秘密の集落編①
血の匂いと異臭が立ち込めていた。
地面の上には、複数の魔族の死体が転がっていた。どれもこれも執拗に顔面を潰され、体の至る所から血を流している。
その中の一角、積み上げられた死体の上に、一人の青年が座っていた。返り血が付着した真っ黒なコートを羽織り、顔には魔族を殺した際に浴びたであろう血がべったりと付いている。手にはノコギリと金槌を持ち、やや疲れた様子で空を夜空を眺めていた。
「・・・薪になりそうな物、持ってきた」
青年が声のした方を向くと、銀髪の少女が両手いっぱいに薪を持って青年の方にやって来ていた。道中、魔物の死体を幾つか踏みつけていくがさして気に留めていない。
「おう、サンキュー。じゃあ火を点けといてくれ」
青年はよいしょ、と死体の山から立ち上がる。腰に巻いたベルトの隙間に金槌とノコギリを指し込み、近くの石に腰かけて見張りをしていた男に声を掛けた。
「おい、アラギ。一旦飯にしようぜ」
青年の言葉に、アラギは無言で腰かけていた石から立ち上がる。そして辺りに散らばった魔物の死体を見て顔をしかめた。もう少し綺麗に片づけられなかったのか、と言いたげだ。
「これでも頑張った方だ。その証拠に見ろ、誰も体から臓器を出してない」
魔法とは違い、物理攻撃で戦う青年は必然的に相手を撲殺、惨殺する事になる。そうなれば体に空いた穴から臓器が出る事も多々あるのだが、今回はそれが無いように工夫したのだ。
「それに醜い面を拝まないように、顔面を潰したんだぜ? これで食事もしやすくなっただろ」
「死体があるという前提の時点で食欲が失せそうな物だけどな」
アラギの至極当たり前のツッコミに、青年は肩をすくめる。そんな事を言われても彼にはどうしようもない。
「でも、お前は死体を見慣れてるだろ? だったら別にいいじゃねぇか」
「そう言う問題じゃない。死体を見ながら食事をすると言う光景を当たり前だと思いたくないだけだ。そうせざるを得ない時は我慢するが、進んでしたい物ではない」
しばらく接していると分かるがこのアラギと言う男、実はかなり常識人だったりする。抜刀術の腕といい結界術師としての腕といい異常なのに、なぜ感性だけ正常なのか謎だ。
二人で少女の元へ戻ると、少女は既に火を起こして肉を焼いていた。パチパチと火の爆ぜる音が心地よく耳に届く。
青年は先程座っていた魔物の死体の上に座り、アラギは何処かから大きめの岩を持ってきて椅子がわりにする。
「それにしても、この辺りは魔物が多いな。近くに巣でもあるのかね?」
「・・・魔力に反応がある。多分、大きな巣がある」
少女が明後日の方向を向きながら答える。恐らく彼女は今魔力の流れを辿っているのだろう、ならば彼女が向いている方向に魔物達の巣があるはずだ。
「やっぱりか。まあ襲ってこない限りは放っておくけど」
このまま巣を放置しておけば、この辺りを通る人が襲われる事になるだろう。人類の事を考えるなら、ここは是が非でも魔物を皆殺しにしておくべきだ。都合のいい事に青年には二人の超強力な仲間が付いており、やろうと思えば無傷で巣を掃討できる。
だが、そんな事はしない。覚悟のない人間が何人死のうが青年にとっては痛くも痒くもないし、最悪人類が滅んでも「そうですか」で済ますだろう。青年が誰かの為に動くことはない。
「あ、そう言えばこんな物があったな」
ユラユラと不規則に揺れる火を眺めていた青年は懐を探る。取りだしたのは消毒された布に包まれた、分厚い本くらいの大きさの塊だ。青年は丁寧に布を剥がしていく。
「如月が居る最中は食えなかったからな。ようやく食べられる」
布を剥がすと、それは肉の塊だった。肉の塊をナイフで小さく切って口に入れる。
「やっぱり旨いな。何十時間も掛けて処理した甲斐があった」
