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無能詐欺編②

短編がコロコロ変わるせいで登場人物が多くなってしまいすみません。

「と言うわけで、捕まっちまった」


 牢獄の中で、青年は面会に来たアラギに笑顔でそう言った。


「ついに捕まったか。よし、そのまま処刑されろ」


 アラギは素早く辛辣な一言を言い放ち、踵を返して帰ろうとする。


「おいちょっと待て。ひょっとしてこのまま見捨てるつもりか?」


「ひょっとしても何も、見捨てるつもりだが?」


 あっけらかんと言うアラギに、青年は絶句する。


「仲間意識とかないのか、お前?」


「仲間の存在を無視して一人で敵に突っ込んでいく奴に仲間云々について語られたくないな」


「・・・・・・」


「それに、どうせお前は勝手に脱獄するだろう。なら助ける必要はない。どころか、こうした面会時間すら無駄なだけだ」


 アラギはそう言うと、スタスタと歩き去って行ってしまった。青年はしばらく驚愕に顔を歪めた後、牢獄の壁に背を付けた。


「さて、どうするかな」


 持っている武器は、捕まったときに全て奪われてしまった。おまけに今だって常にどこかから看守が見張っているはずだ。面会を許されたのは最低限の配慮と言ったところだろうか。


「本当に、どうするべきかね。なあ、どうすればいいと思う?」


 青年はそこで、誰ともなしにそう言った。当然返事はない。


「お前に言ってるんだよ。アレン・ホークナーだったか?」


 青年は壁をコンコン、と叩く。すると、隣の牢獄から弱々しい声が返って来た。


「犯罪者なんかとは話したくない。僕はこれでも勇者だからな」


「勇者? 被告人の間違いだろ。いいじゃねえか、せっかくこうして牢屋が隣同士になったんだから軽い雑談でもしようぜ。お互いこれが最後の雑談かもしれないしな」


 青年は言いながら目だけを動かし、看守の動きを見る。先ほどまで青年の様子を厳しく見張っていた看守だったが、彼が数時間の間何もしなかったことが功を奏したのか、警戒は緩んでいる。これなら脱獄は難しくても小声で雑談するくらいは問題ないだろう。


「僕は・・・どこで間違ったんだろうな」


 ふと、アレンが辛そうに呟いた。それは青年に向けて言ったというよりは、自分の苦しさを誰ともなしに吐き出したと言った感じだった。


「勇者として呼び出されて、僕が世界を救うんだって意気込んだのに・・・何でだよ、どうしてちょっと周りと考え方が違うだけでこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ」


「不快だからだろ」


 泣き言のように言うアレンに、青年はきっぱりと告げた。そこには優しさや同情と言った物は一切ない。ただ、自分の思ったままを相手にぶつける。


「普通に不快だろ。と言うか、普通に嫌味ったらしいし。強い奴が『俺が強い? 周りが弱いだけだろ』って言ったら普通にウゼぇだろ。殴りたくなってくるね」


「ほ、僕は知らなくてーーー」


「周りを見てれば分かるだろ。しかも裁判を聞く限り90日だっけ? それはただの怠慢だよ。周りを観察する努力をしないお前が悪い」


 厳しい言葉を叩き込むと、隣からウッ、と声がした。鼻を啜る音も聞こえる。


「泣くな鬱陶しい。まあでも、【無能詐欺裁判】何て言う滅茶苦茶笑える裁判を見せてくれたんだ。礼と言っちゃ何だが、俺が『言っても許されるすっとぼけ発言』を考えてやるよ」


「え・・・」


「ついでに裁判での立ち回りも考えてやる。どうせこのまま行けば国外追放だろ? だったら一か八か、俺の作った台本に乗ってみろよ」


 





