闇の剣聖編⑦
すぐに終わらせようと思っていたのに、気が付けば⑦まで続いていました…
ラグラが迎えに来た憲兵隊を皆殺しにしたという話はすぐに街に伝わり、遠征に出かけていた人間を除く全ての憲兵隊がラグラを逮捕するべく動き出した。
「ようやく面白くなって来たな。勇者に手を貸す町を一個滅ぼしたとなれば、魔王様へのいい土産話になる」
ラグラはケラケラと笑うと、近くの石に腰かけた。石は程よくひんやりと冷たく、ラグラの火照った体には丁度良い温度となっていた。
「それにしても、まさかこんなガキの精神を乗っ取る事になるとはな。急いでいたとはいえ、ヤキが回ったもんだな」
今のラグラは、厳密にはラグラではない。外見はラグラだが、その中身は闇将軍。かつて『恐怖部隊』の一員に倒され、ペンダントの中に閉じ込められたはずの男が精神を支配する事で間接的に蘇ったのだ。
今のラグラの身体は闇将軍の思いのまま。誰にも邪魔される事なく、闇将軍は体を存分に使える。
「お、やっと憲兵隊とやらが来た。遅えよ、もっと早く来い」
愚痴りながらも、闇将軍は立ち上がる。その手には一本の剣が握られている。先ほど殺した憲兵隊から奪った物だ。切れ味は最高まで研ぎ澄ましてある。
闇将軍が立ち上がってのんびりと構えていると、憲兵隊は彼を囲むように展開し始める。確かに逃げ道が出来ないように囲むのは当然の行為だろう。最も、その分人数が分散してしまうというデメリットもあるのだが。
「ま、どんな陣形でも結果は変わらないんだけどな。陣形や作戦って言うのは力が拮抗している相手には有効だが、圧倒的な差がある相手には通用しないんだよ」
そう呟いている間にも、憲兵隊たちは徐々に包囲網を狭めていく。全員警戒しているのか、その姿勢にはやや緊張している感じが見て取れる。加えて慎重に歩いているためか、速度は亀の歩みだ。
闇将軍は嘆息すると、おもむろに片足を振り上げた。この身体は少々特殊で、首から下は右半分がラグラ、左半分が闇将軍となっているのだが、振り上げた足は闇将軍の方だ。
「よっこらせっと」
振り上げた石を、闇将軍は力一杯に振り下ろした。凄まじいスピードで落ちた踵が、大樽ほどの大きさの石を粉々に打ち砕く。
----瞬間、砕かれた石の破片が全方位に飛び散った。
その速度はさながら散弾銃。無数の石の破片が、闇将軍を今にも包囲しようとしていた憲兵隊員達に無差別に襲い掛かる。
「うわっ!」
憲兵隊員の驚きの声。予想もしていなかった攻撃は彼らの対処を遅らせ、彼らの肉体を貫いて絶命に至らせていく。鎧、兜、盾…そんな物は防御として機能しない。石の散弾を二、三発もらえばあっという間に使い物にならなくなり、後から降り注ぐ破片に為す術もなく蹂躙されて行く。
十秒も経たずに、闇将軍を包囲した憲兵隊員は半数以下に減ってしまった。
「何だよ。この程度か? 雑魚過ぎて話にならねえな」
「う、うおおおおお!」
闇将軍が憲兵隊員たちの惨状を見て笑っていると、背後から一人の憲兵隊員が突っ込んできた。鎧は吹き飛ばされ、防御として掲げた大楯は既に凸凹にひしゃげている。額から血を流しながらも、歯を食いしばって闇将軍に向かって斬りかかっていく。
袈裟懸けに斬りかかった大剣はしかし、闇将軍が上げた鞘によって防がれる。
「何っ…」
「人間って言うのは本当に脆弱な生き物だよな。何で生きてるんだ?」
言いながら、闇将軍は憲兵隊員の腹を蹴り飛ばした。相手が吹っ飛んだことを確認すると、腰を落として剣に手を掛ける。
「見せてやるよ。これが人間とおれたち魔族の根本的な差だ」
