二人の狂人編④
「テメェが俺を殺すだとぉ……」
大男はブン! と鉄骨を振った。
「本気で出来ると思ってんのかぁ?」
「むしろ出来ない理由を探す方が難しいなぁ。安心しろ、お前の首はしっかり博物館に展示してやるからよ。千年先まで見世物になりやがれ」
青年は腰のベルトからバールと牛刀を抜き、両手に携える。それを見た大男は肩に担いでいた鉄骨の先を青年に向けた。
「おう、『黒百鬼の死神』。テメェ、俺が想像してた以上にムカつく顔してムカつく喋り方してムカつく態度してんなぁ。テメェの何もかもがムカつくぞぉ」
「奇遇だな。俺も同じ事を思ってたんだ」
青年は笑うと、一歩前に進み出た。呼応するように、大男も前に進む。青年は大男から目を離さないまま、アリサに話しかけた。
「兄を連れてどこかの部屋に籠れ。ここに居たら命の保証はねぇぞ」
「は、はい」
二人の異常な雰囲気を感じ取ったのか、アリサは素早く兄に向かって駆け出す。そしてレンジの手を取り、奥の部屋に向けて走った。
「おい、何をするアリサ……」
「いいから走ってください! ここに居ては危険です!」
「アラギ、結界は任せた」
「承った」
大広間の奥に向かって駆けていく二人を、アラギが素早い身のこなしで追う。大男はそんな彼らに視線を向けようとするが、青年はそうはさせまいと煽る。
「なによそ見してんだよ。それとも逃げる準備か?」
「あぁ⁉」
大男が鉄骨を振りかぶり、こちらに向かってきた。脳天目がけて振り下ろされる鉄骨を青年は難なく躱すと、大男の手首に牛刀を振り下ろす。
「!」
大男が鉄骨から手を離し後ろに跳ぶ。そこを逃さず、青年はバールを投げつけた。
「的がデカいと当てやすくていいなぁ、『嗤う道化師』」
投げつけられたバールは、大男の上げた右腕によって明後日の方向に弾かれる。しかしそんな事は予想していたかのように、青年は牛刀を両手で持ち大男に肉薄した。
「ウ、オラァ!」
対して、大男は右の拳を固め突き出した。牛刀と拳、互いの攻撃が直撃する。
-----瞬間、青年の体が病葉のように吹き飛んだ。
「ゲボッ!」
十メートルは後方にあったはずの扉に背中から叩きつけられ、青年は喀血する。あまりの衝撃に立っていられなくなり、思わず片膝を突いてしまう。
-----内臓が逝った。
数や部位は分からないが、恐らく複数。いくつかの臓器に穴が空いている。破壊された内臓を中心として強烈な痛みが全身に広がっていく。ゲホげホと咳き込むと、小さくない血の塊が口から飛び出した。
(コイツ……やるな)
一撃貰っただけで分かる。この『嗤う道化師』と言う男、攻撃力だけなら今まで戦ってきた誰よりも強い。
「ゲホッ、ゲボッ!」
「どうしたぁ! 散々イキっておいて大した事ないなぁ!」
大男が近づいてくる。その時、視界の端で少女が動いた。
「・・・彼を、よくも」
少女の手から数十の重力球が産み出され、大男に殺到する。魔法によって物理法則を捻じ曲げられた重力球はまさに小型のブラックホール。呑み込まれれば、いくら『嗤う道化師』とて無事では済まない。
そんな一つ一つが殺人クラスの攻撃を、大男はーーーーー
「二対一とは、狡い奴だな死神!」
床に落ちていた鉄骨を拾い上げ、飛来する重力球に向かって振り回した。大男の振った鉄骨は重力球を捉え、さながら野球のボールの如く打ち返す。弾き返された重力球が、術者たる少女に襲い掛かる。
「・・・ッ!」
咄嗟に障壁を張り、身を守る。そこに、第二、第三の重力球が飛んでくる。
「・・・まずい」
障壁に掛かる圧が一層強くなる。少女は障壁維持に使う魔力を更に注ぎーーーーー
「オルアァ!」
大男が投擲した鉄骨が、少女の障壁を突き破った。
「・・・嘘」
重力球の隙間を縫うようにして投げられた鉄骨は、障壁を破壊して少女の脳天スレスレを通過して壁に突き刺さる。虚を突かれた少女に、重力球が襲い掛かる。
「・・・!」
咄嗟に両手を前に突き出し、前方に魔力を全放出。不可視の魔力が津波の如く前方へ噴出する。無数の重力球が、次々と弾けて消滅していく。
「うおっ!」
さしもの『嗤う道化師』もこれは危険と感じたのか、横に飛び退いて回避する。追撃の絶好の機会。しかし、少女は膝を突いた。
「・・・魔力が」
そう。先ほど反射的に魔力を全て放出してしまったため、体内の魔力が残っていないのだ。容量や濃度だけでなく魔力の回復効率も桁外れの彼女ではあるが、それでも数分間は小さな魔法すら撃てなくなってしまった。
「面白れぇ女だな!」
そんな彼女に、大男が近づく。少女は右手をかざすが、そこからは何も出ない。
「テメェの手足をもぎ取って、死神の前で犯して遊んでやる!」
大男の手が伸びる。しかし、その手が少女に届くことはなかった。
「俺の大事な仲間に手ぇ出してんじゃねぇよ」
いつの間にか至近距離まで接近していた青年が、大男の後頭部目がけて金槌を振り下ろした。金槌は大男の後頭部に当たった途端、粉々に砕け散る。
