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14話 王国会議

 医者伯爵当主の勤務する、王宮の医務室に、常連患者がやってきた。身体の弱い、アンジェリークが。


「今日は頭痛がするので、診ていただきに来ました」


 医者伯爵当主の眉が動いた。

 アンジェリークは、胃潰瘍をよく引き起こし、胃痛が持病だ。頭痛を訴えるのは、珍しい。


「頭痛の原因は、複雑な場合が多い。

アンジェリーク秘書官、時間をかけて詳しく問診したいので、隣室へ」

「かしこまりました」


 静かな隣室……防音のきいた部屋へ案内した。

 王太子の秘書であるアンジェリークは、王宮では「アンジェリーク秘書官」で通っている。

 主治医が常連患者と共に隣室に行くのを、医務室勤務の王宮医師たちは、疑問に思わず見送った。


「いつから頭痛が?」

『先代国王陛下がオデットをローエングリン様の正室にとおっしゃったのに、西の公爵殿が反対したと聞いてからですね』


 医者伯爵当主の質問に、アンジェリークは椅子に座りながら、異国の言葉で答えた。

 流暢(りゅうちょう)な雪の国の言葉で。

 一瞬動きの止まった医者伯爵当主は、慎重に雪の国の言葉で返す。


『……オデット王女の婚約について、頭を痛めておられましたか』

『はい。春の国の判断によって、雪の国との関係が変わりますので。

今後の身の振り方を考えると、頭が痛くなって当然ですよ』


 内心緊張している医者伯爵に向かって、アンジェリークは感情の読めない、雪の天使の微笑みを浮かべた。

 ずっと沈黙していた雪の国が、ついに圧力をかけてきたのだ。


『……アンジェリーク王女のお体を守るために医者になりたいと言うのが、オデット王女の心からの願い。

できれば、叶えて差し上げたいと思っております』


 医者伯爵当主は、言葉を選びながら話す。

 この会話一つで、雪の国との関係が大きく変化する可能性がある。


『医者伯爵殿には、早くオデットをローエングリン様の正室として認めると、西の公爵殿に話していただきたいものですね』

『親としては、認めたいところですが、分家王族の立場が許しません。

王子の婚約者確定ともなると、王族に加えて大臣たちも参加した王国会議で、全員の承認を得る必要がありますゆえ』

『医者伯爵家の花嫁にするよりは、人柱の花嫁にするべきと、西の公爵一派が反対する未来が見えますよ?』

『……王女の血筋を理由に分家王族となっている我が家は、貴族に対する影響力も、王族としての立場も弱い。アンジェリーク王女も、ご承知のはず。

だからこそ、息子の伴侶に、雪の天使を迎える価値があるのですが』

『医者伯爵殿、ご安心下さい。その弱い立場を補強するための手は、もう打ってあります。

ローエングリン様と非公式会談をした直後に、雪花旅一座の祖父へ手紙を送りました』

『……南の雪の天使の長に、手紙を?』

『祖父は雪の国の分家王族で、最も発言権を持つ王子です。

可愛い孫娘のために、雪の国の国王陛下と、話をつけてくれました。

そう言うわけで、王国会議には、私も参加できるように取り計らっていただけますか? 』

『……いとこに進言しておきましょう』

『宜しくお願いいたします』


 雪の天使の微笑みを浮かべつづける、アンジェリーク。

 オデットのためだけに、軍事国家の国王すら動かすような一族は、敵に回さず、味方につけた方が良い。

 医者伯爵当主は、改めて実感しながら、国王に進言する言葉を考え始めた。




*****




 数日後、雪の国から春の国へ、雪解けの使者が訪れた。

 来月、正式な使節団を送ると言う、先触れの知らせである。

 歓迎するという、春の国の国王の返事を手に、先触れの使者は雪の国へ帰っていった。


 雪の国の来訪前に、ローエングリン王子の仮婚約について話し合うことを、国王は決定する。

 オデットは、元々軍事国家に輿入れする、人柱の花嫁になる予定だった。

 国王として、春の国の未来を定めなければならない。


 使者が帰った翌日の午後。

 ローエングリン王子の婚約に関する議題で、すべての王族と各大臣たちが集められた。

