孤児殺害編⑤
巨漢が手を伸ばしてサラの持つ袋を掴み取りかけたその時―――――
サラが何かを呟いた。
「【――――】」
直後、眩い閃光が巨漢の腹を貫いた。ジュッ、という音が、ジレンの耳に届く。
「グオッ、何だこれ!」
巨漢がジレンを踏んでいた足を上げる。その隙を突いてジレンは脱出した。
「ジレン、走って!」
サラの叫びにつられて、ジレンは走り出す。後ろから巨漢の怒り狂った声が聞こえて来る。
「よくもやってくれたな、この野郎! おいお前ら、追え! 何が何でも捕まえろ!」
すると裏路地で何の希望もなく蹲っていただけの少年少女が立ち上がり、ジレンとサラを捉えるために襲い掛かって来た。肉体労働をやっていた事もあってかジレンは数人は対処できるが、如何せん数が多い。もう駄目だと思いかけたその時、サラが再び何かを唱える。
「【----】」
次の瞬間、サラの指先に火の玉が出現した。突然の火の玉の登場、そして本物の火に、ジレン達に襲い掛かってきていた少年少女たちは立ち止まって怯えの表情を見せた。
「今だ! 突っ走ろう!」
「うん!」
裏路地を抜け、日の当たる通りへ。後ろを見ると、少年少女たちの目がこちらに集中していた。だが、彼らが襲い掛かってくる様子は見受けられない。大方、あの巨漢の支配力は裏路地に留まっているのだろう。
ジレンは一度彼らの方を申し訳なさそうに見ると、裏路地に背を向けた。ここで立ち止まっていても仕方がない。ジレンは凛とした表情で自分の前を歩くサラを見た。
「そ、その、サラ」
「何? ジレン」
「さっきはありがとう。僕を助けてくれて」
ジレンは頭を下げる。先程の巨漢との戦い、サラが居なければ大方勝つことは難しかっただろう。勝てたのは完全にサラのおかげだ。
「べ、別にジレンに今死なれると困るだけだしーーー私の為よ」
頬を赤らめるサラの横顔を、ジレンは愛おし気に眺めていた。
「おい、見つけたか?」
「・・・ううん、まだ見つからない」
青年と少女は、隣の国へ足を運んでいた。とはいえ、その顔に焦燥はない。獲物を追い詰める狩人のように、ゆっくりとジレン達を探していた。
「・・・貴方ならどこに行く?」
「ん? ああ、アイツらがどこに行くかか。多分だが、路地裏だと思うんだがな。人間って言うのは同じ場所に行く傾向がある。それに、あんなみすぼらしい服じゃあ表通りを歩いてたら目立つ。だとするならば、木を隠すなら森の中と言う言葉の通り、路地裏だろうな」
「・・・そう。なら、路地裏に行く」
「おいおい、今のは推測でーーー」
青年が止めようとするが、少女は聞いていない。青年の言葉はあたかも絶対の一言と言うかのように、迷わず路地裏に向かっていく。青年はその後を追うように歩き出す。
その時、路地裏から汚らしい恰好をした少年少女が飛び出して来た。彼らは青年の服を見ると一瞬驚きの表情をしたが、すぐに顔を見合わせると路地裏の奥に引っ込んでいった。
「・・・何、今の?」
「さあ。お前を落とせるナンパワードでも考えてるんだろ」
「・・・気持ち悪い」
少女が無表情のまま、言い放つ。青年はそんな彼女に苦笑しながら路地裏に入る。すると、目の前を遮る巨漢が。腹に、何かが焦げ付いたような跡が付いている。
「今日は随分とお上りさんが多いみたいだな。おかげでこっちの商売も大繁盛だ」
青年は上を見上げる。するとそこには、ニヤニヤと笑った気持ちの悪い笑みが。
「さっきのガキには逃げられちまったからな。お前にはさっきのガキの分も含めて、通行料を払ってもらおうか」
「誰だお前は? てか通行料だと? そう言うからにはこの路地の土地の権利書を持ってるんだろうな。持ってねえなら俺は一円も払わんぞ」
