闇の剣聖編①
「殺せ! 殺せ!」
指揮官の言葉に、兵士たちが武器を構える。兵士たちは全員黒色の軍服で身を包み、体の半分を隠せる大きさの盾と、フィランギを強く握りしめていた。
「うぎゃああああ!」
その時、前方で仲間の兵士の叫び声が聞こえた。直後、棒のような物が四本立て続けに飛んでくる。それを見た兵士たちの背筋が凍る。
「こ、これは……」
瞬間、夜の帳を切り裂いて青年が飛び出してくる。投げ捨てられた手足を見て動きを硬直させていた兵士たちは、この不意打ちに対応できない。
「アギャハァ!」
青年は狂ったように笑いながら、正面に居た兵士の頭をバールでフルスイングする。ゴギャ、と嫌な音がすると同時、隣の兵士にも蹴りを叩き込む。
「うおっ⁉」
咄嗟に盾で受けとめるものの、威力が強かったのか兵士が二、三歩たたらを踏む。ここに来てようやく他の兵士たちが我に返るが、時すでに遅し。
「……【粒撃】」
暗闇の中から少女の声が聞こえる。転瞬、暗闇の中から無数の光線が迸り、兵士たちに直撃していった。各々盾を構えて防ごうと対処するも、到底全て防ぎきれる訳ではない。
「ウッ⁉」
「グボァ⁉」
光線が兵士たちに突き刺さり、彼らの肉を焼いていく。兵士たちは痛みに顔をしかめるも、流石は鍛え上げた者達、その場に踏みとどまった。
だが、戦場では一瞬の隙が命取りになる。
「大腿骨って美味いのか?」
青年が兵士の一人にバールを振り下ろす。続けざまに手に隠し持ったアイスピックで隣に居た兵士のこめかみを貫き、地面に散らばった手足を蹴り上げた。
「うわっ!」
職業柄人間の死体は見慣れている兵士だが、今回は状況が違う。ただでさえ味方が次々に殺されている状態、更に敵の姿すらまともに拝めないのだ。理性ではなく本能に直接叩き付けられる恐怖心は、抑えられる物ではない。
恐怖し、委縮した兵士達を青年が一人ずつ葬っていく。その殺害速度は、鍛え上げた兵士からすればお世辞にも速いとは言い難い。しかし、恐怖して棒立ちになっているなら話は別だ。実戦では当たるか定かではない大振りの打撃や、急所目がけた刺突が面白いように当たっていく。
全ての兵士をきっちり殺害し、その全身を余すことなく血で染めた青年は、その足で指揮官に向かう。
「ヒ、ヒィッ!」
「クク……」
あまりの恐怖に尻餅を突きそうになり、しかし兵士としての最後の誇りで尻餅だけは付くまいと足をガタガタさせている指揮官の元に、フラフラと歩いていく。
そして、パチパチと拍手をした。
「おめでとう!」
「へ?」
「君は記念すべき殺害記念100万人目に選ばれた! よって君は特別に殺害しないであげよう!」
青年の楽しそうな言葉に、指揮官の目に希望が宿る。
「ほ、本当か⁉ 本当の本当か⁉」
「ああ、そうさ。今日は実に気分がいい!」
青年は言いながら、手を大きく広げた。その動作に指揮官は安堵したのか、青年に深々と頭を下げる。
「あ、ありがとう! ありがーーー」
グシャ。
頭を下げた指揮官の後頭部に、金槌が振り下ろされた。指揮官は脳髄をぶち撒けると、地面にうつ伏せに倒れ伏す。金槌を振り下ろした青年は、笑顔で後ろを振り向いた。
「おーい。終わったぞー」
その言葉に呼応するように、暗闇からアラギと少女が出てくる。アラギは今回の戦に参加しておらず、少女も安全圏から魔法を撃ちまくっていただけなため、どちらも服に目だった汚れは付いていない。
「久しぶりに、お前のぶっ飛んだ戦いが見られたな」
アラギは青年の姿を見るなりそう告げた。青年はそれに対してニヤリと笑う。
「・・・ぶっ飛んだって?」
アラギの意味深な発言に興味を示す少女。アラギは汚物を見るような目で青年を見ながら話す。
「言語機能に支障が出るレベルで狂った思考状態で戦うんだよ。こうなるとコイツの吐く言葉は全部信用できなくなるから性質が悪い。この左目だってコイツのこの状態のせいで失ったような物だ。感極まった時にだけ出る特別な状態なんだが……勇者達との戦いの鬱憤が溜まったのか?」
アラギはそこまで言うと溜め息を吐いた。どうやら青年のこの状態に苦しめられた思い出が蘇っているようだ。
「『約束』は破らないと言っちゃいるが……それだってコイツが『約束』と宣言した物以外は全部無関係の代物だからな。例えば今回のような口先だけの言葉は守る気は微塵もない。本当に都合のいい思考を持ってるな」
「そうか? 普通だと思うが」
「・・・そう。彼の言う事は別におかしくない」
「黙れイカレ野郎とその信者。何が『100万人目記念』だ。少なく見積もってもその10倍は殺してるだろ」
左目を抉られた時のことを思い出しているのか、アラギの言葉はいつもに比べて辛辣だ。
「そんな事言ったっけ? ブッ殺したのはちゃんと覚えてるけど、何を喋ったかまでは覚えてねえや」
「都合よすぎるだろ」
アラギの言葉に青年は軽く笑うと、怪我を負った体を引きずりながら歩き出した。しかし、数歩歩いた所でずっこける。
「どうした?」
「足が……動かねえ」
再び立ち上がろうとするが、膝が笑って上手く力が入らない。結果、青年は再び派手にズッコケる羽目になった。しかも、今度は顔からだ。
