぞぉ」


「図体はでかい癖に脳みそは小せぇんだな肉塊。情報の有用性って奴を分かってねぇ。いい事を教えておいてやる、『敵を知り己を知れば百戦危うからず』ってのは今でも通用する事実なんだよ」


「……ペラペラペラペラうぜえなぁ。テメェの舌、引っこ抜いてやるぞ」


「何なら炭火焼にして塩でも付けて食うか?」


 ふざけた言葉を吐く青年に不快感を覚えた大男は、破れた扉の残骸を壁から引きちぎった。残骸を青年目がけて投げつける。


「ぎっ!……グッ……ガアッ……」


 左肩に残骸の破片が突き刺さり、青年は思わず苦痛の声を上げた。そこへ、大男の手が伸びる。


「俺をムカつかせる才能だけは一人前だったな、死神。その減らず口を矯正してやる」


 青年は右腕でガードしようとするが、間に合わない。大男の握り込まれた拳が青年目がけてーーーーー


「・・・【粒撃】!」


 横合いから飛来した無数の光線が、大男目がけて降り注いだ。


「何だぁ⁉」


 両腕を交差させ、大男は顔を守る。放たれた魔法はフードの防御を破る程ではなかったのか、ほとんどダメージを与えられなかった。


 ……追撃がなければ。


「・・・【アクト・マテリア】!」


 無数の透明な結晶が、大男を襲う。さながら散弾銃の如く繰り出された大小様々な結晶は、大男の全身を激しく叩いた。


「ぐおっ!」


 結晶の一つが大男の頬を擦過し、深い切り傷を負わせる。更に続け様に大男の右手に結晶が炸裂した。


「結界【筋弱】」


 アラギの冷たい声が響く。大男は腕を持ち上げて防御の姿勢を取るが、青い球体が身体を包み込むや否や膝を突いた。


「なん、だぁこりゃ…」


 青い球体は数秒で消滅するが、大男は立ち上がれないままだ。その隙を逃さず、青年はベルトから金槌を抜き、大男の顔面めがけて振り回す。


「顔面粉砕しろよ、なあ!」


 金槌は大男の鼻に直撃。ボグッ! グジャ! と言う音がして、大男は仰け反った。


「ウッ、ウグオオオッ!」


 仰向けになった顔面を、青年は靴底で踏みつける。踵で折れた鼻を踏み潰す形で。


「死神、テメェェ!」


「おいおい、断末魔の悲鳴を上げるのは早いんじゃねぇのか?」


 踵と金槌を使い、執拗に大男の顔面のみを狙う。


「情けねぇもんだな、オイ!」


 千枚通しを抜き、眼球に突き刺す。寸前で大男は左手を翳して防御するが、千枚通しは大男の手の中心を貫いた。


「チッ、眼には届かずか!」


 しかし、確かな傷は負わせた。大男の右手は既に【アクト・マテリア】のダメージでボロボロだし、左手もこうして刺し傷を与えている。


 一方的な状態からの逆転。だが青年は油断しない。確実に息の根を止めるべく、大男の眼球目掛けて金槌を振り下ろす。


 ーーー寸前、首筋に嫌な予感を感じて青年は後ろに飛び退いた。


「オ、ルァ!」


 一瞬前まで青年が居た空間を、大男の剛腕が薙ぎ払う。風圧で髪が浮き上がったのを見て、青年は武器を持つ手を握り直した。


「よくもやってくれてたなぁ、死神。コソコソコソコソ陰湿な攻撃しやがって」


「ハッ、ゴリラと正面から喧嘩する馬鹿は居ねぇよ」


「殺す、テメェは絶対に殺してやるぞぉ!」


 大男はそう言うと踵を返した。退散したのではない、青年を確実に殺し切るために鉄骨を取りに行ったのだろう。

 

 がら空きの背中に、青年は渾身の蹴りを叩き込む。しかし、返ってきたのは硬い感触。


「フードに守られてる部分への攻撃は無理か…」


 やむなく後ろに飛び、呼吸を整える。ここで追撃を加えるのは有効ではないと判断したのだ。


「さて、と。じゃあまずはーーー」


 青年は後ろに立っていた少女とアラギに、殺意の籠もった目を向けた。


「死体を二つ作ろうか」

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