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医者の一人旅編②

 目に付いた宿屋で一晩を明かし、如月は目を覚ます。大きく伸びをして寝巻代わりに使っていたガウンを脱ぐと、テーブルの上に丁寧に折り畳んでおいた白衣をシャツの上から着こむ。


 白衣を着るのは、一種のプラシーボ効果だ。白衣を着る事で自分が医者であるという自負を持つようになる。その為、如月はよほどのことがない限り起きている間は常に白衣を着るようにしていた。


 とりあえず国でも見て回ろうかと思い、外に出る。石畳の道には人がにぎわい、老若男女様々な人が歩いていた。皆怪我一つなく生き生きと動いていて、見ていてこちらの頬も緩んでくる。


 しばらくそんな活気のある人々を歩きながらのんびりと眺めていると、


「わー、ちょっと退いて退いてー!」


 そんな声が、前方から聞こえてきた。


「?」


 如月が前方に目を向けると、豪華な身なりをした少女が、何やら慌てた様子でこちらに向かって走って来ていた。


「退いて! 退いて! 今忙しいの! あ、ちょっとそこのアンタ! 道を開けなさい!」


 偉そうな口調で、少女が如月を指さしてくれる。どうやら『そこのアンタ』とは如月の事らしい。直線で走っているだけならば人を退かさなくても自分がよければいいだけなのではないかと思うが、争いを極力避けたい体質の如月は静かに道を譲る。


「どうぞ」


「ありがと! これで逃げ切れーーーーあっ!」


 如月の目の前で、少女が派手にスッ転ぶ。かなりのスピードで走っていた為だろう、倒れた態勢からズザザザザ! と少女は数メートル滑ってしまう。


「あらら…」


 石畳とはいえ、あのスピードで滑れば擦り傷は避けられないだろう。如月は地面に片膝を突き、少女を助け出そうとする。


「大丈夫ですか、お怪我はーーーー」


「姫!」


 少女の体を揺すって起こそうとしたその時、前方から甲冑を来た男たちが数名、少女と如月を取り囲んだ。服装から見て、十中八九城の衛兵だろう。その中でもひときわ大きい男が、少女に向かって告げる。


「姫! お勉強の時間です。大人しく王宮に戻ってください!」


 その言葉に、姫と呼ばれた少女はバッと跳ね起きる。


「嫌よ! 私は世界を見て回りたいの。勉強なんてごめんよ!」


「我が儘を言わないでください! これで何回目ですか⁉ いい加減にしてください!」


「勉強なんかしなくたって生きていけるもん!」


「姫は将来、国を背負って立つお立場です。そんな貴方が、最低限の教育さえままならないなんてことはあってはなりません!」


「私はっ………!」


 二人の口論が白熱していく。やがて業を煮やしたのか、衛兵が姫の腕を掴んで強引に立ち上がらせようとする。姫は抵抗するが、屈強な男に年端もいかない少女が勝てるはずもなく、呆気なく立ち上がらされる。


「さあ、速く王宮へ。先生が待っていますよ」


「痛い! 離してよ!」


 腕を掴まれた姫は必死にもがく。そんな彼女の膝から血が流れているのを、如月は見逃さなかった。先ほど転んだ際に出来た物だろう。擦りむいたにしては割と大きな怪我だ。


「ちょっと、すみません」


 同時、如月は動いていた。怪我人を前にして動かない事など、彼にはとてもできなかった。姫の足元に屈みこむと、怪我の具合を調べる。


「な、何だお前は⁉」


「通りすがりの医者です。身分の違いは承知していますが、怪我を治療するだけなのでお許しください。あ、ちょっと染みますよ」


 有無を言わさず空間からアルコールを出現させ、姫の膝に垂らす。アルコールが染みたのか、姫は痛そうに叫び足をバタバタと振り回す。


「痛い!」


 バタバタと振った足が如月の顔に直撃(クリーンヒット)するが、如月は意に介さない。ハンカチでアルコールを丁寧に拭き取ると、空間から大きめの絆創膏を取りだし貼り付ける。


