闇の剣聖編③
目が覚めると、見慣れた天井が目に入った。ラグラは腹を抑えながら体を起こす。
「ここは・・・」
「あ、やっと起きた!」
体を起こしたラグラを見て、ジャスミンが走り寄って来る。近づいてきたジャスミンは勢いもそのままにダイビングハグを噛ましてきた。
「もう、心配したんだから!」
「ご、ごめんジャスミン」
悲痛な声で抱き締めてくるジャスミンの背中を撫でる。
「それにしてもここは・・・家だよな。俺は一体・・・」
すると、ジャスミンがパッと顔を上げた。
「お兄ちゃん、路地裏で喧嘩したんだって? それで気絶しちゃったらしいじゃない。もう、木剣は護身用であって、喧嘩に使う武器じゃないんだよ!」
「ご、ごめん」
反射的に謝ると、ジャスミンは鼻を鳴らした。
「謝るなら、お兄ちゃんを運んできてくれた人に言ってよ。私すっごく愚痴られたんだから。『俺の管轄で暴れるな』って」
その言葉を聞いた途端、昨日の出来事を鮮明に思い出す。
「そ、それはどんな人だったんだ?」
「え? えっとね、確か黒いフードを被ってて、とっても怠そうだった。あ、でも眠かっただけなのかな・・・そこは分かんないや」
何だか要領を得ない発言だ。
木刀を持って外に出る。すると目に映ったのは驚きの光景だった。
目の前の家は倒壊して、近くにある建物群も破壊痕が刻まれている。まるで大きな獣が暴れまわった後のような光景に、ラグラは空いた口が塞がらなくなった。
「一体、何が起こって・・・」
「魔物だよ」
横から聞こえて来た声に振り向くと、そこには右腕を押さえたフォーカスが居た。顔に付いた細かい傷と右腕の服に滲んだ血が、戦いの壮絶さを物語っている。
「さっき・・・街の方角から巨大な魔物が来て村を襲ったんだ。あまりに突然の出来事で皆対処が出来なくてね・・・おかげで酷い怪我を負ったよ。ハハハ・・・これじゃあしばらくは模擬戦は無理そうだね」
フォーカスが力なく笑い、自分の後ろを指し示す。見ると、魔物対峙に駆り出されたであろう満身創痍の大人達が、生気を失った目でフラフラと歩き回っていた。
「それで、その魔物は?」
「もういないよ。さっき・・・黒いフードを被った人がやって来てね。気怠そうにしながらも、拳圧一発で魔物を追い払ったんだ」
「黒いフード。それに気怠そうって・・・」
恐らく、ラグラを家まで運んでくれたのと同じ人間だろう。一体どこの誰なのだろうか。
「凄まじかったよ・・・暴れ回る魔物を、たった一発で、しかも一切傷つけずに・・・あの人なら間違いなく、殺す事も出来たはずだよ」
【剣聖】の息子であり、負けず嫌いでもあるフォーカスにここまで言わせる黒フードの人は何物なんだろうか。ラグラは僅かに背中が寒くなるのを感じる。
「そ、その人は今どこに居るんだ⁉」
やや焦ったように聞くラグラに、フォーカスは首を振った。
「さあ・・・魔物を追い払ったらすぐにどこかに行っちゃったから分からないな。それよりもまず、壊れた家を直さないとね。じゃあね、ラグラ」
フォーカスはそう言うと、おぼつかない足取りで倒壊した家の修復作業の手伝いに向かった。あの怪我でもまだ動こうとするのは流石だ。ラグラもリハビリがてら手伝おうと家に近づく。
「ん?」
その途中、何かを踏みつけた。疑問に思って足を上げてみると、黒い結晶が埋め込まれたペンダントが落ちていた。逃げた際に誰かが落とした物だろうか。
「これ、何の石だろうな」
少なくともラグラは見たことがない。と言う事はこの辺りの人間の物ではないと言う事か。
(ひょっとして、例の黒いフードの人の物だったりしてーーー)
『おい、早くここから出せ!』
「えっ⁉」
突然、ペンダントから声が聞こえてきた事でラグラは思わずペンダントを取り落としてしまう。
「な、何だ⁉」
『早くここから出せ! このおれをこんな所に閉じ込めやがって!』
ペンダントから、憎々し気な声が聞こえてくる。ラグラは恐る恐るペンダントを拾い上げた。
「だ、誰だ!」
『ん? その声は・・・お前、おれを閉じ込めた黒フードの男じゃないな?』
怪訝そうな声が聞こえる。
「俺はラグラ。このペンダントは、たまたま落ちていたから拾っただけだよ」
『そうか。取り乱して悪かったな。おれは闇将軍。分け合ってこの中に閉じ込められてるんだ。クソッ、あの野郎・・・』
「訳って、何があったの?」
純粋な疑問から、ラグラは闇将軍に聞いた。一体どんな事をしたら、こんなペンダントの中に閉じ込められてしまうのだろうか。
『「恐怖部隊」の人間と戦ってな。ボスとやり合いさえしなければ大丈夫だと思ってたんだが・・・クソ、何なんだよあの黒フード。全く歯が立たなかった。昔は魔王様の側近を務めてたこのおれが・・・』
その言葉に、ラグラは身を強張らせる。
『恐怖部隊』と言えば、この世界に住まう全人類共通の恐怖の対象だ。
圧倒的な力を持った化け物の集団。敵に回したら最後、骨の一本も残らないというのは世間に疎いラグラでも知っている。そんな組織相手なら、こうしてペンダントの中に閉じ込められてしまうのも納得が行く。
その存在に震えると共に、ラグラは納得する。自分を、そして自分の村を救ってくれた、黒いフードの人。あの人は『恐怖部隊』の一員だったのだ。それならフォーカスが恐れるほどの戦闘力もあるだろう。
