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闇の剣聖編⑧

 闇将軍は顔を上げる。数メートル離れたラグラの家から、ジャスミンが出て来ていた。


「どうしたの? そんな大声を上げて。近所の人に迷惑だよーーーー」


 ジャスミンが息を呑む。近くに倒れている憲兵隊員たちの死体には目もくれず、慌てて闇将軍に駆け寄ってくる。


「どうしたの、その怪我⁉」


 駆け寄って来たジャスミンが、ラグラを抱き起こす。その際に血が彼女の服に付くが、ジャスミンは意に介さない。


「酷い怪我…早く治して貰わないと。大丈夫だよお兄ちゃん、私が必ず助けるから」


「ジャス…ミン」


 ラグラの声色で、闇将軍がその名を呼ぶ。手首を失った右腕がゆっくりと動くのを見て、ラグラは叫んだ。


『駄目だジャスミン! 逃げて!』


 しかし、その声はジャスミンには届かない。当然だ、ラグラは精神を乗っ取られた身、彼がどんなに叫ぼうとその声が誰かに聞こえることはないのだから。


「君、そこをどいてくれないか。こいつは危険人物だ」


 ジャスミンの後ろから、勇者が問いかける。だがジャスミンは首を振った。


「駄目、どかない。お兄ちゃんは殺させない。私が助ける」


「駄目だ。そいつは市長さんと副市長さん、そして憲兵隊の人達を殺した人殺しなんだ。ここで殺しておかなくちゃ、また誰かが殺されるんだ! だから退いてくれ!」


「それでも!」


 ジャスミンの悲鳴に近い叫びが、辺り一面に響き渡った。




「お兄ちゃんは私の大切な家族だから……救いたい! 救ってみせる!」





「そうか、残念だよ…」


 その言葉を聞いた勇者は首を振った。そして聖剣を腰の鞘にしまう。


「でも僕はレディーは殺さない。だから、横で大人しくしていてね」


 そう言うなり、ひょいと両腕でジャスミンの脇を抱える。声を上げる間もなく、ジャスミンは闇将軍から引き剥がされてしまった。


 こうなれば闇将軍は殺されるだけだ。ジャスミンと言う遠慮するべき対象が居なくなった今、勇者は容赦なくその聖剣を振るうだろう。


「お兄ちゃん!」


「さあ、終わりだ。何か言い残す言葉はあるか?」


 勇者が再び聖剣を抜き、血溜まりの上で倒れた闇将軍に突きつける。ラグラは今度こそ観念した。もう終わりなのだと。


 しかし、闇将軍の反応は予想外の物だった。


「フ、フフフフフ」


 笑っていたのだ、この状況で。今にも死ぬという状況下で、闇将軍は楽しそうに笑っていた。


「ジャスミン、だったか? お前いい仕事したよ。まさかあのタイミングで時間を稼げるとはな」


「え……」


「おかげで逆転の兆しが出来た! 感謝してるぜ!」


 闇将軍の右肘、左肩からボコボコ! と言う泡立つような音が響く。闇将軍の損傷した部位から黒いスライムのような物が吹き出たかと思うと、それらは彼の腕を形作っていく。


 あっという間に、スライムは闇将軍の腕を作り出した。


『な、何が…』


「即席で生み出したスライムを、腕にくっつけたんだよ。生物を産み出す呪文を唱える必要があったから時間が掛かった」


 ラグラの質問に答えるかのように、闇将軍が呟く。


「これでまだ戦える。次こそは殺してやるよ」


「まだ抵抗を諦めないのか。しつこい奴だな」


 勇者が聖剣を構え直し、呆れたように言う。驚いたのはジャスミンだ。


「お兄ちゃん、駄目! これ以上戦ったら、お兄ちゃん死んじゃう!」


 絹を裂くような、金切り声。そんな制止は当然の如く届かない。


 闇将軍が両腕を伸ばす。彼の両腕に付いているスライムが蠢き、拳大のスライムが勇者に向かって飛んでいく。


「くっ!」


「スライムにはこう言う使い方だってあるんだよ。胴に貰えば張り付かれてお得意の速度は落ちるし、顔面に貰おう物なら窒息死だ! 少々姑息な戦い方だが、卑怯だの何だのと言ってる暇じゃなくなったからな!」


