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秘密の集落編②

 やがて、二人は互いの席に戻っていく。戻ってきた青年に、少女は冷めた目をぶつけた。


「・・・私、他の人に貸し出されるの?」


「安心しろ、丁重にお断りしてきたよ。大体俺がそんな事するわけないだろ?」


「お前ならやりかねないから心配されているんだろうが」


 仲間だというのに、随分な言われようである。青年は無言で少女の頭を撫で回した。


 しばらくしていると、入り口から黒髪黒目の若者が入って来た。先ほど村長と呼ばれていた男だ。何やら慎重な面持ちで集会所内を見回している。


「ああ、これは村長さん。奇遇ですねこんな所でお会いするなんて」


 青年が手を上げ、友好的な挨拶を行う。村長は青年達の姿を見ると、真っ直ぐに向かってきた。


「ああ、さっきの旅の方たちですか。ちょうどよかった」


「何か御用ですか?」


 とても普段笑いながら人を殺しまくっている男とは思えない程の常識人ぶった態度で、青年は問いかける。村長はそんな陽気な青年の態度に苦笑しつつも椅子に腰かけた。


「どうですか、この村は? 緑が豊かで空気が綺麗、なかなかいい所でしょう?」


「ええ、とても美しい所です。ぜひとも移住したいくらい」


 その言葉に、村長の眉がピクリと動いた。


「それは……あまりオススメできませんね。この村の人達は外からの移民者を快く思っていない節があるので。一時的な滞在ならとにかく、永住となると流石にーーーー」


「そうですか、残念ですね。ここに腰を据えて余生を過ごすのも悪くないと思っていたのですが」


 嘘つけ、と小声で呟くアラギに肘鉄砲をくらわせながら、青年は村長としばらく談笑を交わす。内容はこれと言って他愛のない物だ。村長はこちらの素性に踏み込んでこないし、青年もまたこの村の特異性について踏みこんだりしない。いわゆる世間話。


「…っと。少し喋り過ぎてしまいましたね。業務に戻らなくては」


 どのくらい話しただろうか、村長が椅子から立ち上がる。


「なかなか面白い話をありがとうございます、旅のお方。ずっとこの村に居ると外界の情報が入って来なくなってしまう物でして。たまにこうやって情報を仕入れているんですよ」


「こちらこそ、村の面白い話をありがとうございます。その地方特有の面白い話こそ、旅の醍醐味ですからね」


 青年の言葉に村長は笑みを浮かべると、その場から立ち去ろうとした。直後、何かを思い出したかのように踵を返す。


「ああ、そうだ。一つ念を押すのを忘れていました。先ほども言いましたが、この村からは夕刻までにご退去ください。村の人間のみで行う祭りがありますので」


「大丈夫ですよ」


 青年がそう言うと、村長はグイッと顔を近づけてきた。何かを疑っているかのような険しい目つきで、青年の瞳を覗き込む。


「すみません、念を押してしまって。でも貴方のからは目的の為に手段を選ばない人間の匂いがした者ですから、つい」


 その言葉に、青年はカラカラと笑った。瞳の奥に狂気の炎が映り込む。


「おや、初対面の人間にそう思われてしまうとは残念ですねぇ」


 ニヤリ、と不気味な笑いを浮かべた青年に、村長は顔を引く。


「とにかく、お願いしますよ。こちらとしても問題は起こしたくないんです」


「分かってますのでお気になさらず」


 そこでようやく村長は去って行く。残された青年がほくそ笑んでいると、横から肩を掴まれた。


「なになに、何か険悪な雰囲気だったけど。あの人と何かあったのか?」


 肩を掴んだのは、先ほど青年と笑い合った男だった。何の躊躇もなく肩を組んでくる。


「何、ちょっとした行き違いがあっただけさ。大した事じゃねぇよ」


「本当にそうかあ? 俺から見ても、お前は近いうちにデカい犯罪をやらかしそうな気がするけどな」


 もう散々やらかしてるんだけどな、とは流石に言わない。


「でもお前なら、俺達の作戦に入れてやってもいいんだけどな」


「作戦?」


 青年の疑問に、男は「ああ」と頷く。


「村長さんはああ言ったけどよ、気にならないか? 村特有の『祭り』って言うのが何なのか。秘密って言われれば言われる程知りたくなってくるんだ」


 それは人間の性だろう。隠されれば隠される程、その中身を知りたくなる。


「だからよ、俺達数人でこの村に留まって、その実態を暴いてやろうって考えたのさ。手に入れた情報は高値で売れるし、一石二鳥だ。ヒャッヒャッヒャッ、いい考えだろ?」


「そうかもな」


 こんな小さな集落の情報を欲しがって何の得があるのかと言う疑問こそあるが、ひょっとすると案外高値で売れたりするかもしれない。内容が秘匿されて居る以上、その情報の価値も不明だ。


「だろ? 兄ちゃんも一緒にーーーー」


「いや、俺はいいや」


 男の手をやんわりと払いのけ、青年は肩をすくめる。


「別に金に困ってる訳でもないしな。悪いが他当たってくれ。おいお前ら、行くぞ」


 アラギと少女を促し、そそくさと集会所から出て行く。集会所から出ると、少女が青年に体を預けてきた。


「・・・敬語使える貴方も、格好いい」


「敬意って言うのは、コミュニケーションを取るに当たって必要不可欠だ。強くなればなるほどそれを疎かにしがちだが、しっかり守らないといざって時に痛い目を見る事になる。まぁ、要らないだろとは思ってるんだけどな」


