医者の一人旅編③
「ん、んんっ……はあ、肩が凝りましたね」
最後の患者の治療を終え、如月は大きく伸びをする。白衣のポケットに入れてある懐中時計を見ると、既に時刻は午後三時を回っていた。
「起床したのが午前六時くらいで、待たされたのが大体一時間位だから……かれこれ八時間は執刀していたって事になるんですかね。ああ疲れた」
一回の手術に掛かる時間は、部位や状況によってまちまちであるのは万人の知る所だ。だが、どんなに簡単な物でも一時間前後掛かってしまうのもまた事実。
少なく見積もっても十数人は居たであろう患者を僅か八時間で治療するのは、いかに腕のいい医者で会っても至難の業だろう。数人掛かりで正確かつ迅速に行って終わるかどうかと言うレベル。
そんな難題をたった一人で難なく成し遂げた天才外科医は、グルグルと腕を回す。
「久しぶりに、先輩から教わった針治療やろうかなあ……でも自分でやると背中に刺せないんですよねえ」
マシュマロを口一杯に放り込み、モキュモキュと咀嚼しながら如月は天井を見上げた。十カラットは下らない大きな宝石が、窓から入ってくる日の光を反射して絢爛に輝いている。
「これからどうしましょうかね……ひとまず昼食を取って、しばらく寝ようかな」
医者と言えど、常に自己研鑽に励んでいる訳ではない。もちろんそう言った医者が居るが、如月は空き時間が出来たらなるべく寝るようにしている。眠れる時に眠っておかなければ、急患に対処できないからだ。
人を治す医者が体を壊すなど、笑い話にもならない。
白衣を脱いでソファに寝転がり、目を閉じる。体は自分が思っているよりも疲れていたようで、すぐに意識が遠のいていく。
その時、ドタドタと言う足音が廊下から聞こえてきた。一息吐く間もなく、部屋の扉が開かれ何者かが部屋の中に入ってくる。
「あ、ここに居た!」
そんな言葉と同時、如月の体の上に何かがのしかかって来た。「ウッ!」と思わず息を吐き、如月は起き上がる。
「何ですか、突然!」
温厚な彼であるが、流石に眠れそうなところを叩き起こされれば不機嫌になる。そんな如月の反応をする―して、上に飛び乗った少女は喚きたてる。
「さあ、旅の話をしてもらうわよ! 断ったら反逆罪で処刑だからね!」
「姫……すみませんが降りて下さい。重いです」
まくし立てる姫に、如月は頭を押さえながら上半身を起こした。元の世界に居た時も嫌な事は多々あったが、少なくとも眠りに付いた所を襲撃されるなどと言う悪魔じみた事はされなかった。
「だ、誰が重いよ! 私はこれでも軽い方でーーー」
「いいから降りて下さい。二度は言いませんよ?」
やや厳しい言い方になってしまったが、姫は渋々如月の体から降りる。如月は能力を使って鎮痛剤を産み出すと、数錠口に放り込んで頭痛を抑える。
「早かったですね、姫。もう少し掛かると思っていましたが」
「ふふん、私に掛かればこれくらい楽勝よ!」
姫が自慢げに胸を張る。如月はその様子を微笑ましく思いながらも、ソファから体を起こした。
「それで、旅の話でしたっけ? どこから話しましょうか」
「最初からこの国に来るまで全部!」
「分かりました。では、僕が最初の国に着いた所からーーーーー」
如月は自分がこの世界に来てから回った国々を、懇切丁寧に話し始める。とはいえ自分が異世界人である事、そしてつい最近まで『黒百鬼の死神』と行動を共にしていた時の事は話さない。どちらも公になって如月にメリットはないからだ。
姫は如月の話に「ほわぁぁ……」と感嘆の声を上げたり、「へえ!」などと嬉しそうなリアクションを一々見せてくれるため、如月としても話しやすい。
持っていた話のストックが尽きる頃には、既に日が沈みかけていた。夕陽が美しく光り輝く。
「ーーー以上が、僕が今まで回ってきた国々です。如何でしたか?」
「とっても面白かった!」
姫が目を輝かせて叫ぶ。そんな顔を見ていると、ここまで喋った如月も少し嬉しい。
