洞窟の少女編②
「っと、まずいな。敵が居る」
青年は数メートル先を睨み、ノコギリを構える。青年とレイスの目の前にはゴブリン、ドワーフ、魔犬など、様々な種類が数体その場に留まっていた。青年が気付いた一瞬後、魔物もこちらの存在に気が付き、歯をむき出しにして唸る。
「ウウウウウ…」
「まずいな。数が違いすぎる」
「どうしますか?」
焦りを含んだ声の青年に、レイスは平然と聞く。その表情に焦りは見当たらない。それは果たして目が見えていないために目の前の危機に気が付かないのか、それともーーーー
「回り道をしたって、別の奴に出会うだけだ。強行突破するぞ。ただし数を減らしてからな」
青年は右手にノコギリを持つと、左手で腰の小物入れを探った。そして小物入れから細い紐のような物と火打石を取り出すと、火打石で金属片に火を点ける。
「ほら、行って来い」
青年は火の点いた紐のような物を、勢いよく敵の群れに放り込む。紐は初め、火が点いただけであったがやがて激しく光を噴出し、辺りを派手な色で染めた。
「ギャン!」
噴出された火を浴びてしまい、魔犬が痛みに吠える。そこまでのダメージはないだろうが、軽いやけどくらいは負うだろう。激しい熱と光により、魔物達は動揺している。
「続けてもう一発」
青年はもう一つ、同じような物を投げ込む。激しい火花の熱と光に晒されて、魔物達は右往左往するばかりだ。
「今だ」
青年は魔物が動揺した隙を突いて、ノコギリ片手に突っ込んだ。本来の目的とは違う用途で使い続けたノコギリは刃こぼれが激しかったが、どうにか敵の急所を斬る事は可能だった。
「ギャン!」
「グルァ!」
ドワーフと魔犬を二体ずつ、ノコギリが斬り殺す。しかしそこで役目を終えたとばかりに、ノコギリが折れてしまった。それを好機と見たか、陰で様子を窺っていた魔犬が飛び掛かってきた。
「うおっ!」
青年は腰のベルトから武器を抜こうとするが、敵の方が速い。魔犬は青年を地面に押し倒すと、喉元に噛み付こうと口を近づけた。
「ア?」
牙が青年の喉の肉を食いちぎらんと近づく。寸前、青年は左腕を間に差し込む事でそれをガード。左腕が強靭な牙に噛み付かれるが、何とか即死は免れる。
「命懸けで掛かって来いよ、魔族ども!」
青年は腰の後ろに回していた右手を引き戻すと、魔犬のこめかみを力強く殴った。青年の左腕に噛み付いていた魔犬が吹っ飛び、壁に激突する。
「痛ェな…だが、それだけだ」
青年が歯を食いしばりながら言うと同時、ドワーフが襲い掛かってきた。その手にはこん棒。青年は足さばきで大振りの一撃を避けると、ドワーフの顎に強烈なアッパーを入れた。
「素手で戦えないとでも思ったか?」
昏倒したドワーフから棍棒を奪い取り、青年は先程吹っ飛ばした魔犬もろともまとめてぶん殴る。ビシャリ、と青年の服や頬に血が飛ぶが、お構いなしに殺しまくる。
程なくして、戦闘は片が付いた。青年は小物入れの中から包帯を取り出すと、自分の左腕に巻き付けながらレイスの元へ戻る。
「終わったぞ。それじゃあ行くか」
「傷は大丈夫なんですか?」
レイスは青年の左腕を指さす。青年の左腕には、包帯越しでも分かるほど痛々しい噛み跡が付いていた。レイスの言葉に、青年は肩をすくめる。
「気にするな、いつもの怪我だ。殺し合いをしてればこんな傷はいくらでも付くさ。まあ、痛み止め使えば大丈夫だろ」
「でも、前に会った勇者様は、無傷でいらしましたよ?」
レイスはまるで、青年の返答が分かっているかのような口ぶりで聞いてくる。青年はそんな彼女を少し不気味に思うが、聞かれた事である以上答える。
「俺にはどこかの勇者様みたいな貰い物の力なんざねえし、魔法の適正だってない。けど、それでも命って言う名のチップを掛けて日々戦ってるんだよ」
「そうですか。それは失礼しました」
レイスは頭を下げる。本当によく分からない奴だな、と青年は独りごちた。
しばらく進むと、広間のような場所が見えてきた。ふとレイスが呟く。