巨漢の脅しに対して、青年はどこかずれた正論を振りかざす。少女が青年の服の袖を引っ張る。
「・・・多分、通じてない」
「お前、何言ってるんだ? いいから金を払えよ!」
巨漢が恫喝する。しかし青年は、退屈そうな目で巨漢を見ているだけで、財布に手を突っ込もうとはしない。
「いいから土地の権利書を見せろ。いや、別に権利書じゃなくてもいいや。とにかく通行料を取りたいのなら、この土地を保有している証拠を見せろ。そうすれば払ってやる」
「ふざけてんのか、テメェーーーー」
巨漢が青年の肩を押そうとする。しかし青年はそれをヒラリと躱すと、ベルトから素早く金槌を引き抜き、巨漢の手に叩き付けた。ベキャ、という嫌な音と共に巨漢の人差し指と中指が変な方向に折れ曲がる。
「ギャッ!」
「俺は最低限の筋は通すが、筋を通さない奴には容赦しねぇ」
もう片方の手でペンチを引き抜きつつ、青年は巨漢に言う。
「選べよチンピラ。慰謝料として有り金全額払うか、ここで息を吸うだけの挽肉になるか」
青年の金槌が、巨漢の鳩尾を殴りつける。
「俺としては有り金全部もらった後で、お前をミンチにしてそこのガキどもの晩御飯にしたい気持ちなんだけど、お前はどう思う?」
ヒィィ! という絶叫が路地裏に響き渡った。
巨漢から逃げ切ったジレンとサラは、のんびりと街を歩いていた。
「この後はどうしようか?」
「そうね・・・」
サラはしばらく考えた後、答えを出す。
「ひとまず、昨日の寝床に戻るしかないわね。さっきの人が居る以上、裏路地にはいられないし。かと言ってこんないかにもな浮浪児二人を泊めてくれる宿屋なんてないだろうしね」
「わ、分からないよ。ひょっとするとーーー」
希望的観測を言うジレンだったが、サラは呆れたように彼を見る。
「そうやって憶測で動けば、多くの人に目撃されるわ。それに、あの男がいつ来るか分からないしね」
言いながら、サラは踵を返す。とりあえず寝床を確保するつもりらしい。ジレンは小走りでその隣に並び、サラに聞く。
「そう言えば最初からあの男を恐れていたけど、サラはあの人と知り合いなの?」
すると、サラが苦い表情をした。
「…知り合いじゃないわ。でも、かなりの有名人よ。悪い意味でね」
「悪い意味で、有名人?」
ジレンが聞くと、サラは頷いた。
「『三狂人』って聞いた事ない? 『黒百鬼の死神』、『嗤う道化師』、『女王蜂』の三人よ。『魔族戦争』が終結してからたくさんの荒くれ者が現れたけど、この三人は別格とされているわ。私の命を狙っているのはその中の一人、『黒百鬼の死神』」
「どうして別格なの?」
ジレンが聞くと、サラが苦悶の表情を見せた。まるで思い出したくない物を思い出したかのように。
「ど、どうしたの?」
「…私、友達と一緒に呼び出されたって言ったわよね」
「う、うん」
ジレンが頷くと、サラは先程の毅然とした態度とは一転、怯えた表情を見せて蹲った。慌てるジレンを手で制し、サラは掠れた声で語り始めた。
「友達が…殺されたの。アイツに。友達も私と同じくらいの力を持っててね。どんな奴が来ても一緒に立ち向かっていこうってお互いを励まし合ってたの。でも…あっという間だった。気が付いた時には体中から血を流しててーーーー」
気が付くと、サラの体は震えていた。それを宥めようとするが、ジレンの手も震えている事に気が付く。
「だ、だったら絶対に逃げきらなくちゃ! だ、大丈夫、僕が必ず君を守るから。だから、だからーーーー」
頭が混乱し、自分でも何を言っているのか分からなくなるジレン。そんなジレンを見たサラはほんの少しだけ笑うと、立ち上がった。
