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二人の狂人編③

 アリサと青年の二人は、雑貨屋に向かっていた。


 聞けば、青年の仲間とそこで待ち合わせをしているらしい。


 雑貨屋の前に着くと、人混みの中で一際目立つ風貌の二人がいた。銀髪の少女と眼帯を着けた男だ。青年と同様、常人とはどこか違う雰囲気を醸し出している。


「待たせたな」


 青年が声を掛けると、二人は同時に顔をこちらに向けた。


「気にするな、こっちも今情報収集が終わったところだ」


「・・・その女は?」


 青年を見る男と対照的に、少女の目はアリサを見ていた。その眼光は冷たい。


 まるで、返答を一つでも間違えれば即座に殺されてしまいそうな程だ。


「コイツはアリサ。自分を追放した兄に会いたいらしい。その為に邪魔する奴らを皆殺しにしてほしいと俺に依頼してきたんだ」


「あの……出来れば殺しはしないので欲しいのですが……」


 アリサは小声でツッコむが、聞いてもらえない。


「それで、手に入れた情報っていうのは?」


「アルバス地方が、魔族の大軍に攻め込まれたらしい。現地の人間の抗戦によって何とか持ちこたえているが、このままでは奪われるのも時間の問題らしい」


 アルバス地方と言えば、魔族の領土に隣接した地域の内の一つだ。『魔族戦争』以後近隣国が共同で国費をつぎ込んで軍事力を増強し、いつ魔族に攻め込まれても対処できるように万全の態勢をしていたはずだ。


 アルバス地方が奪われれば、人類の戦力は大幅に低下するだろう。


「そんなどうでもいい話より、もうちょっと面白い話はねぇのか?」


 しかし、青年は心底どうでも良さそうにその話を流した。


「エルフと獣人が、お前の懸賞金を上げた。今お前の懸賞金額は、『女王蜂』の1.5倍程だ」


「ククッ、自分で捕まえることも出来ねぇ腰抜け共がセコセコ金だけ積み上げてんのか」


 先ほどの魔族の襲撃よりも遥かに興味を示した様子で、青年は笑う。そんな彼の腰に少女が抱き着く。


「・・・貴方は、私が守る」


「はいはい、そりゃどうも。とりあえず必要な道具を買うか」


 雑貨屋に入る一同。中に入るなり、青年は工具の並んでいる場所に向かった。


「ちょうど昨日ノコギリとペンチがぶっ壊れちまってな。売っててよかった」 


 喜々として工具を買いこんでいく青年。眼帯の男はそれを白けた目で見ると、アリサの顔を見た。


「どうかしているとしか思えないな」


「え?」


「あの化け物に頼み事をする事だ。アイツは気分一つで人を殺す。それも生まれてきた事を後悔するくらい残虐にな。露払いを頼むにしても、アイツより死刑囚の方が百倍信用できる」


「そ、そうなんですか……」


 仲間なのに滅茶苦茶言うなこの人……と思いながら、アリサは続ける。


「でも、多分大丈夫ですよ」


「どうしてそう言い切れる?」


「何となく、ですね」


「何となく、か」


 眼帯の男は少しの間沈黙した後、続ける。


「今まで、そう言った奴が何人も死んでいったのをオレは知っている。仲良く握手をした直後に首を刎ねられた奴、からかった直後に脳天を叩き割られた奴、仲間だと思っていたら翌日には埋められていた奴も居る。何が奴の逆鱗に触れるのか誰にも予測不能だ。何となく安全、と考えて居たら死ぬぞ」


「やっぱりそうですか」


 アリサの言葉に、眼帯の男は眉を顰めた。


「やっぱり? 何がだ」


「あの人の性質ですよ」


 アリサは沿う言葉を切ってから、続ける。


「あの人の中には、多分独自のルールがあるんだと思います」


「ルール?」


「ええ。それは多分、私のような凡人には到底理解できない特殊なルール。世界中の誰もがどうでもいいと思うようなルールを、たった一人で固持し続けている。そんな人なんじゃないかと私は考えます」


