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最終話 春の国の王子様・後編

 医者伯爵親子の乗った馬車は、北の侯爵領地にある湖に到着する。

 四年前まで、王家の避暑地だった場所へ。

 ここから西に向かって移動すれば、オデットの生まれ育った男爵領地だ。


 街道の脇では、二頭の馬が草を食べており、その脇で金の髪を持った三人の兄弟が佇んでいた。

 馬車を護衛していた騎士は、窓の外から医者伯爵親子に報告する。


「北の新興伯爵家の出迎えのようです」


 馬車は兄弟に近付くと、停車した。

 医者伯爵当主が窓から見下ろすと、三人は紳士淑女の挨拶をする。


「医者伯爵様。遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。

我が家は、街道からそれた所にありますゆえ、道案内をすべく、お迎えに参上しました」


 医者伯爵当主は、気難しい顔でオデットの兄、ミケランジェロを見下ろす。

 訪問すると王宮から先触れは送ったが、正確な到着日は知らせていなかった。

 街道の復旧状態が分からず、馬車の進行速度が読めなかったためだ。

 いつ来るか分からぬ相手を、ずっと待っていたのだろうか。


「……出迎えに感謝する。よく今日到着すると分かったな」

「去年、我が家は馬車で、王宮に赴きましたので。計算すれば、いつ到着するか予想がつきます」


 医者伯爵当主は、雪の天使の微笑みを浮かべるオデットの兄を眺めて、侮れない相手だと悟る。

 街道に慣れた地元のオデットたちの馬車と、慣れていない王宮の馬車は、進む速度が違う。

 計算して、こんなにピッタリと出迎えられるはずがない。医者伯爵家は見張られていたようだ。

 さすが外交に長ける、アンジェリークの弟。何げない会話に、雪の国の圧力を仕込んでいた。


 政治にうといローエングリン王子は、父親の深い考えなんて気付かない。

 父親と反対側の窓から、愛しいオデットとの再会を喜ぶ。


「久しぶりだね、姫君。えっと……少し、身長が伸びた?」

「王子様、お久しぶりでございます。ええ、親指の爪くらい、伸びました」


 微妙にズレた、ローエングリン王子とオデットの会話。

 モテない男代表の王子は、モテる親友たちのように、気の利いた会話がとっさにできなかった。

 観察眼でとらえた、外見の変化を話題にしてみる。

 レオ少年やライ少年がこの場に居たら、ローエングリン王子を小突いて、説教しただろうに。


 弟のラファエロは医者伯爵家の馬車に同乗させてもらい、兄のミケランジェロと姉のオデットは馬に乗って道案内をする。

 意外なオデットの姿を見たローエングリン王子は、馬車と並走するオデットに聞いてみた。


「姫君って、馬に乗れるんだね。乗馬のできる女の子って、女騎士だけだと思ってたよ」

「私は子供の頃から、騎士の修行をしておりますよ? 馬も乗れますし、剣術も、体術も習っております」

「……祖先は、農家だったよね?」

「はい。騎士は、おじい様が始まりです。騎士に弟子入りしたおじい様は、女騎士のおばあ様を花嫁にしたので、農家から新興の騎士の家に変わりました。

ですので、子供であるお父様も騎士ですし、おば様も騎士です」

「えっと……元男爵領地って、藍染の産地だよね。だれが引き継いだの?」

「農家の藍染家業は、おじい様の弟が引き継いでおります。はとこが後継者ですね」

「そうなんだ。……オデットの騎士の腕前は、どれくらい?」

「領地に滞在している王宮騎士団の方から、『もう少し頑張れば、騎士見習いとして入団できる』と言われました」

「オデットは努力家なんだね。すごいよ!」

「お誉めいただき、光栄です♪」


 婚約者から誉められて、素直に喜ぶオデット。

 ローエングリン王子は、王家の微笑みを浮かべて、複雑な感情を隠す。


『オデットが騎士の修行をしてたなんて、初耳だよ!?

