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洞窟の少女編③

「ただ力に任せて振るってるだけだ。しかも今のお前は俺の事を怪我人と侮っている上、攻撃が通らなくて焦っている。そんなアホみたいに単調な攻撃なら、そこに居る盲目のレイスでも見切れるだろうよ」


 青年はレイスを指し示す。ティットは壁に背を付けるレイスをチラリと見ると、すぐさま青年に視線を戻した。そこには、ニヤニヤと鬱陶しい顔をしている青年の姿が。


「分かったか、でくの坊? これが人間の本質って奴だ。お前みたいに体に頼る腦筋じゃあ勝てねえよ」


「ダガ、貴様モ攻撃デキナイダロウガ!」


「さあ、それはどうだろうな」


 青年はどこか闇の深い笑顔を浮かべると、ティットの股の下を潜り抜けた。ティットは慌てて対処しようとしたが、もう遅い。青年はティットが放り投げた刀とスパナを拾い上げると、ティットに突撃していった。


「さあ、第二ラウンドと行こうか!」


「グルァァ!」


 ティットはそんな青年を迎え撃つ。右腕が折れた関係で左腕しか使えない青年は、左手に構えたスパナでティットの攻撃を弾き、また時には躱していく。


「流石に硬いな・・・」


 隙を見てはスパナで殴りつけていた青年は、憎々しげに呟いた。先程から隙を突いて攻撃を与えているが、一向に効いている気がしない。


「オラ、ドウシタ? ソンナ物カ?」


「チッ、面倒だな・・・こうなったら仕方ねえか」


 青年は小物入れから木の実を取り出すと、マッチで火を点けてそれらを燃やした。煙が辺り一面に充満する。


「何ノ真似ダ、貴様⁉」


「さあ、何だろうな」


 青年は煙を吸うか吸わないかというギリギリのラインに立ちながらもティットの攻撃をいなしていく。その間、ティットは煙を吸い込みながらも攻撃を続ける。


「ナンダカハ知ランガ、無駄ナ足掻キダ! 我ハ何ダカ気分ガ良クナッテキタ!」


 ティットが攻撃を仕掛け、青年がそれを弾く。そんな刹那の攻防が、何百、何千、何万と続けられていった。

 単調な攻撃のティットに対し、青年は最小限の動きのみで防ぎきる。しかし、あちこちに怪我を負っている体がいつまでも避け切れるはずもない。ティットの拳を避けた青年の動きがフラリと揺れた。


「モラッタ!」


 ティットの力強い一撃を貰い、青年の体が病葉同然に吹き飛ばされる。右腕を損傷した青年はブレーキを掛ける事も出来ず、背中を壁にしたたか打ち付けてようやく止まる。


「大丈夫ですか?」


 こんな状況でも、レイスは平然と聞いてくる。これが大丈夫だと思うなら病院に行け、と青年は言い掛けて血の塊を吐き出した。


「ゲホッ、ゲホッ」


 壁から体を起こすが、既に全身はフラフラだ。元々、かなりの時間神経を張り詰めさせて敵の刹那の攻撃を防御していたところに一撃貰ったのだから、疲労の程は相当の物だ。次の一撃を貰おうものなら三日は起き上がれないだろう。


