復讐の女騎士編⑧
ラヴァが意識を失ったのを確認した青年は、億劫そうに首をコキコキと鳴らした。既に辺り一面を日に囲まれて逃げ場などない状況だが、特に焦る様子は見受けられない。
火が一段と強く燃え盛り、青年の産毛をチリチリと焼く。このままではあと数分もしない内に丸焦げになってしまうだろう。青年は右手で懐を探ると、やや億劫げに一本の葉巻を取り出した。それを火に近づけ、着火させる。
「よう」
青年が葉巻を口に咥えて一服していると、横合いから声を掛けられた。そちらに視線を流すと、半袖短パンで両腕に包帯を巻きつけた男が立っていた。火の付いた瓦礫の上に裸足で立っているが、熱そうな様子は全く見受けられない。
「火事で逃げ遅れた人を助けようと隣街から慌てて飛んできたんだが……こりゃ酷いな。助けが必要か?」
「まずお前は誰だよ」
ふーっ、と煙を吐き出しながら青年は聞く。
「おっと、自己紹介が遅れたな。俺の名前は新宮和孝。趣味は困っている人を助ける事だ。ああ、ちなみに勇者じゃないぜ?」
最後に謎の一文を付け加えてくる新宮。その言葉で、この男も『訳あり』である事を青年は察する。
この男も、この世界で何かしらあったのだろう。弱肉強食の世界は時として人の性格や生き様を豹変させる。
「で、どうなんだ? 助けが必要か?」
「いや、俺は大丈夫だ。俺よりも、そこで倒れてる女を助けてやってくれないか? ちょうどお前の足元に居る女だ。一酸化炭素を吸いこんでかなり危険な状態なんだ」
「ん……おっ、この女か。あい分かった、すぐに安全な場所まで運んでやるぜ」
新宮は言うが早いか、ラヴァの体を担ぎ上げた。そしてもう一度青年の方を見てくる。
「でも、本当にいいのか? お前がどこの誰か知らないけど、このままじゃ焼け死んじまうぜ? 悪い事は言わないから一緒に来いよ」
「気にすんな。もうすぐで連れが来るはずだからな。ここに来る途中で会わなかったか? 白衣を着た奴に」
アラギはともかく、如月と少女は確実に助けに来ると青年は読んでいた。あの二人の性格上、例え火の中であろうと彼を助けに来ると。だからこうして悠長に一服していられる。
「白衣を着た奴? ああ、そう言えばそんな奴が居たような居なかったような……覚えてねえや」
新宮は首を傾げた後、青年の方に向き直った。
「念のため、十五分後にまたここに来るからな。その時もお前がここに居たら俺が助けるよ」
「おいおい、お前は『困っている人』を助けるのが趣味なんだろ。俺は別に困ってねぇよ」
「バーカ。目の前で人が死にかけてんのに見殺しに出来るかよ」
新宮の言葉を、青年は鼻で笑い飛ばそうとした。しかし怪我が酷すぎて上手くいかない。
「それと、お前が吸ってるそれ。危険な薬物だろ? 辞めとけよ。薬物なんか百害あって一利もないぜ」
「こうやってぶっ飛ばねぇと痛みを誤魔化せないんだよ。ほっとけ」
青年が言った直後、新宮が地面を蹴った。常人の何十倍はあろうかと言う跳躍力で空中へと移動すると、そのままどこかへ飛んで行ってしまう。
「……何だったんだアイツは」
新宮が消えていった方向を見て、青年は独りごちる。名前からして、恐らく彼も同郷の人間なのだろう。だがそれにしては不思議な男だった。
「まあいいや、考える体力もねぇしな」
煙を口から吐き出し、青年は虚ろな目で空を眺める。痛みを紛らすために純度の高い薬物を連続で服用したためか、妙な興奮と謎の倦怠感が絶えない。
「俺だってこんな物服用したくねぇんだけどな……クラクラするし」
その時、視界がぼやけ始めた。青年は舌打ちする。
「ヤベェ…呼吸が壊れてきた」
どうやら一酸化炭素が本格的に体内を侵食し始めたらしい。急激な眩暈が青年を襲う。
「頭が回らねえ…寝るか」
青年は目を閉じ、そのまま気絶した。
火を見ただろうか。
青年は、二年前の出来事を思い出していた。
一つの村をぶっ壊した日の事を。
村に入った青年と少女は、入村後一分も待たずに村人たちに襲われる事となった。
ひとまず皆殺しにするものの、その後も再現なく襲い掛かってくる村人たちに業を煮やした青年は、隣に居た銀髪の少女に指示を出す。
「おい、この村焼き尽くすぞ。炎系の魔法使って焼き焦がせ」
「・・・何で私がそんな事しなくちゃいけないの?」
「いいから速くやれ。じゃねぇと両手両足をもぎ取って奴隷商に売り飛ばすぞ」
「・・・死ねばいいのに」
当時青年の事を心底嫌っていた少女は、悪態を吐きながらも魔法を使って渋々近くの建物に火を放った。
