正義VS悪編③
「一体、何を言ってーーー」
「さっきからお前は正義正義と馬鹿の一つ覚えみたいに喚いてたけどよ・・・正義の為なら無関係な人間を巻き込んで殺してもいいのか? 街をぶっ壊してもいいのか? お前はさっきから建物をぶった切って派手にやってるけどよ、その余波で死んだ奴の遺族になんて言い訳するんだ? 正義の為だから仕方がなかったとでも言うつもりか?」
青年の疑問に、零次は僅かに落ち着きを取り戻す。
「違うだろ。どんな形であっても殺人は殺人だ。正義の為だから人を殺しても許されるとか、これは正義の為じゃないから駄目とか、そんな物じゃないだろ。どんなお題目を付けた所で、人を殺した奴の手は汚れてるんだよ。正義ぶってるんじゃねえ」
だからこそ、青年は自分を悪だと知っている。
青年が葬ってきた人間の中には、彼を殺そうとした者も居た。騙そうとした者も居た。それら全てを殺したとき、彼は一度も『正義の為』と言うことはなかった。
例え返り討ち、仕方がない行為であったとしても、人を殺す事を正当化したくなかったからだ。
「俺からすれば、『正義の為』とかほざいてる奴は皆偽善者だ。いや、誰かの為とか称してる奴は全員偽善者だよ。お前も含めてな。知ってるか? 『人』の『為』と書いて偽りと読むんだぜ」
「ッ! 黙れ、この犯罪者があッ!」
怒る零次。正義のヒーローを偽善者扱いされて頭に来ているのか。青年は薄く笑った。
「お前が正義なら、俺は悪で結構だ。来いよ勇者様、この悪人を全力で潰しに来い」
「ふ、ざけるなっ!」
怒りに我を忘れた零次が聖剣を構えて突撃していく。今までの型とはまるで違う、『猪突猛進』という言葉が相応しいほどの突っ込み型だった。
青年はそれを見て、引き裂いたような笑みを浮かべる。左手に持った金槌をベルトにしまい、空いた左手を刀に掛けた。両手で刀を持つ構え。手数の多さをメリットとしている青年らしくない構えだ。
聖剣と刀の一騎討ち。その舞台に青年は楽しそうに笑いーーーふと地上を見る。
するとそこには、険しい顔で結界の手伝いをする少女目掛けて襲い掛かるジュディの姿があった。大方、勇者が苦戦しているのを見て人質でも取ろうというのだろうか。少女は結界の調節に集中していて、迫り来る敵に気が付いていない。声を上げようにも、この距離だと間に合わないかもしれない。
「クソッ!」
青年は咄嗟に、手に持っていた刀を投げる。刀は少女を倒そうとしていたジュディの肩を掠め、彼女を後ろに飛び退かせた。
「何奴⁉」
「ウオオオオオッ!」
その雄叫びに青年は顔を前に戻す。すると、零次はもう目と鼻の先まで迫ってきていた。
「ハハッ」
青年は笑うと、拳を固く握りしめた。この間合いだ、武器を抜いていたらやられてしまう。だから武器など抜かない。
直後、聖剣が青年の腹を貫いた。腹が熱い。青年は思わず喀血する。
「どうだ、『黒百鬼の死神』。これが正義の力だ!」
この時、零次は勝利を確信していたはずだ。いくら敵が危ないと言えど、腹を刺されれば致命傷だ。ましてやこの武器は魔を討つ聖剣、敵は死ぬはずーーー
「ク、ククククク」
「なっ・・・」
だから、反応に遅れた。
青年の拳が、零次の顔面に力強くめり込む。正面から殴られて吹っ飛び掛けた彼の胸ぐらを掴み、青年は腹から聖剣を引き抜いた。ドバッ、とけして少なくない量の血が流れる上、古傷が開く。体温が低下していく中、青年は零次の首に聖剣を突きつけた。
「これが悪だよ、勇者様」
息も絶え絶えに言うが、零次は意識が朦朧としているのか返事がない。青年は聞こえていないことに気がつくと舌打ちをし、地上を見下ろした。そこには零次の仲間達が集結している。
「おい、そこの魔法使いと格闘家。決着は着いた、引け! じゃなければコイツの首が飛ぶぜ?」
そう言って、聖剣を引くフリをする。するとレナとジュディの目に恐怖が浮かび上がった。それを見てせせら笑いながら、零次の体を地上に向かって放り投げる。
「ゆ、勇者様!」
レナが悲鳴のような声を上げた瞬間、ジュディが跳んだ。そして零次の体をしっかりと抱き抱える。
「・・・フン」
それを見た青年は、知らず知らずの内に鼻で笑っていた。
正義正義と甘っちょろい事をほざいていても、ついてきてくれる仲間がいると言う事実に失笑を禁じ得なかったのだ。
「本当に、ふざけやがって・・・」
そこで体が傾く。そう言えば腹を貫かれていたのだった。戦いに夢中で気が付かなかったが他にも百余りの切り傷、かすり傷を負っている。いくら青年でも、勇者の斬撃を完全に回避できたわけではない。
膝から力が抜けた青年の体が、屋根から落ちていく。その体は地上に叩きつけられるーーー寸前でアラギによってキャッチされた。
「終わったぞ。万事上手くいった」
「おう、ご苦労さん」
「・・・ん」
気が付くと、隣に少女もいた。
「さて、行くか・・・と言いたいところ何だが、実は腹を刺されて体が上手く動かねえ。悪いんだがしばらく運んでくれないか? あ、あと治癒魔法も」
「結局大怪我を負ったのか。しかも体が動かないのかよ。本当にお前は戦闘以外はゴミクズだな。おい、治癒魔法使っとけ」
「・・・ん」
