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復讐の女騎士編⑥

 踏みしめた地面に着いた足に力を込め、地面を蹴る。高速で移動しながら、私は辺りを見回した。


 いくら頭のイカれた男だったとしても、あの一瞬でどこか遠くへ移動したとは思えない。すぐ近くに身を潜め、不意打ちの機会を狙っているはずだ。


 私は地面に視界を集中させる。血の跡を確認するためだ。


 先ほど、私が『黒百鬼の死神』に与えた傷は、致命傷にこそならないが決して浅い物ではない。流れる血の量も、奴が隠れた場所を炙り出すのには十分だろう。


「…あった」


 少し進むと建物の陰にある床に、少量の血溜まりが出来ているのが見えた。こんな所に血が落ちているのは異常だから、あの男の物で間違いないだろう。


 血は点々と、人気のない路地へと続いている。これが罠の可能性もあるが、私は迷わずに行く事にした。


 最大限の警戒をして、私は血の跡を辿っていく。道中に何かしら仕掛けられているかもしれないと目を凝らして追っていくが、今の所は特に何も仕掛けられた様子がない。


 まさか本当に逃げているだけ? いや、そんな事はあり得ない。


 噂で聞いた限りでは、『黒百鬼の死神』は頭脳を使って敵を追い詰めることがあるらしい。あえて敵を油断させて、安心した相手の後頭部を金槌で殴り殺したという話も聞いている。


「でも、私は油断しない」


 自分に言い聞かせるように呟き、私は地面に落ちている血を眺める。包帯でも巻き付けたのか、地面に垂れる血の量は少しずつ減っている。初めは小さな水たまりくらいあったのが、今では目を凝らさなければ床の汚れと同化しそうなほどになっている。


 その跡を、ただ慎重に追っていく。もちろん辺りへの警戒も怠らない。徐々に人通りのない路地に行くのを見て、私は無意識の内に腰にかけた剣に手を掛けていた。


「周りの人を盾にしようとは考えて居ないのね。賢い選択だわ」


 血は、先ほど私が白衣の男を尋問した空き地で泊まっていた。どうやらここが最終地点らしい。最後に残った血を確認すると、私は腰を落とす。


「どこからでも掛かってきなさい。斬り伏せてあげるわ」


 その時、視界の端で何かが動いた。同時、大きな箱のような物が私に向かって飛んでくる。私は反射的に剣を抜いていた。


「シッ!」


 飛んできた箱を斬り捌く。箱が真っ二つに切断され、中の液体が空中へと零れ出す。何やら不思議な香りがする液体を、私は無意識の内に回避していた。液体が空き地の地面に落下し、かなりの面積を濡らしていく。


「何かしら、これは…」


 私は液体を遠巻きに眺める。こうして眺めているだけでは、何の液体かは分からない。触ってみる事も考えたが、触れるだけで危険な物かもしれない。


 私がそう悩んでいると、唐突に目の前が明るくなった。見ると、火の付いた松明が数本、私に向かって飛んできている。


 それを見た時、私は背中に氷塊を入れられたような感覚に陥った。あの時の思い出がフラッシュバックしてくる。


 村を焼かれ、お爺ちゃんを殺された、あの時のことを。


「ッ!」


 私は自分でも気が付かない内に、その場から駆けだしていた。空き地から飛び出し、火の付いた松明から目を背けるように。


 だが、結局はそれが正解だった。



 私が空き地を飛び出した瞬間、空き地が派手な音を立てて爆発した。



 


 何が起きたのか分からなかった。


 ただ分かるのは、私がさっきまで居た空間が爆発したという事だけ。数歩離れただけの私が被害を受けなかったという事は、そこまで大きな物ではなかったのだろう。死ぬほどではないレベル。だが、直撃していれば腕の一本や二本軽く吹き飛んでいただろう。


 私は黒焦げになった空き地を見る。一体あの男は何をしたのだろうか。火を点けただけで爆発するような液体など、少なくとも私は聞いた事がない。あんな物を不意打ちで受ければ、いくら鍛えた体とて無事では済まないだろう。


 しかし、私は首を振る。


「まあいいわ。液体に警戒すればいいんだし」


 最初に放たれた液体は、多分爆発を産み出すために必要な物だ。ならば、液体にさえ警戒しておけば爆発を受けるのは防げる。


 破壊力自体は脅威であるが、正体さえわかれば怖い物ではない。


 私は腰の剣を鞘に戻すと、先ほど何かが動いた場所に向けて走り出した。






「…チッ」

 

