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復讐の女騎士編⑨

 そこで夢は途絶え、青年は目を覚ました。青々とした空が視界に映る。


「何が…」


「・・・起きた?」


 ひとまず起こった状況を確認するべく青年が頭を動かそうとしていると、少女がどこからかニュッ、と顔を出して覗き込んできた。


 突如として現れた顔に驚く青年だが、後頭部に当たる柔らかい感触ですぐに自分の置かれた状況に気が付く。少女が青年に膝枕をしているのだ。その為、彼女が覗き込むような格好になっている。


「あ、死神君起きましたか?」


 青年と少女が至近距離で見つめ合っていると、如月の声が聞こえてきた。少女は不満そうな顔で顔を離す。それと同時に如月の顔が視界に広がってくる。如月の顔を見るなり青年はニヤリと笑う。


「よぉ如月、助かったぜ。あのままだったら本当にヤバかった」


 青年の言葉に、如月は微笑とも苦笑とも取れない表情をした。


「いえ、お気になさらず……と言いたい所ですが、今回は流石に無理をし過ぎです。あと十分…いや、五分でも治療するのが遅れたら、後遺症が残っていてもおかしくなかったんですよ」


「お前にはチート能力があるだろ。それを使えば治せんじゃねぇのか?」


「多分無理でしょうね。死神君の体は異質ですから。一度治らないと判明した場所はチート能力に頼っても治らないと思いますよ。まあ、どうしても治したいなら回復魔法って言うのがあるのでそれを使えばーーーー」


 青年は鼻を鳴らした。彼は回復魔法は使わないと心に決めているのだ。


「あ、そうだ。今回治療したついでに他の危険な箇所も治しておきましたよ。特に強い薬物の服用による脳や内臓に対するダメージは酷かったので重点的に」


「おお、ありがとな」


 言われてみれば、体がやけに軽い気がする。怪我をある程度治してくれた為だろう。


「いえ、お礼には及びませんよ。患者を助けるのが僕の役目ですから」


「そりゃご立派な事で」


 青年は楽しそうに笑う。やはりブレない芯を持った男は面白い。


 沈黙の中、青年の笑いだけが響く。ひとしきり笑い終えた後、青年は目を細めた。


「…じゃあ、何で俺を売ったのか聞こうじゃねぇか」


 青年の言葉に、如月は手に持っていた聴診器を取り落とす。ゆっくりと聴診器を拾い上げ、こちらを向く如月。その顔には、罪悪感と後悔がありありと浮かんでいた。


 青年は追撃をしなかった。ここで問い詰めることは簡単だが、そんな事をする必要はないと感じたからだ。馬鹿みたいに真面目な如月はそんな事をしなくても自分から話してくれる。


「……怖かったんです」


 やがて、如月がポツリと吐き出す。


「怖かったんです、彼女の目が。殺意に満ち溢れていて、復讐の為なら何も厭わないようなどこまでもどす黒くて危険な目を……」


「だから自己保身に走ったのか?」


 青年の問いかけに、如月は首を振った。


「まさか。……怖かったのは彼女自身の事ですよ。復讐の為なら命だって平気で投げ出しそうな彼女の目を見ていると、どこかで彼女の精神が壊れてしまうのではないかと怖くて怖くてーーーー」


「だから、アイツの復讐相手である俺にけしかけさせたのか。一種の賭けだな」


 復讐相手を殺せば、確かに精神は落ち着きを見せるだろう。しかし負けた時の精神の動揺は凄まじい物になるし、そもそも勝ったとしても目的を果たした安堵感から自殺する可能性がある。


 心臓の手術にニトログリセリンを使うという話を聞いた事があるが、それと似たような物だろう。復讐相手と対峙した場合、ほんの少しでも精神が荒く揺らげば人は簡単に死ぬ。


「それでも、死神君なら何とかしてくれると思ったんです。……ナズナとの戦いの時、彼女と同じ目をしていた死神君なら。すみません……」


 申し訳なさそうに言う如月に、青年は腕を伸ばして少女の頭を撫でながら言う。


「ま、気にすんな。お前は俺とコイツを助けてくれた。その恩に比べりゃ大した事ねぇよ。俺は別に報復したくて聞き出したかったんじゃない、ただ理由を聞きたかっただけだ。だからそんなに怯えんな」