 あと歩きづらい、と青年は少女から距離を取る。少女はむぅ、と頬を膨らませると、青年に密着しようと距離を詰めてきた。そんな彼女を見ながらアラギが呟く。


「しかし、お前があの誘いを断るとはな。面白そうな事なら便乗するタイプだと思ってたんだが」


「お前は俺をどう言う人間だと思ってんだ?」


「薬物に脳をやられた精神異常者。常に人を陥れることしか考えておらず、言う事をコロコロ変えるクズ野郎」


「一つ不正解だ。俺は薬物を使う前からこんな人間だよ」


 そう言って、まるで自分の存在を誇示するかのように青年はその場でクルリと回転して見せる。その自信満々な姿は、何も知らない人間が見れば頼もしく見えるだろう。


「アラギ。お前はまだ、俺の事が良く分かってなかったみたいだな」


「オレだけに限らず、人はそこまでお前に興味がない。人はそれほど赤の他人に興味はないからな」


 他人の自分語りなんて一々聞いてられるか、とばかりにアラギはそう嘯く。相変わらず淡々とした男だと青年は再評価を下した。


「で、何の話だっけ?」


「・・・どうして、村の秘密を探らなかったのかって話」


 青年の右手に自分の左手を繋いだ少女が、ギュッと繋いだ手を握ってくる。青年はその手を握り返し、強く答えた。


「長年その場所で守られ続けてきた伝統が、文化がある。それが善法だろうが悪法だろうが関係ない。それをよそ者の俺達が土足で踏み込んで、ぶっ壊しちゃいけねぇだろ」


 どの場所にも、その場所特有のルールや掟が存在する。その大半は合理的に考えれば不要であるだろうし、余所の場所から見れば理解不能だろう。


 だがそれでも、先人たちが大切に守ってきた文化をあろうことか外の人間が破壊してはいけない。守られてきた物には守られてきただけの理由がある。それを汲んでどうするかは内部の人間が決める事。


「『郷に入っては郷に従え』って奴さ。流石に俺も村のしきたりをぶっ壊すほど狂っちゃいねぇよ」


 青年はそう言うと、楽しそうに笑った。






 そして、宣言通り青年達は日が暮れる前に村を出た。村で手作りされたという特殊な漢方薬を手土産としてもらい、何度もお礼を述べながら村から出て行く。


「まさか本当に、無抵抗で出て行ってくれるとは……揉めると思って構えていたのに」


 残された村長は、呆気に取られた様子で青年達を見送る。万が一彼らがごねた時の為に対策を3つ程立てていたのだが、その心配はなかったらしい。


「人を見る目はあると思っていたんだけどな……」


 残念そうに頭を掻く。村長として長年この村で過ごしてきたが、危険な人間を見抜く洞察力にはそれなりの自信を持っていた。この村の住人の大半は危機感が欠如している。それ故に、自分がしっかりとしなければいけないのだ。


「さて、邪魔者も消えた事ですし、祭りの準備をしなければーーーー」


 ドォォォン!


 唐突に何かが倒壊するような音がして、村長はそちらに視線を向ける。視線の先では、一軒の家屋が倒壊していた。老朽化が原因だろうか、天井がボロボロに崩れて落下していた。


「あらら、これは大変」


 村長はのんびりと呟き、さして焦った様子もなく倒壊した家屋へと向かう。轟音を聞きつけたのか、倒壊した建物の周りには大勢の野次馬が居た。彼らは村長の姿を目に止めると、左右に分かれて道を開ける。


「あらら、これは大変ですね」


 倒壊した家屋の中から、数本の腕が伸びている。恐らく脱出しようと腕を伸ばしたのだろう、残骸に隠れていてよく見えない。


「村長、どうしましょうか」


「うーん、まあ放っておいていいんじゃないですか? どうせ夜になれば解決しますし」


 その言葉に、住民たちは納得したように頷き四方八方に散っていく。


「それにしても、老朽化が原因なのかな……」


 残された村長は、顎に手を当てた。



 建物の倒壊と言うとんでもない出来事があったにも関わらず、祭りの準備は滞りなく行われた。


 月明かりが照らす中、村の全住民が集会所の前に集まっていた。人口は少ないが、集会所の面積で全員は入る事が出来ない為、こうして集会所の前に集まっているのだ。


「全員集まったみたいですね。じゃあ、始めましょうか」


 全員が集まった事を確認した村長のその言葉と同時、村長の隣に居る男が呪文を詠唱し始めた。詠唱は十数分も続くような長い物であったが、住民は一言も発さずに詠唱が終わるのをじっと待つ。


「…………念】」


 やがて、男の長い詠唱が終了する。直後、男の全身が燃え上がった。男は何かを祈るように両手を組むと、膝から地面に崩れ落ちる。


 村長は足元に置いてあった樽を手に持つと、中身を男にぶちまけた。中身は油。男の全身を焼く炎が更に勢いを増して、囂々と燃え盛っていく。

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