喧嘩したら、自分(ぼく)が投げ飛ばされて、負ける気がする。

……王宮に帰ったら、久しぶりに武術の稽古しようっと』


 子供の頃から根性の無い、末っ子のローエングリン王子。

 言い訳をしては、厳しい剣術や体術などの武術をサボっていた。

 医学の勉強に打ち込んでからは、さらに遠退(とおの)く。

 将来、オデットに投げ飛ばされても大丈夫なように、受け身の練習はしっかりしようと、情けない目標を立てた。



 一時間ほど走り、馬車は元男爵領に入る。

 途中からローエングリン王子は窓の外に釘付けだった。

 道の脇では、家が焼け焦げて、瓦礫の山と化している。

 畑だったと思わしき所は、瓦礫の一部が埋まり、畑として使えなくなっていた。


「……オデット、北地方って、全部こうなの?」

「雪の国の難民と春の国の国民が衝突した土地は、ほとんどこうなっています」

「北地方の調査に行った役人は、少しずつ復興しているって言ってたけど、全然じゃないか」

「……この辺りは、わざと復興をしておりません。北地方の現実を知ってもらうためです。

北地方を通る旅人は、我が家のある町に立ち寄りますから、嫌でもこの瓦礫の山を目にします。

王宮の貴族の方々は、北地方の塩を欲しがるわりに、復興には力を貸してくれません。

周辺諸国へ、春の国の怠慢を知らせるには、これが一番早いとお母さまとお姉さまは言っておりました」


 北地方の貴族であるオデットは、王族である医者伯爵一家を前にして、はっきりと言う。

 春の国の無能な貴族は、北地方を切り捨てている。許せないと。


『……これが、荒れた土地の生活。自分(ぼく)は、王族として、この地に生きる民を助けないといけない。絶対に!』


 昔、レオ少年とライ少年が決意したように、ローエングリン王子も心に誓う。


「医者伯爵様には、国王様にきちんと現実をお知らせして欲しいです。

春の国の王家が頼りにならないのならば、来月の使節団が通るときに、雪の国の王家に訴えます。北地方には、雪の国の難民も居ますから。

北地方を治める身として、民を見捨てるような王家に仕えるつもりはありません」

「……領主である、アンジェリーク女伯爵の訴えは大袈裟だと、取り合わない貴族が多いのは知っている。

王太子が北地方に肩入れするから、余計に反発を招きやすい」

「お姉さまは、春の国で最年少の領主ですから、(あなど)られましょうね」

「……現状のままでは、北の新興伯爵家は春の国の貴族の誇りを捨てて、雪の国の貴族になりかねないと国王様に伝えておこう。謁見室の大臣たちの前でな」

「よろしくお願いいたします」


 姉が使ったような戦法を、妹のオデットも使う。雪の国の軍事力を背景に、春の国に圧力をかけてきた。

 医者伯爵当主は、軽い頭痛を感じる。

 息子の花嫁に雪の天使を選んだのは、正解なのか、間違いなのか、今は結論が出せなかった。



*****



 町に着いた医者伯爵一行は、領民や難民から大歓迎を受ける。

 ローエングリン王子は、王族として、オデットの花婿として、馬車の窓から手を振り、歓迎に応えた。


 オデットの家に到着してすぐに、医者伯爵当主の希望で、オデットの母親と個室で面会することになった。


「王族の皆様と個別面会をするなど、恐れ多いことです」


 ソファーに座ったアンジェリーク未亡人は、そんな風に恐縮してみせる。

 医者伯爵当主は、演技に優れる未亡人の言葉を、そのまま受け止めない。丁重に、雪の国の言葉で切り出した。


『時間をとっていただき、感謝します。そして、いきなり質問する非礼をお許しください。

どうしても、知りたいことがあります。この地に住まう雪の国の民たちは、あなたを王族と知っているのですか?