 牢獄での面会を終えたアラギは、少女と合流していた。


「・・・彼は?」


「牢獄の中で大人しくしてるぞ。面会には行かないのか?」


 アラギの言葉に、少女は力なく首を振る。


「・・・私は、顔を見られてるから。ノコノコと出ていけば捕まる」


「そうか」


 アラギは短く返事をすると、少女を頭からつま先まで見回した。


「・・・どうしたの?」


「少し所用を思い出した。エルの町で落ち合おうと死神に伝えてくれ」


「・・・ん」


「それから・・・任せていいんだな?」


 唐突にアラギは聞いた。それが何のことを表しているのか、青年から概要を聞いていた少女は知っていた。


「・・・任せて。私の実力を証明してあげる」


「そうか。なら任せておく」


 自信満々な少女を一瞥すると、アラギは歩き出した。そんな彼の背中に、少女が声をかける。


「・・・どんな用か知らないけど、死なないでね。貴方が死ぬことに関してはどうでもいいけど、彼が落ち込んでるのを見たくない」


「お前は寝ても覚めても死神の事ばかりだな」


 呆れたようなアラギの言葉に、少女は微笑んだ。


 

 その日の夜。


 少女はあえて国の外へ出て、焚き火を囲んでいた。パチパチ、と燃える火はとても暖かい。けれど、少女の心はどこか冷たく凍っていた。


「・・・彼が居ない」


 そう、愛しの彼が居ないのだ。彼が居ないだけで、少女は指の先が震えるのを感じた。もはや依存症の域に達している。まずいと頭では分かっていても、体が付いていかない。


 一体いつからこうなったのだろうか。少なくとも出会ったばかりの頃は真逆だったというのに。


 近づかれるだけで鳥肌が立ち、直接触られた日には一日中侮蔑の目で睨んでいた自分はどこへ行ってしまったのだろうか。


「・・・人は成長する」


 そんな風に、少女は頷く。その時、風でも吹いたのか焚火がユラリと揺れた。薪が足りなくなったのかと思い、少女は足元に積んでおいた枝を手に取る。




 ーーーー瞬間、巨大な岩が頭上から降り注いだ。



「・・・ッ!」


 間一髪、少女は落ちてきた岩を避ける。岩はその凄まじい容積を以て少女が居た場所を押し潰し、中規模な地震を引き起こした。


「・・・何?」


「チッ、避けやがった。まあ予想はしてたけど」


 前方から女の声が聞こえてくる。少女が声のした方を向くと、長い杖を持った赤毛の女がこちらを馬鹿にしたように見つめていた。女の周りには屈強な男が二、三人おり、手にメリケンサックと思わしきものを付けている。


「・・・誰?」


「あ? アタシはネルラ。『マダラ盗賊団』の副長って言ったら分かるかな?」


「・・・『マダラ盗賊団』」


 聞いた事がある。『三狂人』には劣るものの、それなりに非道な存在として知られている盗賊団だ。腕っぷしの強さと犯罪件数の多さは折り紙付きであり、一部の国では彼らの討伐に懸賞金を掛けている所もあるらしい。


 中でも、ネルラと言えば有名な極悪人だ。あらゆる方法で相手の精神をズタボロに蹂躙した挙げ句、体のあちこちに小さな火を点けて相手がゆっくりと火あぶりになっていくのを見て笑うという、頭のネジが外れた女だ。


「・・・何の用? 彼なら今ここにはーーー」


「知ってるよ。アタシ達も昼間の裁判を見てたしな。せっかく遠隔から脳天ぶち抜いてやろうと待機してたのに、警備員如きに捕まったから驚いたよ」


 だからこそ、青年はあの時にわざと捕まったのだろう。もしあの場で警備員を倒せても、魔法が使えない彼では遠隔からの一方的な攻撃に対処しきれない。よしんばあの状況からどうにか出来たとしても、国に居る限りずっと狙撃の可能性は付きまとう。


 だからこその『獄中』。常に見張りが居る檻の中ほど安全な場所はないだろう。


「本当はあの胡散臭い勇者を捕まえてから『黒百鬼の死神』をじっくりいたぶるはずだったんだけど、計画変更したのさ。お前を人質に取れば、奴への攻略も楽になるからねえ?」