「それは良かった。では僕はこれから睡眠を取りますので、起こさないようにお願いしますね」
そう言って横になろうとする。しかし、そのタイミングで姫がとんでもない事を言ってきた。
「あ、そう言えばお父さんから『良ければ一緒に食事でもどうか』って伝言を預かってたんだった。ね、どうする?」
「お父さん…国王陛下ですか」
「うん。何でも『兵士たちを治してくれた礼がしたい』ってさ」
如月は顎に手を当てて考える。正直、ぶっ続けの治療に加えて姫との会話でかなりヘトヘトだ。拒否権があるのなら是非とも断りたいところ。
ーーーしかし、如月の『目的』を考えると、ここで国王に会っておくべきだ。
当然、選ぶべき選択肢は決まっている。
「分かりました。では、身支度を整えてから伺うとお伝え下さい」
「任せて!」
姫は元気いっぱいに部屋を出ていく。どこからあんなエネルギーが湧いてくるのだろうか。ほんの少しでいいから分けて欲しいものだ。
「さて、と。着替えますか」
いくつかの服の中から最も良さそうな物を探し、着替える。それと同時に、部屋の扉が開き秘書らしき女性が入ってきた。
「如月様、お食事の準備が出来ました。どうぞこちらへ」
「あ、はい」
女性の後に続いて廊下を渡り、ある一室の前に案内される。
扉をノックし、返事を待つ。
「入っていいよ。鍵は空いているから」
「失礼します」
扉を開き、まずは一礼。
「お初にお目にかかります国王陛下。僕はーーー」
「ハッハッハ、そんなに畏まらなくてもいいよ。今日は無礼講みたいなものだ」
国王はやや肥満体型の、愛嬌のある男だった。
「そう言われましても、僕はしがない旅人ですので」
「君は英雄だ。なにせこの国の大切な国民を、見返りもなしに助けてくれたんだからね。英雄と国王、立場は似たような物だ。気兼ねしなくていいよ」
そこまで砕けた調子で言われては、畏まる方が却って失礼というものである。
「分かりました」
そう言って席に着く。本来であれば国王から着席の許可を貰うまで待つべきなのだろうが、そんな事をしても向こうは喜ばないだろう。
「それにしても、君は凄いな。国から国へと渡り歩いているだなんて」
「ただ、一生懸命生きようともがいているだけですよ。そんな大それた事ではありません」
「ハッハッハ、君は謙虚な人だね。どうだ、ワインでも。異国の人間が運んできた、珍しい酒でね」
「有り難くいただきます」
給仕が如月のグラスにワインを注ぐ。如月はそれを恭しく受け取り、ワインを一口飲んだ。
「それにしても、負傷していた兵士たちを治してくれたそうだね。いやはや、何とお礼を言えばいいやら」
「いえ、僕にとっては毎日の習慣のような物ですので。むしろ僕の方が感謝したいくらいですよ」
それは正直な気持ちだ。
いくらスキルがあるとは言え、実際に外科手術を行うのは如月自身。故に自身の技術が衰えれば当然失敗確率が上がるし、効率も落ちる。
特に大きな手術になればなるほど、一瞬の狂いは大きな負担となってしまう。そのため、絶対に感覚は鈍らせられない。
もし出来るなら毎日手術を行いたいほどだ。
それからしばらく、国王と雑談に興じる。国王は娘同様、如月の旅人生活に興味を示していた。ここら辺は親子似ているな、と思いながら如月は面白おかしく話を進める。
やがて場が暖まってきた所で、如月は本題に切り出す。
「ところで国王、お尋ねしたいことがあるのですが」
「何だい?」
如月はポケットから折り畳まれた紙を取り出す。そこには、ある人間の顔が書かれていた。
「この人に見覚えはありますか?」
この紙は、アラギがくれた人物画だ。
『人を探して欲しい。顔や細かい情報はそこに乗っている。手段は問わない』
それが、如月が『黒百鬼の死神』の情報を得る代わりに請け負った依頼だ。
国王は紙を数秒、じっと見つめる。そして残念そうに首を振った。
「いや、すまないが分からないな。力になれなくて申し訳ない」