「・・・何の肉?」
興味深そうに顔を近づける少女の口に肉を一切れ放り込み、青年も肉を一口齧る。
「たくさん生息するのに、ほとんどの人間が食った事のない肉だ」
「・・・なぞなぞ?」
首を傾げる少女とは対照的に、アラギは気持ちの悪い物を見るような目で青年を見てくる。
「まさか、好んで食べる人間が身近に居るとは思わなかった」
「そう言うなよ。知ってるだろ? これ結構処理が大変なんだよ。しかも燻製だぜ? 物凄く手間が掛かった有り難い食べ物だ」
この燻製肉は、本来ならば食べただけで死んでしまう。肉の中で含まれている因子が人間にとってとてつもなく有害だからだ。しかしこの世界で独自に作りだされた薬や調味料を組み合わせる事で、中の因子を殺す事に成功した学者が居た。
その学者から青年はレシピを買い受け、ようやくこの肉を食べられるようにしたのだ。
「そんな物を食べるのはヤク中のお前くらいしか居ないけどな」
「俺が薬物を使うのは痛みを抑える時だけだ。中毒者扱いしてんじゃねえ」
実際、青年だって薬物に関してだけは使いたくて使っている訳ではない。使わなければ意識が飛びそうなくらいの酷い痛みを感じた時にだけ使っているのだ。使わなければ戦えなくなる、と言う危険な事態に陥った際の手段であり常習者扱いされるのは非常に心外だったりする。
少女が再度、青年の手の中にある肉を眺める。
「・・・結局これ、何の肉なの?」
「世の中には知らない方がいい事もある」
少女の言葉をぴしゃりと刎ね付けると、青年はゴロリと横になった。
「もう寝る。朝になったら起こしてくれ」
「さりげなく見張りをサボろうとするな」
怒ったフリをして見張り番をサボろうとした青年だったが、一瞬でアラギに見抜かれてしまった。
「いいじゃねえか、一日くらい! 俺は眠いんだよ!」
「お前がその悪趣味なコートを着ているから人類と魔族の両方から狙われるんだ。全面的にお前のせいなんだよこの疫病神め」
「疫病神じゃねえ、死神だよ」
愚痴りながらも青年は体を起こす。どうやら見張りの仕事は逃れられないらしい。渋々金槌をベルトから抜いて先ほどまでアラギが腰かけていた石の上に座る。
「じゃあ、俺が最初に見張りをするからな。4時間くらいしたらどっちかを起こすから」
「・・・了解」
「しっかりやれよ。寝落ちしたら叩き斬る」
相変わらず容赦のないアラギだった。青年は巣があるであろう方角に目線を固定しながら、ブツブツと素数を数え始めた。
翌朝。何事もなく朝を迎えた三人は、そそくさと出発準備を始める。
「やっぱり見張りって言うのは睡眠不足に繋がるな。あー、フカフカのベッドの上でゆっくり眠りたい」
「まだそんな甘ったれた考えをしているのか。いつになったら現実を見られるんだお前は」
「分かってるよ、冗談だ冗談」
平和大国日本からこの世界に送られた時、青年は愕然とした。
安全に眠れなければ保証された食事もない、ゲームもなければ漫画もない。おまけに魔法も使えない。
ゲームがなくても魔法があればいいや、魔法を極めて楽しもうと思っていた青年からすれば最悪の結果だ。
毒を警戒しながら肉や野菜を食らい、魔物の嫌う匂いで身を包んで眠る。この世界に来た当初はそんな日々を送っていた物だが、慣れてしまえば案外どうと言う事はない。娯楽が少ない事さえ除けば至って快適だ。
「今度余った材料を使ってボードゲームでも作るか。出来たら遊ぼうぜ」
「・・・貴方と一緒なら、何だってやる」
「いいけどイカサマ禁止だからな」
何だかんだ乗ってくれる二人に青年は笑う。一時間程歩いた頃だろうか、三人は小さな村にたどり着いた。
「お、看板があるな。…何て書いてあるんだ?」
「・・・読めない。字が掠れてる」