「・・・・・・」


「それに、『黒百鬼の死神』が大事にしてるお前をグチャグチャに壊した時、奴がどんな顔をするかも見物だからな。せいぜいいい声で啼けよ!」


 ネルラの言葉と同時、彼女の両隣に立っていた男たちが飛び出してきた。体格の割に素早い。


「さあ、箱入りお嬢様に男って言うのが何なのか体に叩き込んでやりな!」


 男が無言で少女に肉薄し、剛腕を振るってくる。握った拳に付けられたメリケンサックが月の光を受けてギラリ、と光る。あんなのに殴られたら骨格まで歪んでしまいそうだ。


 少女は咄嗟に掌を突き出し、体内の魔力を操作。少女の体から放たれた魔力が彼女の体を球体に包み込み、男の拳から少女の肉体を守り抜く。ガキン、と鋼鉄のぶつかるような音がして拳をぶつけた男が後ずさった。障壁に全力でぶつけた為か、メリケンサックの先端が少し欠けている。


 ホッと安堵の息を吐いたのもつかの間、前方から巨大な火の玉が飛んできた。火の中級魔法【ファイアーボール】だ。火の玉は障壁に当たって霧散するも、ネルラの魔法を受け止めた障壁はビキリと嫌な音を立てる。


「・・・嘘」


「アタシの得意とする火の魔法を防御しきるなんてやるじゃないか。でも、いつまで耐えていられるのかな?」


 ネルラがもう一発【ファイアーボール】を放ってくる。少女を守っていた障壁が砕け散り、無防備な矮躯を晒してしまう。


「・・・まずい」


 多少頑丈とは言え、少女の肉体強度は年相応の物だ。こんな状態であんな筋肉質な男に殴られようものなら、どうなるか分かった物ではない。やむなく少女は隣の青年に助けを求めた。


「・・・ねえ、どうすればーーー」


 しかし、少女の視界の先には誰も居なかった。当然だ、彼女が普段から頼っている青年は、今牢屋の中に居るのだから。頼れるわけがない。


「・・・彼は、どこに」


「よそ見してるとは、随分余裕なんだね!」


 ネルラの声に振り向くと、メリケンサックが眼前に迫っていた。少女の心臓ほどあろうかと言う大きさの拳は少女の顔面に的確な狙いを定めており、避けさせまいと言わんばかりの速度で撃ちだされている。


「・・・ッ!」


 寸前で障壁を張るも、完全には勢いを殺し切れない。男の拳が少女の頬に突き刺さり、少女は大きく吹き飛んだ。数メートル宙を舞い、石に頭をぶつけてようやく動きを停止する。


「アハッ、無様だねえ!」


 ネルラの笑い声が聞こえるがそれどころではない。殴られた頬や、石にぶつけた頭がジンジンと痛む。背中から地面に落ちたため背中も擦り切れるように痛い。今の一撃は少女の幼さの残る体にかなりのダメージを与えていた。


 しかし、問題はそこではない。


「・・・彼が居ない」


 少女が再度呟く。倒れた状態で目だけを動かすが、青年の姿は見受けられない。震える手を伸ばしてみても、掴むのは空だけだ。


「・・・どうして」


 無論、少女は理解している。常に自分の隣に居てくれた彼は今獄中に居て、助けてくれるはずもないと言う事に。そんな事は分かっているのだ。


 しかし、論理ロジック精神メンタルは常に同じではない。頭では彼が居ない事を分かっていても、心が彼を求めてしまう事を抑える事は出来ないのだ。


 結果、少女は虚空をただ見つめる。


「・・・彼は、どこに行ったの?」


「あら、もう壊れちゃったの? 残念ね、これからだって言うのに。アレフ、リンガ。たっぷりと遊んであげなさい」


 ネルラの言葉に、二人の男が少女に近づいてくる。そして流れるように少女の腕を掴もうと手を伸ばして来てーーーー



 少女の中で、何かが弾けた。

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