 喋っている間にも、闇将軍のスライムは高速で発射されて行く。勇者はそれらを軽快に躱していくが、踏み込む事は出来ないようで苦戦している。


「よし、これでーーーー」


「はああああっ!」


 闇将軍がスライムを発射しながら足元の剣を探っていると、唐突に勇者が叫んだ。刹那、勇者が懐に飛び込んでくる。


「何っ⁉」


「僕の能力を甘く見たな。この程度じゃ、僕の速度は破れない!」


 勇者の斬撃。それは闇将軍の両腕のスライムを刈り取り、残された右肘から肩までの部位すらも切断する。


「がああっ!」


 闇将軍が地面に倒れ伏す。ただし今度はのたうち回るような事はしない。もうする気力がないのだ。


「畜生…畜生…何でだよ、どうしておれが負けるんだ! 何で…」


「今度こそ打つ手なしだな。何か言い残す事はあるか」


 終わった。数回に渡って逆転を試みた闇将軍だったが、今回ばかりはもう打つ手なしだ。両肩を切断され、流れる血は放っておけば彼を失血死に至らしめるだろう。勇者はもう詠唱する暇を与えてはくれないだろうし、完全に死だ。


『ああ…クソ、終わったのかよ』


 何度も諦めたはずなのに、まだ悔しいという感情がこぼれてくる。一体自分は何に悔しさを見出しているのだろう。こんな理不尽な勇者に敗北した事か、それとも闇将軍に乗っ取られ、挙げ句死ぬことか。それともそれら全てか。


『俺が死んだら、誰か泣いてくれるかな…』


 ジャスミンなら泣いてくれるだろうか。村の人達なら。フォーカスは悲しんでくれるだろうか。


『…そうだ、ジャスミンはどうなった?』


 そうだ。ジャスミンはラグラが心配でこの危険地帯に居るのだ。彼女の安否だけでも確認したい。ラグラがそう思った時、ちょうど闇将軍が顔を上げた。ジャスミンの顔が見える。