 未婚の王子のレオ少年とライ少年は発言権は無いが、自分の参考にするために、見学を許される。

 王族の隅っこの席に座りながら、ローエングリン王子に応援を送った。


 集められた大臣の中には、雪の天使の血筋について知らない、無学な者も大勢いる。

 ローエングリン王子と仮婚約中のオデットの関係者として、会議に出席してきたアンジェリークを、「成り上がりの男爵家は非常識だ」と、わざと聞こえるように話す貴族も。

 無学ゆえに、国王の腹心になれない貴族たちを、ローエングリンは王族の席から無表情に眺める。


 しばらくして、王国会議が始まった。

 最初に、ローエングリン王子が、仮婚約の相手にオデットを選んだ理由を説明しなければならない。

 会議室の前方に設置された演説台に立った王子は、議席に座る貴族を見渡す。


 ほとんどが敵だ。

 この会議室内で、明確に味方と呼べる貴族は、アンジェリーク女伯爵だけ。

 息を吸い込んだローエングリン王子は、覚悟を決めて語りはじめた。


「北の新興伯爵家の二の姫、オデットを自分(ぼく)の伴侶として選んだ理由を説明します。

北地方にある、山脈と湖の塩の採掘権を主張できる、唯一の貴族だからです。

四年前、二つの塩の産地を占領した雪の国を退けられたのは、北の新興伯爵家が生き残っていたからこそ。

王族として、この価値ある血筋を正室に迎えるのは、当然の選択ですね」


 雪の天使であるオデットを花嫁にすることは、六年前に亡くなった兄と同じ道を歩くことに。

 憧れの兄が思い描いていた医者伯爵家の未来を、弟のローエングリン王子が実現してみせる。

 それが一番の(とむら)いになると信じて。


 説明の途中で口を挟んだのは、副宰相をしている西の公爵当主だった。

 医者伯爵家に力をつけて欲しくない、分家王族の一人。


「ローエングリン王子。側室ならまだしも、正室とはいかがなものかな?

北の新興伯爵家は、四代前に平民の農家が男爵に封じられて、貴族になった家柄。

爵位が上がり、伯爵になったとはいえ、元男爵を正室にするのは、王族の伝統を知らぬ発言と思うが」

「……副宰相様は、塩の採掘権を否定されるおつもりですか?

オデットの持つ、北の侯爵や伯爵の血筋の塩の採掘権は、我が国のみならず、東西南北すべての国が認めていますよ」


 ローエングリン王子は白銀の髪を揺らしながら、西の公爵に言い返す。

 会議に出席してきた貴族たちは、驚いた顔をした。

 政治にうといことで有名な王子が、副宰相に理論立てて、言い返したのだ。


「王子は年若いゆえ、この会議の論点を理解しておらぬな。

地位が問題だと言っているのだ。亡き父親は男爵。男爵の血筋の父を持つ娘を、王子の正室にはできぬよ。

伯爵以上の血筋が、王子の正室の前提条件。忘れておらぬよな?」

「もちろん、忘れていません」


 西の公爵の方が上手だ。生き馬の目を抜くような政治の世界で、何年も生きてきた相手。

 知識をかじっただけのローエングリン王子など、歯牙にもかけない。

 オデットの母親が雪の国の王族と知っているが、隠された王族の血筋を、春の国が全面に押し出せないことも計算していた。


 調子に乗った西の公爵一派の貴族は、口々に好き勝手言い始める。無学な貴族が。


「まあ……ローエングリン王子は、新興の分家王族ゆえ、王家の古き伝統を理解していないご様子」

「男爵ごときを正室にするなど、言語道断ですな」


 騒がしい会議室に、年若い声が響く。新興伯爵家の当主、アンジェリークの声が。

 目の前でなじられようと、余裕たっぷりの涼しい顔をしていた。


「国王陛下、ローエングリン様と共に発言する許可をいただけますか?」

「アンジェリーク女伯爵の発言を許可する」

「ありがとうございます」


 入口近くの席から立ち上がり、演説台に移動する女伯爵。

 洗練された歩き方で、ローエングリン王子の隣に並び立った。

 王族の席に向かって一礼したのち、国王に注目する。


「国王陛下、先に確かめたいことがあります。

最近の王国会議では、議長である国王陛下の許可なく、参加者が勝手に発言しても良いと変更されたのですか?