 ここまでの時間、僅か20秒。衛兵が呆気に取られている中、如月は立ち上がって頭を深々と下げた。


「終わりました。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」


 そこでようやく衛兵たちが我に返ったのか、如月に詰め寄る。


「か、勝手に治療など……別に頼んでいないぞ!」


「いえ、僕が勝手にやった事です。すみません、職業病のような物でして……」


 これが自分の中の最もたる短所だろうと、如月は思っている。怪我人、病人を前にするとつい治療したくなってしまう。入院中など治療の予定があるならいいが、目の前で事故が起ころうものなら自分を抑えられなくなる。


 頼まれてもいない緊急治療を勝手に行って、勤め先への遅刻を繰り返していたのは苦い思い出だ。


「む、むぅ…職業病か、なら仕方ないか……別にこちらが何か被害に遭った訳ではないし……」


 どうやら衛兵たちは理解があるようで、如月の行動を仕方ないと思ってくれたようだ。如月はもう一度頭を下げる。


「ありがとうございます。では、これで僕は失礼します」


 そう言って踵を返す。すると後ろから「待ちなさい!」と声が掛けられる。振り返ると、衛兵の拘束から逃れた姫が腕を組んで、こちらを見ていた。


「貴方、変わった格好をしてるわね。よその国から来たの?」


「え? ええ、まあ。あちこちの国をフラフラとしている風来坊ですが……」


 その言葉に、姫はパッと顔を輝かせた。


「それって、旅人って事よね? そうよね?」


「え、ええ。一応そうなりますね」


 テンションが上がっている姫に、如月はやや引き気味に答える。


「なら、ちょっと話を聞かせて頂戴! 私、旅人から旅の話を聞くの大好きなのよ! ね! 怪我の治療をしてくれたお礼も兼ねて、ね!」


「し、しかし姫様……」


「黙ってて! これは姫からの命令よ! 刃向かったら処刑よ!」 


 無茶苦茶な事を言いだす姫。しかし、身分が身分であるだけに笑えない。


「……分かりました。ですが勉強は受けてもらいますので、王宮に向かいましょう。そこの方。同行願えるか?」


 諦めたように、衛兵が如月に言う。ここで断る事など出来るはずもなく、如月は頷いた。






 王宮に案内された如月は、応接間でしばらく待たされる事となった。


 理由は簡単。王宮に着くなり、姫が教師に引きずられて行ったからだ。姫は最後まで抵抗していたが、やはり一刻の王女様とは言えただの小娘。襟首を掴まれ、文字通りズルズルと引きずられて行ってしまった。


 姫の勉強が終わるまでの間、如月は応接間で待たされる事となった。別に待つのは嫌いではないため、気楽に待つ事にする。如月は応接間の内装を見回す。


 辺り一面が煌びやかな宝石で彩られた、豪華な内装だ。そう言えば魔族は宝石の類を好んで集めているのだったか。ならばこの無数の宝石は装飾目的と言うよりも幾度となく魔族を倒してきた勲章のような物なのかもしれない。


(………そう言えば死神君は、宝石の類を身に付けていなかったな)


 ふと、先日別れた青年の事を思い出す。『黒百鬼の死神』などと言う不名誉な称号で呼ばれるような彼の事だ、数え切れない数の魔族を屠って来ただろう。にも拘らず、彼は宝石などの煌びやかな物をほとんど持っていなかった。


