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新たなる仲間編②

 青年に指定された部屋に少女を寝かせた後、アラギは酒場の裏手から外に出ていた。


「少し肌寒いな」


 そんな感想が、口をついて出る。昼間が暑かったために油断していたようだ。今から服を買うという選択肢が頭をよぎったが、すぐに無駄だと思いなおす。どうせこれから暑くなってくる。


「さてーーー」


 アラギは人気のない路地に入ると、頭上を見上げた。


「そろそろ出て来い。お前の居場所は割れている」


 その言葉に、反応する者はいない。仕方なくアラギは再度声を掛ける。


「来ないならオレの方から行くぞ」


 すると、頭上の景色が揺らいだ。アラギは反射的に飛び退く。瞬間、アラギの立っていた場所に無数の氷柱が突き刺さった。


「氷の魔法を得意としているのか。あるいはーー」


 背後から気配を感じ、振り返り様刀を抜いて振るう。圧倒的な速度によって抜かれた刀は飛んできた氷柱をまとめて切断し、アラギの身を守った。


「ただの小手調べか」


 氷柱を切り払ったアラギは、刀を鞘に戻す。彼の得意とするのは純粋な斬り合いよりも、一瞬で勝負を決める居合抜きだ。斬り合いも剣豪と対等に渡り合うレベルで使えるが、やはり好かない。


「さっさと来い。攻撃を辞めればオレの方から仕掛けるぞ」


 アラギがそう宣告した瞬間、何者かが突如目の前に姿を現した。顔は見えないが、手が鍵爪状になっているのだけは確認出来る。敵が鍵爪を振るうよりも速く、アラギは刀を振っていた。


「遅い」


 鍵爪がバラバラに切り裂かれ、宙に舞う。その隙を逃さず、アラギは追撃した。


「----【爆炎結界】」


 アラギが呟いた瞬間、敵の体を飴色の結界が包み込む。そして、ドン! と派手な音を上げて爆発した。爆発は敵の四肢を引き裂き、内臓を見るも無残な姿に変貌させる。千切れた手や足が断面から血を流し、アラギの足元に落下してきた。それを見てアラギは眉をひそめる。


「・・・これは、人形か」


 人間そっくりに作られた肉の人形だ。作るだけなら非常に簡単で、肉の塊に変形の魔法を掛ければ作る事が出来る。ただし、その出来栄えは本人の魔法操作の練度に掛かってくる。これだけ精巧な人形を作れると言う事は、敵もかなりの腕と言う事だ。



 アラギがそんな考察をしていると、再び氷柱が前方から飛んできた。それと全く同じタイミングで、背後から気配を感じる。アラギは目にもとまらぬスピードで背後の人形を斬り捌くと、返す刀で氷柱を斬り落とした。


「遅いな。あと十倍速くなってから出直して来い」


 どうやら敵は、直接アラギの前に姿を現す事なく人形をと遠隔攻撃でダメージを与えていくつもりらしい。その攻撃方法を見て、アラギの脳裏に閃く物があった。


「成る程、死神対策か」


 無敵と思われる『黒百鬼の死神』にも弱点がある事を、アラギは知っている。そもそも彼の敵に対する執念は常軌を逸した物でこそあるが、純粋な能力の高さそのものは対して優れていないからだ。


「遠隔攻撃で体力を削り、重要器官を鍵爪で的確に破壊か・・・まあ、悪くはない作戦だな」


 来る氷柱を目にも止まらぬ速さで細切れにしながら、アラギは敵の作戦を見抜き始めた。


「だが、それなら高火力で吹き飛ばした方がいいな。アイツにはちまちました攻撃より、一撃でドカンと撃ちこんだ方がいいぞ。まあ、どのみち無駄だけどな」


 とはいえ、向こうだって高威力の武器を使えるのなら使いたいだろう。青年ではなくアラギが出て来ても作戦を変えない辺り、作戦は一つしかない物と思われる。


「まあいい。ふざけた罠を圧倒的な威力でねじ伏せる事も一興だ」


 

 さすらいの女魔法使い……ジャガは、屋根の上で戦々恐々としていた。


「な、何なんだよ、あれはーーー」


 作戦は順調のはずだった。事前の打ち合わせ通り、裏口から出てきた男をジャガは躊躇いなく襲撃した。


 無数の氷柱を放ち、数多の人形を作り上げ解き放つ。


 人間と言うのは、案外違う二つの出来事に対処することができない。遠くから飛んでくる氷柱に気をとられれば人形の爪による斬撃を受けるし、かといって爪を冷静に捌けば氷柱による攻撃を避けられない。氷柱は角度を計算しているため、このコンボの威力は絶大だ。