「近くなってきましたね。ここを超えれば後は一本道です。ですが、何やら妙な胸騒ぎがします」
「だろうな。今まで狭い通路でさんざん苦しめて来たのに、ここに来て広い通路とか、嫌な予感しかしねえ」
そんなレイスと青年の言葉を裏付けるように、柱の陰から何かが飛び出してきた。大きさはレイスの三倍は優にあるだろうか。手に鎖鎌を持っている。
「誰ダ……我ノ居場所ニ足ヲ踏ミ入レタ不届キ物ハ……」
「人間だ。ここはお前の住処だったのか、不法侵入した事に関しては謝罪する」
青年は突然現れた魔物の存在に臆することなく、はっきりと頭を下げた。それを見たレイスが少し驚く。
「だが悪いんだが、ここを通らせてはもらえないか? 俺はこの先の場所に用がある。もちろん、通らせてもらう以上ただとは言わねえ。こちらが払える物であれば、払おうじゃねえか」
真っ直ぐ言い放った青年に、レイスがやや驚いた声で聴く。
「驚きました。てっきり、暴れたいだけの暴君なのかと思っていました」
「確かに俺は暴君かもしれないが、通すべき筋はきちんと通すさ。相手が俺と同じクズか、明確な敵なら徹底的にやってもいい。だが、無関係な奴にまで手を出す事は出来ねぇよ。例えそれが魔族だろうと、人間だろうとな」
まあ魔族の場合、大抵は話し合い云々の前に殺しに来るから余計なこと考えなくてすむんだけどな、と青年が言っていると、黙っていた巨体の魔物が口を開いた。
「オマエ、人間カ?」
「そうだが。それがどうした?」
青年が答え、数歩後ろに下がる。直後、青年が居た場所を剛腕が擦過した。
「我、人間ノ肉が大好キナンダ。食ワセロ!」
「チッ、話し合いの余地なしかよ。まあいいや、殺して奪う方が分かりやすくていい」
交渉決裂だと青年は呟き、ベルトから刀とスパナを抜く。次の瞬間、青年に向かって巨体の剛腕が振り下ろされた。
「人ノ肉は美味イ!」
「知るかよ、そんな事。おいレイス、巻き込まれて死にたくなけりゃ下がっとけ。ここから先は殺し合いの場だ」
青年は吐き捨てるように言うと、繰り出された剛腕にスパナを叩き付けた。カーン、という音とともに火花が散るが、敵の腕に傷が付いた様子はない。
「その敵はティット。オーガの三倍の身体性能を誇る敵ですね。音と殺気で分かりました」
「冗談だろ…」
オーガと言えば、大の大人が十人掛かりで倒せるか否かと言うレベルの敵だ。そんな敵の三倍とは、最早意味が分からない。
「食ワセロ! 人間!」
「うわっと!」
ティットの拳を避けながら、青年は今度は刀を突き立てる。刀は面白いようにティットの腕に沈み、血を噴出させた。
「痛イ! グオオオ!」
「刺されたんだから当たり前だろ」
青年は刀を引き抜くと、大きく振りかぶった。敵の腕を切り落とす狙いだ。しかし、刀を引き抜いた事でティットの腕から血が噴き出し、青年の視界が遮られてしまった。
「何っ⁉」
「オ返シダ、人間!」
ティットの指が、青年の腹を押す。たったそれだけの攻撃で、青年の体は大きく後退した。
「ゲホッ!」
腹の中の空気を吐き出され、青年は咳き込んだ。予備動作に過ぎない、敵の攻撃。体格に差がありすぎるが故に、僅かに動いただけでも大ダメージになりかねない。
「面倒な奴だな…」
青年は言いながらティットの足元に潜り込み、鳩尾目がけてスパナを叩き込んだ。だが、狙いを違えて腹に当たる。人間からは考えられないレベルの腹筋が青年の力を押し返し、青年の腕を明後日の方向に弾き返した。
「ッ!」
スパナが手からすっぽ抜け、数メートル先を滑っていく。更に運の悪いことに、ティットの態勢は全くブレていなかった。背中を怖気が走る。
「ヌンッ!」
ゴッ! という鈍い音とともに、青年の体が吹き飛んだ。ティットの蹴りが青年の胸に当たったのだ。青年は床に頭を打ち付けながら何度も地面を転がり、壁にぶつかってようやく止まる。
「ガ、ハッ…」
全身を強く打ったため、まともな呼吸がままならない。どうにか呼吸を落ち着け二、三度咳き込むと、青年は再び立ち上がった。その頬から、一筋の血が垂れる。
