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闇の剣聖編④

 それから三か月間は、特に何事もなく過ぎた。

 

 毎日朝から晩まで闇将軍の指示する訓練を行い、ヘトヘトになって家に帰る。その繰り返しだ。最初は前日の訓練の筋肉痛で動かすのにも一苦労だった体も、日を重ねるにつれて少しずつ楽に動かせるようになっていった。


『それにしてもラグラ、お前根性あるな』


 その日の訓練を終え、ラグラが額の汗を拭っていると、唐突に闇将軍が話しかけてきた。


「どうしたんだ、急に?」


『いや、まさかこの訓練を毎日欠かさず続ける奴が居るとは思わなかったからな。今更だから白状するが、おれの部下だってあまりの厳しさに倒れちまったから、仕方なく週一で休みを入れてたくらいなんだぜ?』


「そうだったのか」


 毎日続けているため自覚は薄かったが、どうやらラグラは相当根性があるらしい。


『この調子で続ければ、あの村を襲撃した魔物くらいなら簡単にブッ殺せるようになるかもな』


「そ、そうか」


 闇将軍からのお墨付きに、ラグラは少し嬉しくなった。かつて魔王の側近を務めていた程の闇将軍からのお墨付きだ、信じてもいいだろう。


「この調子なら、あの勇者にも…」


『勇者?』


 疑問府を浮かべる闇将軍に、ラグラは先日の勇者との一件を伝えた。


『成る程な…そいつは強敵だな』


「でも今の俺なら勝てるかもしれない。そうすれば、質屋のあの人も…」


『いや、どうだろうな』


 木剣を握るラグラに、闇将軍は厳しい声を掛けた。


『勇者って言うのはいわば人類の希望だ。魔族に支配されるのを恐れた人類が、最期の希望として異世界より召喚する存在…それが勇者と呼ばれる奴らだ。アイツらはこの世界に住む全人類の希望を背負って立ってる訳だ。そう簡単には倒せねえよ』


「そ、そうなのか…」


『おれが現役だった頃、一度だけ勇者一行が攻めてきた事があるが…なかなか手ごわかったぜ。普段片手のおれが両手を使わされたくらいには強かったな』


「それって強いって言うのか?」


 ラグラのツッコミに、闇将軍は「とにかく」と続ける。


『勇者は強い。たかだか三か月鍛えたくらいで勝てるような敵だと思うな』


「分かったよ」


 闇将軍からの警告に、ラグラは仕方なく従う。もう一度戦ってみたいという気持ちはあるにはあるが、もう少し強くなってからだろう。


『じゃあ、帰るか』


「うん。今日はジャスミンがカレーを作ってくれてるんだ。早く帰らないとね」


 闇将軍と談笑しながら、ラグラは家に帰る。すると、部屋の隅で何者かが倒れているのが見えた。長い黒髪に小柄な体、紛れもなくジャスミンだ。


「ジャスミン⁉」


 慌てて駆け寄り、ジャスミンを抱き上げる。持ち上げた彼女の体はとても熱く、額に刃尋常ではない量の汗が出ていた。呼吸もやたらと荒く、指先は僅かに痙攣している。


 誰がどう見ても、危険な兆候だ。


「ジャスミン! しっかりして! ジャスミン!」


「う、うん…」


 ラグラが必死で呼びかけていると、ジャスミンは呻きながらも目を開けた。そしてラグラの顔を見て、悲しそうな笑みを浮かべる。


「あ、お兄ちゃん…ごめんね、いつも頑張ってるお兄ちゃんにカレーを作ってあげようと思ったんだけど、急に体に力が入らなくなっちゃって……」


「もう喋らなくていい。今すぐ治癒魔法を使える人を連れてくるから!」


 ラグラはすぐさま踵を返すと、三軒離れた家の扉を強く叩いた。老婆ナオールの家だ。ナオールは治癒魔法の熟練者で、村の住民は皆彼女に治してもらっているくらいだ。ラグラ達も何回か治してもらった事がある。