 それでも、青年の目から希望は抜けていなかった。


「おい、レイス。俺が『第二ラウンドだ』って言ってから、何分が経過した? 大体でいい」


「そうですね。正確な時間は定かではありませんが、大方二、三時間は経過したかと。凄いですよね、数時間も攻撃を合わせていられるなんて」


「そうか」


 レイスの言葉を聞いた青年は、スパナをベルトに戻し刀を抜いた。そこにティットが襲い掛かる。


「オイ! 何ヲシテルンダ! イイ加減楽ニナレ!」


 青年を薙ぎ払った剛腕を、再度振り上げる。それに対して、青年は構えるような事をしない。


「ああ、そうだな」


 半歩引いて、剛腕を紙一重で避けられる位置に移動するだけ。それから先、一歩も動く気配がない。


「全くだよ」


 直後、ティットの腕が振り下ろされるーーーー事はなかった。


「グッ!」


 唐突に、ティットが地面に両膝を突いた。そして、何故だか苦しそうにうめき声を上げる。


「貴様・・・何ヲシタ?」


「おいおい、さっきまでの威勢はどこへ行ったんだ、でくの坊?」


 青年はティットの質問には答えず、ただ煽るような言葉を与える。


「しっかし、これは時間も掛かるしリスクが高いしで絶対に戦闘では実装不可能だと思ってたんだが・・・なかなか行ける物なんだな。どうだ? 急に訪れた倦怠感への感想は」


「ダカラ、何ヲシタ⁉」


 ティットの質問に、青年は未だ燃え続ける煙を指さした。


「ヘロイン。ケシの実から作られる薬物の一つで、煙にして吸える薬物だよ」


「ヤクブツだと・・・」


 ティットが信じられないといった表情をする。しかし、激高して腕を振り上げるような事はしない。そんな巨体を、青年は踏みつける。


「痛み止めであるモルヒネも、お前が今禁断症状で苦しんでるヘロインも、基を辿れば同じケシの実だからな。持っていても不思議じゃねえだろ」


 ジャギ、と刀を振りかぶる。


「ヘロインの効き目は、一時的な幸福感。だが二、三時間経つと禁断症状が起き始める。例えば全身へのだるさや、骨がバラバラになるような激痛とかだな」


 敵がまともに立っていられないのもその為だ。極度の痛みとだるさが襲い掛かる感覚。ティットはもう、二本足で立つことすらままならない。


「これが人間だよ、化け物。知略を尽くして敵を出し抜き、命懸けの特攻で敵を葬る。思い知ったか?」


 青年が、一秒の躊躇いもなく刀を敵の延髄に突き刺した。ビク、ビクと震えていたティットの体が、今度こそ本当に動かなくなる。青年は年の為敵の心臓を確実に貫いた後、レイスの元まで戻ってきた。


「悪いな。長引いちまった」


 全身擦り傷だらけの青年の言葉に、レイスは苦笑する。


「いえ、むしろ待っていて良かったですよ。滅多にない経験が出来ましたし。さあ、行きましょうか。扉を開ければすぐです」


 そう言って、レイスが杖を突きながらゆっくりと扉まで歩いて行く。青年はその後ろ姿を眺めてーーーー

 




 何を思ったのか、彼女の首筋に刀を突きつけた。






「・・・何の真似でしょうか?」


「いや、一つ礼が言いたくてな。お前のおかげで俺も『長時間の防戦』と言ういい経験が出来た、ありがとうってな」


 血に染まった刀を突きつけながら、青年は凄惨に笑う。それに対してレイスも、薄く笑みを浮かべた。


「何を言っているのですか? ティットが出て来たのは、あくまでも偶然の範疇。別に私が仕込んだ訳ではありませんが」


「ハハッ、とぼけるなよ。もう俺は分かっちまったぞ?」


 青年は刀をグッ、とレイスの首筋に押し付けた。レイスの白い肌から、一滴の血が流れ出る。


「俺はさっき、囮って意味でティットにお前を指さして見せた。でも、奴はお前をチラリと見ただけで無視した。何でだろうな? 人の肉が大好きなあの化け物が、簡単に殺せる肉を放って目の前の厄介な肉に執着する理由は?」


『そんな単調な攻撃なら、そこに居るレイスでも見切れるだろうよ』


 あの台詞は、別にティットを挑発するために言ったわけではない。


 ティットにレイスという肉をチラつかせ、奴がレイスを襲っている間に武器を回収しようと模索した。ティットがレイスを狙いに行っても、武器を取って充分に迎撃できる距離だからだ。それに万が一彼女が死んでも、既に出口の場所は判明しているのだから問題ない。


 そう思った上での行動だった。


 しかし、そんな青年の目論見は大きく外れる事となった。


「この事から考えられるのは、何らかの理由でお前が意図的に無視された可能性。なら何故か? そこから突き詰めていけば、おのずと答えは見つかったよ」


「貴方、面倒くさい人とよく言われませんか?」


 レイスが変わらぬトーンで聞いてくる。しかしそれを無視して、青年は続けた。


「そもそも、最初から変だったんだ。俺は確か、洞窟の中枢辺りでお前に会ったはずだ。なら、お前はどうやってあそこまで来たんだ?」


 細身のレイスに、体術の部類は不可能。ならば魔法と言う線もあるにはあるのだが、目が見えない状態で放った魔法が果たして敵に当たるか甚だ疑問だ。大体、こんな魔物がうじゃうじゃ居る場所で魔法をちまちま放っていたら、どんなに強い魔法使いでもあっという間に魔力が枯渇してしまう。