 ---そんな物よりも、魔物の臓物の方に価値を見出しそうだ。


 そんな事を如月が考えていると、応接間の扉が開いた。まだ三十分も経っていない。もう勉強が終わったのか、と一瞬思ったが、入って来たのは姫ではなく先ほどの衛兵だった。


「あ、先ほどはどうも。どうかなさいましたか?」


 立ち上がって会釈しそう声を掛けると、衛兵はばつが悪そうな顔になった。


「……姫様の勉強は、あと1時間は掛かるそうだ。出来具合によってはもっと掛かるとかーーー姫様の頭が悪く、大変申し訳ない」


「構いませんよ。待つのは苦ではないので」


 そう言うが、衛兵はまだ悩んだ表情をしている。促す事なく静かに続きを待っていると、衛兵は重々しく口を開いた。


「如月と言ったな。先ほどの姫様の治療、実に手際のよい物だった。そこで、その治療の腕を見込んで頼みがあるのだ。実はこの国、魔族の侵攻がたびたび行われていてな。その度に我が王国騎士団が戦うんだが、消耗の割に回復魔法を使える物が少なく、約半数が重症を負ったまま生活している現状なのだ。それでーーー」


「僕が治療をする、ですか?」


 衛兵は苦々しく、無言で頷いた。如月は迷わず即答。


「是非やらせてください。場所は何処ですか?」







 回復魔法。


 使えば対象の怪我、病気を一瞬で回復させる事が出来る優れもの。怪我の具合に比例して消費する魔力は多くなっていくが、それを差し引いても充分すぎる魔法だ。


 こんな万能魔法があれば、当然医者など要らなくなる。その為この世界に医者と言った概念は存在せず、代わりとして『回復術師』や『修道女』と言う概念があるのだ。そこら辺は一時期やっていたRPGによく似ている。

 

 如月の中にも魔力はあるので、一応回復魔法を使う事は出来る。魔力の容量はさほど多くないが、それでも数人を完治させる事は出来るだろう。


 更に言ってしまえば、如月が持っているチート能力『究極医術』を用いれば、怪我を一瞬で回復させられる錠剤を創り出すことが出来るだろう。医療に関するあらゆる物を制限なしに産み出す事が出来る能力。こんな能力が日本社会にあったら間違いなく全病院が倒産の危機に陥っているだろう。


 しかし、如月は魔法も『怪我を即座に回復させられる錠剤』も使うつもりはなかった。魔法は使わず、『究極医術』の関与は最小限。自分の手で治していける物があればどんどん治していく。


 そんな事は、間違いなく非効率的だろう。怪我や病気が一瞬で治るのならその方がいいに決まっているし、一人一人に掛ける時間が大幅に変わってくる。そうなれば治せる患者の数も変わってくる。


 だとしても、如月は自分の手で治したかった。能力や魔法などと言った良く分からない物に頼るのではなく、自分の目で見て判断して、その上で決定を行いたかった。これは恐らく我が儘なのだろう。



 そんな我が儘な意思を貫くかのように、如月は針と糸を使って傷口の縫合を行っていた。足元には消毒された鋏やメスと言った医療器具が大きなトレイの上にズラリと並べられ、どんな病気でも治せるように万全の対策をしている。


「はい、これで終わりましたよ。ただ、一度切り離されてしまった腕は取れやすいので、無茶はし過ぎないように」


「おう! ありがとうな、兄ちゃん!」


 如月の肩をバン! と強く叩き、治療を終えた衛兵が意気揚々と帰っていく。休む間もなく次の患者がやって来る。如月は空間から新しい針と糸、そして麻酔を取りだすと、額の汗を拭いながら次の縫合に移った。


 これで十五件目。泣き言一つ言う事なく如月は治療を続けていた。傷口があれば縫合し、悪性腫瘍があれば手術で取り除き、精神的に追い詰められているのなら真剣に向き合っていく。


 如月の本業は外科医だが、医者が一人しか居ない状況下で専門外だの何だのと言っていられない。『究極医術』と培ってきた経験を活かして、衛兵たち一人一人の病気に対処していく。


 

 『黒百鬼の死神』が武器を握るように、如月信也はメスを握る。


 前者は人を殺すために、後者は人を救うために。


  








 

 


 






 

 





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