「そうね。私だって内蔵をグチャグチャにされたくないし。とりあえず、昨日の寝床に戻って対策を練りましょ。一人なら駄目でも、二人なら何とかなるかもしれないわ……そろそろ着くわね」
「あ、そうだね。僕たちの寝床、なんともなってないといいけど—- 」
「ちょっと、不吉な事言わないでよ。そもそも、誰が何の目的であんな場所を—-- 」
そう言ったサラの言葉が途切れた。理由は簡単。二人の昨日まで寝ていた村が、跡形もなく燃え尽きていたからだ。ジレンは目を剥くが、サラはすぐさま顔をしかめる。
「…魔力の残滓。魔法によるものね。『黒百鬼の死神』の仲間によるものでしょう」
「じゃ、じゃあどうしたら—- 」
凶悪犯の手が、間近まで迫ってきている。その状況が、ジレンを焦らせていた。
「落ち着いてジレン。こうなったら仕方ないわ。私が自分の正体を明かして、ほとぼりが冷めるまでどこかの屋敷に匿ってもらうしかない。このままじゃ、二人揃って奴の餌食よ」
サラの言葉に、ジレンは耳を疑った。それはーーーーー
「で、でもサラーーーー」
「仕方ないでしょう⁉ 私達の足で奴から逃げ切れるとは到底思えない。捕まったら終わりよ! 全身バラバラに切り刻まれて、魔物のエサにされるかもしれないのよ⁉」
サラが走り出す。ジレンは慌ててその後を追った。
二人が着いたのは、この付近一帯で最も大きい屋敷だった。サラは屋敷の使用人を見るなり、自分の名前と魔法の適性を明かして屋敷の主人に話を付けに行った。残されたジレンは、塀に背中を預けて待っている。
待っている間、ジレンは考えていた。
サラは屋敷の主人に匿ってもらうと言っていた。しかし、住まわせてもらう為にはそれ相応の対価を払わなくてはいけない。となれば必然、彼女は魔法を使う事になるだろう。
「ッ…」
彼女が魔法を使う事に関してジレンが何とも言えない気持ちになった時、サラが屋敷の中から走って来た。その頬は紅潮している。
「やった! 私とジレン、匿ってもらえるみたいだよ! ここの主人が話の分かる人で助かったわ!」
「本当に?」
半信半疑になりながらも、ジレンは屋敷の中に入る。
「私が魔法を使う事を条件に、二人を匿ってくれるってさ。良かったね、ジレン! 半年もすれば追っ手も諦めてくれるわよ!」
サラは嬉しそうだ。ジレンが「でも……」と言い淀むと、サラは屈託のない笑みを見せてきた。
「二人とも助かるなら、それでいいじゃない。今は生き延びる事が一番よ」
「う、うん」
ジレンは頷くが、どうしても嫌な感覚が拭い切れない。奥の部屋に向かう道中、近くに居た護衛からロングソードを借りておく。
「もう、ジレンったら心配性ね」
それを見て、サラが笑った。
「ここか」
「・・・間違いない」
ジレンとサラが屋敷に入った数分後、青年と少女は同じ屋敷の前に着いていた。近くには彼らに依頼した黒服たちも居る。黒服の一人が青年に告げる。
「ここは他国だ。よって我々が直接干渉する事は出来ない。頼めるか? 『黒百鬼の死神』」
「心配するな。そんな事より、報酬は用意してあるな?」
「こちらに」
黒服の一人が、金貨の詰まった袋を見せる。それを見て青年は頷くと、隣で温かい飲み物をコクコクと飲んでいる少女に声を掛けた。
「半日経って出てこなかったら、屋敷ごと破壊してくれ」
「・・・分かった。気を付けてね」
青年はその言葉には答えず、屋敷に向かって踏み出した。そして扉で待機していた使用人の目を見て言葉を発する。
「すみません。サラお嬢様に用があるので通してもらってもよろしいでしょうか? ああ、断れば世界遺産になるくらい鮮やかな人間オブジェになるのでご注意を」
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