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孤児殺害編②

ストックが尽きるまで毎日投稿です。

それ以降は・・・不明です。

 見ると、少年がジレンの背中にしがみついていた。彼の小柄な体はガタガタと震えており、明らかに怖がっているのが見て取れた。


「ど、どうしたの? 大丈夫⁈」


「あ、あ、あの人、何か怖い。ちょっとの間でいいから匿って」


 そう言って、何かを探している青年を指さす少年。何が何だかは分からないが、目の前で怯えている人が居るのに放ってはおけない。ジレンは青年と少女から少年の姿を隠すように前に出る。少年を背にかばったまま歩き続けていると、やがて青年たちは諦めたのか、「他の場所探すか」と言いながらどこかへ行ってしまった。


「何だったんだろう、今の人…って大丈夫⁉」


「はふう……」


 いつの間にか、少年は女の子座りで地面に座っていた。膝が笑って立てないのか、ガクガクと震えている。


「怖かった。見つかるかと思って――――」


「あの、大丈夫? 手、貸そうか?」


 ジレンは手を差し出す。少年は「ありがとう」と返しながら差し出された手を取り、膝をガクガクとさせながらも立ち上がった。


「今の人、そんなに怖かった?」


「うん、ちょっとね。ごめんね、巻き込んじゃって」


 少年がペコリと頭を下げ、誤ってくる。ジレンはいいよと手を振ると、馬小屋に向かった。

 馬小屋に着くと、少年は「うっ」と顔をしかめた。


「どうかしたの?」


「いや、ちょっと匂いが凄いなって…大丈夫なの?」


「僕? ああ、最初の方は辛かったけど、今は慣れたから大丈夫かな」


 馬の匂い、そして何より馬糞の匂いはジレンも始めは辟易したものだ。だが人間の慣れと言うものは恐ろしいもので、いつしか匂いは気にならなくなっていた。


「僕に割り当てられた場所はそこだから。隣が空いてるから使っていいよ」


「う、うん」


 少年はまだここで寝るのを躊躇っていたようだが、ジレンが横になったのを見て諦めたように横になる。しばらくの間、沈黙が続く。


「…ねえ」


「ん?」


 ようやく眠りに落ちそうになったちょうどその時、少年が声を掛けてきた。やはり眠れなかっただろうか。

 しかし、少年の質問は違う物だった。


「こんな生活、いつから続けてるの?」


「そうだな…物心付いてからちょっとしたら、かな」


 ジレンは過去を思い返す。


「僕、生まれてからすぐに両親に捨てられたんだ。それから数年間は孤児院で育てられてたんだけどさ、この不況の時代だから孤児院が潰れちゃって。それからは日雇いの暮らしでずっと暮らしてるかな」


