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復讐の女騎士編⑦

「つまらねぇなあ。もっと楽しませろよ」


 頭上から憎たらしい声が聞こえてくる。私は動きたいが、過去の重圧に胸が押し潰されるような感覚に襲われて動けない。


 指先が震え、剣が手から零れ落ちる。それを見てアイツがせせら笑う。


「おいおい、この程度で膝を突いてどうするんだよ。俺を殺すんだろ?」


 悔しい、何もできない自分が悔しい。


「どうした。ジッとしてるだけじゃいい的だぜ?」


 私に向かって、蹴りが放たれる。咄嗟に右腕を跳ね上げるも、力強く蹴り込まれた足は私の弱々しい防御を容易く打ち破り、私の小さくはない体を弾き飛ばした。


「ぐううっ!」


 燃えた木の板に背中を打ち付け、私は苦悶の声を上げる。服に火が燃え移っていくのを感じる。肉体を直に焼く痛みに私は身をよじるが、そんな事で火が消えるはずもない。のたうち回るように地面を転がった。燃えた服を地面に押し付けるようにして、どうにか鎮火する。


「何だ、火を消しちまったのか。どうせならそのまま丸焼けになっておけばよかったのになぁ」


 『黒百鬼の死神』が煽ってくるが、今の私に戦う気力はない。ただ悔しさに身を震わせることしかできない。


 両目から涙が零れてくる。自分はこれ程までに無力だったのか。


 憎い。こんな状況になってもまだ震えることしかできない自分が、どうしようもなく憎い。


「チッ、もう壊れちまったか。もう少し遊びたかったんだけどな。まあそろそろ煙も充満してきたし、頃合いかね」


 『黒百鬼の死神』は詰まらなそうにそう言うと、クルリと踵を返した。そこでようやく私は重い頭を上げる。


 目の前にそびえ立つのは、真っ黒のコート。まるで私の心中を現したかのような真っ黒な色は、私の中で渦巻いていた復讐心を再び呼び起こす。頭の中に靄のように掛かっていた恐怖と言う感情は、その背中を見た途端に急速に飛んでいった。


 恐怖が消えていくと同時、私の中に一つの信念が蘇ってくる。


 ---お爺ちゃんの、仇を討つ。


 そうだ。お爺ちゃんの仇を討つため、私はあの男を殺さなくては。何かを悩む事なんてない、ただ殺せばいいのだ、それだけでいいんだ。


 火が怖い? 村を焼かれたトラウマ? そんなことを言っている場合ではない。そんな物を恐れて何になるというのだ。


 立ち上がれ、そして今度こそあの男を殺せ。どんな物を踏み台にしてでも、あの男を倒すんだ。


 勇気を、憎しみを、殺意を、持てる気力すべてを振り絞ってでも立ち上がれ。一歩を踏み出せ。


 震え、力が抜けかけていた手に再度力が戻って来る。私は剣を取り直すと、剣を杖代わりにして何とか立ち上がった。


「そうよ…私は復讐の為にここまでやって来た」


 剣を握り、一歩を踏み出す。もう迷わない、躊躇わない。


「もう、後悔はしない!」


 素早く動き、剣を突き出す。狙いは無防備になった背中。私は剣を振り絞り、ただ一点目がけて突きを繰り出した。


 剣の突きは奴の背中に命中し、中腹辺りまで突き刺さる。


「ッ!」


 そこでようやく『黒百鬼の死神』は反応。振り向きざまに金槌を振るってくるが、私はこれを回避。剣を引き抜き、首に向かって横薙ぎをくらわせる。しかし、相変わらず致命的な一撃に関してはフッと躱されてしまう。