男爵領地で暴動が起きずに、春の国の民と共存できたのは、そうとしか考えられません』

『……南の公爵家が治めていた南地方の民は、雪花旅一座が王家の血を持つことを知っていますね。暗黙の了解と申しましょうか。

五百年近く昔から、雪花旅一座から南の公爵家へ嫁いだ側室の子供は庶子と扱われ、雪花旅一座に戻されることが繰り返されておりましたので。

雪の国では、母方の血筋も重視しますので、成り立っている認識です』


 雪花旅一座で育ったアンジェリーク未亡人は、雪の国の分家王族としての意識が強い。

 ラミーロ男爵子息と結ばれるときに、春の国の北地方の貴族たちに、祖母の北の侯爵の血筋をなかなか認めてもらえず、文化の違いを痛感した。

 間に入り、北地方の貴族を説得してくれた先代国王に、アンジェリーク未亡人は恩を感じている。


『私が雪の国の公爵家ではなく、春の国の男爵家に嫁いだときは、南地方で大きな噂になっていたようです。

男爵領に藍染の反物を仕入れにきた商人が、雪の国に帰ったときに、広めたのが発端ですけど。

雪花旅一座の公演を見たことのある商人は、すぐに私だと分かったそうです。

皆さん、雪の国からお祝いを持って遊びにくるので、藍染の反物をお礼にお返ししました。本当に、あのときの騒ぎは、大変でしたよ』


 雪の国の民が、旅行がてらに男爵領地に訪れていた昔を思い出し、くすくす笑う。

 アンジェリーク未亡人の笑みは、娘であるオデットによく似ていた。


『お話を反らして、すみません。わが領地では、暴動が起きずにすんだのは、私が住んでいたのが大きいかもしれませんね。

南の公爵の血を持つ私が説得したことで、難民は安心して従い、指定する場所で寝泊まりしてくれました。

そして、私の子供たちが領民と難民の架け橋として動いてくれたおかげで、なんとか争いを最小限に留められたのだと思います』


 当時十才だったオデットは、七才の弟と二才の妹を連れて、難民用の食事の炊き出しを手伝う。

 難民と同じ食事をとり、空腹を訴える弟妹には、自分の食事を分け与えた。

 領主の子供たちがそのような態度をとるもんだから、領民たちも文句を引っ込めて、難民と共存しようと歩み寄ってくれたのだ。


『そして、私が四年前に北国の王家と公式会談した後、この領地周辺に集まってくる難民が増えました。

南の公爵の血を持つ私たちが、いずれ雪の国へ連れて帰ってくれると、心の支えにしているようです』

『お答えいただき、感謝します。北地方へ流れてきた難民が、大人しく北の新興伯爵家に従う理由に、納得しました。

そして、雪の国が人柱の花嫁をこの家から求めたのは、塩の採掘権の他に、南の公爵の血筋を旗印に、難民を引きとるためなのですね』

『はい。私は王族です。王族は、民の幸せのために、力を振るうもの。

祖先である、春の国の三代目国王のお言葉を、雪花旅一座は引き継いでおりますよ。

現在の春の国では、忘れ去られたようですけれど』

『……北の侯爵令嬢として育てられた王女は、旅一座として隠れ住もうと、王族の誇りを捨てませんでしたか』

『ええ。旅をして、末端の民の暮らしを見てきた王女は、民に寄り添う王族の意味を、常に感じたことでしょう』


 オデットの祖先である、双子の王女の妹は、春の国の北の侯爵の養女になっていた。

 養父である北の侯爵が残虐王に殺されたとき、義理の兄から、自分の本当の身分を知らされる。

 義理の兄と共に、両親や養父の仇討ちをすることを誓い、密かに北地方を後にした。


 兄は雪の国の公爵家を目指し、妹は南地方の侯爵家を目指す。王位継承権を持つ、若き善良王と接触するために。

 その後、義理の兄の説得で雪の国が動き出したことを知った妹は、善良王を連れて北地方に戻った。そして、革命が始まる。


 妹は、双子の姉の影武者として、春の国を駆け巡った。

 雪の国の力を借りながら、養父の兄弟である、東の侯爵を説得することに成功。善良王の後見人にしたてる。


 革命の成功後は、ずっと旅の警護をしてくれた騎士の一人と結婚し、各地を旅しながら春の国の混乱を治めて回った。

 この旅した妹の王女が、流浪する王族、南の雪の天使の始祖なのだ。

 ちなみに、双子の姉の娘が雪の国の公爵家に輿入れして、北の雪の天使の祖先となっている。



 話終えたアンジェリーク未亡人は、医者伯爵当主の言葉を待っていた。

 当主は、国王からの密命を果たすために、腹を決めて言葉を切り出す。


『アンジェリーク未亡人に、お願いがあります。人柱の花嫁には、末の姫を選ぶように、雪の国に進言していただけないでしょうか?

現在の雪の国の南地方も、我が国の北地方と同じくらい荒れていると聞きます。

体の弱い一の姫は、性格上、民を助けようと無理をして、すぐに命を散らしましょう。医者としての見解です』

『あら、医者伯爵様も、二の姫と同じことを言いますのね。

二の姫も、姉の体が持たないだろうから、自分が人柱の花嫁になると言いました』

『……現在の二の姫は、体の弱い姉のために医者になり、近くで支えようとされております。

去年、王宮にきたばかりの一の姫が、持病を悪化させて、すぐに倒れると思っていなかったご様子』


 今まで沈黙して、父親たちの会話を見守っていた、ローエングリン王子。

 父に続いて声を出す。今こそ婚約者として、オデットの力になるときだ。


『母君、二の姫君は、父君のように姉を死なせたくないと、自分(ぼく)に強く訴えておられました。

自分は六年前に兄を亡くしている手前、悲痛な思いが理解できます』


 医者伯爵家は、情に訴える作戦に出た。

 アンジェリーク未亡人は、病気で夫を、オデットの父親を亡くしている。

 家族を亡くす悲しみを、知っているから。

 