 本来は高威力の魔法をガンガン撃ち込みたかったが、悔しいことにジャガにそれだけの魔力はない。せいぜい二、三発撃ちこむのが関の山である。その為に仕方なくこの作戦に切り替えたのだが、これが面白いように敵に効いたのだ。


 病弱な弟の薬代を稼ぐためにやむなく始めた暗殺業。少しずつだが実力を認められ、今では町で一、二位を争う暗殺グループと化していた。



 しかしーーーその功績は、あの男の前では無意味だった。


 

 男に向けて飛んだ無数の氷柱は、男の眼前で独りでに砕け散る。人形も爪を振りかざした刹那、バラバラに切り刻まれてしまう。


「冗談……よね?」


 戦きながらも呪文を紡ぐ。今度は趣向を変えて上級魔法【ブリザード】だ。広範囲を一気に凍らせるこの魔法は、使用する魔力こそ多いが敵を殺すには十分だ。


「し、死ね!」


 ジャガが発動した瞬間、男の足下から大量の氷柱が出現した。更に床が物凄い速度で凍り付き、男の足を飲み込む。男に刺さろうとした氷柱はまたも砕け散ったが、凍った足までは対処しきれていない。


「よしっ!」


 ジャガは思わずグッ、と拳を握りしめた。足が凍れば後はこっちの物だ。残っている人形を全て導入し、自身も呪文を唱える。


(この一撃で終わらせる!)


 残っている魔力を全て込め、ジャガは上級魔法を撃ち放った。


「【ライトニングボルト】!」


 ジャガの足下の床から高圧電流が流れ、床を伝わって男に向かっていく。この電撃は雷の数倍の威力を持っている。当たれば人体など簡単にその機能を停止するだろう。


「見たか! 『黒百鬼の死神』め! お前なんか私達の手に掛かれば簡単にーーー」



「【防壁】」



 そんな言葉が、気持ちよく笑っていたジャガの顔を強張らせた。


 直後、男に電撃が直撃する。人形も男の背後に出現し無数の斬撃を食らわせた。しかし、男は見えない膜に包まれているかのようにどんな攻撃を受けても傷一つ付かなかった。


「う、嘘……」


 ガクガクッ、と膝が笑う。【ライトニングボルト】は腐っても上級の電撃魔法だ。対抗するにはそれと同等かそれ以上の強さの魔法や結界を張るしかない。しかし、あの男にそれだけの余裕はなかったはずだ。迫り来る人形と氷柱による圧迫で、魔法の一つも唱えられやしないはず。


 その時、男がギロリとジャガの居る方向を睨んできた。隻眼がジャガを捉える。


「ヒイッ!」


 悲鳴が口から飛び出てた。それほど男の眼光は鋭かったのだ。


(と、と言うかあの人……『黒百鬼の死神』じゃない。まさかーーー)


「ようやく見つけたぞ。随分と手こずらせてくれたな」


 背後から刀を突きつけられ、ジャガは恐怖が背中を走り抜けるのを感じた。さっきまで男は離れた場所に居たはずだ。まさか、たったの一瞬で自分の背後に回り込んできたというのか。


「ヒッ……」


「言い残す事はあるか。一言だけ聞いてやる」


 男の声は氷のように冷たい。歯がガチガチとなるのを感じながらも、ジャガは必死で言葉を紡ぎ出す。こうなったら奥の手を使おう。


「じ、実は、私には病気の弟が居てーーー」


 これ程冷徹な敵に通用する確率は限りなく低いが、最期の可能性に掛けてジャガは泣き落としを使う。聞けば『黒百鬼の死神』は覚悟のある者に寛容なんだとか。ならばその隙を突いてどうにか生き残る。まだ活路はあるはずだ。ジャガは必死で考えーーー


「え?」


 気が付けば、視界が反転していた。自分の体が、男の足が逆さに映っている。自分の身に起こった事態を認識しようとしたジャガは、ゴトッと言う音を聞き取った。


(何がーーー)


「死神になら、泣き落としが通用したかもしれないな。アイツは何だかんだ言って覚悟のある奴に甘いからな」


 そんな声が、頭上から聞こえてくる。そこでジャガは自分の首が切断された事に気が付いた。


「あ、あああ……」


 少しずつ、脳の機能が停止していく。霞んでいく視界の中で、ジャガは男が立ち去っていくのを見た。


(相手が、悪かった……)