 少年が息を呑む音が聞こえてくる。


「そんな過去が…」


「君はここに来る前はどうだったの?」


 驚いている少年に、ジレンは何気なく聞いた。ジレンはこの国から出た事はない。だから、知ってみたかったのだ。

 ここの外の国がどうなっているのかを。


「僕の居た国は…」


 少年は返答しようとして、言葉を詰まらせた。やがて、途切れ途切れの呟きが返ってくる。


「…ごめん。まだ、言えない。君を巻き込みたくないから」


 その声は、どこか悲痛に歪んでいた。ジレンはその声を聞いて、触れてはいけない話題だと悟る。そんな重く苦しい話など、貧民街をうろつけば腐るほど出てくる。


「そっか。でも、話したくなったら言ってね。僕でよければいつでも話を聞くからさ」


 ジレンが優しく声を掛けると、少年は少し涙ぐんだ声で「ありがとう」と言った。


「それじゃあ、もう寝ようか。明日も早いし」


「う、うん。そうだね」


 ジレンはそこまで言うと、グラリと横になった。すると、すぐに睡魔が襲い掛かって来た。

そのままいつもの如く、深い眠りに落ちた。







 それから数日は、何事もなく過ぎた。

 少年はだんだん仕事に慣れてきたようで、少しずつ親方に怒られる回数も減って来た。更に体力には自信があるようで、ジレンが運ぶ予定だった物を運んでくれる事もあった。


 仕事に慣れる内に名前を呼ぶのに困ったので名前を聞くと、


「サラでいいよ」


 と言っていたので、サラと呼ぶことにした。

 その日もジレンはサラと共に昼食を食べ、午後の仕事を行おうとしていた。


「さあ、残り半分も頑張ろう!」


 そう自分を叱咤激励し、ジレンは砂袋を運ぼうと手を伸ばす。しかし足元に小石でもあったのだろうか、ジレンは躓いて転んでしまう。


「うわっ!」


「おいジレン何やってんだ! もっとしっかりやれ!」


 現場監督からの怒声が飛ぶ。ジレンは「す、すみません!」と慌てて謝ると、砂袋を取ろうと手を伸ばした。しかし、膝からの痛みに顔をしかめる。


「痛た…」


 見ると、膝小僧を擦り剥き、血が流れていた。転んだ面積が広かったためか、怪我を負っている範囲は大きい。


「大丈夫?」


 ジレンの転倒に気が付いたのか、サラが駆け寄ってくる。ジレンはそれを手で制し、砂袋を持ち上げた。


「大丈夫。このくらい唾を付けておけば治るよ」


「だ、駄目だよ。このままじゃばい菌が入っちゃう。早く治療しないと!」


「でも、回復する道具なんてどこにもないよ。どうするのさ」


「えっと…」


 サラは少し悩んでいたが、現場監督からの「おいそこ、何やってんだ!」という怒声に当てられ、焦ってしまう。


「え、えっと、じゃあこっちに来て!」


 サラがジレンの手を引く。連れて来られたのは、現場監督からは死角になった路地。


「ちょっと待っててね」


 サラはそう言うと、ジレンの膝に指で触れながら何やら不思議な言葉を唱えた。すると、ジレンの膝が淡い光に包まれ、怪我がみるみる内に治っていく。更に、ジレンの身体に蓄積していた疲労も、怪我の治りと並行して消え去っていく。


「な、何これ…」


 ジレンは目を丸くする。そんな彼に、サラはやや焦った口調で告げた。


「こ、この事は内緒にしておいてね。他の人に知られたら大変だから」


 だが、ジレンは聞いていない。疲れが取れた事に驚きながらもピョンピョンと飛び跳ね、自分の体調を確認している。やがて、思い出したかのようにサラの方に向き直る。


「凄いね! サラ、まるで魔法使いみたいだ!」


「ま、魔法使い…」


 褒めたジレンの言葉に、しかしサラは表情を険しくした。そして、念を押すようにもう一度ジレンに告げる。


「い、いい? この事は他の人には内緒に――――」


「おいジレンとサラはどこに行った! 逃げたりしたらただじゃおかねえぞ!」


「ひゃん!」


「は、はい、ここに居ます!」


 現場監督の怒号にサラは震え、ジレンは慌てて物陰から飛び出した。サラが何を言っていたのかは気になるが、今はそんな事よりも現場監督に怒られる方が怖い。


 拳骨を一発もらって、仕事を再開。現場監督から罰として仕事の量を二倍に増やされたが、ジレンは楽々こなしていく。驚いた他の男たちが、ジレンに聞く。


「何だジレン、やけに仕事が早いじゃないか」


「えへへ、さっきサラに怪我を治してもらった時から身体の調子が良くて!」


 ジレンが照れたように頭を掻くと、男たちの視線がサラに向く。サラは慌ててフードをかぶり直し、こそこそと隠れるように逃げようとした。しかし、視線のスポットライトは彼女を逃してはくれない。


「サラ? あのちっこいのが何かしたのか?」


「はい。なんかサラが呟いたら、体力が回復して!」


「ちょ、ちょっとジレン、それは言わないでってあれほど――――」


 サラが慌てるが、既に遅い。疑いの視線を向けながら、男達がサラを取り囲んだ。その中の一人、労働者の中でも群を抜いて屈強な男が、サラに向かって手を突き出す。


「それは面白そうだな。おいサラ、俺達にもそれやってくれよ」


「え、えっと、その…」


 サラは躊躇っていたが、男の「速くしろ」という低い声での頼みに、ブルブルと震えながら手を差し出した。もはや脅しだが、止められる者はいない。


「じゃ、じゃあ、やりますね」


 サラは男の腕を両手で触れると、理解不能な言語を呟いた。すると男の腕から淡い光が迸り、男が歓喜の声を上げる。


「おお、何だこれ! 力が漲って来るぞ!」


 サラが男の腕から手を離すと、男は自分の健康具合を証明するかのように腕をグルグルと回した。他の労働者達はポカンと口を開けていたが、すぐにサラの実力に気が付き彼女の周りに群がった。


「お、俺にも頼むわ!」


「俺も俺も!」


「そ、そんな…」


 サラは二、三歩後ずさるが、労働者たちはジリジリと迫ってくる。サラは一瞬顔を伏せると、労働者全員の腕に触れ、治療を始めた。ジレンがその様子を遠巻きに眺めていると、肩に手が置かれた。