「なら最初からそう言えば良かったものを。必要以上に威圧する辺りやはり最低だな」


 そう言ったのは、近くの石に腰かけていたアラギだった。青年の角度からでは見えない為、今の今まで居た事にすら気づかなかった。


「なあ、死神。陰湿で最低なお前の事だ、どうせあの女にもわざと憎しみを抱かせるように誘導したんだろう?」


 相変わらず、アラギは余計な一言を入れてくる。指摘するだけならわざわざ陰湿だの最低だの入れなくていいのにな、と青年は心の中で舌打ちをした。


「どうしてそう思った?」


「敵の倒し方だ。一酸化炭素中毒は確かに殺し方としては有りだが、それにしては不確実すぎる。せっかく火を放っているのだから、ガソリンをトラップとして利用したり火の付いた武器で戦った方がより確実に殺せるはずだ」


 アラギの言う事は正論だ。一酸化炭素を吸っても必ず死ぬとは限らない。短期間吸うだけであれば頭痛や吐き気で済んでしまうような気体だ。相手を殺す者が使うような物ではない。


「相手を殺す事に重きを置いているお前が、それに気付かない訳がない。ならばわざとやったとしか思えない。その理由を考えた時、おのずと答えは出てくる」


 青年は諦めたように両手を上げた。


「ご名答。俺がアイツの爺さんを殺して、わざと馬鹿にする事でアイツの復讐心を煽ったんだよ」


「どうして、そんな事を……」


「なぁ如月。この世で最も人を強くする感情が何か、分かるか?」


 顔を青ざめさせる如月に、青年は狂ったような笑みを浮かべる。



「憎しみ、復讐心、殺意。この世で最も強いのは愛だの何だのと言うくだらない代物じゃない。圧倒的な負の感情なんだよ」



 愛や希望と言った感情で悪を討ち倒せるのは物語の世界だけ。


 実際にはもっとドロドロとした色濃い負の感情こそが、この世で最も強い感情だ。


 負の感情を蓄積した者は、時として途方もない行動に出る。法で裁かれる事も恐れずに人を殺し、物を奪い、己の復讐心のままに行動していく。


 それらは罪も罰も厭わない。足を止められたりしない。


「俺を殺すために、アイツはもっと強くなるだろうな。俺を殺すその一心で、より強く、より賢く。またアイツと会った時に戦うのが楽しみだなぁ」


 今後の楽しみが出来たと笑う青年に対して、如月の表情が曇る。


「その生き方……辛くないですか? 恨みを買って、いつ殺されてもおかしくなくて。それに彼女ほどではないとしても、死神君を憎んでいる人は少なくはないはずです。世界中の人間を敵に回して、それでも笑って戦って。何の能力も持ってないのに……」


「いいハンデだろ。それに雑魚相手にイキリ散らすより、自分より強い相手にイキった方が面白ぇよ」


 青年の回答に、アラギが溜め息を吐く。


「如月。患者が大事な気持ちは分かるが、コイツはこう言う奴だから気にするな。常に戦ってないと気が済まないんだよ」


「頭は使わないと鈍るから、出来れば強敵とがいいよな。頭って言うのは使えば使うほど活性化してくるからいいんだよ。どうやって相手を倒そうか考えれば考えるほど賢くなっていく」


「見ろ。こう言う特殊な思考回路を持ってるのが死神だ」


 戦いとは、本来命懸けだ。生まれた時から体を鍛え、ボディビルダーの大会で優勝できるような筋肉隆々の体型になったとしても、たった一度のミスで簡単に首と胴がお別れしてしまう事も平気である。後遺症が残れば今後の人生にも影響してくるし、捕らえられて拷問されれば心に一生傷が残る。


 それでも、青年は笑う。


 そんな物は何でもない、と言うように。


「悪知恵を尽くして相手の隙を突き、容赦なく攻撃する。これが最高に楽しいんだよ。特に自分を強いと勘違いしてる馬鹿は最高にいい」


 人差し指でトン、トンとコメカミを叩く。それを見たアラギが大きなため息を吐く。


「いい加減、その長い自分語りを辞めろ。誰も聞きたくない」


「人間いつ死ぬか分からないんだ、好きな事やって生きようじゃねぇか」


「ヤク中の戯れ言だな。如月、放っておいていいぞ。酔っ払いとヤク中の言葉は真に受けなくていい」


「そ、そうですね。ハハ……」


 二人の会話にどう突っ込んでいい物か悩んだ如月が、誤魔化すように苦笑する。こうやってさりげなく誤魔化せる辺りが如月の大人な所だろう。こう言う社会人特有の空気が読める所は自分達も見習っておかなくてはいけないな、とどうでもいい事を考えながら青年は体を起こした。

 

 体を起こしてみると、そこは街中ではなかった。何処までも続く草原が一面に広がった場所。目を凝らしてみると地平線が見えてくる。ギラギラと照り付けてくる太陽の光が眩しいが、それさえどうにかすれば昼寝には持って来いの場所だ。