「何すんだよ、痛いじゃねぇか」


 回避ざまに私から距離を取った死神が、口の端を歪める。表情に余裕が見えた次の瞬間、口元を抑えてゴホゴホと咳き込む。口から離した手には、大量の血が付着していた。


「伝説の荒くれ者の割には、随分と弱いじゃない。滑稽な事ね」


「ハッ、ついさっきまで無様に膝を突いていた奴とは思えねえ態度だな」


 死神は何処からかバールを取り出す。見たところ腰に刀を差しているようだが、それは使わないらしい。私は剣を構え、腰を落とす。


 お互い睨み合った末、先に動いたのは私の方だった。死神目がけて正面から突っ込む。


 頭が回る相手に対して、作戦を立てても逆に利用されるだけだ。純粋な実力勝負に持ちこめば勝機はある。


「せい、やっ!」


 私の一斬目を、死神はバールで受け止めようとする。瞬間、私はその下を潜り抜ける。


 縮地。死神の防御を足さばきと体重移動で掻い潜り、私は無防備になった腹を横一文字に切り裂いた。鮮血が舞い、死神がたたらを踏む。


「ッ!」


 これで三ヶ所。左腕と背中、そして腹。どれも決して少ないダメージではない。ここまで傷を負えば、後は時間の問題だろう。私は烈火の如く攻め続ける。


 ザシュッ! ドスッ! と言う肉を斬り、刺す音が耳に届く。繰り出される私の剣戟に対して、死神は身を守り切れない。ただでさえ速度で負けているのに、左腕まで失っているのだ。私の猛攻を止められるはずがない。


 唯一、首や心臓と言った弱点箇所のみは回避が追いつくが、四肢や腹に関してはがら空き。私の三度目の腹への斬撃を貰い、死神はその場に倒れそうになった。


「そこっ!」


 隙を逃さず、私は空いた手を伸ばす。このまま奴の胸倉を掴んで投げ飛ばしてしまえば、もう為す術はなくなる。戦いの基本は頭の位置で決まってくる。頭が高い方が有利である以上、地面に倒してさえしまえば私の勝ちは揺るぎない物となるだろう。


「ブッ!」


 死神は掴みかかってくる手を見るや否や、口の中に入っていた血を噴き付けてきた。血が私の視界を一瞬遮る。


「その手に……乗るかッ!」


 だが、そう来るであろう事は事前に予期していた。首を横に振って目くらましの血を躱すと、私はもう一度縮地を発動する。死神の死角を突くように距離を詰め、剣を振り上げる。


「何っ⁉」


 狙いは足。死神の左太ももを剣で貫くと、ズブリと言う強い感触があった。腕や背中を刺した時とはまた違う、肉を貫く感触。


 ここまでどんな攻撃を受けても決して地面に膝を突く事だけはなかった死神が、ついに地面に膝を突く。


「チッ!」


 死神は舌打ちし、懐から何かを取りだそうとしていた。私はその腕を掴む。


「小賢しい手を、そう何度も使わせると思う?」


 左手で死神の右手を掴みながら、奴の太腿に刺さった剣を抜こうとする。しかしここまでの戦いで持ち手にまで生々しい血が振りかかってしまい、ヌルヌルと滑って上手く掴めない。二度、三度と挑戦するが、掴もうとすればするほど掴みにくくなっていく。


「俺をここまで追い込むとは、やるじゃねぇか。つまらない奴って言う評価は撤回してやるよ」


 ここまで酷い状況に追い込まれているというのに、死神は不敵に笑った。私はそんな男の目を至近距離からはっきりと見据える。


「ずっと、この機会を待っていた。貴方を殺すその日を」


「別に珍しい事じゃねぇな。俺を殺したがってる奴なんざ星の数ほど居るだろうよ」


 この状況に陥っても恐れずに減らず口を叩ける精神ははっきり言って尊敬に値する。今も死神の腹や左腕、目に見える部分からはダラダラと血が流れ、唇はほんの少し青紫色へと変色していた。