 何回も扉を叩いていると、扉がゆっくりと開いた。中から白髪の老婆が鬱陶しそうな顔で出てくる。


「何だようるさいねえ。今何時だと思ってるんだい?」


「ナ、ナオールさん。ジャスミンが!」


 その言葉だけでナオールは察したのか、「急患じゃあ仕方ないね」と溜め息を吐きながらラグラの家に向かった。ラグラは急いで案内する。


 家に着くと、ナオールはとても老人とは思えない俊敏な動きでジャスミンの腹に手を当てた。その口から呪文が呟かれる。


「----【回復ヒール】」


 ナオールが唱えると同時、彼女の手が光り輝く。その光が数秒続いたかと思うと、ナオールはジャスミンの腹から手を離し、ジャスミンに聞いた。


「これで治療は終わりだよ。どうだい、楽になったかい?」


「は、はい。ありがとうございます」


 ナオールにお礼を言うジャスミン。心なしか、その表情は元気そうに見える。


「ま、悪い物でも食べたんだろ。この村は湿気てるからね。今度からは食べる物に気を付けてーーー」


「ウッ!」


 ラグラがホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、ジャスミンは再び苦しみだした。これにはナオールも慌てる。素早くジャスミンの腹に手を翳し、再度呪文を唱える。


「ひ、【回復ヒール】」


 光が再びナオールの手から放たれる。光を浴びたジャスミンは再び元気そうな表情を見せるが、すぐにまた苦し気な表情に戻ってしまう。


「どうなってるんだい、一体⁉」


 ナオールは毒づくと、三度目の【回復ヒール】を放つ。しかし結果は変わらず。


「まさか回復呪文が効かないとはね。不思議なこともある物だよ」


 ナオールは言いながら、今度は手をジャスミンの額に当てた。そして、今度は違う呪文を唱えだす。


「-----【状態探知ステーツサーチ】」


 ナオールの手から、紫色の光が放たれる。しばらくジャスミンの額に光を当てていたナオールだが、やがて諦めたように首を振りながら、ジャスミンから離れた。苦しんでいたジャスミンはいつの間にか気を失っていた。


「ナ、ナオールさん。ジャスミンは…」


「悪いね坊主。この子はアタシの力じゃ治せない」


「えっ?」


「何て説明すればいいかな…」


 ナオールは頭を掻くと、ジャスミンを指さす。


「今のこの子の中には、病原菌の核みたいな物が潜んでる状態なんだ。その核を潰さない限り、この子の状態は良くならないよ。ずっとこのままだろうね。アタシがいくら回復魔法を使ったって無駄なのさ。」


「そ、そんな…」


 驚いているラグラを尻目に、ナオールは立ち上がった。


「力になれなくて済まないね。申し訳ないけど、アタシの力じゃ治せないよ」


 そう言って、申し訳なさそうに出て行く。後には気を失ったジャスミンとラグラが残された。







 どのくらい経っただろうか。


 唐突にラグラは立ち上がると、おぼつかない足取りで家から出た。ペンダントから闇将軍が不思議そうに聞いてくる。


『おい、何処へ行く気だ?』


「散歩。気分転換になるかと思ってさ」


 行く宛もなく、ラグラは彷徨う。やがて村の外れまで差し掛かった頃、その口から言葉が漏れる。


「どうして、ジャスミンなんだ」


 その言葉が始まりとなって、溜め込んでいた言葉が溢れ出した。


「どうしてジャスミンなんだよ。ジャスミンが何をしたって言うんだ。どうして、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。ふざけるな!」


 ついに耐えきれなくなり、ラグラは地面に膝を突く。


「何でこんなに不公平なんだよ…世界って言うのは」


 涙がこぼれてくる。何て自分は無力なんだろう、とラグラは自分を呪いたくなった。これだけ一生懸命に剣を振ったって、自分はジャスミンの痛み一つ治す事が出来ないのだ。大粒の涙がポロポロと地面に落ちていく。


『…なあ、悲しんでる所悪いんだが』


 ラグラが無力な自分を嘆いていると、闇将軍が話しかけて来た。苛立ちながらそちらに意識を向ける。


「何だよ」


『お前の妹のーーーージャスミンって言ったっけ? アイツはどういう症状を患ってるんだ?』


「それはーーーー」


 ラグラは自分が見た状態、そしてナオールが話してくれた状態を出来るだけ丁寧に説明した。闇将軍はしばらく無言で聞いていたが、ラグラの話が終わると何事もなさそうに告げた。


『何だ、それなら治し方を知ってるぜ?』


「え?」


 一瞬、思考が停止した。今闇将軍は、何と言った?