「うわっ! 火が!」
「逃げる奴は追わねぇ。だがそれ以外は皆殺しだ」
怯んだ村人を、両手に持った工具で次々に殺していく。返り血が青年の体中に掛かり、露出した手や首は真っ赤に染まる。
「ほらどうした、来いよ。俺を殺せば一生遊んで暮らせるぞ」
当然、村人たちも無抵抗ではない。死ぬ寸前にせめて一太刀入れようと短剣で腹を刺したり、背後から後頭部目がけて鈍器を振り下ろしたりと懸命に攻撃を食らわせてきた。
しかし、どの攻撃も青年の動きを止めるには至らなかった。腹を刺されようが、後頭部を殴られようが、腕に強酸を掛けられようがお構いなく、青年は村人の蹂躙を続けた。
何人殺しただろうか。青年が顎から滴る汗と血を拭っていると、どこからか群集のどよめきが聞こえてきた。
「何だ?」
青年が折れたノコギリを何度も踏みつけていると、奥の建物から一人の老人が現れた。甲冑に身を包み、手には剣と盾を携えている。明らかにここまでの敵とは一線を画すもの。
老人は青年から数メートル距離を取った場所に立つと、重々しい声で言った。
「お前か。世間を騒がせている殺人狂と言うのは」
「殺人狂とは失礼な。俺はただ刃向かってきた奴を皆殺しにしてるだけさ」
青年の言葉に耳を傾けていないのか、老人は返答せずに腰を落とす。
「お前はここで駆除する。この私が、責任を以て」
「ハッ、人を虫みたいに言ってんじゃねぇよ」
青年は不敵に笑うと、足元に散らばっていたノコギリの破片を蹴り上げた。土に混じったノコギリの破片が、老人を襲う。
「むんっ!」
老人はそれを手に持った盾で防ぐと、とてもその老体からは考えられない速度で青年に肉薄した。その手に持った剣が振るわれる。
「おお、怖ぇ」
青年は振るわれた剣を躱すと、手に持った金槌を老人の顔目がけて投げつけた。素早く盾で金槌から身を守る老人。
しかし、それが隙となった。
「それはくらっておくべきだったな」
盾を振り上げた事によってがら空きになった腹目がけて、青年の左手が入る。左手には大きめのノコギリの破片が握られており、破片は老人の鳩尾へと突き刺さった。
「むっ⁉」
声を上げる老人。それでも青年を殺そうと剣を振り上げる。
「怪我したって言うのに怯まないか。他の村人はかすり傷でギャーギャー喚くってのにな。爺さん戦い慣れしてるねぇ」
煽るように言いながらバールを抜き、老人の振り下ろした剣に合わせる。同時にもう片方の指を老人の眼球目がけて伸ばしていく。
「ッ!」
目つきを警戒し、老人は咄嗟に仰け反る。だがそのせいで体重が分散し、剣に込めていたはずの力が弱まってしまう。
「目突きが来たら突き出された指を噛み千切る。これ常識だぞ、爺さん」
青年のバールが剣を絡め取り、老人の手から奪い取る。老人が動揺したのもつかの間、青年の拳がコメカミを強打した。
脳を激しく揺さぶられ、老人が声もなく倒れる。青年は足元に落ちていた剣を拾い上げると、倒れた老人の背中目がけて躊躇いなく突き刺した。
「ッ!」
剣は老人の体を貫通し、地面にまで届く。剣が老人の体を貫いた事を確認すると、青年はすぐさま剣を引っこ抜いた。剣を抜いた方が出血量が多くなるからだ。
「よいしょ、と。あー、久しぶりに楽しかったぜ。ありがとな爺さん」
青年は金槌とバールを腰のベルトにしまいながら、老人に礼を言う。その時、老人が手を震わせながらも伸ばしているのが見えた。青年はその腕を踏みつける。
「まだ動けるのか。強いねぇ」
「……れない」
青年に腕を踏みつけられても尚、老人は足掻こうとしていた。もう片方の腕を前へと伸ばしていく。地面に落ちた剣を拾おうとするかのように手を動かしているが、剣は青年の手の中。あるはずもない。
それでも、老人は必死で手を伸ばす。剣を拾って一矢報いようとする事を、諦めていない。
「……まだ、終われない。ドラゴンを屠ったこの私が、こんなところで……」
「知能の足りねえ生物を何匹ブッ殺そうが自慢にもならねぇよ」
青年が煽ると、老人はフッと口元を緩めた。
「それも、そうかもな……現に私はお前に負けた。体格も経験も上回っている自信はあったのに」
蠢いていた老人の手が、ピタリと止まる。
「……なあ、私は…死ぬのか?」
「死ぬな。間違いなく」
老人の負った傷は相当深い。それに周りは既に火に囲まれている。どう頑張っても生き残れる可能性はない。
「そうか…」
