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洞窟の少女編①

 ----どうしてこうなった。


 ヒュカッ、とノコギリの刃が暗闇の中を走る。

 ノコギリの歯はドワーフの首の皮を浅く裂き、首筋から僅かな血を滴らせる。


「グルウゥ!」


 ドワーフが吠えた瞬間、青年は迷いなく飛び込んだ。そしてゴツゴツとした足を踏みつけ、その醜い顔面に肘打ちをくらわせる。


「グガァ!」


 ドワーフが吠えた刹那、その胸に刀が突き刺さる。刀はドワーフの心臓を正確に貫くと、その鼓動を停止させた。ドワーフは最後の足掻きとばかりに抵抗するが、一発しか手応えがなく死ぬ。


「ハァ、ハァ…」


 たった今ドワーフを殺害した青年は、荒い息を吐きながら右手に握った刀を引き抜く。そして油断なく手に持ったノコギリと刀を構えながら、背中を岩壁に預ける。


 光が全く通らない、正真正銘の暗闇。そんな中で戦い続けてから、既に三時間が経過していた。青年の額には大粒の汗が浮かび、体のあちこちには切り傷や噛み跡が痛々しく刻まれている。


「グルルル…」


 付近で獣の唸り声を聞き、青年は思わず武器を構える。瞬間、咆哮を上げながら魔犬が飛び掛かってきた。


 魔犬は犬のようなサイズをした、凶暴な魔物だ。躊躇いなく人間に襲い掛かり肉を食いちぎる。単体なら対して脅威ではないが、複数体居ると命に関わる怪我を負うことも充分にあり得る。


 暗闇のため何体居るかはわからないが、近づかせていい事は何もない。青年は魔犬が跳ぶ高さを予測し、その高さにノコギリを振った。同時、何かが裂ける音と生暖かい物が頬に付着する。


「あと何体だ……」


 右手の甲で血を拭ったその時、もう一体が襲い掛かってきた。咄嗟に屈みながら刀を大降りに振り、様子を見る。すると、手に掠った手応えが残った。


「そこか」


 青年は地面を這うようにして進み、先程殺した魔犬の死体を掴む。直後、手負いの魔犬が襲ってきた。大方こちらの肉を食いちぎるつもりだろう。青年は別の魔犬の死体を楯のように前にかざし、魔犬の牙から己の体を守る。


「グゥ⁉」


 想像以上に硬い感触に、魔犬は驚いた事だろう。その隙を逃さず、青年は死体ごと魔犬を岩壁に叩き付けた。メキッ、というあまり気分の良くない音が小さく響き、魔犬は動きを停止する。


「…何とか、助かったか」


 青年は懐から火打石を取り出すと魔犬の死体に屈みこみ、カチ、カチと鳴らし火を付ける。洞窟内が真昼のように明るくなり、血まみれの惨状が視界に浮かんできた。


 腸を裂かれている魔物、頭蓋骨を砕かれている魔物、死因は様々だろうが、皆死亡だけは確認できた。


「ふう……」


 そこで青年は息を吐いた。暗闇の中での戦いは鼻の利く魔族側にアドバンテージがあるし、数の差が如実に表れる。数多の修羅場を潜った青年ですら、一瞬でも油断すれは死に繋がってしまう。


「ってか、誰だよ次の町に行くにはこの洞窟を通るのが一番楽だって言った奴は。魔物は多いし道は複雑過ぎて出られないし食料は尽きるし最悪だな。これならアイツの提案に乗って森から行けばよかった」


 血に濡れたノコギリと刀を眺め、青年は嘆息する。刀は手入れをすればまだ使えそうだが、ノコギリの方は刃こぼれが激しくてこれ以上の力は見込めそうにない。


「残る武器はスパナと金槌、そして小道具だけか。このままじゃ先に武器が尽きて終わるぞ」


 青年が呟いたその時、またしても魔物の唸り声が聞こえてきた。今度は少し遠い。青年は反射的に立ち上がり、刀とノコギリを構える。油断している最中に襲撃を受けてはこれまでの戦いが全て無駄になってしまう。


「…………」


 青年は無言で姿勢を屈めながら、匍匐前進で進む。しばらく進むと、明かりの付いている場所が見えてきた。青年は眉をひそめる。


「何だ…」


 こんな真っ暗闇の中、明かりを付けているなど無謀でしかない。この洞窟には魔族が大勢居る。そんな状況で明かりを付けるなど、腹を空かせた魔犬の群れに飛び込みに行くようなものだ。自殺行為にも程がある。