王立学園の授業では、王国会議の参加者は許可を得た順に発言していくと学びましたが……」

「そなたの言うように、発言の順番は、議長である国王が決めることになっている」

「ならば、ローエングリン様の発言の途中で割り込まれた、西の公爵閣下とあちらのお二人は、規則違反と言うことになりますね。

規則違反の場合、参加している会議における発言権は、一切認められません。これらは、法典に載っている処罰のはずです」


 国王は身振りで、法務大臣に確認するように指示を出す。

 西の公爵派の法務大臣は、渋々法典を調べ、とある項目を示し、アンジェリークの発言を肯定した。


「法典の罰則に乗っ取り、この会議における、三人の発言権は認めないこととする」

「国王陛下。まだあります。ローエングリン様を名指しで批判されたあの方は、王家に対する侮辱罪の適応になりませんか?」

「……そなたの言うとおりだな。のちほど、処罰を言い渡す」

「ならば、我が家を『男爵ごとき』と侮辱したあちらの方は、伯爵家当主として名誉毀損で訴えます。

証人は、国王陛下を含む、ここにおられる全ての人です」

「……あい分かった。そちらも後程、処罰を言い渡す」


 女伯爵は満足そうに、ゆっくりと会議室を見渡した。

 冷たい雪の天使の微笑みを浮かべたまま。

 外交用の兵器、父譲りの鋭い眼差しが、無慈悲に無学な貴族を貫いていく。


『……始まった。雪の支配が』


 ローエングリン王子は、雪の天使の微笑みに、畏怖を感じ始めた。

 アンジェリークは味方には慈悲深いが、敵は徹底的に叩き潰す性格。

 一番障害となる西の公爵を、正々堂々と排除してみせた。

 会議室の雰囲気を、冷たい冬の色に染め上げていく。


「では、私の発言を始めましょう」


 冷たい雪の天使の微笑みを浮かべ続ける、アンジェリーク。

 感情の読めない美少女に、西の公爵をはじめとする会議室の貴族たちは、様々な視線を向ける。


「ここにおいでる方々は、春の国の要職についておられます。

ならば、ご存知ですよね? 雪の国の王家が、わが新興伯爵家から人柱の花嫁を求めていることを。

妹のオデットは、人柱の花嫁になるはずでした」


 王家同士の密約だが、大臣クラスともなると、知っていて当たり前の情報。

 そんな当たり前のことをアンジェリークは、確めるように切り出す。

 ローエングリン王子は無表情になって、考えの読めない、隣に立つ小柄な美少女を見下ろした。


「ですが、妹は昨年の秋にローエングリン様とお見合いをして、仮婚約に至っております。

すなわち、人柱の花嫁は居なくなり、空席状態。

私は伯爵家当主として事態を重く見て、雪の国の国王陛下に、非礼をわびる手紙を送りました。

国王陛下からは、妹の婚約を祝うお言葉と、助力いただける旨の返信をいただき、安堵(あんど)しましたけれど」


 席に座っていた貴族たちが、ざわめく。

 ひそひそ話をする貴族に向かって、不思議そうに小首を傾げる演技をしてみせる、アンジェリーク。


「何を驚かれているのですか? 私の治める北地方は、雪の国の難民が暮らしているのですよ?