「サラの奴、まさか魔法が使えたとはな。おいジレン、どうして今までその事を言わなかった」


 いつの間にか現場監督がジレンの隣に立っている。怒っていなくてもその体格は充分に迫力がある。


「魔法って…何ですか?」


「お前、魔法も知らないのか? …ってまあ、ずっとこんな場所に居たら無理も無いか」


 現場監督は呆れたように息を吐くと、サラを目線で示した。


「昔っから魔族と一部の人間が使える、摩訶不思議な物だよ。原理は知らねえが、とにかくあらゆる事が出来るらしい。火を起こしたり水を起こすの何か朝飯前、凄い奴なんか時間や空間を操るって噂だ。まあ人間で使えるのは希少だから、それこそこんな貧民街に居たらすぐに王国から呼び出しが掛かって一生安定した地位を得るだろうな」


「へえ…」


 そんな有名人が、どうしてこんな所に居るのだろう。ジレンはそんな事が気になり、後で聞こうと心に決めた。









 その日の夜。

 ジレンの隣に横になったサラに、ジレンは思い切って聞いてみようとした。

 どうして魔法が使えるのにこんな所に居るのか、と。


「ねえ、サラ――――」


 しかしその声は、外から聞こえてくる声に遮られた。


「おい、本当にこの近くで合ってるのか?」


「・・・間違いない。魔力の残滓と情報から考えて、正しい」


 この前の青年と少女の声だ。サラの指先がビクッ、と震える。


「今日の昼間、ここら辺の貧民街において回復魔法の反応を確認。気になって聞き込み調査を行った所、一人の子供が使ったという報告が入った。…こんな情報で信じられるのか?」


「・・・大丈夫。例え情報が間違いでも、私の感覚は逃さない」


「そいつは頼もしいこって」


 青年の返事が終わると同時、会話が止む。少しの間、ザッ、ザッという土を踏む音だけが聞こえて来た。


「サラ…」


 ジレンは近くに居るであろうサラを手探りで探し、その手を掴んだ。サラの手は冷え冷えとしていて、小刻みに震えていた。


「ジレン…」


「大丈夫。僕が付いてるから。僕が居る限り、君を傷つけさせはしない」


 サラの手を両手で包み込み、ジレンはしっかりと告げる。その間にも足音は続き、やがてそれはジレン達の居る馬小屋に近づいて来る。


「寝床を借りる金もない奴らは馬小屋で寝るらしいな。念のため見ておくか」


 少しずつ、少しずつだが足音がこちらに近づいて来る。ジレンはサラの手をグッと握った。まずい、このままでは見つかってしまう。


 焦りが全身を支配して、まともな判断が出来なくなっていく。ジレンがどうにか切り抜ける方法を必死に模索していたその時、どこからか地響きのような物音が聞こえて来た。


「何だ?」


「・・・誰かが超広範囲魔法を放った。空気中の残滓が乱れて、これ以上の標的の補足はたぶん無理」


 どうやら誰かが魔法を放ったおかげで、こちらを見つける術がなくなったらしい。だがまだ安心はできない。ジレンは身を強張らせた。


「でも顔が分かれば十分だろ? それで補足出来るんじゃねえか?」


「・・・出来るけど、今は無理。というか、さっき魔法を放った敵は私たちの事を狙ってる。このままじゃ先手を突いて殺られる」


 淡々と答える少女の声に、青年はどこか楽しそうに答える。


「マジかよ。じゃあ仕方ないな。一旦ここは諦めて、後日また来ることにするぞ。ひとまず今はその喧嘩を売りに来た奴と血祭りだ。おい、いつ戦闘になってもいいように事前詠唱しておけ」


「・・・了解。国もろとも焼き尽くせる規模の魔法を事前詠唱しておく」


「いや、そこまではしなくていい。と言うかそれやったら真っ先に俺が死ぬ」


 そして、二人分の足音が遠ざかっていく。ジレンはホッと息を吐きながら掴んでいたサラの手を緩める。同時に、自分の身体も震えている事に気が付いた。


「何だったんだ、あの男…」


 特にこれと言って威圧感など感じない。声のトーンのみで言うのなら、現場監督の方が百倍怖い。だが、あの青年にはどこか底知れぬ何かを感じる。例えるなら蛇だろうか。一度食らいついたら、死ぬまで離されないような奇妙な違和感がジレンの奥底から湧き上がってきていた。


「あの人…仲間を…」


 サラが何かをうわ言のように呟いている。ジレンは我に返り、咄嗟に彼女の手を軽く握った。


「ぼ、僕でよければ力になる。だから僕に出来る事があったら言って。絶対に君の力になってみせる」


 そう言うと、サラのうわ言は僅かに止んだ。そして手のひらを返し、ジレンの重ねた手を握り返してくる。


「…ありがと、ジレン」


「う、うん」


 サラの手から伝わる温もりを感じながら、ジレンはその日も眠りについた。

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うーん、この少年。死すべし?
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