とりあえず入ってみようという話になり、三人は村に足を踏み入れる。村に入ると、籠を背負ってこちらに向かってくる老人と出会った。
「おや…アンタたちは…」
「初めまして。俺達はこの辺りを通りかかったしがない旅人です。長い野宿生活の中、どうにかこの村を見つけまして……よろしければ一晩、泊めていただけますか?」
こういう時、最も役に立つのは青年だ。と言うより彼以外は使えない。人見知りがちの少女と目つきが悪く人相が悪い上にすぐに罵倒の言葉が飛びだすアラギの二人に対して、初対面の人と話す最低限のコミュニケーション能力を持っている青年は、丁寧な物腰で老人に尋ねた。
「この村に、泊まるとな」
「はい。俺達は普段野宿をしているのですが、この辺りは魔物が多いようで。毎日恐怖に震えながら眠っているんです。ですから一晩、この村で安全に眠れたら……」
青年がそんな風に交渉していると、建物から一人の若者が出てきた。黒髪で中背中肉、いかにもパッとしない若者は青年たちを見るとこちらに近づいてきた。
「こんにちは。どうされましたか?」
「ああ、村長さん。どうもこの方たちが村に泊まりたいって申して来てな。どうしたらいいか悩んでおったんじゃ」
老人の言葉に、村長と呼ばれた若者の頬が引き攣るのを青年とアラギは見逃さなかった。しかしそんな事などおくびにも出さず、青年は村長に交渉を持ちかける。
「そうなんです。一晩、一晩泊めていただけないでしょうか。もちろん相応のお礼はします」
その言葉に村長は少し考えるような仕草を見せる。しかし、すぐに首を振った。
「申し訳ありません。実は今夜は大事な祭りがありまして……村のしきたりで、村の外の人は祭りには参加できない事となっているのです」
「そうですか。それは残念です」
言いながら青年は踵を返そうとする。村長は慌ててそれを止める。
「で、ですが、祭りが始まる夕刻まではこの村に居ていただいて構いません。夜さえこの村で越さないでいただけるというのなら、我々も全力でもてなさせていただきたいと思います」
「本当ですか?」
青年の質問に、村長はニッコリと笑った。
「もちろんです。ここで出会ったのも何かの縁。ぜひこの村を堪能していってください。日が暮れるまでですけど」
日が暮れるまで、と言う言葉を念押しして、村長は去って行く。青年達は顔を見合わせた。
「だってよ。どうする?」
「もてなしてもらえると言うのなら、有り難くいただくとするか。食料も少ないから、補充できるならしておきたいしな」
「・・・ん」
全員の意見がまとまり、青年達は村に足を踏み入れる。村の外の人間が入ってくる事はさして珍しくないのか、青年達が村の中を歩いていても奇異の目で見る者は少ない。
念のため憲兵隊が居そうな詰め所もいくつか通ってみたが、誰も青年を呼び止めようとはしない。もしこれが規模の大きな町や国なら正体がバレて大変な事になりそうな物だが、その欠片すら見当たらない。
「凄いな。誰も俺を呼び止めてこないぞ」
「恐らく外部との接触を断っているんだろうな。外の情報が入って来なければ、お尋ね者の顔も分からないだろうからな」
アラギの言葉に、青年は成る程と納得する。言われてみると確かに、大都市とはかけ離れた空気がそこにあった。
都会から田舎に行った者はこんな気分なのだろうか。青年がそんな事を思っていると、集会所と思わしき建物にたどり着いた。
「ここは…」
「・・・『集会所』って書いてある」
どうやら集会所で間違いなかったらしい。ひとまずここで村の状態を探ろうと、中に入る。
「お邪魔しまーす」
言いながら中に入る。集会所は思っていたよりも広く、少し工夫すれば中で野球ができそうなくらいの面積があった。木で出来たテーブルや椅子が並び、光魔法で生み出された無数の光の玉が絶えず空中で動きまわっている。