 建物の陰から様子を窺っていた青年は、短く舌打ちをした。


 わざわざ人気のない場所までおびき出し、持っているガソリンを全て使って爆発を起こしたというのに、傷一つ負わせられなかったのは痛い。


「…こっちに来るか」


 ラヴァがこちらに視線を移したのを見た青年は、傷ついた左腕を庇いながら建物の間を移動する。


「あそこで腕を奪っておけば有利に運んでおけたんだけどな…まあ、一つ収穫があっただけ良かったとするか。後はこの情報をどう活かすかーーーッ!」


 左腕がズキリと痛み、青年は苦悶の声を上げた。素早くコートの内ポケットから痛み止め(モルヒネ)の入った注射器を取り出し、左腕に注射する。


「クソッ、こんな時に如月が居ないなんてな」


 魔力を持った少女が居ないため、こちらから伝導石を使って助けを求めることは出来ない。最も出来たとしても助けなど求めないのだが。


「俺も運が悪いねぇ……」


 そんな含みのある事を呟いていると、こちらに向かって歩いてくる男数人と目が合った。先頭の男が一瞬驚いた顔をして、取り巻きに大声で告げる。


「おい、コイツ『黒百鬼の死神』じゃねえか? 手配書で見た顔にそっくりだ!」


「本当か⁉ た、確か『三狂人』にはそれぞれ莫大な懸賞金が付けられてるんだよな?」


「ここで新手かよ…」


 男たちが盛り上がり始めたのを見て、青年は怠そうに近くの壁に体を預けた。その瞳は殺意に満ちた物ではなく、冷静に何かを考えているような目だ。


 彼が冷静に何かを考えている間にも、男たちの話し合いは続いていく。


「で、でもこいつ超強いんだろ? 国一番の力持ちの頭蓋骨をかち割ったとか、頭のおかしい話が山ほどある奴だろ?」


「分かってねえな、あれを見ろよ。アイツは今腕を負傷してる。ならどんなにイカレてようが、この人数で負ける道理はねえ」


 男はそう言うと、両の拳を叩き付けた。完全に戦う気満々のようだ。青年は面倒くさそうに体を起こす。


「仕方ねえ、この手で行くか。街の人に少し迷惑が掛かる可能性も否定できないけどーーーその辺のフォローはアラギ達に任せるか」


「何ブツブツ言ってんだ! 行くぜ!」


 男は言うが早いか、右手を突き出した。


「燃えよ炎球、その太陽の如き灼熱で全てを焼き尽くせ! 【ファイアーボール】!」


「詠唱なんて久しぶりに聞いたな。アイツはいつもほぼ詠唱抜きで魔法を放つからなぁ……って魔法?」


 てっきり拳で来ると思っていただけに、青年は拍子抜けしてしまう。その間に男の手に火炎球が生まれ、青年に向かって一直線に飛んでいく。青年はそれを避けながら喜びの声を上げた。