 明らかに血が不足した状態。誰が見ても限界が近い。


「死ぬ前に、何か言い残したい言葉はある?」


「特にねぇな」


 吐き捨てるように言い放つ死神を尻目に、私は懐から短剣を取りだした。万が一、『黒百鬼の死神』に捕まった時に自害出来るように肌身離さず持ち歩いている短剣だ。


 短剣を死神の喉元に突きつける。心臓を刺す手も考えたが、その場合胸骨に守られてしまう恐れがある。加えて、確実に殺すためには心臓を何回も刺さなくてはいけない。それをこんな細い短剣で行うのは殺傷力に不安がある。


 しかし、首ならその心配はない。頸動脈を掻っ切って確実に殺す。


「さようなら、『黒百鬼の死神』。先にお爺ちゃんの元へ行きなさい、私もすぐにそっちに向かうから」


 そう言って、短剣で死神の首を斬ろうとする。その時、死神が突如笑いだした。


「ク、ククク。クククククク」


「何? この期に及んで、まだ何かあるというの?」


 もう何もないはずだ。左腕は使い物にならず、右腕は私の左手によって抑え込んでいる。左の太腿は剣で貫かれているためにもう立てないし、そもそも満身創痍のこの男に策が残されているとは思えない。


 聞きながらも、私は短剣を振ろうとする。ここで話を聞かせること自体が狙いかもしれない。


「おっと」


 私が短剣を振る事を読んでいたのか、死神は軽く首を引いて避ける。私が静かに一線した短剣はむなしく空を切る。


「まあ落ち着けよ。少しは話を聞くおおらかさを持とうぜ?」


「この状況で持つと思ってるの?」


 私は短剣を握る手に力を込めた。こんな男の詰まらない御託を聞いていても意味がない。さっさと殺して、その首をーーーー


 


 刎ねる直前、私の体が大きく揺らいだ。




「え…?」


 脳にずっしりと何かがのしかかって来る感覚。息をしようにも上手くできない。何だか意識が朦朧として来て、正常に働かない。


「何を…?」


「よくもまあここまで耐えて、俺に傷を与えたもんだよな。そればっかりは正直に称賛するよ」


 体幹がおぼつかず、フラフラとよろめく私に対して、死神はその場で笑っているだけだ。声を出そうとするが、それも叶わなくなっている。


「本当に、この世界の住人の耐久力は異常だよな。本来であれば瞬殺できるであろう攻撃ですら耐えて来やがる……いや、俺の戦った相手が異常なだけか?」


 死神はそこでクックッと笑うと、私の肩に手を置いた。


「お前は確かに強い。だが、致命的に知能が足りてない」


 置かれた手を振り払おうとするが、体の自由が効かない。


「例えば、どうして火災が起こっているのに一酸化炭素を警戒しなかった? 火災において、本当に危険なのは焼死よりも一酸化炭素中毒だというのに。俺は数種類のヤクをキメてぶっ飛んでるから一時的に一酸化炭素の毒なんざ気にならないが、お前は違う。確実に一酸化炭素が体内を駆け巡り、意識障害を引き起こす。我慢比べになれば負けるのは100%お前だ」


 まあ、一酸化炭素を吸いながらもここまで戦えたのは異常だけどな、と死神は付け加える。だがそれどころではない。足がもつれ、私は地面に倒れ込む。


「本気で俺を殺したいのなら、一つの物に固執するな。頭脳、力、運……あらゆる策を用いて、どんな手を使ってでも勝ちに来い。馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込んで殺せるほど、俺は甘くねえ」


 偉そうな講釈。しかし、私はただ聞くしかない。


「俺を潰せたと思ってたか? 残念だったな、お前が思っている以上に俺は強いんだよ」


 うるさい。もう喋るな。


「もっと強く、そして賢くなれ。俺を殺せるその日まで、ただひたすらに強くなり続けろ」


 上から目線で語りかけてくるな。黙れ。


 死神の気配が去って行く。私は無我夢中で手を伸ばした。


「ま、待って…」


「悪いな。待たねえよ」


 死神の声が頭の奥にズシリと響いてくる。私の伸ばした手は何も掴む事なく、地面へと下ろされた。


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