「へえ。結構いい所だな」
ひとまず近くにあった席に座る。すると、横のテーブルから声を掛けられた。
「よぉ兄ちゃん。いい女連れてるな」
横のテーブルに目を移すと、そこにはいかにも遊んでますと言った感じの男数人が椅子に座っていた。男たちの髪色が全員違うのは、染めているのか地毛なのか。青年の居る場所からは見分けが付かない。
「ああ、いい女だろ」
男たちに対して、青年は少女の肩を掴んで引き寄せる。少女は一瞬驚くが、すぐに力を抜いて青年に体を預けてきた。
「なあ、一晩貸してくれよ。金なら出すからさ」
「悪いな、コイツは貸し出し不可なんだよ。他当たってくれ」
青年がそう言うと、男は「マジかよ振られちまった~!」と叫んで仲間とゲラゲラ笑い合う。ノリのいい奴らだな、と青年が笑っていると、詰まらなそうな顔をしたアラギと目が合った。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
「いや、ああいう連中が苦手なだけだ」
アラギの視線の先には、陽気に笑い合う男たちの姿が。そう言えばアラギはこう言うウェーイ系のノリは得意じゃなかったなと青年は思い出す。アラギは真面目だし毒を吐く事以外は人当たりもいいのだが、こう言うチャラい感じの人間はさして好きではないのだ。
「とは言ってもな、俺も別に得意じゃないぞ?」
「何言ってんだ。お前は充分話が通じているじゃないか」
「臆してないだけだ。それにこう言うのは気持ちの問題なんだよ」
「・・・気持ちの問題?」
少女の疑問に、青年は「ああ」と頷く。
「自分が最強であるという、圧倒的な自負を持てばいい。アイツらがどんな事をしようが言おうが、簡単に暴力で捻り潰せるという、強者の考え。それさえ持てばどんな相手が来ようが臆さず喋れるのさ。実際、俺はその精神を持って、暴力を実行してきた」
借りに一発で捻り潰せなかったとしても、二発目で捻り潰せばいい。それでも駄目なら不意打ちで潰せばいい。
一度敵に回したが最後、死ぬまで追い詰める。
それを実行できる能力と精神を持ち合わせているからこそ、青年はどんな相手にも怯える事なく対話できる。そしてその執念深さこそが、彼が恐れられている最も大きな理由だ。
「物凄く陰湿な考え方だな。お前の周りに人が寄り付かないのも納得が行く」
「言ってろ。誰が何を喚こうが俺の強さは揺るがねぇよ」
青年が吐き捨てるように言った時、男がこちらを向いてきた。
「兄ちゃん、何だって? 誰を捻り潰すって?」
「聞こえてたのか? 耳のいい奴だなぁ」
「ヒャッヒャッヒャッ。耳はいい方なんだよ!」
男が調子の外れた笑い方をする。それを見て、青年も似たような哄笑を行った。
「ククク。俺は見た目より強いんだよ。その気になれば国だって滅ぼせるんだぜ!」
「ヒャッヒャッ、威勢がいいねえ。そう言うの嫌いじゃないぜ!」
互いに笑い会う二人。そんな彼らを、少女とアラギは冷めた目で見つめていた。
「・・・私、貸し出されるの?」
「可能性はあるな。警戒しておいた方がいいぞ」
アラギのすぐ隣では意気投合したかのように、二人が楽しそうに笑い合っていた。
「これがこの前ヤってる最中に引っ掛かれた傷でさあ、今でも痛いんだよ」
「見ろよ。俺なんか魔物ぶっ殺した時に付いた血で全身真っ赤だぜ?」
酔ったのか、二人はついに傷の見せ合いを始めた。アラギは残念そうに顔を背ける。
どうして自分はこんな奴と一緒に居るのだろう。アラギは本格的に後悔し始めた。
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