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医者の一人旅編④

「…ゾンビ?」


「と言っても、本当に死んでいるわけじゃないですよ。あくまでも比喩です」


 そう前置きして、如月は説明を始める。


「普通、ヒトという生き物は複雑な体の構造となっています。体の器官一つ破壊されただけで健全な状態を保てなくなりますし、血を流しすぎればそれだけで死んでしまう生物なんです」


 プラナリアのように千切れた部位がくっついたり、トカゲのように千切れた部位がまた生えてくればどれだけいいだろうか、と如月は語りながら思う。


『・・・血を出しすぎれば死ぬし、ダメージを受けすぎても、ヒトは死ぬ』


「ええ、そうです。それがヒトの持つ常識のはずです。でも、死神君はそれを()()超越しているんです」


『・・・一部? どういう事?』


「ジャンヌさん達がナズナと戦っている最中、機会があったので死神君に【状態探知ステーツサーチ】を発動しました」


 あまりにも体がボロボロだったので、体の状態を客観視させて止めようとしたのだ。


「……結果、とんでもない事が分かりました。ジャンヌさん、確認ですがナズナにトドメを刺したのは死神君ですよね?」


『・・・間違いなく、彼』


 その言葉を聞いて、如月は顔を歪める。


「……彼がナズナにトドメを刺した時、彼の臓器の大半は機能不全でした」


『・・・え?』


「落下の際に突き刺さった建物の破片、そして折れた骨が臓器のあちこちに突き刺さって、肝臓、腎臓、脾臓、膵臓…… 数え切れないほどの器官に穴が開いて、瀕死の状態だったんです」


 そんな中、心臓には何の損傷もなかったのだから驚きだ。


「普通に考えれば即死。ですが、彼は立ち上がりました。それどころか奇襲を仕掛けてナズナを殺害する始末。一医者として断言します、こんな物はあり得ないと」


『・・・』


 伝導石から声は聞こえてこない。あまりの出来事にさすがの少女も黙ってしまったようだ。


 黙っていても話は聞いているだろうと推測し、話を続ける。


「ここからは、死神くんに書いてもらったカルテ、そして僕が見た限りの彼の素行から僕が()()()()()()()です。何の裏付けもありませんが、聞きたいですか?」


『・・・聞く』


 即座に返事が返ってくる。如月の手に知らずしらずの内に力がこもった。


「彼の不死身に近い生命力の正体。それは、彼の【精神力】にあるのではないかと僕は考えています」


『・・・精神力?』


「【執念】と呼んだほうが分かりやすいかもしれませんね。とにかく、そう言った類のものです」


『・・・どういう意味?』


「ジャンヌさん、戦っている時の死神君の目を見たことありますか? 敵を殺したくて殺したくてたまらない、殺意の塊のような目を」


『・・・何度か』


「なら分かるはずです。彼が、いかに敵対者を殺したがっているかを」


『・・・』


「戦っている時ーーーいや、敵がいる時、死神君の心は殺意で満たされます。同時に、敵対者を殺したいという異常なまでの執念が生まれる」


 それは、肉体に影響を及ぼすほどに。


「彼が殺害への執念を持っている間、彼の体もまた変化を起こします。内臓が破裂しようが、血を流そうが、彼は死ななくなる」


 死ななくなる、というのは少し語弊があるだろう。いくら『黒百鬼の死神』と言えども、人体の構造的に考えて脳や心臓を撃ち抜かれれば死ぬだろう。しかし、仮説の話をこれ以上ややこしく広げても仕方がない。あくまでもこれは如月の仮説なのだ。


『・・・心が体に影響を与えることってあるの?』


「普通にありますよ。例えば、プラシーボ効果ってあるでしょう。あれだって精神が肉体に影響を与える現象の一つですよ。僕達が思っている以上に、精神が肉体に与える影響は大きいんです」


『・・・戦っている最中は安全って事?』


「そうですね。まあ戦っている間は別の意味で危険でしょうが」


 結局、彼に安静の時間はない。


 伝導石の向こうから、安堵の溜息が聞こえる。


『・・・それなら、良かった』


「そうですね。ひとまず戦っている間は安全な事がわかりましたね」


 ここで一旦、言葉を切る。そしてすぐさま続ける。

 




「では、もし戦いが終われば?」



 