少女が呪文を唱える。すると彼女の手に淡い光が灯り、青年の体に降り注いでいく。とは言え、すぐに回復はしない。この魔法はあくまでも人間の治癒能力を引き上げるだけであり、肉体をあっという間に回復してくれる回復魔法とは訳が違うからだ。
肉体を瞬時に回復する類の魔法は、とある理由から敬遠している。
「・・・これで、大丈夫。二日もすれば治る」
「おう、サンキュー。じゃあ行くか、ここに居ても追撃くらうだけだし。必要な物は全部買ったから長居する意味もないしな」
青年はそう言ってアラギの背中を叩く。アラギはそれに対してゆっくりと歩き出した。重いとは微塵も思っていない、ただ傷に響かないようにしているだけだ。
二人と担がれた一人の姿が、次の町へと消えていく。
「痛たたた・・・」
青年達が去ってから十五分後。
零次は目を覚ました。いくら勇者の力があったとは言え、拳をもろにもらってしまったらこのくらい普通だろう。多分そのはずだ。決して自分が弱かったわけではないはず。
「あ、勇者様!」
零次が起きたことに気がついたレナが駆け寄り、零次を抱き締めてくる。零次はしばらく女の子特有の柔らかい感触を堪能した後、レナを引き剥がした。
「僕は大丈夫だ、レナ。そんな事より奴らを追わないと」
「勇者様ーーー」
レナが羨望の眼差しで見つめる中、零次は立ち上がる。何がなんでも奴を倒さなくてはまた不幸になる人が出てくるだろう。奴は頭のいかれた大量殺人鬼なのだから。
ーーー僕は勇者だ。犯罪者はこの手で始末してやる。
その時、避難していた人々がこちらに向けて走って来た。皆満面の笑みを浮かべ、零次達を取り囲む。その中の一人が息を弾ませながら聞いてくる。
「勇者様! あの怪物を倒したと言うのは本当ですか⁉」
「追い払う事は出来ました。しかし、まだ完全には倒せていません」
零次が答えると、街の人々は嬉しそうに互いの顔を見合わせた。あの犯罪者が自分達の街から出て行き、自分たちの身に平和が訪れたことに喜びを感じているのだろう。
「よかった、本当に良かった・・・ありがとうございます勇者様。おかげで皆、安心して眠れます」
「それは良かったです」
嬉しそうに喜ぶ人々を見ながら、零次は微笑む。そして、心の中で奴に問いかけた。
(なあ、『黒百鬼の死神』。お前はこんな人々の笑顔を奪って楽しいのか? 善良な彼らを畏怖させ、悪に走るお前を僕は許さない)
グッ、と拳を握り零次が決意を新たにしていると、先ほど零次に問いかけた男がやや興奮気味に叫んだ。
「勇者様には言葉で言い表せない程の感謝です。奴との戦いが激化する事を予見して、事前に結界を張っておくなんてやはり勇者様は偉大です!」
「ん? 結界? 何の事だ?」
すると男はキョトンとした顔をした。
「嫌だなあ、勇者様のお仲間が懸命に張ってたじゃないですか。大規模な防御結界を。おかげで建物の多くが倒壊してもそれによる人的被害はゼロですよ、ゼロ! あれだけの規模の戦いを引き起こして起きながら誰一人として危害を加えないなんて、流石は勇者様です!」
「な・・・・」
零次はレナを見るが、レナも知らなかったのか首を振る。一方、何かを目撃していたのかジュディは青ざめた顔をしていた。
零次は悪寒が体を走るのを感じた。まさかーーーー
「け、結界を張ったのがどんな奴だったか分かるか?」
「え? 勇者様の仲間ですよね?」
男は訝しみながらも、思い出そうとする仕草をして・・・
「確か、銀髪の少女と背の高い眼帯男だったと思いますよ」
あってほしくなかった答えを、口にした。
「そんな・・・」
レナが息を呑む音が聞こえる。だが驚いているのは零次も同じだ。まさかこんな事があっていいのか。
『正義の為なら無関係な人を殺してもいいのか?』
奴の言葉が頭をよぎる。零次は無意識の内に、地面に手を突いていた。
「勇者様⁉」
「こんな事が・・・あっていいのかよ」
認めたくない事実だった。いや、認めてしまったら自分が自分でなくなってしまうような気さえした。
「勇者様? どうなさったのですか?」
そんな零次の反応に、街の人々は怪訝そうな顔をしていた。
「なあ、死神」
「ん? どうした?」
「どうしてお前はそんなに勇者を嫌っているんだ?」
アラギからの唐突な質問に、青年は面食らった。
「どうしてそう思ったんだ?」
「らしくなかったからだ。オレは結界を張りながらお前と勇者の戦いの一部始終を眺めていたが、お前らしくない戦い方だった。いつもならもっと心の底から楽しそうに笑いながら戦っているはずなのに、あの時のお前はどこか冷めたような表情をしていた」
「・・・それは私も気になった」
少女の同意に、青年は溜め息を吐いた。まさか仲間に見抜かれていたとは。まあこの二人は青年の事をよく知っている。見抜かれても無理もない。
「どんなに考えた所で、正義なんて曖昧な物だから。そんな物に縋るアイツが惨めだと思っただけだよ」
青年の言葉に、アラギは納得したように頷いた。
「そうか。まあオレも正義は嫌いだけどな。アイツらは正義と言う免罪符があれば何をやってもいいと思ってるから嫌いだ」
「・・・私も。正義と称して処刑されそうになった恨みは忘れない」
「ハハッ、流石俺の仲間だな」
青年は短く笑うと、意識を失った。
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