「おう、生きてたか死神! テメェがあまりにも弱過ぎたからテメェの彼女で遊ぼうと思ってた所だぞぉ!」
「おいおい、いくらモテねぇからって人の物に手ぇ出すのはよくねぇな」
青年は水筒を取り出し、中身のガソリンを大男にぶち撒ける。大男はガソリンを浴びながらも青年に突進し、ボディブローをくらわせた。大男の拳に確かな手ごたえが伝わる。あばら骨と内臓が全壊していてもおかしくない感触。
だが、
「ク、ククク」
青年の拳が、大男の顔面に激突した。更に二撃、三撃と顔面に叩き込まれる拳。
「ギャハハ!」
ついにはスパナで顔を殴られ、大男はよろめく。拳の方は蚊に刺されたような痛みしかないが、流石にスパナで無防備な顔を殴られればダメージは通る。
「楽しいなぁ、木偶の坊! 敵と戦い、ぶち殺す! コイツは最高の娯楽だ!」
「死神、テメェ……」
大男は青年を見る。既に大男による攻撃を二度受け、手負いのはずの青年は笑っていた。
楽しそうに、狂っているように。
狂笑、と言う言葉がピッタリくるような笑い方だった。
その時、アラギが大広間の中心に戻って来た。
「死神、戻ったぞ。二人の入った部屋に出来る限りの防御結界を施した。これで例え屋敷が核爆弾で吹き飛ばされたとしても、衝撃はおろか音すらあの部屋には届かない」
青年は何が面白いのか、ゲラゲラと笑う。
「よくやったアラギ! 後で褒美をやるよ、『三狂人』最弱、『嗤う道化師』の首だ! 懸賞金付きの首だ、高く売れるぜ?」
「テメェ、ついにイカれたのか?」
「イカれた? 何訳の分からない事言ってんだよ。これが俺の素だよ。むしろ常識人ぶってたさっきまでの方がおかしかったんだ」
青年は口の端を歪める。
「殺し合おうぜ、『嗤う道化師』。武器が尽きたら肉体で、肉体がぶっ壊れたら骨で、骨が壊れたら魂で! 頭の端から爪の先まで殺しに捧げろ! 百億人をブッ殺して英雄どもを鼻で笑うぞ!」
そう言って大男に向かって行った。大男はそれに応戦する。
それを見た少女の脳裏に、ある言葉がよぎる。
---ーこのまま戦い続ければ、死神君はあと三か月もしない内に死にます。
----今こうして生命活動を維持しているだけでも、奇跡のような物です。次の瞬間には命を落としていても、僕は驚きませんよ。
「・・・まずい」
気づかない内に、少女は走り出していた。既に中規模の魔法を数発撃つくらいには魔力が戻ってきている。少女は青年に蹴りをくらわせようとしている大男目がけて魔法を撃とうとしてーーーーー
「邪魔してんじゃねぇ!」
青年の言葉に、ビクッ! と体を大きく震わせた。
「コイツは俺の敵だ! 誰にも邪魔させねぇ! 邪魔するならお前だろうがアラギだろうがブッ殺して魔犬共に食わせてやる!」
「言うじゃねえか死神! その心意気だけは気に入ったぞぉ!」
二人の戦いがますます激しくなっていく。アラギが少女の隣に並ぶ。
「前から思っていたんだが、お前は少し勘違いしているのかもしれないな」
「・・・何が?」
そう言う少女の言葉は、少し震えていた。
「殺人、強盗、強姦……あらゆる凶悪犯罪を起こす荒くれ者……本来は恐れる者が何もないはずの彼らが、別格だと思わざるを得ない怪物、それが『三狂人』だ」
「・・・それが、どうしたの?」
「自分だけは殺されない、とでも思っているのか? アイツは仲間だろうが容赦なく殺す。殺して殺して殺し続けて、殺害人数でランキングを作れば二位以下に一桁差を付けてトップに君臨しているような男だ。決して依存していい相手ではない」
「・・・私は、依存してなんか」
少女の言葉を遮って、アラギは続ける。
「今ならまだ間に合う。アイツから逃げろ。気に入られている今ならアイツも追っては来ない。だが少しでも敵意を持たれたら終わりだ。例え地の果てまで逃げても確実に殺される」
青年の千枚通しが、大男の眼球に突き出される。大男はそれを回避すると、横殴りに拳を振るった。青年はそれを笑顔で躱す。
「・・・どうして、このタイミングで言うの?」
「アイツに聞かれていない、と確信を持って言えるからだ。奴は『嗤う道化師』との戦いに夢中でこちらの話なんか聞いていない。万が一この会話が聞こえてみろ、オレが殺される」
アラギの目は真剣だった。
「・・・そんなに警戒しているのに、どうして彼と一緒に居るの?」
「オレにはオレの目的がある。その為ならどんな相手とだって手を組むつもりだ。だがお前は違う」
アラギは少女を見る。
「もう一度だけ言う。今の内に逃げろ。オレは、仲間だと思っていた奴が殺されるのをこれ以上見たくない。うんざりなんだ、昨日まで一緒に笑っていた奴が土の下に埋められていたり鍋で煮られていたりするのは」
「ギャーハッハッハ!」
「オラアァ!」
青年が笑いながら、大男が雄叫びを上げ攻撃を振るう。二人の激突で衝撃波が舞い、少女の頬を叩いた。
「・・・・・・」
そんな二人の戦いを、少女は静かに見つめた。
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