 医者伯爵当主の視線は、アンジェリーク未亡人を見ていなかった。亡くした二人の息子たちの面影を探していた。

 無言で会話を聞いていた医者伯爵夫人は、ハンカチで目元をおおって、すすり泣く。

 いくつもの救えなかった命の重みを背負って、医者伯爵家は生きていた。


 静まり返った部屋の中に、外の声が聞こえてくる。


「何を言ってるか、聞き取れないよ?」

「ラファエロ、静かにするんだ」

「お兄さま、押さないでください!」


 面会をしている部屋の扉の前では、三兄弟が押し合いへし合い。

 母親たちの会話を、盗み聞きしようとしていた。


「ミケランジェロ、オデット、ラファエロ。三人とも、母の所に来なさい」


 兄弟は硬直した。長女のアンジェリークが恐れる、最強の母親からの出頭命令。

 最年長のミケランジェロがそろそろ扉を開けて、オデットがトボトボ後ろに続く。

 一番年下のラファエロは、兄の背中に隠れながら、涙目になっていた。


「誰が盗み聞きすると言い出したのですか? 母は、騎士の皆様のお手伝いをしなさいと言いましたよ!」

「えっと……その……」

「僕が言い出したの。誰が連れていかれるか、気になったから」

「連れていかれる?」

「だって、お医者さまは、王宮から来たんでしょう?

王宮から人が来たら、アンジェ姉さまが連れていかれて、次はエルが連れていかれたもん。

今度は誰? 兄さま? オデット姉さま? それとも僕?」


 医者伯爵当主は、ラファエロの言葉に息を飲んだ。そんなつもりは無かったのに。

 アンジェリーク未亡人は、目を閉じて考える。怯える小さな息子に、なんと言おうかと。


「ラファエロ、よく聞きなさい。お兄様が、王都で勉強する順番になったので、迎えに来て下さいました。

お兄様は、将来の領主として、北地方のすべての民を幸せにするために行くのです。快く、送り出してあげなさい」


 十才のオデットの弟は、領主と言う言葉が出ると、こくんと頷いた。ごしごしと目をこすって、涙をふく。


「それから、オデットお姉様も、近々王宮に行くことになるでしょう。

オデットお姉様は春の国の王子様の所へ、エルは雪の国の王子様の所へ、お嫁に行くことが決まりましたからね」


 アンジェリーク未亡人は、決意した。子供たちは、春の国の貴族と雪の国の王族、二つの血を持つ。

 二つの国の幸せな未来のために、嫁に出すと。夫も、きっと天国で同意してくれるはず。


「なんで!? お母さん、急ぎすぎだよ!