「そして、ルールを破った人間を殺していくと?」


「そうなのではないかと思います」


「まるで地雷原だな」


 眼帯の男は青年に視線を戻す。一通り工具を買い終えた青年は、今度は洗剤の棚を眺めていた。見た目の割に綺麗好きなのだろうか。


 青年は腰に抱き着いた少女の頭を鬱陶し気に撫でながら、彼女に問いかける。


「なあ、お前の防御魔法ってどの程度まで攻撃を無効化できる?」


「・・・試した事はないけど、局所に集中させれば魔王の一撃も受け止められる。どうして?」


「俺達の役目はアイツと兄が対話する時間を作る事だ。その為には、対話中に二人をあらゆる攻撃から守る必要がある」


「・・・室内なら、魔法より結界の方がいい」


「お、そうなのか。おいアラギ、ちょっと聞きたいことがある」


 青年の言葉に、アラギと呼ばれた眼帯の男が答える。


「場所を区切るのは結界術の本領だ。二人を一つの部屋に隔離し、そこの空間を断絶すればいい」


「結界術と魔法はどう違うのですか?」


 結界術と魔法。どちらも名前は知っているが、その存在を目にした事はない。


 答えたのは青年ではなくアラギだった。


「簡単に言うと、魔法は自らの魔力を使って物を作り出す。例えば炎や水、雷と言った物だ。時や空間と言った概念を操作する類の物もあるが、細かくなるのでここでは割愛する」


「はい」


「結界術は、言うなれば魔力を使って空間を操る技だ。場の空間を区切って、自分だけの領域を作りあげる。例えば自分の半径3メートルの空間を無音状態にしたり、部屋の中を魔法禁止状態にしたりできる。応用すれば、空間と空間を入れ替えて移動する事も出来る」


「思ってたより強いんだな」


「結界術の欠点としては、いちいち場を区切る必要がある点だな。魔法のように小回りが効かない。だがその分、必要な魔力が魔法に比べて格段に少ない。魔法で同じ事をしようとすると桁違いに魔力を使うからな」


「へえ。じゃあ、コイツと戦わせたらどっちが勝つ?」


 青年が銀髪の少女をどうにか引き剥がす。少女は話の内容に興味がないようで、両手をバタバタ振って青年に抱き着こうとしていた。


先制攻撃(ファーストアタック)を制した方が勝つな。並みの魔法使い相手なら魔法を放つよりも先に空間を魔法禁止状態にして勝てるが、そいつクラスになると勝敗は分からない」


「成る程な」


 青年は回復薬や目薬などの薬品類を一通り購入すると、店を出るよう促した。どうやらこれ以上買う物はないようだ。







 数時間後。


 沈みゆく夕日を背にして、青年達は屋敷の前に立っていた。


「この時間なら兄は確実に屋敷の中に居るし、護衛も交代の時間だから隙が生まれやすい……そうだったな?」


「はい。この時間、兄様は必ず自室に居ます」


 アリサの返事に、青年は満足そうに頷いた。


「それじゃあ行くか。感動の兄妹の対面ショーの始まりだ」


 そう言って飛びだそうとする青年を、アリサは留める。


「あの……出来れば殺すのはなしの方向でお願いします」


「善処はするが期待はするな。行くぜ」


 黒いコートを纏った青年が、一直線に門まで駆けていく。門の前で待機していた二人の護衛が、青年の姿に気が付く。


「何だお前は⁉ くせもーーーー」


 走る勢いもそのままに繰り出された青年のドロップキックが、護衛の顔面に突き刺さる。地面に足が着くと同時、青年は右手を振り回した。


 手に持ったバールが、もう片方の護衛のコメカミを的確に強打する。


「お、お前…まさかーーーーー」


 その言葉は最後まで続かなかった。護衛が地面に倒れる。


 瞬く間に二人を倒した青年は、面倒くさそうに首を鳴らした。


「何だコイツら。弱すぎて話にならねぇな」


 その様子を後ろから眺めていたアリサは、背筋が冷たくなるのを感じていた。


「つ、強い……」


 強すぎる。門の前に居たのは二人とも格闘技経験者だ。それもかなりの実力を持っていたはず。そんな二人を瞬殺するだなんて。それも、アリサの要望通り二人とも殺していない。


「これなら俺に頼まなくてもよかったんじゃないか……ん?」


 そこで青年は、何かに気付いたように右を向いた。数メートル先には、柄の悪そうな男たちが数人、怯えた目でこちらを見ていた。皆手に武器を携えている辺り、たまたまではなく何か目的があって集まっているのだろう。