『・・・』


「瀕死の体を無理やり動かして戦っているんです。当然、病態は悪化していきますし、もって数分と言った所でしょうね」


 ナズナ戦、ラヴァ戦の時には如月が傍に居たため迅速な治療が出来たが、遠く離れた今のような状態ではそんな事は出来ない。いや、それ以前如月と出会う前は一体どうしていたのか。


 『黒百鬼の死神』の戦い方は、基本的に無傷とは程遠い決着を迎える。アラギ曰く、五回に一回は臓器を負傷しているとの事。仮にそれらが全て軽い傷だったとしても、蓄積されたダメージは少しずつ青年の体を蝕んでいく。


「今こうして生命活動を維持しているだけでも、奇跡のような物です。次の瞬間に命を落としていても、僕は驚きませんよ」


「・・・・・・」


「戦いを極力控え、回復魔法を定期的に使用すれば何とかなるかもしれません。もちろん、それで問題が解決するとも思えませんがーーーーー」


 回復魔法は負ったダメージなどを瞬時に回復してくれる優れものだ。しかし、詳しいデータがない状況では断定的な事は何も言えない。


『・・・そんな事したら、彼に殺される。絶対に回復魔法は使うなって言われてる』


「無理強いはしません。ですが、今出した案が僕の出した最善策です」


『・・・分かった』


 二人の間にしばしば沈黙が流れる。


『・・・じゃあ、そろそろ寝る』


「分かりました。おやすみなさい」


 そう言って伝導石を耳から離そうとしたその時、青年の声が聞こえてきた。


『ちょっと待ってもらっていいか? 俺も如月と話したいことがある』


「ええ、構いませんよ。お久しぶりです、死神くん」


『お前はちょっとここで待ってろ。この会話はお前にも聞かせられない』


 少女に言い聞かせたのだろう、少しの間物音が聞こえる。


『待たせたな』


「構いませんよ。それより、どうやって通話に?」


 彼は魔力を持っていないため、単体では通信できないはずだ。


『ちょっとしたコツだよ。アイツに魔力の波動を送ってもらってるんだ。つっても50m以上離れると魔力が分散して失敗するから、大した代物じゃねえけどな。それより、何か聞きたいことがあるんじゃねえのか?』


 先ほどの会話を聞いていたのか、それとも持ち前の観察力で感づいたのか。


「ええ、まあ少し」


 如月は青年に、少女にした話と同じ話をした。


 話を聞き終わった青年は、くだらないとばかりに鼻で笑った。


『なあ如月、まさか俺がそんな事に気づかないとでも思ったのか?』


「と言うと、やっぱり何かカラクリがあるんですか?」


『もちろん致命傷対策はしてるさ。複数な。その中の一つは、お前も見てるはずだぜ』


「全く心当たりがーーー」


『面白い体質だよな。近くにいるだけで体の治癒力を高めてくれる。体液を取り込めば、より肉体の回復が早まる』


「それってーーー」

 