「やったぜ、手間が省けた」


 火炎球は青年の居た空間を撃ち抜き、直線状にあった露店に直撃する。露店にあった大量のヤンガーが燃え上がりながら四方八方に散らばっていく。


「ああッ!」


 店主の悲痛な声。だがそれどころではない。燃えたヤンガーや籠が他の露店にも燃え移り、ボヤ騒ぎが起こり始めていた。


「あのまま粗悪品が9割くらい消滅してくれないかなぁ」


 そんなことを呟くと、青年は男たちに向き直る。


「手間を省いてくれてありがとう。じゃあ死んでくれ」







「なんで、こんな事に……」


 中央部に着いた私は、言葉を失った。


 建物が燃えている。先ほどまで活気があった中央部は一転、阿鼻叫喚の嵐となっていた。


 街が燃えているのだ。それも丸ごと。


 多くの人は街の外に逃げ、兵士たちは動けない人々を助けようと動いている。皆恐怖を感じ、それでも何とか助かろうともがいていた。


 手がガタガタと震え、剣を取り落としそうになる。それでも何とか両手で剣を持ち、どうにか剣を落とさずに済んだ。震える声で私は叫ぶ。


「どうして、どうしてこんな事になったのよ⁉」


「聞きたいか?」


 その声に、私は顔を上げた。燃え盛る炎の中心に、誰かが立っている。炎が間にあるせいでシルエットしか見えない。


 いや、シルエットだけで分かる。こんなことをする奴は一人しか居ない。


「『黒百鬼の死神』ッ…」


「おいおい、何だよその目は。期待に応えて出て来てやったんだ、もうちょっと嬉しそうな顔をしろよ」


「うるさい!」


 私は剣を抜いた。握る手に力が籠っていく。


「貴方が…お前が街を燃やしたの⁉」


「半分正解だが半分不正解、と言っても信じねぇだろ? 人間は物事を見たいように見る生き物だからな」


 『黒百鬼の死神』はそう言うと、何がおかしいのかカラカラと笑った。


「街の人まで巻き込んで……許せない」


「別にお前に許してもらおうだなんて思ってねぇよ」


 そんなふてぶてしい物言いに、私は奥歯を噛みしめた。この男だけは絶対に許してはいけない。何があっても、絶対に。


 私が飛び出そうとしたその時、シルエットが大仰に腕を広げた。


「ところでよ、お前の為にわざわざ舞台を整えてやったんだ。何か一つくらい感想はない物なのかねぇ?」


「私の為に、舞台…?」


 何の事か分からずに困惑する。そんな私に、アイツが語りかけてくる。



「これでも結構似せたんだぜ? 別に必要なんかなかったのに街を燃やしてよ。いやぁ、大変だったよ」 


「ッ!」


 まさか、舞台を整えるというのは。


 その言葉の意味は、すなわちーーーー


「だから貴方は、街を燃やしたって言うの? 私に過去の記憶をフラッシュバックさせる為にーーー」


「おいおい、人聞きが悪い事を言うなよ。これは善意だよ、『黒百鬼の死神』様からの贈り物だ」


 狂っている。


 狂ってる狂ってる狂ってる。


 わざわざ同じ舞台で戦うためだけに、街を燃やす人間がどこに居るというのか。私はその頭のおかしさに、思わず吐きそうになった。


「どうした? 掛かって来ねぇのか?」


「うるさい! 黙れ!」


 挑発に、私は思わず叫んでしまう。それを聞いた『黒百鬼の死神』は楽しそうに喉を鳴らした。



「お前もあの爺さんと一緒で、威勢だけいい臆病者か。血って言うのは繋がってる物なんだねぇ」 



 …………え?


 今、何て言った?


「じ、爺さんって…お爺ちゃんの……」


「ドラゴンを倒したっつーから期待したのに、あっさり死にやがったんだよなぁ。期待外れランキングを作ったら3位以内には間違いなく入賞するね」


「やめて…」


「お前の爺さんは、退屈極まりない人間だったよ」


「やめて!」


 私は駆けだしていた。恐れていたはずの炎の中をあっさりと駆け抜け、男の喉元目がけて剣を突き出す。


「いいスピードだな。だが足りない」


 シルエットだったからだろう、私の剣は奴の首から数センチずれた位置を貫いていた。慌てて剣を引き戻そうとする私の目の前に、曲げられた膝が迫る。


「ぶっ!」


 鼻を思い切り蹴とばされる寸前、間一髪で私は攻撃を避けた。危なかった、今の一撃を貰っていたら鼻の骨が折れていただろう。態勢を整えながら、私は奴の顔を見る。


 炎に照らされたアイツは、楽しそうに笑っていた。


「このッ……」


 炎が私の服に燃え移り、チリチリと燃えていく。それでも私は気に留めない。


 ようやく見つけた、ようやく会えた。


 殺すべき相手に、憎しみを抱いていた相手にようやく会えたのだ。この機会を逃す訳には行かない。



(私は死んでもいい、それでも引き換えに、あの男を殺す!!)



「はあっ!」


 私は下段から剣を振り上げる。この攻撃は流石の死神も予想していなかったのか対応に遅れる。


「ッ!」


 包帯を巻いた左腕を犠牲にし、どうにか攻撃を凌ぐ。だがここまで執拗にダメージを受ければもう左腕は機能しないだろう。私は返す刀で奴の腹目がけて斬撃を食らわせる。


「グハッ!」


 死神は寸前で後ろに飛んだが、それでも受け流し切れなかったようだ。剣は奴の腹を浅く切り裂く。


「痛ぇ…」


「そこっ!」


 隙を見せず、私は剣を突き出した。だが焼け落ちた建物の破片によって遮られてしまう。


「ッ! ならもう一度ーーーー」


 そこで、私は見た。


 目の前に、燃えた物がある事を。


「あ、あ……」


 視界がチカチカと点滅して、私の脳裏に村での出来事が蘇ってくる。剣を持つ手が震える。


「怒りで一時的に恐怖が鈍った時はどうなったかと思ったが……これで形勢逆転か?」


 どこからか死神の声が聞こえるが、それどころではない。私の頭の中にお爺ちゃんの姿と村の様子が現れて、私の意識を揺さぶっている。


「まさか本気にしてたか? 俺の言葉を。街を燃やしたのは戦う為の舞台を整えるためなんかじゃねえ、お前の精神を動揺させるためだよ。お前が精神的に未熟だったのは、見てて分かったからな」


 声が聞こえるが、それどころではない。何だこの感覚は。


 苦しい。とてつもなく苦しい。


「苦しいよなぁ、痛いよなぁ。何せお前が苦しむ状況を作り出してやったんだから」


 その言葉と同時、ドンと腹に拳がめり込む感触がした。抵抗しようにも体が動かない。


 私はそのまま、地面に崩れ落ちた。

 



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