『ジャスミン、早く逃げーーーー』






「勇者様、素敵!」





『え?』


 そこで、ラグラは信じられない物を見た。


 ジャスミンが勇者の腕に抱き着いていたのだ。そんなジャスミンの顔は嬉しそうで、抱き着かれている勇者もまんざらもなさそうで。


『なんで、ジャスミン…どうして…』


「あんな危険な悪党を一撃で殺すなんて、さすが勇者様ですね! 私惚れちゃった!」


『何を…言っているんだ』


 一瞬、ジャスミンが危機を感じて勇者に媚びているのかと思った。だがすぐにそうではないと気付く。彼女とは何年も一緒に過ごしてきたのだ、だからこそ分かる。


 あれは、完全に惚れている時の顔だ。


「あ、今動きましたよ。勇者様、しっかり殺し切っちゃってください!」


「それもそうだね。じゃあ、トドメを刺そうか」


『何で…何で…』


 どうしてこんな事になったというのだ。自分が何をした。


 ラグラは自分の中で、何かが壊れていくのを感じた。


『うああ、うわあああああああああああああ!』


「えいっ」





 そこで、少女は現実に引き戻された。


 慌てて辺りを見回す。先ほどの荒野だ。隣では、青年が敵から奪った装備を並べて物色している。


「お、このナイフとかいいんじゃねえか? 確かカランビットナイフって名前だったよな?」


「それは訓練しないと使いにくい。使うなら普通の物にしておけ」


 どのナイフを持っていくかで相談していた二人に、少女は近づく。


「・・・ね、ねえ」


「おう。どうだった、ラグラとか言う奴の記憶は?」


 青年の質問に、少女は複雑な表情を浮かべる。


「・・・凄く、複雑」


「だろうな。ま、見てていい気分にはならねえよなあ」


「・・・何であの…ジャスミン? だっけ。その子は勇者に惚れたの?」


「知るか。俺はチート持ちじゃねえから知らねえよ」


 吐き捨てるような青年の言葉に、珍しくアラギも頷く。


「それにしても、魔王か。確か魔族戦争の時の大将だよな?」


「そうだ。だがもし奴が前線に出ていればオレ達は死んでいたかもな。配下の闇将軍の強さから見ても推測できる」


「そうか? 魔王っつっても生物だろ? だったらブッ殺せると思うけどな」


「息をするようにイキるな戦闘狂」


 そんな会話を繰り広げながらも青年はナイフを選び立ち上がる。結局、選んだのは普通のナイフだった。


「それじゃあ、そろそろ行くか」


「・・・ん」


 青年の後ろにアラギ、そして少女が続く。だが数歩歩いた少女は、何かに躓いて転んでしまう。


「・・・痛い」


 打ち付けた膝を擦りながら立ち上がろうとする。すると目と鼻の先に、黒い石が転がっているのが見えた。


「・・・これって……」


 石はちょうど少女の拳くらいの大きさで、落ちていたとしても気が付かないだろう。少女は恐る恐る石に触れてみる。


 ----瞬間、記憶がなだれ込んできた。





「ねぇ勇者様、この後私の家に来ない?」


 勇者の腕に抱き着いたまま、ジャスミンが上目使いで聞いてくる。勇者は頭を掻くと、ジャスミンに笑顔を向けた。


「じゃあ、行こうかな。今日は疲れたし、この村で一休みする事にするよ」


 すると、ジャスミンの顔がパッと輝いた。


「本当⁉ じゃあーーー」


 その時、ジャスミンの横を一人の男が通り過ぎた。黒いフードを被り、どこか不気味な印象を漂わせている。


 フードを被った男はラグラの死体の前まで歩くと、スッと頭を下げた。


「ごめん。俺がもっとしっかりあのペンダントを管理していればこんな事にはならなかった。今回の事件は全部、俺の責任だ。謝って済むような問題じゃないのは分かってる。それでも、ゴメン」


「君、そんな所で何をやっているんだい? その男は極悪人だ、離れた方がいい」


 彼の行動を見咎めた勇者が声を掛けるが、その声は届かない。


「仇は俺が討つ。全力で。それと、間接的とは言え俺がお前を殺した事に変わりはない。この罪はしっかり背負っていくつもりだ」


「何を言っているのか分からないけど、離れた方がいいよ」


 勇者が肩を掴み、無理やり引っ張ろうとする。しかしフードの男はビクとも動かない。


「ん……」


 勇者は更に力を加えてみるが、全く動く気配はない。ムカついた勇者は、腰から聖剣を抜く。


「聞こえなかったのか? その罪人から離れろと言っているんだ」


「うるせぇな……」


 そこに来てようやく、フードの男は振り返った。


「今謝ってるんだから邪魔すんな。そこの発情女と盛ってろよ」


「何⁉」


 勇者は怒りを顔に浮かべると、力強くフードの男に踏み込んだ。その速度は、先ほど闇将軍を一方的に倒した物とほぼ同速度。


「彼女を悪く言うな!」


 聖剣がフードの男の脇腹目がけて吸い込まれる。フードの男は聖剣の動きをぼんやりと眺めていたが、やがてゆっくりと右腕で防御の構えを取った。


 聖剣対右腕。決着は一瞬だった。


 ガァン! と言う金属音と共に、勇者の聖剣がバラバラに砕け散る。それを見て、フードの男は嘆息した。


「ぼっ、僕の聖剣がぁぁぁぁぁぁ!」


 愕然とした表情で尻餅を突く勇者。そんな勇者に、フードの男が歩み寄る。


「俺は出来るだけ格下相手にイキリ散らしたくない。ダサいからな」


 それと、とフードの男は続ける。


「仇討ちをすると決めた。だから、本気の一撃で葬ってやる。覚悟はいいか?」


「な、何なんだよお前…」


 恐怖。勇者の眼には、恐怖がありありと浮かんでいた。


「何なんだよ! 僕の聖剣をよくもぉぉぉぉぉ!」


 聖剣を失った勇者が、フードの男に向かって殴りかかる。それに対してフードの男は、ただ右手を前に着き出すだけだ。


「闇に喰われた哀れな少年。世界最強の存在、キョウ=ウルクファングの加護があらんことを」



 決着は一瞬。片方は傷一つ負う事なく、もう片方は塵も残さず消滅した。





 



「おい、何してんだ。行くぞ」


「・・・え?」


 少女は顔を上げる。するとそこには、怪訝そうな顔をした青年が立っていた。


「お前大丈夫か? 転んだと思ったら動かなくなって。疲れてるならアラギにおぶってもらうか?」


「何でオレなんだ。お前が背負えばいいだろ」


「だって俺怪我人だし。体ボロボロだし」


「・・・大丈夫」


 少女は立ち上がると、膝に付いた汚れを払った。


「・・・自分で歩ける」


「良し。じゃあ行くか」




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