僕と姉さんの婚約者がまだ決まらないのに、下の三人が先に決まるなんて、順番がおかしい!」


 母に反論したのは、五人兄弟の二番目。オデットの兄、ミケランジェロだ。

 将来、姉から家督を譲り受ける予定の長男は、浮いた話が一つも無い。

 弟のラファエロは、雪花旅一座に、もう婚約者がいるのに。


「ミケランジェロ。来月、雪の国の使者が来ます。うちから出す花嫁について、話し合う予定です。

難民たちが安心して雪の国へ帰るためには、南の公爵の血を引く者が居なくてはなりません。

我が家の代表として、エルは雪の国へ行くのです。分かりましたか?」

「……はい、分かりました」


 母親の説明に、長男はあっさり引き下がる。

 民の幸せのために力を使うのが、王族の仕事。そう習い育ったから、民のために引き下がる。

 五人兄弟の四番目は、懸命に母の言葉の意味を考えた。


「母さま。エルがお嫁に行くのは、北のおじさんたちを、おうちに帰してあげるためなんだね?」

「そうなりますね」

「じゃあ、エルはアンジェ姉さまと同じ、領主の仕事するんだ。良いなあ、僕もやりたい!」

「ラファエロは、役者になるのでしょう? お母様の仕事を継げるのは、ラファエロだけですよ」

「僕はおじさんたちと一緒に手職(てしょく)を身に付けたから、役者にならなくても、生活していけるよ?」

「……ラファエロは、アンジェリークお姉様に似て、頑固な所がありますね。

裁縫職人の手職は、旅一座では貴重な技術です。旅一座のおじい様は、ラファエロを手元に置きたいと言いました。

旅一座ならば、国境をこえて、自由に雪の国へ行くことも出来ます。領主は、自由に行けません。

将来、雪の国で住むエルや、北へ帰った皆さんがさみしくならないように、時々顔を見せてあげてください。これは、ラファエロにしかできない仕事ですよ」

「……そっか。領主の兄様やエルには、できないんだね。分かったよ」


 兄や姉を見て育った四番目は、一番上に似て、口達者だった。

 最強の母親に、ため息をつかせるような性格をしている。

 ローエングリン王子は、新興伯爵家のやり取りに、目を白黒。


「お母さん、オデットの婚約者は誰になるの? まさか、お見合いした医者伯爵様の息子じゃないよね? 姉さんも、おもいっきり反対してたし」

「いいえ。ここにおられる、医者伯爵家のローエングリン様です。

アンジェリークお姉様は、オデットに相応しいと相手だと認めて、母より先に、旅一座のおじい様に報告したようですよ。

王宮に預けているエルも、新しいお兄様ができて嬉しいと、手紙を寄越してくれました」

「なんで、こんなひょろっとしてて、騎士に向かない相手を選ぶの!?

剣を持って戦える、レオナール様やラインハルト様の方が、絶対にふさわしいよ!」

「お兄さま、ローエングリン様の悪口を言わないでください! お医者さまに必要なのは、腕力ではなく、頭脳です」

「オデット、なんでこんな相手を(かば)うんだ!」

「北の国の言葉しか話せないお兄さまと違って、ローエングリン様は東西南北、すべての国の言葉を話せる、優秀な方。

そして、お姉さまの体調管理をしてくださっている、お医者さまです。お姉さまやエルが認めてくださるのも、当然ですね。

人を外見で判断しようとした、単純なお兄さまには、乙女心が分からないでしょうけれど」


 ミケランジェロは、ふらふらと後ずさる。

 可愛い妹が、兄に反抗してきた。大切に守っていた妹が、兄に攻撃してきた!