 敵を葬ったアラギは、懐から布を取り出すと刀に付いた血を丁寧に拭き取り始めた。たった今付いたばかりの血なので非常に取れやすい。これが乾いた血なら拭き取るのに手間取った所だった。


 血を拭き終えたことを確認すると、アラギは刀を鞘にしまった。そして、一度だけ自身が殺した敵の方へ振り返る。


「……」


 冷徹に敵の骸を一瞥すると、そのまま何も言わず宿屋に向かった。既に深夜である為か、宿屋の中はひっそりと静まり返っている。アラギは足音を立てずに青年が取っている部屋の前に立つと、気配を殺す事なく中に侵入した。室内に人の姿はなく、代わりに膨らみを持った布団が視界に飛び込んできた。


「おい、生きてるか?」


 質問したが、返事はない。しかしアラギは焦る事無くベッドに近づくと、右手で布団をめくった。するとそこには、黒いコートを着たままベッドで眠る青年とそれに寄り添う下着姿のアンナとナディが。アラギは青年の体を軽く蹴る。


「おい、起きろ」


「ん? もう朝なのか?」


 蹴られた青年は大きなあくびを一つすると、体を起こした。そして窓の外を見て不思議そうな顔をする。


「おい、まだ朝だぞ。起こすには数時間早いんじゃねえか?」


「結果報告だ。刺客の一人は片付いた」


 淡々と結果のみを報告すると、青年は「ああそう」と詰まらなそうに言って再度大きなあくびをした。


「にしても、敵さんも不幸だよな。お前みたいな怪物と戦わされるなんて。例えるなら素手の人間とオーガが戦うような物だろ。いや、それ以上か」


「作戦は良かったと思うがな。お前の方は……聞くまでもないな」


 アラギは青年の両脇で眠っている下着姿のアンナとナディに触れた。どちらも、表面上は傷一つなく幸せそうに眠っているように見える。しかし、手に触れた感触はとても冷たい。これだけ美しい表情をして居ながら、彼女たちは死んでいるのだ。



 まるで彼女たちの体から、命だけが刈り取られてしまったかのように。



「なあ、眠いからもう寝ていいか? 明日も早いだろうし」


「寝るなら部屋に戻って寝たらどうだ」


「クク、せっかく女が両脇で添い寝してくれるんだぜ? 堪能させてくれよ」


 死体だけどな、と言うアラギのツッコミを無視して青年は再び横になり布団を被った。そんな彼にアラギは声を掛ける。


「なあ、一つ聞いてもいいか? 今この場で聞いておきたいことがある」


「…何だよ」


 布団の中から不機嫌そうな青年の声が返ってくる。


「お前の連れについてだ。そう言えば何が言いたいか分かるんじゃないか?」


「ああ、分かった」


 アラギは空を仰いだ。ふと、青年と旅をしていた頃の記憶が蘇ってくる。


 ーーー全身を赤、果ては黒色の血に染めて、笑いながらただひたすらに戦い続けた彼の姿を。


 この男にとって戦いは『生き甲斐』であるのだとアラギは知っていた。言わば戦闘狂である。そんな彼が誰かを愛すことはあっても、誰かに愛されることはないとアラギは推測していたのだ。


 だが、あの少女は青年にべったりだった。それこそ新婚の夫婦のように。


「アイツはどこで仲間になった。そもそも、どうやってあそこまでの好感度を得たんだ?」


 青年はゆっくりと体を起こした。そして、アラギの目を見据える。


「アイツとは、『魔族戦争』が終わってからすぐにだよ。どうやって、かーーー最初は滅茶苦茶嫌われてたなぁ」


「だろうな。お前が好かれるとは到底思えん」


 少しの間、二人の間に沈黙が流れる。青年は気を取り直すように咳払いをすると、続けた。


「でも、旅をするに連れてアイツの好感度がーーーってもういいや」


 アラギの冷ややかな目を見て、青年は言葉を止める。そんなことを聞きたい訳じゃない、というアラギの無言の意図が伝わってきたのだ。


 旅を続ける内に惹かれるようになった。それにしては、少女の好意はいささか重い。それは青年も自覚しているはずだ。


「・・・これはあくまで俺の考察なんだが、アイツは多分依存してるんだよな」


 重々しく放たれた青年の言葉に、アラギは少し驚く。


「依存だと?」


「そう、依存だ。アイツは多分俺に依存してるんだよ。まあ、純粋な愛情も少しは入ってると思うけど。ーーいや、入ってるかな? 入ってるよな?」


「知るか。しかし、依存か。これは随分と面白いことを言うな」


 すると、青年は鼻で笑った。


「依存は必ずしも悪いことじゃないさ。人ってのは心理的な拠り所を求める生き物だからな。心理的な拠り所を求めすぎた結果、依存関係になるのならそれもそれで一つの形だろ」