蹂躙。それが、ラグラが見た光景だった。
闇将軍の視界。それを通じて、ラグラは闇将軍と憲兵隊員の戦いを眺めていた。精神を乗っ取られはしたものの、完全に自我を失ったわけではないらしい。最も、手足を動かす事は出来ないが。
闇将軍と入れ替わった。正確には違うが、感覚的にはこれが分かりやすいだろう。
意識を取り戻したラグラが見たのは、荒れ狂う石の礫。それによって多くの憲兵隊員が血を流して倒れていく中で、疾風の如く駆ける男が一人。
自分-----ラグラの身体を使っている闇将軍だ。
左手に剣を持ち、口に鞘を咥えながら闇将軍は石礫飛び交う空間を駆ける。石で倒れなかった憲兵隊員を剣で斬り付け、その手から武器を奪い取っていく。
開始一分も経つことなく、立っている憲兵隊員は数えるほどになっていた。ラグラ本来の強さであれば一人倒せるか倒せないかと言うような強さを持つ憲兵隊員たちは、今や半壊に陥っていた。
これが、かつて魔王の側近を務めていたという男の力なのか。
「魔法を使わされると思ったんだがな、使うまでもなかったか」
その言葉を聞いて、ラグラはゾクッとした。正真正銘、自分の声だ。自分の声が自分以外の人間から出ているというむずがゆくなる様な違和感。そんな初めての感覚を、ラグラは今味わっていた。
「しっかし、人間って言うのは本当に脆いな。すぐ壊れちまう」
闇将軍は呆れたように言いながら、一人の憲兵隊員に近づく。そして、その腕を持ち上げた。
それは、千切れた左腕だった。肩口の部分から千切られ、今も血を滴らせている。
『ウッ!』
ラグラは思わず吐き気を覚え、口を手で覆おうとした。しかし、肝心の手は動かない。
「さて、雑魚を全員狩った所で皆殺しに向かうか…魔王様の喜ぶ顔が目に浮かぶぜ」
闇将軍が楽しそうに舌なめずりした、その時だった。
「そこまでだ!」
「ん?」
闇将軍が振り向く。そこには、いつか見た勇者の姿があった。キラキラと光る鎧を纏い、腰には豪華そうな剣が差してある。
「お前が市長さんと副市長さんを殺した犯人だな! 勇者として、この僕が成敗してやる!」
「勇者…?」
闇将軍は首を傾げていたが、やがて額に手を当てて笑いだした。
「勇者…勇者か。そうか、お前があの勇者様か。まさかまだこの付近に居たとはな」
ひとしきり笑うと、闇将軍は独り言のように嘯いた。
「おいラグラ、これは僥倖だぞ。お前が受けた屈辱を、おれが晴らしてやる。何、礼は要らねえよ」
そんな事頼んでない。
ラグラがそう言う前に、闇将軍は剣を鞘にしまった。そして腰を落とし、抜刀の構えを取る。闇将軍が先ほどから好んで使っている技だ。恐らく闇将軍は剣の斬り合いよりも、居合術を得意とするのだろう。
「来いよ、勇者。お前をバラバラに切り刻んで魔王様に献上すれば、あの方もお喜びになるだろうよ」
「魔王…と言う事は、お前は魔族か。ならば容赦する必要はないな。僕が成敗してやる」
構えを見た勇者は、腰の鞘から剣を抜いた。抜いた瞬間、眩い光が剣を包み込む。まるで見ている者の心を浄化するような光。ずっと見つめていると、ラグラは少し気持ちが楽になった。
「聖剣って奴か。魔族に対する人類の最終兵器、だったか?」
「そうだ。僕はこの聖剣で魔王も、お前も成敗する!」
闇将軍は鼻で笑うと、鞘を握る手に力を込めた。憲兵隊員相手に見せた抜刀術が再び披露される。
-----寸前、闇将軍の左肩が切断された。
「う、ぐぎゃああああああ!」
慌てて飛び退く闇将軍。そこを、二撃目が襲う。
「やあっ!」