『多分それは、村を襲った魔物が患ってた病気だな。大方接触でもして感染したんだろ。魔族と人間じゃ病気に対する耐性が桁違いだから、掛かっても仕方がないーーー』


「ど、どうやって治すんだ⁉」


 闇将軍の言葉を遮って、ラグラは闇将軍に聞いた。ジャスミンが苦しんでいる以上、一分一秒を惜しんでは居られない。ラグラの必死さがおかしいのか、闇将軍は楽しそうに笑った。


『何、助ける方法は簡単さ。とは言っても、お前さんが苦しむ事になるけどな』


「どういう意味だ?」


『言葉通りさ。その娘が持っている病気を、お前に移すんだよ。閉じ込められてこそいるが、病気を人から人へ移動させる事くらいなら今のおれにだって出来る。おれの力で病気をジャスミンからお前に移せばいい』


 ただな、と闇将軍は続ける。


『病気を移したからと言って、問題が解決する訳じゃない。病気はお前の中に残り続ける訳だからな。病気を治すのはお前の力だ』


「その病気は治るのか?」


 ラグラの質問に、闇将軍はせせら笑う。


『大半の病気は、体力との戦いさ。お前の妹は体力がないから病気に蝕まれちまったが、お前の体力なら病気を抑え込めるだろうよ』


 成る程、確かに一理ある。


「ジャスミンは、治るんだな?」


『治る、と言う表現だと少し変ではあるが、まあそうだな』


 闇将軍が肯定するよりも早く、ラグラは走り出していた。普段の訓練以上の速度を出し、家に到着する。ジャスミンはまだ気絶から覚めて居なかった。


「闇将軍、早く!」


『お、おう。それじゃあ始めるぞ。ペンダントを妹に向けろ』


 言われた通り、ペンダントをジャスミンに向ける。すると、ペンダントがギラリと怪しげに光った。


 診断を初めてからの闇将軍の一言目は、苦々しい物だった。


『……これは酷いな。かなり核が大きい』


「出来ないのか⁉」


『いや、移す事は出来る。ただ今のお前の体力じゃ移しても逆にやられちまう。それだけこの核は大きいんだ。』


 ラグラは拳を壁に叩き付けた。これだけ鍛えてもまだ体力が足りないというのか。


『まあ、苦しみはするが一日二日で死ぬような病気じゃない。ギリギリまで体力を鍛えて、それから病気を移してもーーーー』


「それじゃ駄目なんだ!」


 自分でも驚くくらいの大きな声が、ラグラの口から出る。


「妹はーーーージャスミンは俺のたった一人の家族なんだ! ジャスミンが苦しんでるのを見ると、俺まで胸が締め付けられるような思いがする! 彼女が苦しむ姿なんて、一秒だって見たくはない!」


 ラグラの心からの叫びに、闇将軍は少しの間押し黙った。


 しかし言葉を続ける。


『ならどうする。今のまま病気を移せば、お前は間違いなく病気に食われる。そうなればもう終わりだ。散々苦しんだ後、病気に蝕まれて死ぬぞ』


「構わない。ジャスミンが助かるなら、それでもーーーー」


『馬鹿かお前は。肝心のお前が死んだら元も子もないだろうが』


「それでもいいんだ。ジャスミンを救うためなら、俺は何だってやってやる」 


 瞬間、ペンダントがギラリと光った。ジャスミンに対して光ったのよりも遥かに不気味で、怪しい光。低く、重い闇将軍の声がペンダントの中から響いてくる。


『----言ったな? 何だってやると』


 その、いつもとは違うトーンに一瞬臆するラグラだが、決意は変わらないとばかりに即答した。


「ああ、ジャスミンを救う為なら、俺は何だってやってやる」


 瞬間、一陣の風が吹いた。その風に乗って、闇将軍の声が聞こえてくる。


『その願い、聞き届けた。力を貸してやる』


 


 


 

 


 



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