 現実を受け入れられず、呆然となる。


『……忘れてた。オデットって、けっこうズバズバと言う子なんだよね。

さすが、アンジェの妹だけあるよ』


 兄妹喧嘩を傍観していた、ローエングリン王子。のんきに、そんな事を思う。


「僕はお医者の兄さま、好きだよ。アンジェ姉さまを治してくれた人だもん♪」


 我が道を行くラファエロは、ミケランジェロの背中から抜け出して、ローエングリン王子の隣に立った。

 新しい兄を見上げながら、無邪気な雪の天使の笑顔を見せてくれる。


「……医者伯爵様。ご子息は、このような個性的な子供たちと兄弟になりますが、大丈夫ですの?」

「お、おそらく大丈夫だろう。年上だからな」


 オデットの母親からの問いかけに、医者伯爵当主はかろうじて答える。

 おっとりした息子が太刀打ちできるようになるには、時間が必要そうだと予想しながら。


「心配いりません。子供は個性があるのが当たり前です。

それに、一人ぼっちになった末の息子は、兄弟を欲しがっていましたからね」


 涙から復活した夫人は口元に手をあて、コロコロと笑う。

 アンジェリーク未亡人と、子育ての思い出話を始めた。


「……認めない。誰が何と言おうと、僕は認めない!」


 我に返った、ミケランジェロ。軍事国家の王子は、怒りを宿した眼になる。

 春の国の騎士団長をたじろがせるような気迫を放ち、ローエングリン王子を凝視した。


『最強の姉をやっと攻略したかと思えば、次は最強の兄が敵になるわけね』


 王家の微笑みを浮かべて、ミケランジェロの視線を交わすローエングリン王子。心の中で、ため息をつく。

 火花を散らすミケランジェロに、降参のポーズを取りながら、オデットに近づいた。

 隙をついて、お姫様だっこをする。外形年齢十才くらいのオデットの体重は、思ったより軽い。


「兄君、二人で外出してきます。夕暮れまでには戻るので、ご心配なく。

オデット、手を伸ばして、窓を開けて」


 先手必勝。

 ローエングリン王子は宣言すると、部屋の窓に向かって、素早く走りだす。

 抱きかかえられたオデットは、言われるままに両手を伸ばして、窓を押し開けた。

 王子は窓枠に足をかけて、飛び降り、部屋から逃げ出す。


「オデット、馬小屋はどっち? 父君のお墓参りに行って、挨拶したいんだ」

「右に曲がってください」


 ……ローエングリン王子も、昔は親友たちと王宮を抜け出して遊んでいた、やんちゃ坊主だ。

 幼い頃から培った逃走技術は、今も健在。ミケランジェロを、楽々と振り切り、馬小屋にたどり着いた。

 オデットを胸元から下ろすと、鞍を取ってくるように指示する。自分は持ち前の観察力で、オデットの馬を探しだした。


「王子様、私の馬が分かるのですか?」

「分かるよ。顔の十文字の横が少し幅広い、この子だよね?

あ、オデットは、裸馬(はだかうま)に乗れる?」

「乗れます」

「じゃあ、この子の操作よろしく。自分(ぼく)は鞍を抱えて、後ろに座るから。

ちょっと離れて、落ち着いてから、鞍をつけよう」


 少し強引と思いながらも、てきぱきと指示を出すローエングリン王子。

 抜け出しは、時間との勝負。迷ったら捕まってしまう。


「オデット!」


 間一髪。

 妹たちを追って、馬小屋にやって来たミケランジェロの前を、オデットの馬は通りすぎた。


「お兄さま。ローエングリン様は、裸馬(はだかうま)に乗れる王子様です。騎士の素質がありますよ」

「兄君、行ってきます」


 そんな捨て台詞を残して、馬は新興伯爵家を出発する。

 裸馬(はだかうま)は、鞍をつけずに乗る乗馬のこと。バランスを取るのが、なかなか難しい。

 ローエングリン王子も、オデットも、平然とのりこなしていたけれど。


 雪の残る道を進む馬。走る足取りが段々と遅くなって、歩みに代わる。

 とうとうオデットは馬を止めて、地面に降り立った。

 ローエングリン王子も習い、馬から降りる。鞍を取り付ける作業に移った。


「……王子様は、馬の扱いになれておられますね。驚きました」

「うん、一応、王子だからね。白馬の王子様って言葉があるくらいだし。

おとぎ話でも、姫を乗せて、馬に乗る王子がよく出てくるでしょう?

あ、さっきの二人乗りが自分ぼくとオデットの記念すべき乗馬かな。ドキドキしたよね」

「はい、おう……ロ、ローエングリン様。あの……とても、嬉しかったです」


 オデットの声が上擦(うわず)っていた。ローエングリン王子の動きが止まり、婚約者を振り替える。

 雪のように白い肌を持つ顔は、りんごのようになって、うつむいていた。


「……自分の名前、呼んでくれるんだ。初めてだよね?」

「おう……ローエングリン様が、久しぶりに私の名前を呼んでくださいましたから」


 赤い顔を上げ、はにかみながら、オデットは答える。かなり勇気を振り絞ったようだ。

 王子は作業を中断して、かわいい婚約者を抱きしめる。


「ありがとう、オデット」


 領民や難民を分け隔てなく接する、博愛の精神。

 北地方に住まう全ての民から、慕われる者。

 これほど、王子の好みに合う娘は、この先現れないだろう。


「愛してるよ、自分(ぼく)だけの天使」


 初々しく、真っ白な雪の天使。ローエングリン王子だけの天使の花嫁。

 耳元でささやき、頬へ口づけを落とした。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

初めて連載小説が、完結に至りました♪


二人の今後の様子は、もう一つの春の国の王子と雪の天使の物語で、ちょこちょこ確認できます。

相変わらず、人前では「姫君」「王子様」と呼びあっておりますが。

そのうち、名前で呼び合う予定です。



・ミケランジェロ

名前の元ネタは、ルネッサンス時代のイタリアの芸術家、ミケランジェロ・ブオナローティ。

語源は、大天使ミカエル。

小説では、兄弟大切、苦労性の長男。


・ラファエロ

名前の元ネタは、ルネッサンス時代のイタリアの芸術家、ラファエロ・サンティ。

語源は、大天使ラファエル。

小説では、我が道を行く次男。


・エル

名前の元ネタは、フランス語で天空を意味するairや、翼を意味するaile の発音、エル。

長女大好き、ワガママな末っ子。今回は名前のみ。


雪の天使の五兄弟は、天使や羽、白を連想させる名前になっています。

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