難民問題について 、雪の国の国王陛下と手紙のやり取りをするのは、当然です」


 女伯爵は、雪の国の王家と個人的に繋がりを持つことを、さりげなく強調した。

 雪の国の軍事力をおそれる貴族たちは、アンジェリークに警戒の視線を向け始める。


「ねっ、ローエングリン様?」


 貴族たちの反応を素早く確かめたアンジェリークは、ローエングリン王子を見上げた。

 親密そうに、話題をふってくる。わざとらしい、瞬きと共に。

 ローエングリン王子も、さすがに意図を察した。


「……先ほど言いそびれた、オデットを正室に選んだ理由。

二つ目は、北の新興伯爵家が、雪の国の王家と親密な関係を持つからです。

王族として、この貴重な繋がりを見過ごすはずないですよ」


 ローエングリン王子の発言に、無学な貴族はどよめく。

 政治にうといはずの王子が、田舎貴族の外交関係に着眼していたのだ。


「昔、ローから、『北の最後の貴族、男爵の娘を(めと)りたいから、紹介して欲しい』と密かに相談されたときは驚いたぞ。なぁ、ライ」

「そうですね、レオ。理由を聞いたら、塩の採掘権と北国との繋がりでしたから。 我が国にとって、どちらも最重要項目です。

ローは政治に興味が無いふりをして、押さえるべきところは押さえていました」

「あれだけお見合いをして、すべて断るはずだ。

伯爵以上の見合い相手が居なくなれば、次は子爵や男爵と見合いになるからな。

男爵の順番になれば、僕がアンジェやオデットを紹介できる。たった一人の側室として、塩の採掘権を持つ嫁を堂々と迎えるわけだ」

「いやはや、堅実なローらしい作戦です。何年もかけて、実現するんですから。

塩の採掘権を持つ男爵の娘は、国内すべての伯爵階級以上の娘より価値があると、ローは判断してたんですね」

「まあ、男爵が伯爵に上がったから、側室じゃなくて、正室に迎えられるようになったが。これで一安心だな」

「周囲を騙すために、ローに合わせていた私たちの苦労も、やっと報われるというものですよ」


 タイミングよく茶々を入れる、レオ少年とライ少年。

 発言権が無いのを逆手にとって、世間話に見せかけた情報操作を行う。

 政治にうといと思われていた王子が、実は水面下で政略結婚を目論んでいたと、貴族たちに思い込ませた。


「……レオ、ライ。バラさないで。ここに新興伯爵家当主が居るんだよ?」

「別に構いませんよ。うちとしては、血筋を保護して貰えるなら、王家との婚姻は大歓迎です。

貴族の娘は、政治を円滑にする道具に過ぎません。ローエングリン様の判断は、正しいです」

「……アンジェ。お前、本当に昔から、恋愛に興味ない奴だよな。

政略結婚を肯定する年頃の女なんて、お前しか知らないぞ」

「こんな姉を持つオデットが、ローと恋に落ちたのは、本当に奇跡ですよ」

「お二方とも、そろそろ私語を慎んで貰えますか? 会議が進みません」

「分かった、分かった」

「はいはい、黙りますよ」


 年下の悪友に、ローエングリン王子もノリをあわせる。

 アンジェリークも加わって、いつもの調子で会話を繰り広げた。


『……さすがだよ。完全に、こっちが優勢だ』


 本家王族の親友や、義理の姉になる美少女の手腕に、ローエングリン王子は舌を巻いた。

 雪の国の軍事力に怯える春の国では、雪の王家との繋がりは、重要な意味を持つ。

 何気ない会話で、北の新興伯爵家が、春の国内で貴重な人材であることを、無学な貴族に知らしめたのだ。


「……さて、話を戻します。私は、来月、雪の国の使節団が来たときに、お願い申し上げようと思っております。

オデットを人柱の花嫁ではなく、国王陛下の養女として迎えてくださるように」


 アンジェリークは、衝撃的な一言を放った。会議室が凍りつく。

 ローエングリン王子は思わず、美少女の肩を捕まえた。


「ちょっと、何言ってるわけ!?」


 目を丸くした王子に、アンジェリークは冷静に話しかける。

 今は他人に巻き込まれず、自分のペースを貫いた者が会議の勝者だ。


「ローエングリン様。以前、相談したときに、全面的に反対されたのは、承知のうえです。

春の国の貴族としての誇りを、すべて捨てなければならないのですから。

けれども、こうしなければ妹を、ローエングリン様にお預けすることができません。

春の国の王子と、雪の国の王女の婚約ならば、西の公爵閣下も安心してお認めくださるでしょう」


 伏せ目がちになりながら、ちらりと西の公爵を見るアンジェリーク。

 つられた国王派の貴族は、西の公爵に、ものすごい敵意を送った。

 西の公爵派の貴族も、思わず批難の視線を向けてしまう。


 追い詰められた女伯爵の発案は、雪の国の政治介入を堂々と許すことになる。

 そのような事態を招いた西の公爵の発言に、怒りが向いても仕方ない。


 怒りの空気の中で、一人の男が声を発した。


「兄上、意見を述べたいので、発言の許可をください。二人と会話をする前提です」

「よかろう」


 宰相は、演説台にいるローエングリンとアンジェリークを見据えた。

 人柱の花嫁を妻にしている王子として、物申す。


「私は、アンジェリーク女伯爵の発案に反対する。

他国の王女を花嫁にすれば、次か、その次の代で生まれた王女を返すのが通例。

もしも、ローエングリンとオデットの子供が一人娘でも、容赦なく、雪の国へ輿入れさせなければならない。

医者伯爵家は、西の公爵と先に約束を交わしているが、雪の国が関わるとなれば、王族として雪の国を優先せざるを得まい。

そうなれば我が王族は、王家の血筋に生まれた唯一の塩の採掘権を、手放すことになる。

春の国の王族として、雪の国との養子縁組は絶対に認められない!」


 まともな反論だった。

 あらかじめアンジェリークと口会わせしておかなければ、宰相も言うのに、少し手間取ったであろう。

 