『それにしても、まさかあの黒フード。おれを落としていくとはな・・・おれの存在価値低くないか? どんだけ脅威に思われてないんだよおれは』
確かにその通りかもしれない。本当に危険な存在ならもっと厳重に管理するだろう。少なくともラグラならそうする。
『ま、くよくよしてもしょうがねえか』
闇将軍は諦めたように言うと、その後は一言も発しなくなった。ラグラはこのペンダントの処遇にしばらく悩んだが、こんな所に置いておいて万が一封印が解けたら大変だ。さっき闇将軍は魔王の側近を務めたこともあると言っていた。ならば、放置する手はまずない。
それに、黒いフードの人の事も気になる。ひょっとするとうっかり落としただけで、取りに来るかもしれない。一度助けられたのだ、お礼の一言も言いたい。
ペンダントをポケットにしまい、ラグラは修復作業に向かった。
昼は喧噪で溢れかえっていた大通りも、夜になれば嘘のように静まり返る。
月明かりが照らす中、ラグラは一人木剣を振っていた。要するに素振りだ。昼過ぎまで寝ていた上に修復作業に時間を費やしたため、剣の練習をする時間がなかったのだ。一日でもサボれば、その分体は感覚を忘れていく。強くなりたいのなら、雨が降ろうと槍が降ろうと毎日続けることが大切だ。
「1169、1170・・・」
無心で木剣を振る。すると、足元から声が聞こえてきた。
『情けねえな。そんな特訓じゃ、100年経っても魔王様に届かないぞ』
頭で考えるよりも速く、体が動く。バッ! とその場から飛び退くと、木剣を上段に構えた。そして辺りを注意深く見回す。
「誰だ⁉」
周りを見回すも、辺りには誰も居ない。虚空を凝視するラグラに、声の主は告げる。
『そんなに警戒するな。おれだよ、闇将軍だ』
「えっ? ああ・・・」
そう言えば、ポケットの中にペンダントを入れっぱなしだったのをすっかり忘れていた。ラグラはポケットからペンダントを取り出す。月明かりを浴びて、結晶は一段と怪しく光っていた。
『それにしても、随分とまあぬるい特訓だな? ここからじゃ得られる情報量はそう多くねえが、それでも分かるレベルで甘っちょろい特訓だ。そんなんで強くなれると思ってるのかよ?』
闇将軍の馬鹿にした言い方に、ムッとなって言い返す。
「じゃ、じゃあどうすればいいのさ」
『おれが稽古を付けてやろうか? 昼も行ったが、これでも昔魔王様の側近を務めていた身だ。並大抵の奴には負けないぜ?』
闇将軍からの意外な提案に、ラグラは戸惑う。確かにその話が本当なら、ぜひとも稽古を付けて欲しい。しかし、こんな顔も見たことのないような相手を信じてもいい物かどうか。
『おいおい、別にお前を騙そうとしてる訳じゃない。そもそもこの状態でどうやってお前を出し抜こうって言うんだよ? 純粋な暇つぶしだよ、暇つぶし』
「ほ、本当に・・・」
『おう。まあ今の10倍キツイかもしれないがーーーー強くなるぜ、そこら辺の魔物を軽くブッ殺せるレベルにはな』
その言葉に、ラグラの脳裏を両親の姿がよぎった。何の抵抗も出来ず、大して強くもない魔物にあっさりと殺されてしまった、ラグラの両親。あんな風にむざむざと殺されない為に、自分は強くなろうとしているのだ。
自分でも気が付かない内に、ラグラは頷いていた。
「分かった。やるよ」
『そう来なくっちゃな。じゃあ、まずはおれの言った通りに動いてみろ』
闇将軍は楽しそうに言うと、声だけでラグラに指示を出すーーーー
闇将軍の特訓は、宣言通り従来の10倍厳しい物だった。
毎日鍛え上げた体力は、最初の指示であっさりなくなった。培ってきた筋肉は五分も経たずに悲鳴を上げ始め、ラグラの全身を蝕んだ。それでも倒れそうな体に鞭打って、ラグラは何とかラグラは闇将軍の特訓を完遂して見せる。
『お、初めてでこの特訓を全部終えるとはお前、根性あるな。おれですら初めてやった時には途中でぶっ倒れたのに』
「俺の事、見えてるの・・・?」
地面に仰向けに倒れ、息を切らしながらラグラは聞く。このまま眠ってしまいたい。しかしそうすれば翌朝には凍傷で発見される事だろう。
『見えねえよ。ポケットの中だし。けど、おれクラスになると音だけで大体察する事が出来るんだよ』
「凄いなーーー」
『お前もこのくらい、すぐに出来るようになるぜ? ま、続ければだけどな』
そう言って闇将軍は笑う。ラグラもつられて笑いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「速く、帰らないと。ジャスミンが心配しちゃう・・・」
『無理すんなよ? 今へとへとなんだから』
足取りが重い。目と鼻の先であるはずの家にまるで近づけない。それでもラグラは倒れそうな体を引きずり、どうにか家にたどり着いた。
「ただいま……」
「お帰り。・・・ってどうしたのお兄ちゃん⁉ 顔色悪いよ!」
ジャスミンが心配そうに駆け寄ってくる。ラグラは力なく笑うと、ベッドに倒れ込んだ。一刻も早く眠りたい。
意識が落ちそうなその時、ラグラはジャスミンが咳をするのを聞いた。喉を痛めそうな、酷く刺々しい咳。普段から健康に気を使っているジャスミンが咳をするなんて珍しい。
「ジャスミン、今日はもう寝た方がーーー」
その呟きは誰にも聞かれる事なく、ラグラの意識はそこで途切れた。
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