「馬鹿なのか、自信家なのか」


 青年は警戒心を抱きながら近くの岩陰に隠れ、様子を窺う。明かりの付いた室内はよく見えないが、中に一人の少女が座っているのがよく分かる。彼女の足元には、腹を裂かれた魔物が転がっていた。


「何だ…?」


何度も言っているが、ここは魔物の多く生息する洞窟である。そんな所に、あんなにか弱い少女が一人でいて生きていられる筈がない。

 しかもよく見ると、少女は杖を突いている上、目隠しをしていた。あれでは目が見えないどころの騒ぎではない。体術の部類はまるで駄目だろうし、目隠し状態で魔物を殺せるとは思えない。数多の死地を潜り抜けてきた青年ですら、視界が塞がれた状態での戦いは困難を極めるのだ。


 彼女が片足で使う武術の達人なら話は別だが、筋肉の付き具合からしてとてもそうには見えない。青年は奇怪な少女の存在に、部屋に突撃しようか迷った。


「そこに、誰か居るのですか?」


 そんな熟考する青年に、声が掛けられた。鈴の鳴る様な、きれいな美声。青年はギョッとする。


「居場所がばれてる…?」


「そこに居るのはよく分かります。どうぞ警戒なさらずに出てきてください」


 少女が口元に笑みを浮かべながら青年に言う。色々疑問に思う部分はあるが、居場所が知られて居る以上隠れ続けても仕方ないと思い、部屋の中に踏み込んだ。


「よく俺の居場所が分かったな。気配は殺してたのに」


 青年の質問に、少女は微笑んだ。


「私、事故で両目を亡くしまして。ですが人間の体と言うものは面白いものでして、どこかの器官を欠損すると別の器官が補ってくれるみたいなんです。おかげで匂いや音に敏感になりました。ですから、音や匂いで存在を把握できたんですよ」


「匂いか。ちなみに俺はどんな匂いだった?」


 青年は興味本位で聞いた。すると、少女はスラスラと答える。


「血の匂い、ですね。特に魔物の匂いが数多く付着しています。…古いのもありますね。ひょっとして、『魔族戦争』に参加していましたか?」


 青年は楽しそうに眉を吊り上げた。いくら嗅覚に優れていても、二年前の事件を見抜けるのは人間を超えた領域に達している。こう言う異常な人間は関わっていて楽しくなってくる。


「正解だ。名前は?」


「レイスです。貴方の名前は?」


 少女に聞かれ、青年はあえてすっ呆ける事にした。


「さあな、覚えてねぇよ。名前を呼ばれる事なんかそうないからな」


「成る程、友達が居ないんですね」


 青年が言うと、レイスはクスリと笑った。最早完全な風評被害だった。


「あいにく友達になった奴は片っ端からブッ殺しちまった物でね。ところでお前、今までどうやって生き残ってきた?」


 青年は親指で魔物の死体を指さす。魔物はどれも一撃で絶命している。目の見えない彼女に、そんなダメージを与える技を放てるとはとても思えない。


「さあ、どうしてでしょうね。私にも意味が分かりません。気が付いたら斬撃音と血の匂いが漂っていましたからさっぱり分かりません。目が見えないって、こういうとき損ですよね」


 誤魔化すつもりなのか、それとも本当に知らないのか。眼球の動きや口調から相手の嘘を見抜く青年にとって、一定の声のトーンと目が見えない彼女の言葉の真偽を問うのは難しかった。


「それじゃあ達者でやれよ。俺は出口を探す」


 気にしても仕方ないと思い、青年は先を急ぐ。レイスに構っている暇はない。速くしないと、仲間が森を超えてしまう。仲間を待たせるわけには行かない。


「こんなか弱い少女を一人洞窟の中に放置するとは、なかなかの鬼畜ですね」


「あいにく俺は、覚悟のない人間を救う気はないからな。生き残りたいのなら死に物狂いで足掻け。それだけの洞察力を持てば、充分魔族の接近に気付けるだろ」


 青年の冷淡な言葉に、レイスは微笑を浮かべた。


「では、もしも私が洞窟の出口まで案内すると言ったら、覚悟がなくても同行を許可してくれますか?」


「何?」


 疑ったような青年の声に、レイスは続ける。


「私の聴力を持ってすれば、どこから風が吹いてきてどこに出口があるのか分かります。更に都合のいい事に、私は明かりを付ける道具を幾つか所持しています。いくら貴方が暗闇の中の戦いに慣れているとはいえ、明かりがあった方が便利でしょう?」