「いえ、駄目で元々ですから。それよりこのワイン美味しいですね、どこのですか?」
空手と見るやすぐさま話を切り替え、和やかな空気に戻していく。あまり深掘りして変な印象をつけたくない。
食事も終わり、二人の会話も一区切りついた所で食事会はお開きとなる。
「それでは、僕はこれで」
「ああ、今日は楽しかったよ。ありがとう如月くん。国を出る時は一度声をかけてくれ。土産をたくさん持たせよう」
「ありがとうございます」
頭を下げ、如月は宿屋に戻った。部屋に戻った途端、疲れがドッと襲ってくる。
「はぁ…疲れた。こんな疲れは先輩に付き合わされて一日に15本の手術の助手をやらされた時以来だ……」
疲れた体を労りながらもスキル【究極医術】でお湯と巨大な箱を生成し、簡易的な風呂を作り出す。ささやかな入浴を終えて如月が寝間着に着替えていると、何かが振動する音が聞こえてきた。
「ん?」
例えるなら携帯のバイブレーション。荷物の中を探してみるも、そのような物は見当たらない。
「何だろう……携帯はあるけど電話なんか出来ませんし…あ」
ふと思い当たる節があり、床に投げ出された白衣のポケットを探る。ポケットから取り出したのは伝導石。先日露店で買った、遠くの相手と通信できるすぐれた石だ。
伝導石に魔力を流し込み、耳に当てる。
「はい、もしもし」
『・・・私』
電話の相手は、ジャンヌという偽名で呼ばれていた銀髪の少女だった。てっきりアラギが状況が進展したかどうかを知るために掛けてきたと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
「お久しぶりですジャンヌさん。お変わりないですか?」
『・・・平気。そっちは?』
「僕も変わりないです。それで、どのようなご用件ですか?」
彼女が掛けてきたということは、先日の発言の件だろうか。
『・・・彼の、体について』
如月の予想通りだった。如月は当時の状況を振り返る。
ーーーいいですか、ジャンヌさん。
ーーーこのまま戦い続ければ、死神君は。
ーーーあと三ヶ月もしない内に死にます。
如月の余命宣告に、少女はしばし呆然としていた。やがて何かを言おうと口を開くが、パクパクと動くだけでそこから声が発せられることはなかった。
「まあ、こんな事を急に言われても困るでしょう。少し、落ち着く時間が必要なはずです」
そう言って如月は、自身の伝導石を振って見せる。
「落ち着いたら、連絡をください。死神君の容態について、しっかり説明しますから」
…………………
こうして伝導石で通話して来ていると言うことは、話を聞く心の準備が整ったのだろう。ならば、如月が言うことは唯一つ。
『黒百鬼の死神』の状態を、彼女に伝える。それが医者としての仕事だ。
「では、話していきましょうか…と、その前に」
『・・・何?』
「死神君やアラギ君は近くに居ませんか? 近くに居て会話を聞かれると厄介ですので」
アラギに関しては情報を全て渡しているために会話を聞かれていても問題は無いのだが、ここで名前を出さないと変な疑いを持たれてしまう恐れがある。
『・・・大丈夫。アラギは離れた所で見張り中。彼は今、私の横で寝てる』
「死神君が目を覚ます可能性は?」
『・・・多分大丈夫。彼、足腰立たないくらい疲れてたから』
「は、はあ」
『・・・たった三回戦で、終わり』
何やら聞きたくない情報まで聞いてしまったようだ。二、三回咳払いをして、仕切り直す。
「で、では、死神君の現状について説明していきましょうか。出来るだけ分かりやすく説明していきますが、もし分からない点がございましたら随時仰ってください」
『・・・ん』
「簡潔に、かつ比喩的に彼を表現するとですねーーー」
如月はそこで、一旦言葉を切る。
「『ゾンビ』ですね」
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