『一回ヤれば、小さな傷くらいならすぐ回復する。まあ、あくまでも【治癒力を高める】だけだから受けた呪いや深すぎる傷なんかは治せないけどな』


 そこで、如月は気が付く。


「まさか、ジャンヌさんが!?」


『この世界は本当に面白ぇな、如月。近くにいるだけで体の傷が治ってく特異体質の人間が居るんだから』


「成る程。つまりーーーーー」


 銀髪の少女は、『黒百鬼の死神』にとって戦闘要員であり、同時に回復要員でもあるのだ。


 いや、恐らくそれだけではない。より複数の役割を、青年は少女に当てている。


「無駄がない、と言うべきですかね」


 素直な感想を述べた如月に対し、伝導石の向こうからカラカラと笑う声が聞こえてきた。


『この他にもいくつか対策は立ててあるさ。アイツが居なくても生命を維持する方法はいくつか用意してある。まあ、どの方法でもリスクを負うからあまり使いたくないけどな』


「成程」


 ここに来て如月は、『黒百鬼の死神』が何故ここまで恐れられているかの一端を理解した。


 世界でも類を見ないイカレ具合に、周到に張り巡らせた対策の数々。


 一見すると倒すのは『三狂人』の中で最も倒しやすそうに見える。しかし、そう思わせる事すらも彼の手の内と言う訳か。


 無策で突っ込めば即死。かと言って警戒し過ぎれば単純な攻撃に引っかかる。


『そろそろいいか?』


「はい。ありがとうございます。あ、それともう一つ」


『何だ?』


「アラギ君に『今の所収穫なし』と伝えていただけますか?」


『了解。伝えておくぜ』


 深く聞く事なく、青年は軽く返事をした。内容が気にならないのだろうか。


 如月が見た所、アラギは青年を好いてはいない。ただ己にとっての利になるから共に旅をしているだけで、利用価値がなくなれば容赦なく見捨てるだろう。また同じように、アラギにとっての不快指数がメリットを上回れば、青年を殺害する事に一ミリの躊躇もないと思われる。


 全面的に信用しているのか、あるいは敵とすら認識していないのか。青年の思惑が分からない。


「底が読めない人だ」


 そう呟いて、如月は眠りに付いた。






 翌日。朝食を取った後、如月は即座に手術に取りかかる。どうやら昨日治療した患者から噂が広まったようで、怪我や病気を負った患者が王宮に大挙していたのだ。


 如月はそれを次々と治していく。元々超一流レベルの腕の持ち主、それに貰い受けた異能が加われば、常識的にはあり得ない速度と精度で治していく事が可能なのだ。


 残りの患者が半分くらいになってきた時、治療室に姫が入って来た。最初は遠慮気味に部屋の隅で手術を見ていた彼女だったが、十五分もすると飽きたのかくつろぎ始めてしまった。異能の力である程度殺菌されているとは言え、一応手術室なので出て行って欲しいのだが……


 場所を貸してもらっている立場の上、そこまで気が強くない如月はそんな事など言えるはずもなく黙々と続ける。


 残りの患者が少なくなった時、姫が口を開いた。


「ねえシンヤ、それって楽しいの?」


 患者のウィルスを除去し、傷口を縫合している如月に、寝転がって聞いてくる。


「楽しいか、と言われれば分かりませんが…患者が治っていくのはいい気分ですね」


 姫の問いかけに答えながらも、如月は手を緩めることはしない。器用に、そして正確に傷口を縫っていく。


「そんな事より、旅の話をしてよ。私、将来は旅人になりたいんだ!」


「せっかく姫様と言う地位を持っているのに、要らないんですか? あ、治療はこれで終わりです。ですがしばらくは激しい運動は控えてください。お大事に」


 口と胴体が別々に動いているかのように、如月の手術は手を止めるところを知らない。ポンポンと高速で必要な道具を出現させ、一流の外科医が真っ青になりそうな速度でメスを入れていく。


「いいの! 姫になるにはたくさん勉強しなくちゃいけないんだから。でも私、勉強なんて大っ嫌い!」


 わざとらしく自分の体を抱きしめながら、姫は苦い顔をして見せる。如月は苦笑し、患者の体から縫田糸を巻き取る。同時に左手を振り、空間の除菌を行った。除菌は頻繁に行わねばならない。


「大体、将来役に立たないものを覚えて何になるのかしら。私はそんな物覚えてないで、旅に出て多くの感動を得たいの」


「感動ですか」


 最後の患者を治療しながら、如月は鸚鵡返しに呟いた。一先ず急を要する患者に関してはこれで終わりだ。午後は軽度の怪我を負った患者の治療に当たるつもりだ。


「そう! 旅人の話を聞くたびにワクワクしてたの。なんて楽しそうな人生なんでしょうって! 姫なんて言うつまらない仕事より、ずっと楽しそうだわ! ねえシンヤ、私も連れていって!」



 姫の言葉に如月はニッコリと笑うと、空間から複数の小瓶を取り出した。それらを机の上に置き、姫に告げる。


「長時間オペをして頭が疲れました。姫、悪いんですが傷薬を作ってくれませんか?」


「え? 自分で作ればーーー」


「お願いします。姫の作った傷薬が飲みたいんです」


 如月の頼みに、姫はやや困ったような様子を見せた。しかしすぐに胸を張る。


「ふ、ふん。よろしい、作ってあげるわ」


「ありがとうございます。では机の上に材料を置いておきましたので、調合をお願いします」


「よし! やってやるわよ!」


 姫は机の上の小瓶を手に取る。しかし、すぐに眉を潜めた。


「ちょ、ちょっと、これ何が何の液体かーーーー」


「柘榴草をすり下ろして、それをエクリルポーションに溶かすんです。エクリルポーションと塩酸は色が似ていますので、十分に気を付けてください。まあ刺激臭の有無で判断できると思うので大丈夫でしょうが」