 事実だ。青年も初めは明かりを点けて戦っていたが、全て失ったために暗闇で戦っただけの事。明かりがあるならそれに越したことはない。


「それに、邪魔になればいつでも切り捨ててくれて構いません。それなら、いい交渉になると思いませんか?」


 青年は再度、レイスの体を頭からつま先まで眺める。か細く白い四肢に、目隠しによって見えない目。更に杖まで突いているとなれば、戦闘面においては妨げになることこの上ないだろう。

 だが同時に、彼女の存在は色々な方面で役に立つ。青年は様々な物を天秤にかけて考えた後、レイスに言った。


「分かった、案内してもらうぞ。出口に着くまでは守ってやる」


「ありがとうございます」


 レイスは笑うと、杖を突きながらこちらにやって来た。それを無視して、青年は先に進んだ。

 そこからは、レイスの指示通りに進んだ。とは言ってもレイスの足が悪いため進む速度は遅く、青年はじれったい気持ちを抑えながら先へと進んだ。


「まだ着かないのか?」


「まだですね。と言うか、近くにあるのなら貴方一人でも見つけられたと思いませんか?」


「それもそうだな」


 明かりを翳しながら、二人は歩く。途中、何度か魔物に遭遇したものの、青年が明かりで目潰しを施した後、確実に仕留めた。


「なかなか、面白い戦い方をなさるのですね」


「そうか? 別に普通だと思うんだが」


 青年が言うと、レイスは「いえいえ」と首を振った。


「明かりによる目潰し、死体を防御に使う応用性、地形を把握した上での確実な攻撃。どれを取っても並の戦士ではやらない事です。普通の戦士は、己の実力に溺れて散っていくか、大人数で隙を作らないようにしながら戦うのが主流ですから」


「別に凄い事じゃねぇさ。俺はただ、より確実に魔物を葬るために策を練って戦いに挑んでるだけだ。終わりの見える戦いならいくらでも命を捨てて突っ込むが、これはそうじゃねぇ。終わりの見えない戦いだ。そんな物に、身を捨てて突っ込む訳には行かねえよ」


 青年はレイスとの会話の過程にも、魔物を見つけては屠っていく。魔物を仕留めるとその死体を楯に使い、肉がズタズタに裂かれて使えなくなれば骨を取り出して武器にし、骨も砕けて使えなくなればそこでようやく魔物を離す。しかしその頃にはその数倍の数の魔物が死んでいるため、武器には困らない。


「いつも、お一人でこう言った狩りをなさるんですか?」


「いや、いつもは連れと一緒だ。銀髪の小さな奴でな。俺より強い癖に俺にべったりなんだよ。今は森と洞窟のどっちが速いかの勝負中で、森を通ってる」


「あら、意外ですね。貴方のような野蛮な人間にパートナーがいらっしゃったなんて。しかもべったり。これが選ばれし者の宿命って奴ですかね」


 レイスの言葉に、青年は苦笑した。


「宿命? まさか。俺はそんな物とは程遠い存在だよ。アイツ、初めの頃はまともに口も聞いてくれなかったんだぜ? 食事も別々の時間に取るしよ。でもそれから半年、寝食を共にしたらようやく心を開いてくれたんだ。これを宿命だなんて呼んだら全世界の英雄に殺されちまうよ」


青年はどこか楽しげに、レイスを見る。


「そうかもしれませんね。私がかつて見た英雄は、何人もの女の人を侍らせていましたから。それも、剣を一度振るっただけで付いてきたみたいですよ」


「そりゃ凄いな。だが、簡単に従った奴ほど簡単に裏切る。そういう意味じゃ、その英雄とやらも苦労する事だろうな」


「でしょうね。実際、その彼はしばらくして仲間に裏切られて、生死の淵を彷徨ったという話ですし」


 レイスは何が面白いのか、クスリと笑った。その顔に侮蔑がない分、本気で楽しんでいるのだろうか。


「そう言えば、貴方は先ほどお友達を殺したとか言っていましたっけ?」


「正確には食った…………って冗談だよ。流石に友達を食うような真似はしねぇよ」


 ここまで一切の感情の起伏を見せなかったレイスが露骨に引いた姿勢をしたのを見て、青年は肩をすくめる。まさか冗談だと思われなかったとは。まあここまで魔物を殺しまくっているような男が言うと真実と思われても仕方がないのだが。

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