老人は少しの間押し黙ると、重々しく口を開いた。
「……『黒百鬼の死神』。一つ、頼み事をしてもいいか?」
「聞くだけ聞いてやる。受けるかは別としてな」
青年は老人の腕から足を放し、聞く姿勢を取る。
「…私には孫娘が居る。目に入れても痛くない可愛い子でな。ずっと可愛がっていた」
そんな惚気は聞きたくない、とばかりに青年は老人の腕を蹴とばす。
「…だが、可愛いだけでは生き残れない。この世界にはお前のような狂人や魔族が跋扈している……今までは私が守ってきたが、それも無理だ。このままでは、私の娘は呆気なく死んでしまう」
「いい事じゃねえか。あの世で感動の再開が出来るぜ?」
青年の悪趣味な冗談を無視して、老人は続けた。
「…………そこで、お前に頼みたい。どうか、どうか私の娘を強くしてやってはくれないか。魔族が、狂人が、どんな相手が来ても生き残れるように。私は、あの子に生きていて欲しいんだ……」
「嫌だよ。大体なぁ、生き物って言うのは死ぬときは死ぬんだ。どんなに頑張ったって運が悪けりゃ死ぬ。どんな状況でも生き残るなんて言うのは夢物語なんだよ」
老人の懇願をにべもなく切り捨て、現実を叩き付ける青年。そんな彼の足を、老人は掴んだ。
「なら、出来る範囲でいい……あの子を、出来るだけ死なないようにしてやってくれ。1%でもいい…あの子が1%でも死ぬ可能性の低い未来を…………」
「世の中には死ぬより辛い事がたくさんあるぞ? それを見た時でもお前は生きててほしいなnて言えるのか?」
青年が聞くが、老人は聞いていなかった。青年の足に縋りついていた手を離すと、今度は両手をよろよろと地面に付けて土下座の姿勢を取り始めた。
「お、おい。そんな事をしても……」
ただでさえ鳩尾を刺され、体の一部に穴が空いているのだ。僅かでも動けば即死してもおかしくはない。
「頼む。この通りだ」
ゆっくりと動いた末、老人は頭を地面に擦り付けた。だが次の瞬間、ゴホゴホと咳き込む。
「頭を上げろ。そんな事をしても俺はその孫とやらを強くしたりはしねぇよ」
「いや……お前が受け入れてくれるまで、頭は上げない」
老人はそう言うと、最後の力を振り絞るかのように両手に力を込めた。面倒だと感じた青年は老人の体に蹴りを入れるが、その老体はビクとも動かない。
「あ…?」
その態度からただならぬ何かを感じ取った青年は、連続で蹴りを撃ちこんでみる。老体の至る部分を、青年の強い蹴りが襲う。一切の容赦なく放たれた蹴りは、プロの格闘家ですら声を上げてもおかしくない威力の物。一介の老人では火の中に吹っ飛んでもおかしくないレベル。
それでも、老人の体は全く動かなかった。どころか防御する姿勢もない。がら空きの鳩尾や背中をいくら踏みつけられようが蹴られようが、老人はうめき声一つ上げなかった。
「へぇ。最後の最後で覚悟見せたな」
青年はニヤリと笑う。まさかここまで耐えてくるとは思わなかった。
「おい、爺さん。生きてるか?」
「…何だ?」
「いいぜ。お前の孫娘とやらは、俺が鍛えてやるよ。まあ俺流の方法にはなるが、それでも大抵の奴には負けなくなるはずだ」
青年がそう言うと、老人は緩やかに顔を上げた。
「ほ、本当か? 本当に、本当にいいのか?」
「ああ、『約束』だ」
『約束』。
一秒前に言ったことですら平然と破る青年が、唯一守る言葉。
それを老人に対して、青年は言い放つ。
「あ、ありがとう……」
老人の両目から涙が零れる。青年はそれを見て笑う。
「よせよ。お前を殺したのも、村を焼いたのも俺だ。恨まれこそしても感謝される覚えはねえよ」
仮に村人の方が先に襲い掛かって来たとしても、彼らを殺したのが青年である事実は変わらない。
「俺を恨んで死んでいけ。間違っても、感謝なんかするんじゃねえ」
青年は言いながら、老人の背中を強く踏みつける。
「さて、後はどうやって孫娘を見つけるかだが……」
その時、横から気配を感じた。気配がした方を向くと、一人の少女が建物の間からこちらを見つめていた。金髪をした、幼さの残る少女だ。
彼女は老人の体を見て目を丸くした後、青年に見られているのを察したのか慌てて建物の陰に引っ込む。
「アイツか……」
確証はない。だが彼女であろうことは容易に想像が付いた。
「じゃあ、俺流の鍛え方をやりますかね」
青年はそこまで言うと、高笑いを始めたーーーーーーー
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