「だが、こう考えれば全て辻褄が合う。ーーーーなあ、管理者。お前がこの洞窟を管理してるんだろ」


 管理人なら自分が管理する洞窟内の魔物に殺されるはずもなければ、洞窟内の構造を把握していてもおかしくはない。


 青年の言葉に、レイスは微笑む。


「フフ。流石ですね、『黒百鬼の死神』さん。魔物を退けたお手並みは噂通りと言うわけですか」


 あっさりと。


 少女は自らがこの洞窟の『管理者』であることを認めた。


「ここで言い逃れをしても、何も変わらないでしょうからね。私の出す課題ティットをクリアした貴方には、真相をお話ししておきましょうか」


 そこまで言うと、レイスはクルリと青年の方を向いた。刀の切っ先が首を浅く切るが、表情を変える様子はない。


「私は昔、この洞窟に迷い込みました。そして早々に、魔物に殺されかけました。当然ですよね、こんな小娘が一人で暗闇の中をうろついていれば。狙われるのも無理もないです」


 ですが、とレイスは続ける。


「何としても生き残りたかった私は、この洞窟に大規模な魔法を施しました。それは『私自身の体と洞窟の一体化』。すなわち、私の体を洞窟の一部としたのです」


 レイスはそう言うと、カツ、と地面を杖で突いた。彼女の弁では、それすらも彼女の一部と言うわけだ。


「洞窟と自分を融合させた事によって、私はこの洞窟の管理者となりました。その為この洞窟の魔物は私に一切傷を付ける事は出来ませんし、私の肉体は魔法を放ったあの日から変わらぬ不死の肉体となりました。まあその代償として、私の体は洞窟から出る事は出来ませんけどね」


 レイスはそう言って苦笑する。成る程、道理で洞窟内の把握が出来るわけだ。彼女はこの洞窟と一体化している訳だから、暗闇の中でも全てを把握していてもおかしくない。


「両目は、一体化の代償として洞窟の中に取り込まれました。ですがそのおかげで、この洞窟の好きな場所を見る事が出来るようになったんですよ。凄くありませんか?」


「そういう事だな。よく分かった」


 青年はレイスの言葉を聞き終えると、何を思ったのか刀をしまった。そんな彼に、レイスは聞く。


「『黒百鬼の死神』さん。私のこの生き方は、間違っていますか?」


 僅かな不安すらも孕まない、彼女の言葉。恐らくレイスは青年が何を言っても受け止めるつもりなのだろう。そのくらい、彼女の心は達観していた。


「生き残りたいがために洞窟と一体化し、人間の一人にも関わらず魔物をけしかけて人間の駆除に協力している。生に対する執着が微塵も存在しない貴方から見て、こんな生き方は、間違っていますでしょうか?」


 繰り返し聞く彼女に、青年は答える。


「いいんじゃねえの? 生き方に正しさも間違いもねえよ。連続殺人鬼だろうが魔物を使って通行人をいたぶるお姫様だろうが、胸張って他人に言えるならそれでいいと思うけどな」


「ふふふ。貴方ならそういうと思っていました」


「どこまで読んでるんだよ、お前は」


 この女、質問した癖に返答を予測していたらしい。


 とにかく、行かなくてはならない。青年は扉を開いた。ギイイ、と軋んだ音を立てて扉が外側に開いた。同時、冷たい風が中に勢いよく吹き込んだ。


「じゃあ、俺は行くからな。もう二度と来ないとは思うが、また何かの機会で来ることになったらまたガイド頼むぜ、レイス」


「はい、お待ちしていますよ。何百年でも、何千年でも」


 レイスの笑顔を背中に、青年は歩き出した。今度は一本道なので、迷う心配がない。

 程なくして、青年は光のする方向へ出た。そこは、青年の向かっていた町のすぐそばだった。


「やっと出られたか・・・」


「・・・遅い」


 横合いから声を掛けられて見ると、そこにはいかにも待ちくたびれたと言った様子の銀髪の少女が立っていた。


「待たせて悪いな。ちょっと中で手間取ってた」


「・・・そう」


 少女は特に怒るまでもなく青年の手を取ると、優しく引っ張った。


「・・・早く行こ。お腹空いた」


「そうだな。じゃあ、次の町へ行くか」

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