「ならば、お尋ねします。宰相殿は、どうなさるのが良いとお考えですか?」

「北の新興伯爵家から、ローエングリンの正室を迎えれば良いだけのこと」

「西の公爵閣下は、反対のようですが。父親が男爵だと」

「父親や祖父が男爵の血筋だろうと、父方の祖母は伯爵家の出身。伯爵家の祖先には、北の侯爵家もいる。

ましてや国の宝である、二つ塩の採掘権を持つ者を、王子の正室にするのだ。何も問題は無い!」

「……なるほど。西の公爵閣下は分家王族の長として、年若いローエングリン様や、親戚となる私の知識を試すために、わざと憎まれ役を買ってでたのですね!

そうと見抜けず、発言権を奪ってしまい、申し訳ありません。まだまだ、私は修行が足らぬようです」

「……よい。まさか、年若いそなたが、議会法の罰則まで勉強して、参加してくるとは思わなかったゆえ。

これほどの知識を持つ者が親戚となるならば、我が王家も安心できる」


 アンジェリークは、洗練された仕草で、深々と頭を下げて詫びる。

 西の公爵に、この上ない嫌味として、重くのしかかった。

 大人の余裕を浮かべながら、尊大な態度で返事をする。内心、怒りに満ちあふれていた。


 宰相は、王家の微笑みを浮かべて、二人の会話を見守る。

 権力争いの相手が、子供に手玉にとられるのは、とても面白く感じた。


「……さて、議題であったローエングリンの婚約は、北の新興伯爵家のオデットを正室とするが、異論がある者は居るか?

せっかく、我が王家が持てるかもしれない二つの塩の採掘権を手放し、将来的に雪の国へ贈りたい者は、手を挙げよ」


 自分のペースを貫いた者が、会議で勝つ。

 国王は、さっさと結論づけると、会議室を見渡した。


 西の公爵は、口惜しげに下を向き、床をにらんでいる。

 反論したくてもできない。王家に生まれる二つの塩の採掘権を、手放すわけにはいかない。


 今しばらくの辛抱だ。

 ローエングリン王子の子供が王女ならば、医者伯爵家との約束により、西の公爵家が優先的に花嫁にできる。

 一人娘は西国へ送ったが、公爵家の跡継ぎは、いくらでも居る。

 公爵の分家の中から優秀な子供を引き取り、教育を施し、医者伯爵家の王女と結婚させればいいだけ。

 塩の採掘権を持つ子供が生まれたら、公爵家の将来は安泰だ。

 大丈夫、今しばらくの辛抱。


 イラつきながら、西の公爵は己に何度も、辛抱だと言い聞かせた。

 近い将来、西の公爵家は、取り潰しになるとも知らずに。


「異論は無いようだな。ならば、全会一致で決定とする」

「ありがとうございます!」

「ローエングリン。やるべきことは多い、気を抜くでないぞ」

「あっ……はい!」

「それから、アンジェリーク女伯爵。人柱の花嫁については、国王預りとする。

空席になった以上、改めて検討しなければならない。そなたも、候補の一人になったことを忘れるな」

「……国王陛下のお心のままに」


 国王の発言に、しおらしい表情を浮かべて、頭を下げる女伯爵。うつむいたまま、入り口近くの席に戻っていく。


 国王派の貴族には、妹の幸せのために犠牲になる、悲劇の姉に見えた。

 やり込められた西の公爵派の貴族は、少しだけ胸がスーっとする。


『……人柱の花嫁のこと、うっかり忘れてたよ』


 ローエングリン王子は、うつむいたアンジェリークの背中を見送る。

 オデットとの正式婚約は嬉しいはずなのに、心から素直に喜べなかった。

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