 アラギは依存に関して深く考えた事はないので、そこに関しては何も言わなかった。代わりに青年に問いかける。


「お前はそれでいいと思ってるのか?」


「自覚した依存なら、俺はそれでいいと思うけどな」


「自覚した依存?」


 アラギの質問に青年は頷いた。


「アイツ自身が、依存していると分かった上で依存するならそれはそれでいいって事さ。怖いのは、依存していると自覚してない状態だ」


「訳が分からないな」


「ま、分からないならそれでいいさ。じゃあお休み」


 青年はそう言うと、再度布団を被った。すぐさま寝息が聞こえてきた所を見るとよほど眠かったらしい。まあ寝ている所を叩き起こしたのだから当然と言うべきか。アラギは布団の中に手を突っ込み、ナディの体に触れてみる。当然、死んでいるのだから冷たい。


「……『黒百鬼の死神』か」


 手を抜き、アラギは静かに嘆息した。本当にこの青年は分からない物だ。


 純粋な技術、戦闘力で言えばアラギは青年よりも圧倒的に上だ。それこそ一秒で彼を十回殺せるくらいには強い。そんな事は分かっている。


 しかし、旅をした際の経験からアラギは自分が青年に勝てない事を知っていた。万に一つの可能性もなく、確実に。


「いつか、勝てる日が来るのか?」


「勝てるんじゃないか?」


 アラギの独り言に、青年の言葉が割り込んできた。どうやらまだ寝ていなかったらしい。


「……オレは今まで、多くの敵と命の奪い合いをしてきた。中には負けるかもしれないと思う勝負もあった。それでもオレは、勝つビジョンを思い浮かべて勝利してきた。しかしお前に対してだけは、勝てるビジョンがどうしても思い浮かばない」


「そりゃそうだ。俺の方がより強く勝つビジョンを思い浮かべてるんだからな」


 だから勝てないのも当然さ、と青年はせせら笑った。アラギはその言葉に無言の肯定を示してから、ふと思い出したように青年に言う。


「そうだ。もう一つだけお前に言いたいことがあった。まあこっちは雑談程度の物だから、聞き流してもらっても構わない」


「クク、いいぜ。何でも来いよ」


 アラギの前置きに青年は笑う。そんな反応を聞きながらアラギは口を開いた。



「お前、その黒いコートを着る意味があるのか?」



「え・・・?」


「お前に関する噂を聞く限りだと、お前の判断基準は基本的にその黒いコートらしいぞ。わざわざアピールして何の意味があるんだ? そもそもそのコート、大して防寒対策になってないよな? 着てる意味あるのか?」


「き、傷跡を隠す必要がーーー」


「だとしてももっと目立たない物があるだろ。まあお前は好戦的だから自分が『黒百鬼の死神』である事をアピールして喧嘩を売りに言っているのかもしれないが、それにしてもそのコートは悪趣味だとオレは思う」


「で、でも、百鬼の血には魔法攻撃を軽減する力がーーー」


「そんな迷信を信じているのはお前だけだ。百鬼の血が付いているからと言って特に効果はない」


 何とかして黒いコートを着る理由を作ろうとする青年を、アラギは正論でぶった切り続ける。


「それと、そのふざけた笑い方。お前の事を嫌っている100人に聞いてみたんだが、その中の20人は『笑い方がムカつくから』『何となく格好付けている態度が鼻に突く』と言った物だったぞ」


「……………」


 青年は眠っているのか何も言わない。アラギはそこに畳みかける。


「これはオレ個人の意見だがーーーその悪趣味なコートを脱いだらどうだ? ふざけた笑い方の方はどうしようもないから諦めるとしても、治せるところは治した方が……」


「もう分かった。もう分かったからそれ以上言うな!」


 青年の悲痛な声が、室内に響き渡った。

 

 




 











 


 


 

 


 

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