「やってくれたなぁ、でくの坊」
その顔に絶望感はない。むしろ、楽しみに満ちていた。
青年が勢いよく突っ込む。それに対しティットは、正面から迎え撃つという形で応戦する。青年の刀とティットの拳が交差し、互いの胴体に力強い一撃を加えた。
青年の攻撃はティットの腹を半分程まで穿ち、ティットの拳は青年の腹に力強くめり込んで。
ダメージの差は明白だった。ティットは血を吐くが、青年はその場に倒れこんだ。だがすぐに立ち上がると、敵を倒すべく刀を振る。
今度狙うは、敵の首。ティットは防ごうとするが、青年はガードの隙間を縫って刀を突き立てた。
ガギン、と硬い衝撃。青年の刀の差し込む角度が浅く、ティットの体に僅かな傷しかつけることが出来なかったのだ。
「ヤベッ!」
青年が刀を手から離して飛び退くのと、ティットが腕を薙ぐのは同時だった。
腕は回避に遅れた青年の右腕に激突する。ゴキリ、と何かが折れるような音がして、青年の腕が本来あり得ない方向に曲がった。しかし青年はうめき声一つ上げる事無くダン! と地面に踏みとどまると、敵を見据えた。
「ハ、ハハ。一筋縄じゃ行かねぇか。やっぱり楽しいねえ、最高だ」
「人間。マダヤルカ?」
ティットは自分の体に突き刺さった刀を引っこ抜き、青年を見つめる。
「我ハ魔族戦争ノ生キ残リダ。ソシテ魔族戦争デ貴様ラ人間ト戦ッテ、ヨク分カッタ。貴様ラガ束ニナロウト、絶対ニ我ニハ勝テント」
下らないと馬鹿にするかのように、ティットは刀を放り捨てる。その身体からは若干の血が流れているが、既に傷口は塞がっている。そもそも新陳代謝が高いのだろう。ティットだけに留まらず、魔族は基本的に人間に比べて新陳代謝が高いのだ。
「人間が、勝てない…?」
「ソウダ。貴様ラガ束ニナッタトコロデ、全テ無駄ダ」
ティットは言い放ち、青年に一歩歩み寄った。青年は折れた腕を苦々しげに抑えながら、痛みに膝を突きかけていたが、ティットのその言葉を聞くや否や、何かが吹っ切れたように笑い出した。
「フ、フフフ。アハハハハ」
「何ガオカシイ?」
「ククク。ハハハハハハハハ!」
青年は何が楽しいのか高く哄笑を上げると、ティットを真っ直ぐに見据えた。
「なあ、でくの坊。お前はふざけてるのか?」
「何ダト?」
「確かに、お前の言う通り俺たちが束になってもお前に勝つことは不可能かもしれない。だがな」
ニヤリ、と青年は凄惨に笑う。
「不可能を可能にしてきたのが俺たち人間だ」
青年は笑う膝を根気一つで抑え込み、真っ直ぐに立ち上がった。しかし、その体幹はフラフラと揺れて頼りない。だが、青年は腹の底から楽しいと言ったように、笑いながら続ける。
「大体、魔族戦争に居たなら分かるだろ? 倍以上も数が居たにも関わらず、お前らは俺達相手に無様に撤退した。不可能を可能にした瞬間を、他ならぬお前自身が見てるじゃねぇか」
「ダカラ勝テルト? シカモ貴様一人デ」
「一人だからこそいいんじゃねぇか。薄っぺらい『仲間の絆』だの『力を合わせて』とかふざけた台詞を吐かなくて済むしな。ほら、掛かって来いよ」
青年が左手の人差し指をクイ、クイと曲げる。挑発の合図だ。それを認識したティットは怒髪天を突く勢いで襲い掛かってきた。
「オ、オオオオオオッ!」
「おお、怖い」
ティットの拳が振るわれる。しかし青年は、バックステップでそれを難なく躱す。拳は青年の体に当たるか当たらないかと言うスレスレの所を通り抜けていくが、青年には当たらない。
「グウッ⁉」
ティットが続けざまにもう片方の腕を振るう。しかし青年は、それを軽く飛んだだけで避けて見せた。
「何ダト⁉」
「別にお前の攻撃は、特別難しいって訳じゃない」
青年はティットの丸太のような足を蹴った。ダメージは通らないだろうが、充分な挑発ではある。
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