いつの間にか、勇者は闇将軍の間合いまで踏み込んでいた。続く横薙ぎの一撃は闇将軍の腹を切り裂き、決して少なくないダメージを負わせる。
「馬鹿な…おれが見えないスピード、だと…」
驚愕する闇将軍。しかし流石は戦いのプロ、バックステップで距離を取りながら素早く剣を抜くと、空になった鞘を投げつける。
「こんなふざけた奴に負けてたまるかよ…」
飛んできた鞘を勇者は聖剣を跳ね上げて防御するが、その隙を逃す闇将軍ではない。残った右手を、勇者の胸に密着させる。
「【絶・衝撃】」
詠唱と同時、凄まじい衝撃が勇者の胸に叩き込まれた。一切の防御を許さないゼロ距離での攻撃。さしもの勇者もこれにはダメージを負ったのか、数メートル後方に吹き飛ばされる。
「まさかこのおれに技を使わせるとはな…だが、これで終わりだろ」
闇将軍が切断された左肩を右手で抑えながら、低く笑う。肩からはとめどない血が滝のように流れており、斬られた腹から出る量も合わせると今にも失血死しそうなくらいだ。
「まあ勇者と言っても所詮は青二才…このおれに勝てるはずが…」
笑っていた闇将軍が、目を見開く。
だが無理もない、たった今攻撃をくらったはずの勇者が、目の前に迫って来ていたのだから。
「何っ⁉」
動揺した闇将軍に、勇者の聖剣が袈裟斬りに振り下ろされた。ブシュッ、と言う音と共に血が飛び散る。
「ガアアアアアア!」
よろめきながらも後退する闇将軍。その顔には苦しみと驚愕が入り混じっていた。
「どうして生きてやがる! あの技は密着状態で受ければ内蔵を破壊し尽くす一撃! 鎧如きで止められるような代物じゃねえんだぞ! なのにどうして!」
「そんなに強い一撃だったのか」
勇者は眩い光に包まれた聖剣を構え、闇将軍に向かって距離を詰める。勇者側の顔には、苦痛も悲しみもない。ただ、先ほどまでの格好付けたような顔が続いている。そしてーーーー
「でも僕が神様から貰い受けた力の前には、無傷も同然だね。やっぱり凄いやこの力」
あっけらかんと、言い切った。
「貰い受けた、だと…」
愕然としながらも、闇将軍は剣を拾い上げる。そして鋭い眼光で勇者を睨みつけた。
「んなふざけた力に、おれが負けて堪るかァァァァァァ!」
最速。
それが、ラグラの感想だった。
つい先ほどから、闇将軍と勇者の高速戦闘を見てきた。しかし、この速度はその中のどれよりも速い。
恐らくこれが、かつて魔王の側近であった頃の闇将軍の本気の実力。怒りが彼を奮い立たせたのだ。
「【絶剣・死転暴虐】----」
「ほい」
勇者のそんな軽い言葉と共に、闇将軍の右手首が切り飛ばされた。
「うぎゃあああああ!」
たまらず地面を転がる。 思わず手で地面を掻き毟ろうとするが、両方の手が吹き飛ばされていて上手くいかない。痛みを誤魔化す手段すら取れずに苦しみの声を上げている闇将軍に、勇者はトドメを指すべく近づいてくる。
「魔族め。これで成敗完了だ」
光り輝く聖剣が突き立てられる。ラグラは思わず目を閉じた。これで、もう終わりだというのか。
今までの事が、走馬灯のように駆け巡る。両親とともに居た記憶、ジャスミンと共に過ごした日々、【剣聖】と、互いを高め合う訓練をした事、そしてーーーーー闇将軍と共に訓練をした日々。
『クソ…もう終わりなのかよ』
その時、前方から声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん?」
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