「どこだここは?」


「さっきの街から数十キロ離れた草原だ。オレの転移結界で全員を移動させた。あの場に居ると煙を吸い込んで危険だったからな」


 アラギの言葉に、青年は何か引っ掛かりを感じる。


「転移系の魔法って、自分以外は移動できないんじゃなかったか? 確か他の人用に使うと手足が千切れる可能性があるとか何とか」


「それは魔法の話だろう。結界は定員さえオーバーしなければ危険な状態になる事はない。そもそも結界は単体に効果を与える魔法とは違い、複数人用に設定されている物が多い」


 二年近くこの世界で生きてきて、そんな設定は初めて知った。驚いている青年に、如月が手を差し出す。


「とりあえず立ちましょうか。手を貸しますよ」


「いや、その位は自分でやるからいい」


 如月の助けを断り、青年は自力で立ち上がる。さすが患者を治す事に全てを尽くす医者と言うべきか、青年の足にあったはずの怪我は綺麗に完治していた。左腕をまくってみると、ほんの小さな縫合跡こそあるものの別段何かが変わった様子はない。腹も同様だ。


「凄ぇ、あれだけの怪我があったのに治ってるのか……ありがとうな如月」


 もう一度青年は如月に礼を言う。すると如月はいえいえと言うように手を振った。


「患者を治すのが医者の役目ですから」


「医者の中にもクズは居るけどな。あの時出会ったのがお前で良かった」 


 それは素直な感想だ。医者だって全員が全員善人な訳ではない。むしろなまじ頭がいいだけに悪徳な人間の割合は多いはずだ。そんな中で、如月のような全うすぎる人間に出会えて本当に助かった。


「さて、と。とりあえず近くの集落を探すか。野宿だと見張りがあって睡眠不足になるんだよ」


「あ、僕はこれから寄らなくちゃいけない所が見つかったのでそちらに向かいます。と言う訳で、名残惜しいですがここでお別れですね」


 青年の言葉に、唐突に如月がそんな事を言い出した。ここまでそんな素振りは一切見せていなかっただけに青年は驚く。


「マジか。俺としては、このまま専属の医者であってほしかったんだが」


「すみません。僕は皆の医者ですので」


 如月が右手を差し出してくる。青年も右手を出して握手に応じる。


「そうか。だが何かあったらいつでも連絡してくれ。いつでも力になってやるよ」


「ありがとうございます。ではもし何かあったら遠慮なく」


 如月が白衣のポケットに入れた伝導石を取りだして青年の前に見せる。そのまま伝導石をポケットに戻すと、如月は振り返って歩き出した。


 しかし何かを思い出したのか、数歩歩いた如月はクルッと首だけ振り返る。


「あ、そうだ。一つ大事なことを言い忘れていました」


「ん? どうした?」


 早歩きでこちらへと戻って来る如月。彼の視線は青年ではなく少女を捉えていた。


「ジャンヌさんに少々お話があるんですが、お時間よろしいですか?」


「・・・いいけど。愛の告白?」


「ええ、そうです。実はどうしても言わずには居られなくて」


「おいおい、愛の告白を忘れるか?」


 青年の茶化しに、如月は恥ずかしそうに少女と連れだって何処かへ行ってしまった。どうやら聞かれたくない類の物であるらしい。残された青年はアラギと顔を見合わせた。


「アイツモテるよな。まさか如月まで虜になるとは」


「顔はいいからな。むしろあんな優良物件がこんな違法建築に惚れているのがおかしいんだが」


 良くて不良債権だと思っていたのだが、ついに違法建築とまで呼ばれてしまった。青年は心の中でさめざめと泣く。


 しばらくすると、少女が戻って来た。その表所はいつもの如く変わらなかったが、何だか少し青ざめて居るように見える。


「どうした? 如月の告白がそんなに嫌だったか?」


 青年の質問に、少女は首を振る。


「・・・違う。そうじゃない」


「まあいいや。さっさと近くの集落に行こうぜ。たまにはベッドで寝たい」


 ふわぁ、とあくびをする青年。そんな彼を、少女は怯えた目で見つめていた。


 少女の脳裏を、先ほど如月に言われた言葉がよぎる。



 ーーーーいいですか、ジャンヌさん。



 それは、愛の告白などではなかった。告白、と言う点では間違っていないのかもしれないが、愛では決してない宣言だ。



 ーーーーこのまま戦い続ければ、死神君は。



 聞きたくなかった、しかし聞くしかなかった。






 ーーーーあと三か月もしない内に死にます。







 『黒百鬼の死神』の、余命宣告を。


 







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