「何だアイツら? 昼間の復讐でもしに来たのか」


 青年は怪訝な顔をして彼らに一歩踏み出す。すると、不良連中の先頭に居た男が声を上げる。


「じょ」


「じょ?」


「冗談じゃねえ! アイツ『黒百鬼の死神』じゃねえか! あんな奴が居るだなんて聞いてねえぞ! ちゅっ、中止だ! 計画は中止!」


 そう言って、一目散に逃げていった。残された不良たちもそれを追う。


「何なんだアイツら。まあいいか」


 青年は気を取り直すと、門扉を開けた。



 

 護衛連中は僅かな時間で蹴散らされた。


 そもそも専門分野が違うのだ。彼らは不審者を拒み、主を守るのが仕事。相手を制圧できればそれでよく、深追いする必要はない。


 一方で、青年は相手を殺す事に重きを置いている。急所を狙えるなら躊躇いなく突き、肉体と精神の両方から圧迫を加えていく。


 一瞬の迷い、躊躇い。その隙を『黒百鬼の死神』は逃さない。


「弱ぇ……」


 詰まらなそうに、青年はあくびをした。その真横を棍棒が通過する。


「弱すぎて話にならねぇ。本当にこれが巨大商会の護衛か?」


 振り返り様に護衛の首を鉈で切り裂き、青年は告げる。「殺すな」とは言われたが段々難しくなって来た。人間が蟻と喧嘩するような物だ。どんなに手加減して攻撃しても、相手にとっては致命傷になり得る。


「ここまで殺さなかったのが半分……まあ上々だろ」


 溜め息を吐いていると、アラギ達が追いついてきた。全員そろった所で、青年はアリサに確認する。


「この先が大広間。会ってるな?」


「はい」


「オレ達が侵入した事は伝わっているはずだ。なら、間取りから考えても敵はここに最大戦力を集中させてくるはず。油断は禁物だ」


「分かってるよ。行くぞ」


 青年は扉を押した。ギィィィ、と軋みを上げて扉が開く。


 大広間には、既に二人の人間が居た。その内の一人はーーーー


「兄様……」


 愛しの兄の姿を見つけ、アリサは声を上げた。やって来たアリサを見て、レンジは目を丸くする。


「アリサ……どうしてここに……」


 会えた。兄にもう一度。強い感情が胸まで込み上げてくる。アリサは感謝の言葉を伝えるため、青年の方を向いた。


「ありがとうございます。貴方のおかげでーーーーー……?」


 しかし、青年はアリサの言葉を聞いていなかった。ただ一点……レンジの隣の人物を凝視していた。


「何がーーー」


 アリサは大広間に居た、もう一人の男を見る。


「おう、まさかテメェまで絡んでくるとはなぁ、『黒百鬼の死神』!」


 二メートルはあろうかと言う長身に、ピエロの化粧。どこから拾ってきたのか、鉄骨を担いでいる。


「あ、あれは……」


「あれは……まさか」


 アラギの顔が険しい物へと変わる。腰に差した刀に手が伸び、抜刀の姿勢を取った。その隣の少女もこれと言ったポーズは取っていないが、臨戦態勢に入ったようで気配が変わっている。


「あの方を、ご存じなのですか?」


「アイツはーーーーー」


「ク、ククク」


 その時、隣に居た青年が唐突に笑い出した。大広間に居る全員の視線が彼に集中する。


「ククククク、クハハッ、ハハッ、ハハハッ、ギャハ!」


「テメェ、ムカつく笑い方だなあ……」


 大男が威圧するように一歩前に出るが、青年は気にも留めない。


「ギャハハハハ! ギャーハッハッハ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! アハ、ハハ、ハハハハハ……」


 腹を抱えてひとしきり笑った後、青年は大男の方を向く。


「今日は、素晴らしい日だ」


 その口から、心底楽しそうな声が漏れる。青年と会って一日も経過していないアリサですら分かるレベルの、喜びの混じった響き。


「前々から殺してぇ殺してぇと思ってた奴を殺せるんだからな。喜べよ『嗤う道化師(クラン・クラウン)』! 今日がお前の命日だ!」


 彼の目は、爛々と輝いていた。


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