「・・・この所ずっと戦い詰めだったから、無理もない」
フォローするように少女が告げる。青年は足元にあった剣を握ると、それを杖代わりにしてどうにか立ち上がることに成功した。腰からバールを抜き、二本の杖にしてバランスを保つ。
「体の節々が痛い……偽善勇者との戦いの傷が開いたかもしれねぇ……こりゃアイツらからたっぷり慰謝料をふんだくれるな……フフフ」
「小物臭全開だな。戦闘中だけイキる癖をいい加減治せ」
「・・・『イキる』って何?」
少女の質問に対してアラギは答えず鼻を鳴らし、青年は地面にぶっ倒れた。
結局、青年の疲労困憊の体に配慮して移動スピードを半分落とす事になった。
「・・・ねえ。アラギ、だっけ?」
青年がヨロヨロと歩く中、数メートル前を歩く少女はアラギに話しかけた。ここなら、会話を青年に聞かれる事はない。
「そうだが。どうした?」
「・・・どうして貴方は彼に対して辛辣なの?」
ほんの少し、棘の籠った声で少女はアラギに聞いた。そこには、返答次第では殺すと言った殺気が僅かに込められている。彼女にとっては青年を侮辱する輩は充分殺すに値するのだ。
「先に言っておくが、嫉妬ではない。お前みたいな妄信する奴は批判を全て嫉妬と捉えるからな。だから先に言っておく」
そう前置きすると、アラギは続けた。
「一言で言うと、『戦っているとき以外のほぼ全て』だな」
「・・・どういう意味?」
青年の一挙手一投足全てを愛す少女には、その言葉が理解できない。
「言葉の通りだ。確かに奴の戦い振りは凄まじい。使えるあらゆる物を使い、卑怯な手も厭わない。その上に執念深いと来た。まさに『勝つために手段を選ばない』戦い振りだ。オレはそれなりの実力を持つと自負しているが、そんなオレでも奴が『三狂人』の一人に数えられるのは妥当だと思っている」
けどな、とアラギは続ける。
「他の部分がまるで駄目だ。傷の縫合は不器用すぎて出来ないし、魔法に関しては村人以下。おまけに日常的なイキりが激しすぎる。もし戦いのない世界に居たら、真っ先に淘汰されていたであろう存在だな」
「・・・だから、その『イキり』って何?」
少女は再度聞くが、やはり答えてはもらえない。その時、後ろから青年が近づいてきた。
「おい、前に崖が見えるぞ」
言われて少女は前を見る。確かに、20メートルはあろうかと言う崖がそびえ立っていた。
「崖くらい、あってもおかしくないんじゃないか?」
「そうなんだけどさ、崖に何か黒い石みたいのが立ってるのが気になってな」
「・・・黒い石?」
言われてみると、確かにそれらしき物が立っている。
「確認してみたいか? 死神」
「ああ、ちょっと気になる」
青年の言葉に、アラギは頷いた。
「じゃあ行ってみるか。【風流陣】」
瞬間、三人の足元に結界が出現した。結界から強風が吹き荒れ、三人の体を宙へと押し上げる。
「前へ」
アラギが呟くと、更に後ろから強風が吹いた。三人は風に乗るようにして崖の上に着陸する。
「凄いな、結界って」
「普通はもっと時間が掛かるんだけどな。……まあいい。そんな事より、黒い石が気になるんだろ?」
「お、そうだった」
青年は目の前にあった黒い石に駆け寄ると、様々な角度から眺め始めた。
「一見すると……いや、しなくてもこれは墓石だな。名前も彫ってあるし。この世界にも埋葬って言う概念ってあるんだな」
何やらブツブツと言っている。そんな彼の後ろから、墓石を一瞥したアラギが補足する。
「これは記録型墓石だな。設置してその下に骨を埋めておけば、そいつの死ぬまでの記憶を覗く事が出来る代物だ」
「へぇ、凄いな。俺も買おうかな」
「お前の記憶は誰も見たがらないからやめろ。金の無駄だ」
「・・・私は見たい。ずっと、ずっと・・・」
「……やっぱいいや。で、何でそんな物がここに?」
「それは、この墓石の中の記憶を見たら分かる事じゃないのか?」
アラギはそう言うと、墓石に近づいた。そして墓石の前に設置されていた拳大の大きさの黒い水晶玉に手を置く。
「記憶を見るには、この水晶玉に利き手で触れればいい。一瞬で済む」
言っている間に記憶の閲覧が終了したらしく、アラギは言い終えると同時に手を引っ込めた。その表情は一ミリも揺らいでいない。
「・・・どうだった?」
少女の質問に、アラギは首を振った。
「その答えは自分の目で知れ。オレの口からは何も言えん」
「全くだ。『百聞は一見に如かず』、自分の目で確認しようぜ」
アラギの言葉に肯定的意見を示すと、青年はアラギに続いて黒い水晶玉に触れた。そして数秒の間の後、水晶玉から手を離す。
「お世辞にも……いい内容じゃねえな。なあアラギ、気分を変えて死体から使える物を剥ぎ取りに行こうぜ?」
「それで気分が変わるのか?」
そんな二人の会話に、どんな内容なんだろうという好奇心が少女の中に沸く。正直言って、青年以外は少女にとってはどうでもいい。
しかし今は、この水晶玉に眠る記憶に興味が沸いてきた。
そっと手を伸ばし、水晶玉に触れる。するとその瞬間、記憶が滝のようになだれ込んできた。
設定が長くてすみません。
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