「え、えっと…」


 情報量の多さに、手に小瓶を持ったまま固まってしまう姫。そんな彼女に、如月は歌うように言う。


「柘榴草は、やや茶色がかった葉っぱだった気がするなあ。あ、エクリルポーションはその隣にあったような、無かったような……」


「あ、分かった! これとこれね!」


 姫が正解の小瓶を掴む。如月は顎に手を当てる。


「そうしたら、柘榴草の中にエクリルポーションを入れて振るんだったかなあ…」


 姫がカシャカシャと瓶を振り始める。


 その後も、姫が詰まるたびに如月は独り言のように呟く形でアドバイスをしていく。程なくして、傷薬が完成した。


「出来たわ!」


 姫が嬉しそうに、出来上がった傷薬を如月の前に掲げて見せる。如月はニッコリと笑い、姫の手から傷薬を受け取った。


「ありがとうございます、姫。見事な腕前でした」


「えへへ! これで私も一人前の旅人ね!」


 嬉しそうにはにかむ姫に笑顔で接しながら、如月は手の中の傷薬を盗み見る。完成度は8割と言った所か。この量と質なら、午後の治療には充分事足りる。


 だが、旅に出るにはあまりにも心もとない。


 万が一自分が怪我を負った時、この傷薬に命を預けたくはない。この傷薬一つ取っても、姫が旅に出るにはあまりにも不十分すぎることを示していた。


 如月は感情を合わせながらも、どうしたら姫を説得できるかを模索していた。


「私の周りの人は皆ガミガミガミガミ、もううんざり! 嫌になっちゃうわ」


「確かに、一人旅にガミガミ言ってくる人は居ませんね」


「でしょ? ならーーーー」


「でも、間違えた時に諭してくれる先生は居ません。魔物に襲われたとき、守ってくれる兵士の人も居ません。何をするにも自由ですが、その責任は自分で取らなくてはいけません」


 如月は優しく姫を諭していく。


「王宮の中で、閉じ籠る日々はお辛いでしょうし不自由でしょう。でも、そのおかげで危険な事からも守られているんですよ」



 恥ずかしい事だが、如月もこの世界に来るまでそんな事はそれほど意識していなかった。


 この世界に来てはじめて、今まで当たり前だと思っていたことが当たり前ではないと気がついた。


 衛生的にも物理的にも、どこにも身の安全が保証されていない世界。

 

「もう少し勉強して、色々な事を知って、それでも旅に出たいと思うのなら止めはしません。でも、まだ待ってみてはいかがでしょうか?」


 如月の言葉に、姫は一瞬不機嫌そうになった。これはまずい、と思った如月は素早くフォローに入る。


「ま、またさっきみたいな事を一緒にやりましょう。僕がこの国にいる間はいくらでも付き合いますよ」


「ホントに⁉」


 姫がパッ、と顔を明るくしたのを見て如月は「ええ」と明るく笑った。


「やったー!」


 姫が大喜びで万歳をしたその時、扉の外からノックの音が聞こえた。


「姫、勉強のお時間です」


「ちぇ。嫌だなあ」


 そう言いながらも、部屋の外に出ようとする姫の足取りはどこか軽い。


「また後でね、シンヤ」


「ええ、また後で」


 姫を見送ると、すぐに昼食が運ばれてきた。手術を行った場所で食事をするのにはやや抵抗感があったが、充分消毒を行っているから大丈夫だろうと自分を納得させ、そそくさと済ませる。


 食事が終わるとすぐに、待っていた患者が入ってくる。一人一人の病気や怪我を確認すると、如月は先ほど姫に作ってもらった傷薬を使って患者を治していく。患者の状態がみるみる良くなっていく。


「せ、先生、ありがとうございます!」


 患者の言葉に、如月は笑って答えた。


「お礼なら姫様に行ってください。この傷薬、姫様が怪我で苦しんでいる皆さんの為に心を込めて作ったんですよ」


 この時以降、姫の好感度がますます上がったのは言うまでもない。

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